古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

北谷の狩人、後に刈り取るもの

 2022年2月4日、日本古生物学会第171回例会の開催当日のことである。学会員でもない私(例会の存在も知らなかった)はその日もゲームをやりつつボケーっとTwitterのタイムラインを見ていると、何やら恐竜界隈がざわついていた。

 

「フクイヴェナトルの分類が変わった」

「テリジノサウルス類に入るらしい」

 

 あれ?アイツって所属不明のマニラプトル類*1じゃなかったっけ?情報源どこ?探りを入れた結果、第171回例会の講演予稿集を発見。そして6日に口頭発表されたのちに、福井県立恐竜博物館の紀要20号に掲載された(しかもオープンアクセス!)。2022年最初の(個人的)恐竜大ニュースである。

 テリジノサウルス類の最基盤に位置することになったフクイヴェナトル(Fukuivenator paradoxus)、研究の流れを少し振り返ってみていこう。

(余談だが、Fukuivenatorの読み方は福井県立恐竜博物館(以下FPDM)で「フクイベナートル」なのだが、当ブログでは「フクイヴェナトル」表記で統一させていただく。いやだっNeovenatorConcavenatorは「ヴェナトル」呼びなのにFukuivenatorだけ「ベナートル」呼びなの、浮いてるというか、なんというか…)

 

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 フクイヴェナトルが最初に発見されたのは2007年~2010年に行われた第3次福井県恐竜発掘調査の中、2008年のことだった。これまで発掘したことがなかった(岩石が削岩機を使わなければ割れないレベルで硬かったうえ、これまで化石が報告されていなかった)北谷層の上部層の発掘調査中に、未知の小型獣脚類がほぼ全身が密集状態で発見されたのである(ちなみにこれに先んじて、少し下から竜脚類―――のちのフクイティタン―――が産出した)。

 2008年3月12日に初報を出したのちに、クリーニングがある程度済んだ2009年3月18日に国内初となるドロマエオサウルス類として発表された。

(ブログを書いている段階では見つからなかったのだが、鋸歯のない歯という重要な特徴がこの時点でわかっていた。なんならこの特徴をもってして、新属新種であることも確実視されていた記憶がある)

 そこから7年経過した2016年(同期のフクイティタンに遅れること6年)に満を満たして記載論文が発表された(ありがたいことにこちらもオープンアクセスである)。頭骨などの要素には派生的ドロマエオサウルス類の特徴が多数見られたが、一方で前肢や尾骨などには基盤的マニラプトル類(少なくともドロマエオサウルス類には見られない)の特徴が多々含まれていた。そして分類は「マニラプトル類・以下不明」となった。前評判からはえらい変わりようである。

(具体的な分類は記載論文をぜひ読んでいただきたい。マニラプトル類と姉妹群になったのはいいとして、姉妹群の中にオルニトミムス類やコンプソグナトゥス類が入っているわ、プロケラトサウルスとディロングが変なところにいるわと結構カオスなことになっている。)

 

 …と、ここまでが原記載までの流れである。原記載の後にも再記載に向けた研究は進んでいたらしい。2020年に開催された「福井県立恐竜博物館開館20周年記念 福井の恐竜新時代」にて、新復元が公開されている。この時点で公式図録にはCTスキャン等を用いて詳しい研究を行っていること、初期復元よりも頭骨が小さかったことが記述されていた。(ついでに後肢のシックルクローの復元は取りやめになっていた。)

 この新復元はのちにさらなる改良を受けてFPDMの常設展示に配置されることになる(再記載に向けた研究は常設展示入れ替え時には完了していたっぽい?)。そして2022年2月の再記載論文出版であった。頭骨周りの同定修正(原記載論文からパーツ見直しや左右再検討を多々行っていた)にはじまり、産出した化石のすべて(!)をCTスキャンにかけて解析を行うというすさまじい再研究(論文PDFの容量は約27000KB。原記載論文は5600KB)の結果、フクイヴェナトルはテリジノサウルス類の最基盤に置かれることになった。

 

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 再記載の末、テリジノサウルス類の最基盤に置かれたフクイヴェナトルだが、素人目には全くテリジノサウルス類には見えない。むしろコンプソグナトゥス科*2のような基盤的コエルロサウルス類に見える。より派生的なファルカリウス(Falcarius utahensis)やベイピャオサウルス(Beipiaosaurus inexpectus)と比べると、はるかに普通の獣脚類だ。

 ただ、テリジノサウルス類が属するマニラプトル類全体を見てみると納得できるものである。有名(?)なのは一時期鳥類か恐竜かで議論のあったアルバレズサウルス類*3であろうか。2010年に記載された同グループの最基盤に位置するハプロケイルス(haplocheirus sollersも、見てくれはフクイヴェナトルと変わり映えがしない(実際ハプロケイルスもアルバレズサウル類要素はごつい第一指ぐらいしか見られない)。またアロサウルスの足元でちょこまかしていたオルニトレステス(Orunitholestes hermanni)についても、オヴィラプトロサウルス*4の最基盤ではないかとのうわさがある(学会で発表があったらしいが、論文は見たことがない)。その2名のことを考えれば、フクイヴェナトルの出自についても納得できる。

 

 テリジノサウルス類の最基盤に置かれたフクイヴェナトルだが、おそらく彼(または彼女)は本当の意味においては最基盤の存在ではない。FPDMの発表を読んでいただければお分かりいただけるとは思うが、フクイヴェナトルはあくまでも「系統的に最基盤」であって、「最古のテリジノサウルス類」ではないのだ。FPDMの図に掲載された3種&記載論文の時点でファルカリウスとベイピャオサウルスの中間に位置するとされたジャンチャンゴサウルス(Jianchangosaurus yixianensis)の計4名をざっと並べると

 

ファルカリウス    :1憶4500万~1億3260万年前 ベリアシアン~バランギニア

ベイピャオサウルス  :1憶2940万~1億2500万年前 バレミアン

ジャンチャンゴサウルス:バレミアン?(ベイピャオサウルスと同層準からの産出することが論文に書かれている)

フクイヴェナトル   :1憶2500万~1億1300万年前 アプチアン

*5

…と、フクイヴェナトルは基盤的存在である割には、より派生的な種類よりも後の時代の地層から産出しているのである(古生物学にはよくあること)。つまりはフクイヴェナトルとファルカリウスとの共通祖先(真に最基盤のテリジノサウルス類)が、ベリアシアンよりも前の時代―――ジュラ紀後期―――にはすでに出現していた可能性が考えられる。先にあげたハプロケイルスやオルニトレステスがジュラ紀後期から産出していることを思えば、ありえない話ではなさそうだ。もしかすると将来的にはハプロケイルスが産出した石樹溝層(1億6300万~1億5600万年前)から、真の最基盤種が報告されるかもしれない。あるいはファルカリウスが北アメリカ大陸から産出したことを思えば、オルニトレステスが産出したモリソン層(1億5630万~1億4680万年前)から産出する可能性もありうる。(とはいえ北アメリカ大陸にいたファルカリウスとかノスロニクスとか、君たちいつから北米にいるの?という感じだが)

 いずれにせよ、ジュラ紀後期の地層から真の基盤的テリジノサウルス類が産出すればこれまでの記録はひっくり返ることになる。これにあわせて、いくつか定説が修正を余儀なくされるだろう。新しい研究一つが、これまでの定説や常識を時として変えていく。これだから古生物学は面白い。

 

…と記念すべき第1回はグダグダと4000字近くも書いてしまいましたが、今後はもう少し短めに書いていきたいなと思います。資料集めが大変で大変で…

 

参考文献

Hanyong Pu, et al. 2013, An Unusual Basal Therizinosaur Dinosaur with an Ornithischian Dental Arrangement from Northeastern China, PLoS ONE 8(5): e63423. doi:10.1371/journal.pone.0063423

服部創紀ほか,2021,Fukuivenator paradoxus の骨学:福井県の下部白亜系から産出した特異なマニラプトル類,福井県立恐竜博物館紀要 20:1-82

Yoichi Azuma et al. 2016. A bizarre theropod from the Early Cretaceous of Japan highlighting mosaic evolution among coelurosaurians, Scientific Reports 6. DOI: 10.1038/srep20478

東洋一ほか,2020,福井県立恐竜博物館開館20周年記念 福井の恐竜新時代,福井県立恐竜博物館,95p

服部創紀,2018,獣脚類~鳥に進化した恐竜たち~,福井県立恐竜博物館,114p

*1:コエルロサウルス類のうち、より鳥類に近い生物群。テリジノサウルス類、オヴィラプトロサウルス類、アルバレズサウルス類、トロオドン類、ドロマエオサウルス類、鳥類が含まれる

*2:2021年に、コンプソグナトゥス科の構成員が全員幼体である可能性が指摘、グループ自体が存続の危機にあるらしいが…。当ブログでは消滅が確定するまで使用させていただきます

*3:モノニクスに代表される、一本指が特徴の小型獣脚類グループ

*4:オヴィラプトルの仲間のこと

*5:年代は日本地質学会発行の国際年代層序表2020年版に従った