古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

疾走者の素顔

 北アフリカ、モロッコのケムケム層といえば、2014年以降に何かと話題を提供し続けているスピノサウルス(Spinosaurus aegyptiacus)の産出層である。名のついた恐竜としてはカルカロドントサウルス(Carcharodontosaurusu saharicus)もケムケム累層産であり、その他名前はついていないが多様な恐竜(の部分化石)のほか、ワニ類、魚類、翼竜など、湿地帯に生息していたであろう生物が多く発見されている。いまだ全貌が明らかになっていないケムケム層は、将来の研究進展が非常に楽しみな場所の一つである。

 今回はそんなケムケム層から産出している中型獣脚類のデルタドロメウス(Deltadromeus agilis)についてグダグダと経歴&妄想を書き立てていくことにしよう。

 

――――――

 

 デルタドロメウスの記載は1996年(Sereno 1996)のことである(投稿日は5月17日。本題からは大幅に外れるがこの年の8月に中国遼寧省の義県層から、恐竜界隈に衝撃をもたらしたとんでもない奴が発見されたのだが、それはまた別の話である。)。発見された部位は肩甲骨や上腕骨、骨盤の一部要素に後肢ほぼすべて(足先は見つからなかった)、尾椎を含めた部分的な脊椎である。産出部位の特徴から、記載論文においては基盤的コエルロサウルス類と報告される。大型肉食恐竜のカルカロドントサウルス、(正体不明ではあったが)魚食性のスピノサウルスと共存した中型肉食恐竜として、また小型獣脚類から例外的に大型化した存在として注目を受けた。生体復元では典型的な肉食恐竜の顔と、やたら長い前足を授かり、恐竜図鑑ではコンプソグナトゥスの下あたりに居座ることになる。

(2000年発行の学研の恐竜図鑑では「原始的なコエルロサウルス類」のページに、2002年発行の「小学館の図鑑 NEO 恐竜」では「コンプソグナトゥスのなかま」のページにいる。このあたりの図鑑の変遷は見ていて非常に懐かしく、楽しく感じる)

 

 事態が急変したのは2003年のことだった。インドの上部白亜系から産出したラジャサウルスが記載されたのである(Wilson 2003)。ケラトサウルス科目(Ceratosauria)内の一グループとしてアベリサウルス科(Abelisauridae)が再定義されたその論文で、デルタドロメウスはノアサウルス(Noasaurus leali)*1やマシアカサウルス(Masiakasaurus knopfleri)*2とともにノアサウルス科(Noasauridae)を形成したのである。

 その後、エラフロサウルス(Elaphrisaurus bambergi)*3再記載論文(Rauhun 2016)でノアサウルス科の最基盤に置かれたり、リムサウルス(Limusaurus inextricabilis)*4の食性について論じた論文(Wang 2017)でノアサウルス亜科(ノアサウルス科よりも下の分類)に編入されたりと、小さい動きこそあれども、ノアサウルス科に所属していることについては安定した見解が得られている。2020年代ではノアサウルス科の基盤位置にいる存在だということはほぼ確定しているようだ(ただしこの安定情勢に水を差すような奴もいるのだが…。それについては後述)。

f:id:zaurus_Kosame:20220410230151j:plain

ノアサウルス科の系統図。Rauhut(2016)およびSouza(2021)をもとに筆者作成
分岐した年代については割と適当に書いたことに注意



――――――

 

 おぼろげながら正体がわかってきたデルタドロメウスだが、いまだに標本は最初に記載されたホロタイプ一体のみであり、追加標本の話は聞こえてこない。そして頭骨は未発見だ。とはいえ上記の系統図からして、デルタドロメウスはこれまで考えられてきた典型的な軽量アロサウルス風の形態ではないはずだ。

 復元の参考になるのは全身が産出したリムサウルスや(頭はないけど)エラフロサウルス、頭骨の形態がよくわかるマシアカサウルスあたりだろう。リムサウルスとエラフロサウルスはおおむね、胴長のオルニトミムス様の姿をしている。マシアカサウルスもほっそりした骨格であるため、デルタドロメウスも(当初言われていた通り)スレンダーな体格だっただろう。やたら長めに復元されていた前足は同科のことを考えれば、少なくとも頭に届かない程度には短かっただろう。短い腕に付いていた指は4本だったに違いない。

 頭骨、もとい食性については再記載(Ibrahim 2013)では小顔の植物食者とされたが、ノアサウルス科の最基盤という立ち位置を考えると、ノアサウルス科が所属するケラトサウルス類の通例どおり肉食恐竜であるようにも思える。同じく最基盤のベルタサウラ(Berthasaura leopodinae)*5は歯を持たない植物食恐竜だが、記載論文の時点で独自の進化を遂げた結果であることが指摘されている。となれば、デルタドロメウスの復元にベルタサウラを参考にするのも考え物だろう。マシアカサウルスは前歯が前方に傾斜して「出っ歯」状態になっている。デルタドロメウスもマシアカサウルスのように、前歯がやや前方に傾斜していた可能性もあるだろうか。少なくとも、大型の獲物を倒すような強力なあごではなく、自分より小さな生き物を積極的に襲うようなきゃしゃなあごをしていただろう。

(…と、長々妄想を繰り広げてきたが、ここで一つ、意図的にガン無視してきた恐竜がいることを白状しなければならない。記載論文(Apesteguia 2016)でデルタドロメウスとの近縁関係を指摘されたグアリコ(Gualicho shinyae)である。四肢と肋骨一部が発見されたこの恐竜はデルタドロメウスと近縁とされた…のはいいとして、よりによってメガラプトル類(メガラプトラ)と近縁であることが示されたのである。

 短い肩甲骨の雰囲気はデルタドロメウスに似ているのだが、2本指の貧弱な前肢という特徴は、前肢をメイン武器として発達させたメガラプトラとしても、退縮させながらも4本指は維持し続けたケラトサウルス類としても異質すぎるのだ。記載に用いた化石自体が部分的なうえ、風化も進んでいたという話もあることから、今回は意図的に検討要素に加えなかったことを白状しておく。グアリコの正式な分類を確定させるためには、保存状態の良い追加標本が必須だろう)

 

――――――

 

 こうして考えると、とさかをなくした小顔のディロフォサウルスのような姿が思い浮かぶ。とはいえ繰り返すが、デルタドロメウスの要素は部分的である。上記妄想からは大きく外れた姿の可能性は十分にある。

 小型種が多いグループ中において、例外的に大型化した存在であることは原記載時も再記載後も言及されている。基盤的な種類が比較的新しい時代まで生き残っていたという点も考えると、リムサウルスやマシアカサウルスの大型版ということはなさそうだ。果たして、三角州の疾走者はどのような素顔をしていたのか。その答えは今もなお、ケムケム累層に眠っているはずだ。

 

参考文献

Geovane Alves de Souza, et al. 2021, The first edentulous ceratosaur from South America. Scientific Reports, 11, https://doi.org/10.1038/s41598-021-01312-4

Jeffrey A. Wilson, et al. 2003, A new Abelisaurid (Dinosauria, Theropoda) from the Lameta Formation (Cretaceous, Maastrichtian) od India. Museum of Paleontology the University of Michigan ann arbor, Vol.31, No.1, pp.1-42

Oliver W. M. Rauhut and Matthew T. Carrano. 2016, The theropod dinosaur Elaphrosaurus bambergi Janensch, 1920, from the Late Jurassic of Tendaguru, Tanzania. Zoological Journal of the Linnean Society, 178, 546–610 doi: 10.1111/zoj.12425

Sebastian Apesteguia, et al. 2016, An Unusual New Theropod with a Didactyl Manus from the Upper Cretaceous of Patagonia, Argentina. PLoS ONE 11(7): e0157793. doi:10.1371/journal.pone.0157793

*1:後期白亜紀のアルゼンチンに生息。全長1.5m。かつてドロマエオサウルス科との収斂進化を疑われたが、別にそんなことはなかった

*2:後期白亜紀マダガスカルに生息。全長2m。特徴は出っ歯

*3:後期ジュラ紀タンザニアに生息。全長約6m。胴長のオルニトミムスを想像していただければ大体そんな姿になる。

*4:後期ジュラ紀の中国内陸に生息。全長約1.7m。東アジアで初めて発見されたケラトサウルス類。この子もそのうち書きたいところ

*5:後期白亜紀のブラジルに生息。リムサウルスに続いて2種目となる、植物食が確認されたケラトサウルス類