古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

眠りのヤキュルス

 5年間苦楽を共にし続けたPCが故障し、悲しみに満ち溢れた筆者であるが、しかし一個人の悲しみなど待ってくれないのが古生物界隈である。企画ネタを1つ、恐竜紹介ネタを2つ抱えている真っ最中に、以前紹介したナトヴェナトルと同じバルンゴヨット層からアルヴァレズサウルス類の新属新種が報告されたのである。北海道大学からプレスリリースが発表されている中で筆者が紹介する意義など皆無であることは確定的であるが、しかしそこはつい先月に白亜紀前期のアルヴァレズサウルス類を紹介した本ブログである。今回は流行に乗る形で紹介をしていこう。そんなわけで今回は、バルンゴヨット層から産出した派生的アルヴァレズサウルス類のヤキュリニクス(Jaculinykus yaruui)の紹介である。

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 ヤキュリニクスが産出したバルンゴヨット層についてはナトヴェナトルの階でそれなりに紹介したため、たぶんここでの説明はしなくてもいいだろう。とりあえず論文上ではカンパニアン期とされている。化石はほとんど変形もなく、ほぼ完全に原形をとどめた美しい化石である(どうも派生的アルヴァレズサウルス類では初めて全身が産出したらしい)。ヤキュリニクスの形質は割と典型的な派生的アルヴァレズサウルス類(パルヴィカーソル亜科)であるが、鼻孔の開口部位置や細長くまっすぐな歯骨、三角筋稜の形状などいくつかの固有の特徴も認められた。それではいつも通り頭骨から見ていこう。

A:ヤキュリニクスの産状化石。B:ヤキュリニクス産状化石の模式図。Kubo(2023)より引用。

 頭骨は全体的に上下に低く、前後に長い形状である。頭骨の各パーツはシュヴウイアやケラトニクス、モノニクスなどと比較されているが(産出状況の都合か、ほぼシュヴウイアの話しか出ていないが)、おおむねヤキュリニクスとシュヴウイアとでかなり形質は酷似していたのである。頭骨近くにある程度まとまって見つかった歯は28本が回収されている。サイズは1~5mm、亜円錐形で鋸歯のない歯であり、典型的な獣脚類様の歯を持っていたハプロケイルスとは異なる形状であることが指摘されている。

 首から尾にかけての一連の椎骨や肋骨、神経棘が生存時の配列そのままに発見されている。いくつかの部位が欠損していたり、端部が断片化したりしているが、それでも良好な保存状態であった。ここで特筆するべきことと言えば、仙椎の数が他のパルヴィカーソル亜科と同じ7個であること(ハプロケイルスは5個)、尾の後半は他のマニラプトル類のように若干癒合していることであろう。

 続いて前肢の話である。肩甲骨と烏口骨はそれぞれ分離しており、かつ肩甲骨は長くまっすぐな形状である。上腕骨はハプロケイルスのような細長いS字状ではなく、短くまっすぐな、いかにも頑丈な形状である。遠位手根骨と癒合した第1中手骨はパルヴィカーソル亜科の恒例のごとく太く発達し、その先にある第1指も発達している。退縮した第2中手骨と痕跡レベルの第3中手骨についてもパルヴィカーソル亜科好例だが、ヤキュリニクスでは第3指の部位が全く産出しておらず、退化したのもとみなされている。

 骨盤や後肢については、基本的にパルヴィカーソル亜科として標準的な形質(恥骨と座骨が後方に伸びていること、大腿骨と中足骨がほぼ同じ長さでかつ湾曲していること、)であるとされた。産出した中足骨は見事なまでにアークトメタターサルであり(恥ずかしながらアルヴァレズサウルス類もアークトメタターサルを有していたことを、ヤキュリニクスの記載論文で初めて知った筆者である)、第3中足骨はほぼ後肢の遠位でしか見られない。

 

 系統解析の結果であるが、ヤキュリニクスはパルヴィカーソル亜科の中でシュヴウイアと姉妹群という立ち位置になった。パルヴィカーソル亜科自体は多系統となってしまったが、とはいえネメグト盆地から産出したアルヴァレズサウルス類はある程度まとまった系統関係が示されており(モノニクスがヤキュリニクス+シュヴウイアの姉妹群として、パルヴィカーソルがケラトニクスと姉妹群として示されている)、この辺りはなかなか興味深いところである。

アルヴァレズサウルス類の系統図。Kubo(2023)より引用。

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 さて、ここからが本論文のメインディッシュである。ヤキュリニクスを含めた派生的アルヴァレズサウルス類の多様性や進化、生態について「Discussion」の項目で様々なことが言及されている。

 まずは多様性について。ネメグト盆地は下位からジャドフタ層、バルンゴヨット層、ネメグト層が主に分布している。このうちジャドフタ層の時代にはほぼ砂漠のような環境だったのだが、ネメグト層の時代へ向かうにつれて湿潤な環境へと変化していったことが明らかになっている。ネメグト盆地のアルヴァレズサウルス類は割と乾燥気味の堆積環境(=ジャドフタ層)で多く産出していたのだが、ここにきてバルンゴヨット層という半乾燥環境からヤキュリニクスが産出したということで、アルヴァレズサウルス類が幅広い環境に適応していたことが指摘されたのである。

 続いて前肢の進化について。派生的な種類になるにしたがって前肢が太く短い第1指のみになるという進化を遂げたアルヴァレズサウルス類だが、ヤキュリニクスはおおむねそのただなかにいる恐竜とされている。アルヴァレズサウルス類の前肢進化の過程の中で、かろうじて3本指のシュヴウイアと完全に1本指になったリンヘニクスの中間段階として、2本指のヤキュリニクスが置かれる形となっている。その一方でヤキュリニクスの中手骨などは基盤的アルヴァレズサウルス類の特徴を残しており、アルヴァレズサウルス類の前肢進化が、従来考えられていた以上に複雑であることが指摘された。

 最後になるが、これが多くの媒体で語られていた睡眠姿勢の話である。これまで鳥類様の睡眠姿勢と言えばメイ・ロングやシノルニトイデスといったトロオドン科ばかりであり*1、マニラプトル類の中でも派生的な種類になってから発達したものだと考えられていた。ところがヤキュリニクスが睡眠姿勢で発見されたことで、鳥類様の睡眠姿勢がマニラプトル類の始まりから始まっていたことが明らかにされたのである。論文内では鳥類のような行動からさらに踏み込んで、アルヴァレズサウルス類の羽毛が単純なフィラメント状ではなく、他マニラプトル類にもみられる羽軸を備えた複雑な形状であった可能性を強く主張したのであった。

 

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 以上、大変に長くなったがヤキュリニクスの紹介である。ここからは少し、獣脚類(あえてこう書く)の睡眠姿勢について少し考察してみたい。

 鳥類様の睡眠姿勢と言えば、上記にも軽く触れたメイ・ロングで明らかになったわけだが、そのポイントになるのは以下の2点である。

①前肢・後肢を折りたたむ

②首を後ろへ曲げて、頭を翼の上に乗せる

 まず注目したいのは①の「前肢・後肢を折りたたむ」という点である。この姿勢はオヴィラプトロサウルス類の抱卵姿勢(シチパチ)にも見られるほか、後肢を折りたたんでの休息というだけなら、ディロフォサウルスのものと考えられる足跡化石からも確認されている。2足歩行の生物が休息するなら後肢を折りたたむしかないだろうというのはその通りなのだが、ここで「②首を後ろへ曲げて、頭を翼の上に乗せる」について追加で考えてみたい。鳥類が首を曲げて睡眠をするのは、頭部という体から突き出した部位を折りたたみ体温をできる限り逃がさないためであるという話を聞いたことがある。要するに丸くなって眠る行動というのは、その生物が体温を一定に保つことができる内温性であるということが言えるわけだ。無理やり考えるなら、内温性であるならば鳥類様の睡眠姿勢をとる可能性もありうるということだろう。

 以上より何が言いたいのかというと、鳥類様の睡眠姿勢は基盤的コエルロサウルス類の時点で始まっていたのではないか?ということである。だからと言ってタルボサウルスやデイノケイルスのような巨大な連中まで丸くなっていたと主張する気は毛頭ないのだが(タルボサウルスら大型獣脚類は首が太いため横方向の可動域は狭そうだし、何より大型恐竜であれば慣性恒温性の可能性が考えられるため、体温維持のために丸くなる必要性もない)、シノサウロプテリクスやディロングなどの小型でしなやかな首を持つ(羽毛の発見された)小型獣脚類であれば鳥類様の睡眠姿勢をとっていてもおかしくはなさそうだ、というのがヤキュリニクス記載論文を読んでの感想である。行動は基本化石には残らず、発見されなければ所詮妄想どまりではあるが、可能性ゼロではなさそうだ。とりあえずゴビ砂漠の各地層や、さもなければいつも通り熱河層群義県層あたりに期待したい。

 

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 以上、ヤキュリニクスの記載論文紹介と、獣脚類の睡眠姿勢についての超個人的妄想であった。行動が化石に残りづらいことはつい先ほど記述したが、だからことそういった化石が産出すれば研究は一気に進展するし、いろいろな妄想もはかどるというものである。鳥類への進化を考えるうえで形質のみならず行動の変化を追っていくというのも、鳥類とはどのような生物なのかというのを理解するうえで重要になるだろう。

 ヤキュリニクスに話を戻せば、実はヤキュリニクスはアルヴァレズサウルス類では最良クラスの保存状態を誇る恐竜であったりする。仙椎の数や骨盤の形状、中足骨など、(個人的に)なんとなくわかっていたような気になっていたアルヴァレズサウルス類の何たるかを一度に示してくれたありがたい存在である。今後のアルヴァレズサウルス類の論文には間違いなく引用されるぐらい詳細に記載されているため、とりあえずダウンロードして損はないだろう。7000万年の眠りから覚めた小さな竜は、これからも様々な世界を見せてくれそうだ。

 

参考文献

Kubo K, Kobayashi Y, Chinzorig T, Tsogtbaatar K (2023) A new alvarezsaurid dinosaur (Theropoda, Alvarezsauria) from the Upper Cretaceous Baruungoyot Formation of Mongolia provides insights for bird-like sleeping behavior in non-avian dinosaurs. PLOS ONE 18(11): e0293801. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0293801

*1:とか言いつつ、オヴィラプトロサウルス類のオクソコも睡眠姿勢をとっている状態で化石化したものと、記載論文中で推測されている。ヤキュリニクスの記載論文ではなぜか忘れられているが。

昔の恐竜図鑑を読んでみる~1~

 なんとなくPCで見る当ブログが見づらいと感じつつあるこの頃である。ブログ開設時に何となくで選んだブログデザインではあるが、とりあえず今年中に変更してみようと検討中である。ご了承願いたい。

 そんな予告はさておいて、ここ最近骨格図付きの高カロリー記事が続いていたので、ここいらで少し低カロリー記事を投げようと思った次第である。

 そのうちやりたいと考えているオススメ書籍紹介コーナーで必ず上げようと考えている一冊に、学研や小学館など各種出版社が出している児童向け図鑑がある。紹介される恐竜の種数に過不足は感じられず、説明も非常に分かりやすい。その時点での最新学説が随所に織り込まれているほか、それまでの研究史も時に紹介されていたりもする。図鑑に初めて触れる児童だけでなく、恐竜(を含めた古生物)の知識が全くない人、あるいは10年以上の情報空白期がある人にもオススメができる書籍である。

 とはいえそこは日進月歩の恐竜界隈である。研究が進めば最新情報というものは徐々に変わっていく物であり、更新の難しい書籍などはどうしても情報が古くなってしまうものである。裏を返せば、古い書籍は出版当時の情報がこれでもかと詰め込まれているタイプカプセルになると言えるだろう。

 そんなわけで当ブログ初となるシリーズ企画ものとして、昔の図鑑と現在の図鑑(とその他最新出版された書籍)と比較して恐竜研究の推移を振り返っていこう。なお著作権に配慮する都合上、図鑑本文の写真はほぼ取り上げず文章でどうにか説明していく予定である。ご了承願いたい。

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 というわけで、当コーナーで扱う図鑑はこちらである。

当企画で使用する恐竜図鑑。当然ながら筆者の私物である。



 2000年に学研から出版された『ニューワイド 学研の図鑑 恐竜』である(正確に言えば筆者の手持ちは2002年の第9刷発行ではあるが)。学研社は何度か図鑑の大幅改定を行っており、現在最新の恐竜図鑑は2022年に出版された『学研の図鑑 LIVE』シリーズである。これに加えて2010年に出版された増補改訂版と、小学館から出版されている『小学館の図鑑 NEO』より2002年出版と2010年出版を参考資料として見ていこう。

 懐かしさを感じながらページを開いて「原始的な獣脚類」が紹介されるp23にさっそくフレングエリサウルスとエオラプトルが同居している。フレングエリサウルスは『地球最古の恐竜展』でメイン展示として紹介されていたので、それで覚えている方も多かろう。フレングエリサウルスは三畳紀最大級の獣脚類として紹介されることも多かったが、現在ではおおむねヘレラサウルスのジュニアシノニムとして扱われることがほとんどである。これが反映されたのか、2010年増補改訂版ではフレングエリサウルスは姿を消した。エオラプトルは周知のとおり、エオドロマエウス記載と同時に竜脚形類へ引っ越していった*1が、『ニューワイド 学研の図鑑』では基盤的獣脚類として数えられている。もっとも、エオラプトルなどの三畳紀の恐竜たちは研究次第で系統が変動するため、余り気にしすぎない方がいいだろう。今では常連のタワとエオドロマエウスは記載前であった(タワが2009年、エオドロマエウスが2011年の記載)。

 p24からはケラトサウルス類が紹介されているが、そのなかにシンタルススがいる。よく言われる話だがシンタルスス(Syntarsus)の属名はすでに甲虫類に使われており*2、現在ではメガプノサウルス(Megapnosaurus)に属名が変更されている……というのがざっくりした概要だが、どうも実際はかなりややこしいことになっているようだ。シンタルスス(現メガプノサウルス)の産出地には「南アメリカジンバブエアメリカ」と書かれている。南アメリカは情報不足につき保留するとして、現在確実にメガプノサウルスと同定されている恐竜はジンバブエから産出したMegapnosaurus rhodesiensisのみとされている。これに対し北アメリカ大陸から産出した元シンタルススについてはメガプノサウルスと同属なのか疑問が投げかけられているのである。そんなわけで暫定的に北アメリカ産元シンタルススについてはCoelophysis? kayentakataeと呼ばれたり(英語版Wikipedia)、あるいは”Syntarsuskayentakataeと呼ばれたりしている(Marison 2019、Marsh 2020)。ディロフォサウルスとリリエンステルヌスが分類されていたハルティコサウルス科が2022年版で消し飛ばされているのはディロフォサウルス再記載に伴う系統解析を反映した結果だろう。2022年版ではどちらも「基盤的新獣脚類(コエロフィシス科より派生的)」と書かれている。

 次のページにいるのはケラトサウルスとアベリサウルス科の面々である。アベリサウルス科の種数が少ないことに懐かしさを覚えながらp27の下側へ目を移すと、そこにいるのはドロマエオサウルスに収斂した姿に描かれたノアサウルスである。現在ノアサウルスの姿は同じくノアサウルス亜科であるマシアカサウルスと同じような姿に復元されており、そこに後肢第2指に発達したシックルクローの姿はない。どうもメガラプトルやフクイラプトルと同じ流れをたどったらしい(とはいえ正直、ノアサウルス亜科の前肢にたいそうなシックルクローは不釣り合いな気もするのだが)。

 p28では『カルノサウルス類など』ということで、アロサウルス上科、メガロサウルス科、スピノサウルス科が紹介されている。カルノサウルス類が復活しそうという話はアスファルトヴェナトルの紹介時に書いたが、2022年版ではそれぞれ分割されて紹介された。このあたりの分類がどうなるかは今後の研究次第だろう。ページをめくってもクリオロフォサウルスがここに含まれている(2022年版ではディロフォサウルスと同じページにいる)ぐらいしか現在の研究状況と変化がない……と思いきやネオヴェナトルとアフロヴェナトルが懐かしい表記である。ネオヴェナトルはこの時アロサウルス科として分類されているが、現在はネオヴェナトル科という独自分類に属している。アフロヴェナトルは現在メガロサウルス科に分類され、時代も白亜紀前期からジュラ紀前期として解釈されている。

 なおフクイラプトルは2000年版には掲載されておらず、2010年増補改訂版で初掲載されたが、この時はまだカルノサウルス類への分類であった。2022年版においてフクイラプトルはネオヴェナトル科に分類されているが、ご存じの通りフクイラプトルを含むメガラプトラの分類は定まっていない。これが考慮されたのかは分からないが、2022年版はメガラプトラは全種が未掲載である。メガラプトラの掲載は次回以降の改訂に期待したい。

 

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 というわけで、今回はヘレラサウルス科と基盤的獣脚類、メガロサウルス上科、アロサウルス上科の書かれ方について振り返ってみた。次回はコエルロサウルス類を取り上げてみたい。コエルロサウルス類はこの20年で大きく研究が進み、多数の新属記載や分類の変動があり、図鑑内容も変わっていることが予想される。さあ、昔の図鑑にはどのようなことが書かれているのか、楽しみなものである。

 

参考文献

松下清,2000,ニューワイド 学研の図鑑 恐竜,株式会社学習研究社,p172

伊藤哲郎,2010,ニューワイド 学研の図鑑 恐竜,株式会社学研教育出版,p184

小林快次,2010,地球最古の恐竜展〔公式カタログ〕,NHK,p179

平沢達矢ほか,2022,学研の図鑑 LIVE 恐竜,株式会社学研プラス,p247

舟木嘉浩,2002,小学館の図鑑 NEO 恐竜,株式会社小学館,p183

 

*1:『地球最古の恐竜展』の公式図録では本文こそ獣脚類として紹介されているが、分類には「恐竜類・竜盤類・竜脚形類」と書かれている。また『小学館の図鑑 NEO』の2010年版ではエオドロマエウス記載における新設を採用してか、竜脚形類として紹介されている。

*2:英語版Wikipedia情報で申し訳ないが、ネット上で調べた限りキクイムシの仲間であるCerchanotus属のジュニアシノニムになっているらしい。つまるところ、有効名としてのSyntarsus属は存在していないようだ。

一本爪の系譜

 当ブログを開設して約1年半ほどが経過したわけだが、これまで紹介してきた恐竜の多くは各分類群における原始的な種類(あるいは祖先的な特徴を残した種類)である。たぶんにこれは筆者の趣味が可視化された結果と言えよう。実際のところ、原始的な種類というのは第一印象には何も特徴がない(そして実際に他の分類群とを分かつ特徴も少ない)がゆえ、研究によって系統位置が頻繁に変化するものである。見た目の派手さがない故に知名度の低い存在ばかりだが、しかし研究結果の派手さは派生的な存在よりも上である。情報を追うたびに頭痛がするが、先述の派手さゆえに情報を追う手を止められないというのが個人的な意見というか原始的な種類が面白いと思う理由である。

 そんなわけで今回は中国の新疆ウィグル自治区および内モンゴル自治区の下部白亜系から産出した、基盤的アルバレズサウルス類2種の同時紹介である。ひとつの原記載論文で同時に記載されていた彼らだが、現状再記載が行われていないようなのでかなり情報量が貧弱になってしまうが、そこについてはご了承願いたい。

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 まずは論文中で先に記載が行われたシユニクス(Xiyunykus pengi)の紹介をしていこう。シユニスクが産出した地域は中国新疆ウイグル自治区ジュンガル盆地の五彩湾地域に分布するツグル層群の下部白亜系であり、年代はバレミアン〜アプチアンとされている。五彩湾地域と言えばグアンロングやシンラプトル、マメンチサウルスなどが産出する石樹溝層であるがこちらはジュラ紀後期カロビアン~オックスフォーディアンであり、ツグル層群は石樹溝層ののちの時代(約3000万年後)の生態系を示しているといっていいだろう。石樹溝層からは基盤的アルバレズサウルス類としては最古級であるハプロケイルスが産出しており、ハプロケイルス以降のアルバレズサウルス類の何たるかも明らかになった。

シユニクス骨格図。Xing(2018)をトレースし、産出部位を白、未産出部位を灰色で塗分けたもの。骨盤の形状はハプロケイルスを参照に描き直した。

 シユニクスのホロタイプ標本(IVVP V22783)は関節が外れてバラバラになった1個体分の化石である。産出した部位は下顎の後半、前頭骨、首から尾までのほぼ一連の椎骨および肋骨、肩甲烏口骨、上腕骨、右後肢のほぼすべてと左後肢の膝より下の部位である。このうち頚椎外側に配置された2つが水平に配置された空間(おそらくは気嚢を収めるためのものだろう)や頚椎神経棘の後方に位置する深い穴、肩甲骨の溝の形状などが、シユニクスの固有の特徴とされている。大腿骨の周囲長から推定体重は15kg、成長線から年齢は9歳の亜成体であると推定されている。

 シユニクスの骨格には新旧アルバレズサウルス類(旧に当てはまるのはハプロケイルスのみ*1だが)の特徴をモザイク状に持ち合わせていた。前頭骨などの頭蓋骨各要素の形状はハプロケイルスに酷似すると指摘され、肩甲骨の長さが基本的に短い派生的アルバレズサウルス類と異なり、肩甲骨も比較的長かった。その一方で頚椎の溝の形状や烏口骨の突起、第三中足骨の断面が準三角形になるなど、シュヴウイアなどの派生的アルバレズサウルス類と共通してみられる特徴も確認された。

 

 次はバンニクス(Bannykus wulatensis)である*2。バンニクスが産出した地域は内モンゴル自治区に分布するバインゴビ層(Bayingobi Formation)である。年代は白亜紀前期アルビアンとされており、シユニクスとは(ツグル層群の推定年代にかなりの開きがあるが)ほぼ同時代と言っていいだろう。

バンニクス骨格図。上記シユニクス骨格図同様にXing(2018)をトレースし、産出部位を白、未産出部位を灰色で塗分けたもの。

 ホロタイプ標本(IVPP V25026)は部分的に関節した1個体分の標本である。産出部位は骨格図を見る限り頭蓋骨、首から尾までほぼ一連の椎骨および肋骨、ほぼ完全に出そろった前後肢である。バンニクス固有の特徴として挙げられているのは第1中手骨の側面が第2中手骨との関節面を形成していること、第2中手骨が内側に湾曲していることなどであり、おもに前肢に固有の特徴が確認された*3。シユニクスと同じくバンニクスも体重と年齢の推定が行われており、大腿骨の周囲長から推定体重は24kg、成長線から年齢は8歳の亜成体であると推定されている。

 化石の見た目からして明らかにアルバレズサウルス科の過渡期といった印象のあるバンニクスであるが、研究結果はバンニクスが見た目通りの存在であることを示していた。ほとんどまっすぐな肩甲骨に弱い稜線上の突起が見られる烏口骨は、先述のシユニクスと派生的アルバレズサウルス類の中間的な形態であるとされた。

 最も注目されたのは前肢である。尺骨の遠位(肘)には突起が存在するが、この大きさはシユニクスと派生的アルバレズサウルス類の中間サイズだった。また前肢第1指は肥大化が起きる一方で第3指は退縮を起こしていたが、こちらも派生的アルバレズサウルス類に比べればまだ極端ではなかった。加えて派生的アルバレズサウルス類では第2、第3中手骨がほぼ一体化しているのだが、バンニクスではまだ分離しているということも明らかになった。論文には特筆されていないが3本の指のうち最も長いのは第1指であり、こちらもまた第2指が最も長いハプロケイルスと第1指以外は極端に退縮させた派生的アルバレズサウルス類との中間型である。

 

 記載が終われば系統解析の時間だが、結果は化石を見た通りそのままである。アルバレズサウルス類の最基盤にアオルンが、ついでハプロケイルスが位置付けられたが、シユニクスはハプロケイルスの次の段階に(ツグルサウルスを姉妹群として)置かれることになった。そしてバンニクスはシユニクスの次の段階に置かれたのである。またこれによりハプロケイルスから派生的アルバレズサウルス類までにあった非常に長い時代的ギャップがきれいに埋められることになった。ハプロケイルスと派生的アルバレズサウルス類の中間的な形態を備えたシユニクスとバンニクスであるが、まさに形態通りでありそして時代通りの結果となったのである。

アルバレズサウルス類の系統図。Xing(2018)より引用。



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 ここまでがシユニクスおよびバンニクスの紹介である。ここからはアルバレズサウルス類の進化について、少しばかり自由に考えていきたい。

 派生的アルバレズサウルス類の前肢の使い道は正直不明としか言いようがないのだが、『恐竜学入門[監訳:真鍋真]』では「おそらく、短くも力強い腕は穴を掘るのに使ったのだろう」と書かれており、『恐竜の教科書 最新研究で読み解く進化の謎[著:ダレン・ナイシュ]』ではもっと踏み込んで「これらの特異な前肢は掘るための道具のようで、腐食した木を割って内部を露出させ、アリやシロアリなどの昆虫を捕食していたのではないかという説がある」と書かれている。要するにアルバレズサウルス類の前肢の進化は、食性の変化に対応した結果というわけである。バンニクスの段階ではまだ第1指が肥大化しただけではあったが、おそらくこの時点で食性は雑食から昆虫食へと変化していたのだろう。

 ここで気になるのは、アルバレズサウルス類を昆虫食(あるいはアリ食か?)へと駆り立てたものは何だったのかということである。考えられるのは獲物となる昆虫の多様性増加、そして他獣脚類とのニッチ分割である。前者の昆虫多様性については化石情報の少なさ(と筆者の無知)により正直よくわからないというのが個人的感想であるが、被子植物の多様性増加とともに昆虫の多様性も増加したという話を聞いたことがある。被子植物が勢力を拡大したのは白亜紀に入ってからであり、これが巡り巡って当時の恐竜に影響を与えた可能性はありそうだ。

 もう一つの可能性である他獣脚類とのニッチ分割はどうだろうか。白亜紀前期にはコエルロサウルス類の全分類群が出そろっており、各々が独自の方向性へと進化する真っ最中であった。ティラノサウルス上科とドロマエオサウルス類は中小型の捕食者へ、トロオドン科はそれらより小型の捕食者へと進化した。オルニトミムス類とテリジノサウルス類はどちらも植物食へと食性を変化させながらも、おそらくは生態を少しずつ変えて共存したのだろう。そうなると(オヴィラプトロサウルス類の立ち位置が不明だが、)アルバレズサウルス類に残された空席は昆虫食特化ぐらいになってしまう。くしくも先述通り白亜紀前期に昆虫の多様性が増大したと考えられているため、アルバレズサウルス類が昆虫食特化へと舵を切っても問題はなさそうだ。無論のことながらこの考察は証拠ゼロの妄想もいいところである。実際のところはどうなのか、それは今後の研究次第である。

 

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 以上、2018年にまとめて記載された基盤的アルバレズサウルス類のシユニクスとバンニクスの紹介およびアルバレズサウルス類の進化についての個人的妄想であった。シユニクスが産出したツグル層群や、バンニクスが産出したバインゴビ層はあまり研究情報を聞く地層ではないのだが、それでもツグル層群からはケルマイサウルスやウェロホサウルスなどが、バインゴビ層からはアラシャサウルスが産出しており、今後も何か産出しそうな地層である。今後の研究次第ではあるが、両地層の発掘研究が進むことで熱河層群とほぼ同時代に東アジアの内陸(かつおそらく熱河層群よりも低地)にどのような生態系が存在していたのかが明らかになりそうだ。特にバインゴビ層はのちの時代に堆積したジャドフタ層からネメグト層まで一連のモンゴル産古生物相へつながる可能性もあり、ジャドフタ層やネメグト層の原型が時代的空間的にどこまで存在していたのかということも明らかになりそうだ。

 アルバレズサウルス類に話を戻せば、シユニクスとバンニクスをもってしても埋めることができない空白期間がまだ2か所存在する。1か所目がハプロケイルスからシユニクスまで、ジュラ紀後期キンメリッジアンから白亜紀前期オーテリビアンまでの約2800万年間、2か所目がシユニクスからパタゴニクスまで、白亜紀前期アルビアンから白亜紀後期チューロニアンまでの約2300万年間―――俗に「白亜紀中期」と呼ばれる有名な空白期―――である。この空白期から新たな化石が産出すれば、ジュラ紀後期から始まった一本爪の一族がたどってきた道のりが明らかになるだろう。思えばアルバレズサウルス類が鳥類か恐竜かについて、たった3属*4で議論されていた往時と比べて、アルバレズサウルス類の属種数も随分と増えたものである。彼らの研究はこれからも注目だ。

 

 そんなわけで今回および前回となんちゃって骨格図みたいなものを(トレースだけど)こさえてみました。シユニクス&バンニクスの記載論文を見て「これは自分でブログ用の骨格図を作らねば…」と使命感半分で試しましたが、えらい疲れました。とはいえトレース作戦でなんとかなりそうなのは分かったので、次は別の古生物でも試してみたいところ……。

 

参考文献

Xing Xu, Jonah Choiniere, Qingwei Tan, Roger B.J. Benson, James Clark, Corwin Sullivan, Qi Zhao, Fenglu Han, Qingyu Ma, Yiming He, Shuo Wang, Hai Xing, and Lin Tan, 2018, Two Early Cretaceous Fossils Document Transitional Stages in Alvarezsaurian Dinosaur Evolution. Current Biology. 28: 2853–2860.e3. DOI : https://doi.org/10.1016/j.cub.2018.07.057

*1:石樹溝層からは他にアオルンとシシュグニクスの2種類のアルバレズサウルス類が産出しているのだが、片や幼体、片や前後肢のみの産出という状況である。よってまともに比較可能な恐竜はハプロケイルスのみということになる。余談だが、この3種はアルバレズサウルス科には含まれないとする研究もあるらしい

*2:書いている最中に知ったのだが、バンニクスのホロタイプ標本は2012年に幕張メッセで開催された『世界最大 恐竜王国2012』にて「ウラテサウルス(Wulatesaurus sp.)」の名義で展示されていたようだ。図録のp116には実物化石(と何を参考にしたのか分からない復元骨格)の写真が掲載されているが、掲載された部位はおおむねバンニクスと一致する。

*3:ちなみに論文上では獣脚類の前肢の指の配列をⅡ-Ⅲ-Ⅳとしている。これについてはリムサウルスの記載論文を参考していることが理由だが、現在の解釈では東北大学の田村博士が提唱したⅠ-Ⅱ-Ⅲが定説となっている。これに限らず獣脚類の指の話が出た時には参考文献と数え方に気を付けていただきたい。

*4:2002年に小学館から刊行された『小学館の図鑑 NEO 恐竜』ではアルバレズサウルス、パタゴニクス、モノニクスの3属が「古いタイプの鳥」のページで紹介されている。2000年に学研が刊行した『学研の図鑑 恐竜』では「アルヴァレスサウルス類」としてまとめられているものの、メンバーは変わらず3属である

古代玉渓の盾

 ゴンコケンに続いて6月記載組のベクティペルタについての解説妄想を展開しようと思ったのだが、どうもオープンアクセスの期間が切れたようである。悲しみを覚えた筆者であるが幸いなことにネタはまだいくらでも存在するのだ。そんなわけで今回は2022年3月に記載された基盤的装盾類(と呼ぶべきではない気もするが。詳しくは後述)であるユクシサウルス(Yuxisaurus kopchicki)を紹介していこう。前置きが全く思い浮かばないので早速本編である。

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 ユクシサウルスが産出したのは中国南西部雲南省に分布する下部ジュラ系の逢家川累層(Fengjiahe Formation)である。時代は生物相からヘッタンギアンからシネムーリアン(201.3~190.8Ma)とされていたが、近年では地磁気の面から測定した年代でシネムーリアンからトアルシアン(190.8~174.2Ma)という年代が得られている。いずれにせよとりあえずジュラ紀前期であること、トアルシアン海洋無酸素事変よりも前の時代であるということは確定であるようだ。同層からはルーフェンゴサウルスやユンナノサウルスなどの原竜脚類(昔で言うところの「古竜脚類」)などが産出するほか、シュアンバイサウルスと名のついたシノサウルスに似た獣脚類が産出している*1。似たような生物相はジュラ紀前期の各地(ディロフォサウルスが産出するカイエンタ層など)で確認されており、超大陸パンゲアの影響力がまだ強かったことをうかがわせる。

 獣脚類や原竜脚類など、後の時代までつなが区分類群がすでに出現していたジュラ紀前期の世界だが、すでに基盤的装盾類はスクテロサウルスやスケリドサウルスなどの形で各地に出現していた。ところが東アジアではビエノサウルスおよびタティサウルスなどの断片的な化石しか産出しておらず、事実上東アジアの装盾類の情報はごっそり欠けていたのである*2。そこにきてのユクシサウルスは(スケリドサウルスに比べれば断片的だが)東アジアでは初めてまともな系統解析が可能な基盤的装盾類になった。それではユクシサウルスの紹介である。

 

 

ユクシサウルス骨格図。Xi(2022)に掲載された骨格図をトレースし、産出部位を白、未産出部位を灰色で色分けた。

 ユクシサウルスのホロタイプ標本(CNEB 21701)は1個体分の主に前半身からなり、産出部位は頭骨の大部分と下顎の後半部、4つの頚椎、5つの胴椎、左肩甲骨、右烏口骨、右上腕骨、左大腿骨遠位、120以上の皮骨である。頭骨や頚椎の癒合具合から成体であると考えられている。固有の特徴は主に頭骨を中心に複数が確認されており、これ以外にも頚椎や大腿骨にも固有の特徴が確認された。前後肢はスケリドサウルスやエマウサウルスよりも頑丈なつくりであり、全体的にがっしりとした体つきだったようだ。

 産出した各部位は必然的にスケリドサウルスやエマウサウルスなどの基盤的装盾類やそれ以外の派生的装盾類などと比較検討が行われていた。上顎要素のほとんどはスケリドサウルスなどの基盤的装盾類に酷似していたが、頬骨に関してはより派生的な鎧竜類に酷似しているようだ。一方で下顎や歯には他の装盾類には見られない独自の特徴が確認されている。頚椎や胴椎も基盤的装盾類との比較が行われたが、やはりこちらもスケリドサウルスなどに形質が似通っている。

 先述の通り、ユクシサウルスのものと考えられる皮骨が120以上が産出している。生存時の位置そのままというわけにはいかなかったが、他装盾類との比較からある程度の配置は推測されている。首や肩には厚さの薄い三角形の皮骨、より厚い三角形の皮骨、円錐形の皮骨が配置されていたようだ。胴体には楕円形かつ稜線が発達した皮骨が、おそらく尾まで配置されていた。胴体はこれらの大きな皮骨の間に小さな皮骨が配置されていた可能性を推定されている。

 骨格各所に基盤的装盾類の特徴がみられたユクシサウルスは、系統解析でも順当な結果が得られた。ユクシサウルスはステゴサウリア(Stegosauria)と分岐した直後のアンキロサウロモルファ(Ankylosauromorpha)の基底部で、エマウサウルスと姉妹群という扱いでスクテロサウルスの次の段階に位置付けられることになった。ユクシサウルスのみならず、本論文ではかつて「スケリドサウルス科」とも呼ばれた基盤的装盾類の系統関係についても再検討を行っている。その結果スクテロサウルスからスケリドサウルスまでの装盾類は、ステゴサウリアとアンキロサウロモルファの分岐前に位置付けるよりも、アンキロサウロモルファの基底部に位置付ける仮説がより強く支持される結果となったのである。詰まるところ、彼らは「基盤的装盾類」ではなく「基盤的鎧竜類」と呼んだ方が適切という話になったのである*3。これによってユクシサウルスをはじめとした基盤的鎧竜類はジュラ紀前期のうちに急速に世界中へと勢力を拡大していたことが明らかになったのである。

ユクシサウルスを含めた基盤的アンキロサウロモルファの系統図。Xi(2022)より引用。

 

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 以上がユクシサウルスの概要である。ここからは少し、ユクシサウルスというか基盤的鎧竜類(旧スケリドサウルス科)について個人的見解を少し考えていきたい。

 ジュラ紀前期にはユクシサウルスのような基盤的鎧竜類が主にユーラシア大陸を中心にして広く分布していた。胴体を覆う楕円形の皮骨や頂点のとがった三角形の皮骨などはのちの派生的鎧竜類にもみられる形状だが、一つ一つの皮骨は過度に長かったり、大きくなったりといったことはない。尾の先端にはまだ装飾はなく、鎧竜類としてはかなりシンプルな見た目である。ジュラ紀前期という鳥盤類にとってかなり初期の時期であるということを考えればこれほどシンプルな形質であることも納得いくのだが、それにしてもシンプルだ。

 これはおそらく、当時の捕食者に合わせたものなのだろう。ジュラ紀前期と言えば獣脚類が急速に大型化した時代ではあるのだが、それでも最大全長は6mどまりである。さらに言えばその体躯も華奢であり、ディロフォサウルス以降の獣脚類でようやっと顎が頑丈になってきたか、といったところである(そのディロフォサウルスでさえ、基本的な体つきは巨大化したコエロフィシスと言えそうな華奢さである)。捕食者側がこれであれば被食者側は首周りを防御できる程度の武装と、胴体への攻撃を最低限はじくことができる防御のみで済むはずである。鎧竜類の重武装化が進んだのはジュラ紀後期あたりであり、この時代になれば10m級の捕食者がうようよ出現している。あるいは捕食者が要因ではなく、種内闘争などの行動様式が複雑化していった結果、重武装に進化していったのかもしれない。こうしてみるとやはりジュラ紀前期という時代は本格的に恐竜時代が始まったのだと(なんとなく)実感できるものだ。

 

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 以上、ユクシサウルスの紹介と筆者の妄想をグダグダと語っていった。論文内でも語られたが、ユクシサウルスの記載によって基盤的鎧竜類(あるいは基盤的装盾類)の勢力が東アジアまで拡大していたこと、勢力拡大がジュラ紀前期という早い段階で達成されていたことが示された。ジュラ紀の装盾類と言えばどうしてもステゴサウルスなどの剣竜類の印象が強いが、こうしてみると意外なほど鎧竜類も奮闘していたことがうかがえる。装盾類の初期進化と進化については(『恐竜博2023』の図録などで嘆かれている通り)いまだにわからないことが多い。特にステゴサウルス類とアンキロサウルス類の分岐については完全に振り出しに戻された感は否めないが、これもそのうち新しい情報が得られるに違いない。

 ユクシサウルスをはじめとしたジュラ紀前期に全盛期を迎えた基盤的鎧竜類、原竜脚類、基盤的獣脚類はいずれも、ジュラ紀前期末に起きたトアルシアン海洋無酸素事変の影響を受けて軒並み絶滅することになった。とはいえ命脈が完全に断たれたわけではなく、いずれの分類群も一部派生的な恐竜は次の時代へと子孫をつなげた訳である。ユクシサウルスら基盤的鎧竜類もまた、後の時代にはさらに重武装を発達させ、最終的には中生代の終焉に立ち会うまでに至ったのである。

 

参考文献

Xi Yao, Paul M Barrett, Lei Yang, Xing Xu, Shundong Bi (2022) A new early branching armored dinosaur from the Lower Jurassic of southwestern China eLife 11:e75248

*1:2017年に記載されたのはいいのだが、2019年にシノサウルスのジュニアシノニムである可能性が指摘された。

*2:なお、ここにあげた恐竜はいずれも装盾類であるということまでしか分からない断片的な物であり、2007年や2019年などに疑問名として扱うことが提唱されていたようだ。当然ながらユクシサウルスの記載論文でもいないものとして扱われている。

*3:実のところこの話はスケリドサウルスの再記載(David 2021)時点で提唱されており、『恐竜博2023』のスケリドサウルスに付けられたキャプションでも同様の内容が言及されていた。なお図録にはこの話は掲載されておらず、スケリドサウルスは基盤的装盾類という扱いになっている。ついでに図録にはユクシサウルスの名前も掲載されている。

砂漠に泳ぐハンター

 水棲恐竜の代名詞と言えば、今やスピノサウルスだろう。待ち望まれた追加標本の発見後、2014年に発表された四足歩行スピノ、通称「セレノスピノ」は各所で議論を巻き起こした。そこから8年が過ぎた現在もなお、スピノサウルスの姿は変わり続け、今なお議論は止みそうにない。そんなさなかの2017年に颯爽と記載されたのがモンゴルのジャドフタ層―――ヴェロキラプトルやシチパチなどが産出した地層―――から産出したハルシュカラプトル(Halszkaraptor escuilliei)である。記載と同時にハルシュカラプトル亜科が設立され、編入されたマハカラとフルサンペスとともに、東アジアにおけるドロマエオサウルス科の多様性を示すことになった。そんなハルシュカラプトル亜科に2022年12月、新たな仲間が加わることになる。そんなわけで今回はハルシュカラプトル亜科の新属新種、ナトヴェナトル(Natovenator polydontus)と、ハルシュカラプトル亜科については筆者がぼんやり考えていることについてグダグダ語っていこう。なお今回は前回以上に輪をかけていまさらな話をしていくのだが、それについてはご理解ご了承の上読み進めていただきたい。

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 ナトヴェナトルが産出したのはモンゴル、ゴビ砂漠はヘルミンツァフに分布するバルンゴヨット層である。正直に言って聞きなじみのない地層であるにもかかわらず、記載論文では層序的な話はいっさいでてこない。一応、同エリア同層から産出したアンキロサウルス類の記載の際には上部白亜系、すなわち白亜紀後期の中期から後期カンパニアンとされている。ハルシュカラプトルが産出したジャドフタ層もおおむねカンパニアンであり、バルンゴヨット層は上位にネメグト層(マーストリヒチアン)が接している*1。このため時代的にはジャトフタ層よりも新しい地層であるようだ。完全な頭骨を含めた全身の大部分が化石として産出した(ただし左後脚がごっそり欠落していたり、右前脚の肘から先もないなど、けして完全な化石ではない)。頭骨が若干変形を受けている以外は、変形も少なくおおむね生存時の形態をほぼ反映していると言っていいだろう。

 このように完全な化石が産出したためか、原記載論文の割には割合に詳細な骨学的記載が行われた。ホロタイプ標本(MPC-D 102/114)の記載に基づき、ナトヴェナトルの固有の特徴はおもに以下の通りとされている*2

・前上顎骨歯13本が密集する一方で、上顎前歯は3本と減少している

・前後に長い外鼻孔(前眼窩窓より前の頭蓋骨の30%を占める)

・頚椎が非常に細長い

ナトヴェナトル骨格図。Lee(2022)より引用

 それではナトヴェナトルの骨格を見ていこう。頭骨はわずかに圧縮を受けているが、おおむね原形を保っている美しい保存状態である。前後に長い外鼻孔はナトヴェナトルの特徴の一つだが、この特徴は他のドロマエオサウルス類には見られない代わりに、イクチオルニスなど(おそらく魚食性)の鳥類に共通してみられているようだ。頭骨の外形や吻部に見られる多数の穴(神経や血管を通す穴と考えられている)、小さいながらも密集した歯などは他のハルシュカラプトル亜科(マハカラとフルサンペスの産出量が大変にショボい都合上、ほぼハルシュカラプトルのみが比較対象)と共通しているが、外鼻孔がより後方に位置されていたり、前上顎骨歯の数が13本(ハルシュカラプトルは11本)となっていたりするなど、ハルシュカラプトルとは異なる形質が多々確認されている。

 頚椎は第5頚椎が欠損しているが、それ以外はきれいに産出した。一つ一つの頚椎が長く伸びているため、他ドロマエオサウルス類よりも首は長く、胴体の長さ(胴椎の合計)よりも長い首をしていたようだ。胴椎および肋骨の全体的な形状(流線形)や細かい特徴はヘスペロルニスなどの潜水を行う鳥類と酷似していた。近位尾椎の形状はハルシュカラプトル亜科に典型的な形状をしていたようである。

 前後肢はあまり産出していないためか、記述は割とあっさりしたものになっている。上腕骨は遠位方向に平らかつ全体の比率としてはやや小さめとなっており、第3中手骨は頑丈であるなど、ハルシュカラプトル亜科に共通の特徴が確認されている。大腿骨も後方に隆起が存在しており、やはりハルシュカラプトル亜科の特徴を有していた(シックルクローは産出していないようである)。

 化石の記載が終われば次は系統解析であるわけだが、ナトヴェナトルは順当にハルシュカラプトル亜科の派生的な分類群としてフルサンペスおよびマハカラと多系統をなした。この系統ではハルシュカラプトル亜科はドロマエオサウルス類の最基盤に位置付けられ(時点がウネンラギア亜科、ついでミクロラプトル亜科が位置付けられる)、ハルシュカラプトルはナトヴェナトルの一つ下、すなわちハルシュカラプトル亜科の最基盤に位置付けられた。ハルシュカラプトルが産出したジャドフタ層はナトヴェナトルが産出したバルンゴヨット層の下位に位置するため、系統解析の結果はそれぞれの生息時代にほぼ適合しているといっていいだろう。

ハルシュカラプトル亜科を含めたドロマエオサウルス類の系統図。赤字がナトヴェナトル。Lee(2022)より引用

 そして議論の項目では、ナトヴェナトルの生態について考察されている。いわく、小さい多数の歯、吻部に集中する神経腔、長い首、流線形の胴体など、ナトヴェナトルに確認された特徴の多くが現生の潜水性鳥類やタニストロフェウスや首長竜などの潜水をしていたと考えられる絶滅生物にも共通してみられると指摘されたのである。このことから、ナトヴェナトルが潜水が可能な半水生の獣脚類であったこと、ハルシュカラプトルは半水生への移行段階にあったことが論文で主張された。またジャドフタ層の時代からバルンゴヨット層の時代まで約400万年間、半水生のニッチがハルシュカラプトル亜科に受け継がれていたことを証拠として、非鳥類恐竜の多様性と潜水性鳥類との収斂進化を指摘して論文が閉められた。

 

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 さて、ここからは妄想パートである。ナトヴェナトルが所属するハルシュカラプトル亜科が潜水遊泳が得意、少なくとも河川生態系に強く依存した恐竜であったという前提条件のもと(なにせこの前提を考え直そうとしたことが、この記事がお蔵入りした直接の要因である)、以下のようなことを考えてみたい。

 まず一つ目は、ハルシュカラプトル亜科がなぜ河川生態系に依存するようになったのか、ということである。河川環境に適応した獣脚類という時点で恐竜としては非常に珍しい分類群であるハルシュカラプトル亜科だが、冒頭で述べた通りスピノサウルス科も河川環境に適応した分類群である。鳥盤類ではコリアケラトプスが河川環境への適応が指摘されていたり、ハドロサウルス類が半水生であることが指摘されていたりと、河川環境への適応というのは恐竜の中ではそれなりに発生している。そこには何かしらの要因がありそうな気がするが、ハルシュカラプトル亜科の場合は何が要因となって河川環境へ適応したのだろうか?

 思い浮かぶのは環境と他獣脚類の影響である。ハルシュカラプトルが産出したジャドフタ層の堆積環境は、かなり乾燥した陸上環境とされている。厳しい環境故に(植物食しかり肉食しかり)大型恐竜はジャドフタ層にはほとんどおらず、上記捕食者(ジャドフタ層ならば頂点捕食者と言って差し支えない)にはヴェロキラプトルとツァガーンがついていた。そんな中で複数種のドロマエオサウルス類が共存するために、点在していた三日月湖などの河川環境へと活路を求めた存在がハルシュカラプトル亜科だったのではないかと考えることができそうだ。ハルシュカラプトル亜科の進化を考えるうえで環境要因、そして同地域に生息していた他ドロマエオサウルス類(ほぼヴェロキラプトル一択だが)の影響は強いと見ていいだろう。

 そして二つ目に、ハルシュカラプトル亜科が今後ネメグト層で産出する可能性についてである。現在ハルシュカラプトル亜科が産出している地層と言えば、ハルシュカラプトルとマハカラが産出したジャドフタ層と、ナトヴェナトルとフルサンペスが産出したバルンゴヨット層に限られる。ネメグト層でドロマエオサウルス類といえば全長2mのアダサウルスしか命名されていないが、英語版Wikipedia情報によれば他にも断片的なドロマエオサウルス類化石の報告はあるようだ。加えてネメグト層の時代はそれ以前の時代よりも湿潤な環境であったとされており、河川環境には事欠かなかったと考えられている。であるならばネメグト層こそがハルシュカラプトル亜科の本番ととらえることもできそうである。一応ネメグト層からはワニ類の化石が産出しているが、現生潜水性鳥類であるカイツブリ科はワニ類と生息地域が重なっているらしい(ちゃんと調べたわけでは無いが)ため、ネメグト層にワニ類がいてもハルシュカラプトル亜科にはなんの問題もないだろう。タルボサウルスやサウロロフスといった大物が目を引くネメグト層だが、オクソコを始めとした複数種のオヴィラプトロサウルス類のように小型の恐竜も産出しているのだ。あるいは上記に上げた断片的なドロマエオサウルス類のいずれかに、ハルシュカラプトル亜科が紛れ込んでいる可能性もありうるだろう。

 

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 以上、本当は記載論文投稿直後にやりたかったナトヴェナトルの紹介およびハルシュカラプトル亜科についての妄想語りであった。界隈に衝撃を与えたハルシュカラプトル記載だが、現在ではハルシュカラプトル亜科の存在は普通に受け入れられている。ジャドフタ層限定の存在かと思いきやナトヴェナトルという形でバルンゴヨット層にも存在していたことが明らかとなる中、ネメグト層でハルシュカラプトル亜科の産出を期待する気持ちは(個人的に)増す一方である。

 ゴビ砂漠でハルシュカラプトル亜科として一定の繁栄を保った潜水性ドロマエオサウルス類だが、他地域―――例えばララミディア―――はどうだろうか。小型生物は化石化の過程で失われやすくなかなか化石には残らないことは、当ブログの読者様であれは既知の内容であろう。ないものを語るわけにはいかないが、常に予想の斜め上を飛んでいく古生物学のことだ。その地層では見られない、しかし何だかデジャブを感じる化石がひょっこりと産出するかもしれない。そうなれば、我々が知らなかった世界が新しく見えてくることだろう。

 

Lee, S., Lee, YN., Currie, P.J. et al. A non-avian dinosaur with a streamlined body exhibits potential adaptations for swimming. Commun Biol 5, 1185 (2022). https://doi.org/10.1038/s42003-022-04119-9

*1:もとはと言えばネメグト層の下部層として認知されていたらしい。

*2:下記以外に尺骨や中手骨、中足骨などにも固有の特徴が確認されている。

その歩みは南の果てへと

 2023年は新属記載のニュースがどうにも乏しいと考えていた節はある。そんなわけで当ブログではアスファルトヴェナトルやチャンミアニアなど、記載済みだが知名度は低い恐竜たちを紹介してきたわけだが、まさかの6月に3属も記載されてしまったわけである。どれもこれも(古生物すべてがそうと言えばそうなのだが)大変面白い存在ばかりであり、誰を紹介するべきか非常に迷ったのだが、今回はチリ南端部の最上部白亜系から産出した広義ハドロサウルス類のゴンコケン・ナノイ(Gonkoken nanoi)を紹介しよう。ハドロサウルス類の進化と放散を考えるうえで重要な存在であり、地味に日本産恐竜も関わってくるのである。なお現時点(9月)においては3か月も前の話であり、とっくの昔に速報ではなくなっていることについてはご理解ご了承のうえスルーしていただきたい。

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 ゴンコケンが産出したのはチリ南部のパタゴニア地方、リオ・デ・ラス・チナス渓谷に分布するドロデア層の上部である。ドロデア層は白亜紀後期カンパニアン期から新生代第三紀暁新世ダニアン期までに大陸棚からデルタ、河川環境で堆積した地層である。このうちゴンコケンの産出層準の時代については71.7〜70.5Maと、前期マーストリヒチアンに対応する年代が推定されている。層厚80cmの地層から3個体分の化石がまとまって産出しているが、一方で化石そのものは完全に関節が外れた状態であり、ホロタイプとして指定されたのは成体の右腸骨(CPAP3054)のみであった(それ以外の化石はパラタイプ標本に指定された)。

 それでは、恐竜紹介である。ゴンコケンの全長は成体で4mと推定されており、広義ハドロサウルス類の中でも小型であった。ホロタイプおよびパラタイプをかき集めることで頭骨の大部分に肩甲骨、烏口骨、上腕骨、腸骨、坐骨の一部、大腿骨、脛骨および胴椎や肋骨、尾椎の一部について情報が明らかとなった。ゴンコケン固有の特徴としては、以下のものが挙げられている。

・前方腹側へ湾曲して伸びる稜線状突起を持つ肩甲骨

・後方腹側へ伸びる寛骨臼突起

・前後方向へ発達した稜線を持つ腸骨

 これ以外にもゴンコケンには基盤的ハドロサウルス類の特徴と派生的ハドロサウルス類の特徴が多々入り交じっている。それでは、いつも通り頭骨から見ていこう。

ゴンコケン骨格図。発見部位は白色で示されている。Jhonatan(2023)より引用。

 

 頭骨のうち、頬骨の関節面は他のハドロサウルス類と異なり四角形に近い形となり、また頑丈にできている。歯骨は約25本の歯列を持つという、基盤的ハドロサウルス類によく見られる特徴が確認された(派生的ハドロサウルス類では30本土以上の歯列となる)。これ以外にも歯骨などの頭骨各部位には基盤的ハドロサウルス類で見られる特徴がいくつか確認された。

 典型的な広義ハドロサウルス類の胴椎、尾椎に続いて、肩甲骨や烏口骨も典型的なハドロサウルス類の形状である。ただし肩甲骨の三角筋稜はあまり発達していない。これに加えて既知南米ハドロサウルス類*1とは異なり肩甲骨の突起が前方腹側に傾斜していたり、烏口骨面が狭いなど、既知南米ハドロサウルス類とは異なる特徴も持ち合わせていた。上腕骨の三角筋稜が派生的ハドロサウルス科よりも小さく(そのかわりか高さは派生的ハドロサウルス科よりも高い)このあたりの特徴も、ゴンコケンの原始的さを際立たせている。

 骨盤もなかなか独特な形状である。腸骨の背側がまっすぐな形状をしていたり、仙椎の稜線が発達していたりするなど、南米ハドロサウルス類には見られない特徴が多く確認されている。とはいえ基本的な形状(寛骨臼状の突起形状、大腿骨の形状)はハドロサウルス類に広く見られる特徴であり、ハドロサウルス類として原始的な形質は残しつつもイグアノドン科の特徴は一切見られない骨格である。

 

 基盤的なハドロサウルス類の特徴がよく見られたゴンコケンだが、系統解析においてもやはり基盤的な系統に位置付けられた。ハドロサウルスより派生的なハドロサウリダエに含まれない広義ハドロサウルス科(ハドロサウロイデア)のなかでもエオトラコドンより一つ派生的な場所に位置付けられたのであった(ちなみに日本における基盤的ハドロサウルス類のヤマトサウルスは今回も、ハドロサウルスより一つ派生的なハドロサウリダエとされた。この解析結果はヤマトサウルス記載論文と一致しており、ヤマトサウルスの系統的位置づけがここから変動するということはなさそうだ)。また白亜紀後期に南米大陸で生息していたセケルノサウルス、ボナパルテサウルス、ケルマプサウラそしてフアラサウルスの4種はサウロロフス亜科の内部で独自かつ単一の分類群である「アウストロクリトサウリア(Austrokritosauria)」を形成したのである。ゴンコケンをここに含めるには相当に無茶な解釈をしなければならず、ゴンコケンとそれ以外の南米ハドロサウルス科たる「アウストロクリトサウリア」は縁遠い存在であることが示されるに至った。

ハドロサウルス類(Hadrosauroidea)の系統図。ブログ上では若干画質が悪いため、記載論文を見ていただきたい。Jhonatan(2023)より引用。

 基盤的ハドロサウルス類の生き残りであるゴンコケンと派生的ハドロサウルス科のアウストロクリトサウリアはなぜ同じ大陸で共存できたのだろうか?論文で指摘された可能性は、南米大陸への到達時期の違いである。ハドロサウルス類の始まりは白亜紀後期のコニアシアン、西部内陸海路で分断された北米大陸東側の陸地であるアパラチアではないかと考えられている。ここからゴンコケンの先祖は、アパラチアで出現したのちに何らかの形でつながったララミディア*2を経由して南米大陸へ到達した可能性を指摘されたのである(ヨーロッパ発アフリカ大陸経由も検討されたが、証拠不足を理由に棄却された。今後アフリカ大陸からハドロサウルス類の化石が産出すれば、この仮説が再び支持される可能性がある。)。

 これに対して派生的ハドロサウルス科(ヤマトサウルス記載論文で言うところの「エウハドロサウリア」)は少し遅れてララミディアで出現したと考えられている。無論彼らも基盤的ハドロサウルス類のように南米大陸へも進出したのだが、南米大陸南端へ到達するより前に時間切れとなってしまったと推定されたのである。結果的にゴンコケンが生息していた南米大陸南端部やその先の南極大陸が、基盤的ハドロサウルス類における避難所(レフュージア)となっていたのではないかと論文内で指摘されることになった(この辺りは東アジアが避難所となっていたヤマトサウルスに近い理屈を感じる)。

 

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 ここまでがゴンコケンの論文要約であった。ここから先はゴンコケンについての考察や、基盤的ハドロサウルス類についての考察をグダグダ展開していこう。

 まずはゴンコケンの生息範囲についてである。ゴンコケンに限らずハドロサウルス類は白亜紀後期に世界的に勢力を拡大していたわけだが、その中にはアパラチアからララミディアだったり、ララミディア発アラスカ経由東アジア行きだったりと、明らかに海を渡るルートが想定されているのである。これに加えてハドロサウルス類の化石は沿岸環境から産出している事例が多く(日本で言えばカムイサウルスがそれにあたるだろう)、ハドロサウルス類全般にわたって泳ぎが得意だったか、あるいは半水生だった可能性が論文でも指摘されている。これがゴンコケンにも当てはまる場合、ゴンコケンの生息範囲もある程度広かったのではないかと期待ができる。すでに南極半島にあるヴェガ島やシーモア島などからハドロサウルス科の化石が産出しているそうだが、もしかすればこれらの化石もゴンコケン、ないし近縁な恐竜ではないかと期待ができそうだ。あるいはさらに南の南極大陸にもゴンコケンの近縁種が到達していた可能性も十分にあるだろう。

 そして基盤的ハドロサウルス類そのものについてである。派生的ハドロサウルス科によって勢力を縮小していた基盤的ハドロサウルス類だが、その実白亜紀末期まで生存していたことはゴンコケンやヤマトサウルスによって証明されている。ということは、ゴンコケンやヤマトサウルスのような基盤的ハドロサウルス類の生き残りが他の地域にも存在していた可能性は十分にある。ゴンコケン以降の時代に生きていた基盤的ハドロサウルス類としては他にタニウスやナンニンゴサウルス、テルマトサウルスなどが挙げられており、そこから考えるに東アジアやヨーロッパには基盤的ハドロサウルス類がまだ繁栄していたという可能性も考えられる。さらに言えばタニウスに関しては産出した王氏層群から、派生的ハドロサウルス科のシャントゥンゴサウルスが産出しており、基壇的な種と派生的な種が共存していた可能性がある。基盤的ハドロサウルス類が一切合切発見されていないララミディアでこれ以上基盤的ハドロサウルス類を見つけるのはおそらく不可能だろうが、案外アジアの各地や南米大陸なら派生的ハドロサウルス科と一緒に基盤的ハドロサウルス類が産出しそうな気もする。系統図上では中央アジアやアフリカがほとんど反映されていないが、これは間違いなく政治情勢による研究不足が大きく、であればここから未知のハドロサウルス類が産出する可能性は期待できるのである。

 

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 以上、今年6月に記載されたゴンコケンについての解説と、それに伴う筆者の妄想をグダグダ語ってきた。ゴンコケンが産出したドロデア層はボーンベッドとなっているようで、化石が枯渇する気配はしばらくないそうだ。またゴンコケンの産出層序も北東5㎞まで分布しているらしく、ゴンコケンについてはまだまだ新しい発見が期待できそうである。基盤的ハドロサウルス類の進化や放散を考える上でも重要な存在であり、ゴンコケンの今後の発見と研究が非常に楽しみである。

 ドロデア層に話を拡大させれば、記載命名までこぎつけた恐竜はゴンコケンのみであるようだ。今後ドロデア層の研究が進めば、白亜紀末期の亜南極の生態系や生物相が徐々に明らかになってくることだろう。少しだけ想像を膨らませれば、南極大陸からはアンタークトペルタが、パタゴニア地方のチョリロ層からはイサシカーソルやヌロティタン、マイプといった恐竜が産出しているが、ドロデア層はどうだろうか。パラアンキロサウリア、エラズマリア、ティタノサウリア、そしてメガラプトラ。これらの恐竜がドロデア層から産出するのか、それとも全く予想外の恐竜が飛び出すか、今後の研究が楽しみな地層である。

 

参考文献

Jhonatan Alarcón-Muñoz et al. Relict duck-billed dinosaurs survived into the last age of the dinosaurs in subantarctic Chile.Sci. Adv.9,eadg2456(2023).DOI:10.1126/sciadv.adg2456

Kobayashi, Y., Takasaki, R., Kubota, K. et al. A new basal hadrosaurid (Dinosauria: Ornithischia) from the latest Cretaceous Kita-ama Formation in Japan implies the origin of hadrosaurids. Sci Rep 11, 8547 (2021). https://doi.org/10.1038/s41598-021-87719-5

*1:論文中では「アウストロクリトサウリア(Austrokritosauria)」とひとまとめの分類群となっている。詳しくは後述

*2:西部内陸海路で分断された北米大陸の西側の陸地。ジュディスリバー層やダイナソー・パーク層、ヘルクリーク層など名だたる上部白亜系はほとんどララミディアの地層である。

暴君に似た者、何を語る

 長らく本ブログの更新が途絶えているうちに、古生物界隈はいろいろあったわけだが、日本の恐竜の聖地とでも呼ぶべき福井県から待望のニュースが飛び込んできた。2020年の特別展『福井の恐竜新時代』で初公開され、その後常設展示に回った*1「北谷層産オルニトミムス類」がついに記載命名されたのである。前置きはこの辺りにしておいて、日本産恐竜11種目にして北谷層産6種目となるティラノミムス・フクイエンシス(Tyrannomimus fukuiensis)について解説していこう。同じく北谷層産のフクイラプトルやフクイヴェナトルと並び、なかなかに面白い恐竜である。

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 ティラノミムスが産出したのは2018年の発掘調査のことであった。北谷恐竜化石発掘現場の最下層*2から複数個体分が発見された。それ以前の日本国内におけるオルニトミムス類といえば、群馬県神流町の山中地溝帯瀬林層から産出した尾椎一つ(サンチュウリュウ)や熊本県御船町の上部白亜系(御船層群だろうか)から産出した尾椎と末節骨など断片的なものばかりであった。これに対して北谷層産オルニトミムス類は前後肢の他に頭骨要素(脳函など)も産出しており、日本産オルニトミムス類としては最良の産出状態だったのである。前述した2020年の特別展でお披露目された際には現在研究中との内容がキャプションで紹介されており、記載論文投稿への道が最も近い恐竜として(筆者が個人的に)注目していた存在であった。

 

ティラノミムスの化石および成体シルエット。Hattori(2023)より引用

 それではティラノミムスについて解説していこう。複数個体が産出したティラノミムスは今回の記載論文にてホロタイプの他にパラタイプと参照標本の指定が行われた。ホロタイプおよびパラタイプ標本番号と産出部位は以下の通りである。

ホロタイプ:FPDM-V-11311(脳函、脊椎、仙椎、尾椎、腸骨の断片)

パラタイプ:FPDM-V-10295(部分的な左大腿骨、左第二中足骨、左右の第四中足骨、左後肢第一指骨および後肢末節骨)

 この他に参照標本として脊椎や仙椎、上腕骨などが登録されている。推定全長は2.5mほどと、オルニトミムス類としては標準的な大きさであったようだ。

 固有の特徴はホロタイプの脳函、参照標本の上腕骨に確認されている。また上腕骨に対する三角筋稜の長さや三角筋稜に見られる筋肉痕の形状、腸骨の形状などから、白亜紀前期のオルニトミムス類と区別された。骨格は全体的に新旧オルニトミムス類の特徴が入り交じっているような形態である。それでは筆者の理解力と独断偏見に基づいて化石を見ていこう。

 まずは頭骨からだ。左前頭骨はハルピミムスより派生的オルニトミムス類のように左右が癒合している。後方へ湾曲しドーム型となる形状もオルニトミムス類として典型的とされた。脳函には三半規管のキャストが残されており(フクイヴェナトルといいフクイプテリクスといい、この保存状態の良さは流石ラーガッシュテッテンたる北谷層と言ったところか)、CTスキャンにかけたところ蝸牛管の長さは7.88mmとされた。この長さはストルティオミムスの蝸牛管に匹敵する長さであり、ティラノミムスの聴力は後期白亜紀のオルニトミムス類と同等だった可能性が指摘された。

 部分的に発見された脊椎、仙椎、尾椎は正直特筆するべきことがない。強いて言うなら神経弓の構造がオルニトミムス類で普遍的に見られる形質であること、発見された仙椎は第3から第5仙椎であると推定されていることぐらいであろう。

 前肢は左右上腕骨、指骨と末節骨について記載されている。上腕骨は側面から見るとほぼ直線的な形状をしており、三角筋稜はヌクェバサウルスを除くオルニトミムス類と同様に小さく、近位に位置している。指骨や末節骨は他のオルニトミムス類同様に直線的な形状である。

 腸骨は非常に面白い。腸骨中央には垂直に伸びる稜線があるのだが、これはティラノサウルス上科全体に見られる特徴なのである(が、シェンゾウサウルスやハルピミムスなど一部のオルニトミムス類でも確認されている特徴ではある)。特にアヴィアティラニ*3とは稜線の形状は酷似していることが指摘された(属名はこれに由来する。ティラノサウルス上科を意識して付けた属名であるとの説明だが、最も意識されているのは先述通りアヴィアティラニスであろう)。それ以外の部位(寛骨臼など)は概ねオルニトミムス類としての特徴を持ち合わせていたようである。

 後肢は全体的に基盤的オルニトミムス類やデイノケイルス科の特徴が見られる。大腿骨の小転子の形状はガルディミムスやビセクティのオルニトミムス類に、伸筋溝の見られない遠位端はヌクェバサウルスやガルディミムスにそれぞれ共通して確認された特徴である。第三中足骨は第二、第四中足骨に近位半分当たりで挟まれる、いわゆるアークトメタターサルになりかけの構造であったようだ。

(ディスカッションの冒頭で、ティラノミムスがフクイラプトルの幼体である可能性について検討されているが、現状ティラノミムスの標本にメガラプトラの特徴は確認されていない。現状ティラノミムスのホロタイプは成長途中の個体と考えられているが、とりあえず既知または未知の別種大型獣脚類の幼体である可能性はないと言っていいだろう。)

 

 系統解析においては、ティラノミムスはデイノケイルス科の基盤的な種として、ハルピミムスと姉妹群という立ち位置となった。これによりティラノミムスがデイノケイルス科の最古の恐竜であることが明らかになったのである。

オルニトミムス上科の系統図。アヴィアティラニスの系統位置は示されていないことに注意。Hattori(2023)より引用

 そしてティラノミムス以上に衝撃的な系統となったのは腸骨の解説でしれっと言及したアヴィアティラニスである。系統図上では描かれていないものの、ティラノミムスとの共通する特徴からアヴィアティラニスが最古のデイノケイルス科にして最古のオルニトミムス類である可能性が指摘されたのである。これによりオルニトミムス類の起原がジュラ紀後期キンメリッジアンまで拡大され、マニラプトル類の放散から2000万年に渡るゴースト系統の一部が埋められることになったのである。アヴィアティラニスの詳細な系統については将来に託されたものの、オルニトミムス類の系統としてかなり衝撃的な結果が示されたのであった。

 

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 以上がティラノミムスについての大雑把な概要である。ここからはティラノミムスから見る北谷層についてや、オルニトミムス類の系統について、筆者なりに気になったことをグダグダ書き連ねていこう。

 まずはティラノミムスから見る北谷層についてである。北谷層産の恐竜研究を振り返れば、記載された恐竜は基盤的なメガラプトラやテリジノサウルス類の最基盤、ティタノサウルス形類などである。このうち東アジアでは絶滅したメガラプトラを除けば、多くの分類群はのちの時代の白亜紀後期まで繁栄を続けている。ここに今回デイノケイルス科の基盤的な種であるティラノミムスが加わったことで、白亜紀後期の東アジア―――諸城の王氏層群やモンゴルのジャドフタ層やネメグト層など―――で確認される主要分類群のほとんどが白亜紀前期にまでさかのぼることができることが明らかになったのである。正直なところを言えば、白亜紀後期の東アジアにいた分類群のほとんどはすでに熱河層群義県層で産出しており、ここで特筆することではないかもしれない。しかしながら義県層と北谷層が地理的および年代的にある程度離れていることは確実であり、これらの生物群が東アジア一帯に長期間生息していたということはほぼ確実とみていいだろう。

 そしてデイノケイルス科、と言うよりオルニトミムス類(この場合、いくつかの先例にならいオルニトミムス上科と呼ぶべきか)の系統についてである。当記載論文にてティラノミムスが確定できる範囲で最古のデイノケイルス科に認定されたわけだが、同時にジュラ紀後期のアヴィアティラニスまでもがデイノケイルス科(にして最古のオルニトミムス上科)である可能性を指摘されている。系統解析に基づく結果ではティラノミムスより基盤的なオルニトミムス上科(ヌクェバサウルス、ペレカニミムス、シェンゾウサウルスおよびベイシャンロン)はデイノケイスル科およびオルニトミムス科とともに多分岐をなしているわけだが、他の研究を見る限りではヌクェバサウルスが最基盤、ペレカニミムスが次に配置され、ついでシェンゾウサウルスという系統が多い気がする(ベイシャンロンは正直立ち位置不明である)。そして系統図上において、基盤的なオルニトミムス上科で最も新しいベイシャンロンからオルニトミムス科最古のシノルニトミムスまで約2000万年のギャップが存在する。そして筆者はふと考えた。

 オルニトミムス上科の本流はデイノケイルス科なのではないか?

 もっと言ってしまえば、デイノケイルス科はオルニトミムス科へとつながる側系統群なのではないか?

 あるいはオルニトミムス科がデイノケイルス科の中で多系統(あるとしたらララミディアグループとアジアグループ)をなす可能性もあるだろう。いずれの可能性があるにしてもゴースト系統の見当たらないデイノケイルス科に比べて、オルニトミムス科のゴースト系統2000万年というのは何となく不自然であり、もやもやする。むろんこれは筆者の妄想であるが、もう少しオルニトミムス上科の系統については行く末を見守ったほうがいいかもしれない。

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 以上、ティラノミムスの紹介とそれに関係する筆者の妄想をグダグダ書き連ねてきた。四肢はそれなりに産出したティラノミムスであるが、食性の手掛かりとなる頭骨については脳函程度しか産出していない。系統上での立ち位置はこれ以降研究が進んでも動くことはないだろうが、デイノケイルス科の初期進化を知る上では追加標本が欲しいところである。現時点で複数個体が確認されているというところから、ティラノミムスは当時の北谷層では多くの個体が生息していたとも考えられる。今後の追加標本の発見には大きな期待が持てそうだ。

 ティラノミムス記載で学名のついた恐竜が6属まで増えた北谷層(手取層群まで拡大すればアルバロフォサウルスを含めて7属)だが、この先に続く発見は何だろうか?白亜紀前期および以降の時代に東アジアで栄えた分類群のうち、北谷層で確認されていない分類群は筆者が思い浮かぶ限り2つ―――ティラノサウルス上科とカルカロドントサウルス科―――である*4ティラノサウルス上科は義県層でディロングとユウティラヌスが産出しており、北谷層からも2種類の異なるティラノサウルス上科が産出する可能性は十分にあるといえるだろう。とはいえ白亜紀前期に世界中で覇権を極めたカルカロドントサウルス科が産出する可能性もあるかもしれない。6属が報告されてもなお、北谷層の全貌は厚いヴェールに包まれている。ティラノミムスが疾走していた世界を知るのには、まだ時間がかかりそうだ。

 

ティラノミムスのホロタイプを含むと思われるオルニトミムス類化石標本。撮影時は研究のキャプションだった。2022年にFPDMにて筆者撮影。

参考文献

Hattori, S., Shibata, M., Kawabe, S. et al. New theropod dinosaur from the Lower Cretaceous of Japan provides critical implications for the early evolution of ornithomimosaurs. Sci Rep 13, 13842 (2023). https://doi.org/10.1038/s41598-023-40804-3

東洋一ほか,2020,福井県立恐竜博物館開館20周年記念 福井の恐竜新時代,福井県立恐竜博物館,95p

*1:リニューアル前の情報であり、リニューアル後も展示されているかは分からない。

*2:フクイラプトルやフクイサウルスが産出した層準である。ちなみにコシサウルスは同発掘現場の中部、フクイティタンとフクイヴェナトルは上部層から産出した。無論ながら全ての層準は手取層群北谷層に属する。

*3:2003年に記載された基盤的ティラノサウルス上科。ポルトガルの上部ジュラ系キンメリッジアン階から産出した。ホロタイプは部分的な腸骨と座骨に限られる。

*4:鎧竜類は歯が、ドロマエオサウルス類は足跡化石がそれぞれ北谷層で報告されている。北谷層の角竜類は正直噂程度にしか聞いていないのだが、アルバロフォサウルスの存在を考えるに、記載にこぎつけられる標本発見の可能性は十分高そうだ