古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

アパラチアの鳥モドキたち

 当ブログではまったくもって解説するチャンスがないが、白亜紀後期の北アメリカを語るうえで欠かせない用語が存在する。「西部内陸海路(Western Interior Seaway)」「ララミディア」、そして今回の話の中心となる「アパラチア」である。

 

 白亜紀地球温暖化により海水面が現代基準より200m程度上昇していた。これに加えて北米大陸ではロッキー山脈の造山運動(ララミー変動)の影響により、大陸中部が沈降する現象が起きていた。これにより北米大陸の中央部、北極海からメキシコ湾を貫く長大な内海ができあがった。これこそが白亜紀後期の北米大陸の気候から生物進化に大きな影響を与えた「西部内陸海路(Western Interior Seaway)」である*1。最大で幅1000km、水深900mに達する内海によって隔てられた二つの陸地はそれぞれ、西側を「ララミディア」、東側は「アパラチア」と呼ばれており、互いに独自の生態系を生み出すことになる。

 ララミディア側にはティラノサウルストリケラトプスなど、いつものメンバーがそろい踏みとなっている。ララミディアはロッキー山脈の造山運動に伴い、大量の堆積物が供給されたこともあってか化石産出層に恵まれている。無論それに伴い、研究もガンガン進んでいる。それに対して悲しい状況が続いているのはアパラチアである。ララミディアと異なり安定陸塊上にあったことが災いしたために、堆積物の供給が極めて少なかった。これに加えて新生代に入ってから始まった氷河期により、なけなしの陸上堆積物はごっそりと浸食を受けることになった。このためアパラチアの化石そのものはララミディアよりも先に研究が始まっていたはずなのに、産出量や情報量はララミディアを圧倒的に下回っているのである。

 とはいえ、アパラチアにもちゃんと化石産出層は存在しており、数こそ少ないが重要かつ面白い恐竜たちを産出しているのもまた事実である。白亜紀最末期という時代にありながらアークトメタターサルを獲得したばかりのやや原始的なティラノサウルス科の面影を残すドリプトサウルス、ハドロサウルス類の基盤的な存在であるハドロサウルスやクラオサウルス、エオトラコドンなどなど。断片的な化石からもいろいろと興味深いことが明らかになっており、化石の絶対量が貧弱だとしても、その面白さはララミディアに引けを取らない地域である。そしてそんなアパラチアから新しくオルニトミムス類の化石が今回報告されたわけだが、その新しいメンバーも(命名こそされなかったが)きわめて面白いメンバーである。そんなわけで今回はアパラチアから産出したオルニトミムス類の紹介である。この時点で1200字に到達したが、ここからが本編である。

 

――――――

 

 今回の研究対象が産出したのはアメリカ合衆国南東部のミシシッピ州の北東部に存在する、上部白亜系のユートー層である。河口近くの沿岸湿地で形成されたと考えられているユートー層からはサメやエイ、硬骨魚類などのあからさまな海生生物の化石の他にも、カメやハイギョなどの陸生生物の化石が産出している。堆積年代については、サメ歯化石に基づき、少なくともサントニアン期以降は確定とされている。論文の図中ではサントニアンの中期から後期とされており、そうなれば年代は86.3~83.6Maに収まるとみていいだろう。この時代は世界的(?)*2に陸上における生物相が入れ代わった時期でもあり、それまで頂点捕食者の地位にいたカルカロドントサウルス科の恐竜が何かの要因により引きずりおろされ、ユーラシア大陸における後釜にはアークトメタターサルを備えたティラノサウルス科が居座ることになった。ユートー層はそういった世界的な生物相の入れ替わりの真っただ中、あるいは入れ替わりが完了した直後の世界を伝えてくれているのである。

 そして今回、ユートー層から産出し、記載されたのが少なくとも2種類と見積もられるオルニトミムス類である。それぞれ中型と大型(どの程度の大型なのかについては後述する。何せこれが今回の話のキモである)とされたオルニトミムス類は、相変わらず断片化石ではあるが、しっかりとオルニトミムス類の特徴が残されている(と言うか、オルニトミムス類の特徴が残されていた化石だけが話題にあげられるというべきか)。それぞれの内訳は、

大型オルニトミムス類:不完全な距骨*3、病変した第2中足骨、第3・第4中足骨の遠位半分、指骨の一部

中型オルニトミムス類:部分的な胴椎・尾椎、完全な前肢指骨と末節骨、不完全な腓骨

といった感じである。このうち胴椎と尾椎に関しては論文内で存在を明言されたのみで、写真の類は1枚もない。基本的には前後肢の話が中心である。それでは順次みていこう。

 大型オルニトミムス類の中足骨はそれぞれ別個体由来のものと考えられている。うち第2中足骨は完全な状態だが、はたから見ても痛々しいほどの病変により骨全体が腫れあがっている。第3、第4中足骨からは病変の後は確認されていないが、こちらは遠位*4半分のみが産出した。これらの病変化石&遠位部分の化石からもアークトメタターサルがしっかりと確認できている。この構造を持つ恐竜は他にもティラノサウルス科やトロオドン科*5がいるが、これらの恐竜とは細かなところで違いがみられたこと、オルニトミムス類の特徴がしっかり見られたことから、この中足骨の持ち主がオルニトミムス類であることが確実視された。

 もう一つ、中型オルニトミムス類は前肢指骨と末節骨が詳細に記載されている。こちらもそれぞれ別個体と考えられたが、指骨の形態からオルニトミムス類であるのは確実とされた(とはいえ、指骨の一部にはドロマエオサウルス類にもみられる形質があったのだが)。なかでも論文内ではストルティオミムスやオルニトミムス、ガリミムスなどの派生的なオルニトミムス類と比較的形態が似ているとされていた。系統関係は明らかにされていないが、おそらくは派生的なオルニトミムス類と姉妹群と考えてもいいだろう。

 この(暫定)2種類のオルニトミムス類は岩石カッターによる化石切断をへて剥片標本*6と化した骨組織の記載が行われた。切断対象は大型オルニトミムス類の第2中足骨と中型オルニトミムス類の指骨である。大型オルニトミムス類の第2中足骨には血管の跡が見られたほか、少なくとも9本の成長線が確認された。このことから大型オルニトミムス類の方は最低でも10歳と考えられたが、骨内部の骨髄部の拡大に伴い内側の成長線が消失している可能性も明言されている。そう考えると、この個体は10歳以上、適当に見積もって13歳程度になるだろうか。一方で中型オルニトミムス類の方は成長線が6本確認され、少なくとも7歳と推定された。成長線と血管跡の関係から、幼体の時には急成長をするものの、成体になってからも成長は止まらず、ゆっくりと大きくなるという成長過程が推測された。先に成長過程が研究されたティラノサウルス科やマイアサウラなどと同じような成長過程であり、このような成長は恐竜に普遍的に見られた傾向だったのかもしれない。

 

 さて、ここからが本番である。

 今回の研究対象となった大型オルニトミムス類だが、その推定体重は800kgと推定された。オルニトミムス類にはちょくちょく大型な恐竜が存在するが、現状におけるオルニトミムス類の大きさトップ3はガリミムス(Gallimimus bullatis.全長6m、体重450kg)、ベイシャンロン(Beishanlong grandis.全長7m、体重550kg)、そして栄えある1位のデイノケイルス(Deinocheirus mirificus.全長11.5m、体重5t)である。ここに800kgはベイシャンロン以下を蹴り落して第2位に上り詰めるだけの大きさである*7。ユートー層大型オルニトミムス類の全長については論文で言及されていないが、既存のオルニトミムス類のストルティオミムス、オルニトミムス、ガリミムス、ベイシャンロンの4種で計算をかけると全長10mというオルニトミムス類としては狂った全長がはじき出された(とはいえ残された中足骨はデイノケイルスのようながっしり型ではないため、さすがに10mは切るだろうが…、予想の斜め上を飛んでいくのが恐竜である)。

 もう一つ、中型オルニトミムス類の方はあちら側ほど馬鹿でかいわけではない。全長が明言されているわけではないが論文の図版を信じるならオルニトミムスやストルティオミムス(全長3~4m)と同じぐらいであるようだ。これが意味するところは、アパラチアには大きさの異なる2種類のオルニトミムス類が共存していたということである。2種類のオルニトミムス類が共存しているのはユーラシアではよくある話なのだが、大きさが異なる2種類となると、現状確認されているのはモンゴルのネメグト層(アンセリミムス、ガリミムス、デイノケイルス)に限られる。また論文中で言及されているが、カナダのダイナソーパーク累層も、ストルティオミムスと無名の大型オルニトミムス類が共存していた可能性が示唆されている。大きさの異なる複数種のオルニトミムス類が共存していた光景は、ユーラシア大陸の全域に見られた可能性があるわけだ。

時代順に掲載したオルニトミムス類の生体図。Tsogtbaatar(2022)より引用。
図中の「MMNS VP-7649」が中型オルニトミムス類、「MMNS VP-6332」が大型オルニトミムス類である。

 

――――――

 

 以上、アパラチアのオルニトミムス類についてざっくり(この時点で4500字)解説をしてきた。デイノケイルスサイズの大型オルニトミムス類というのは単純にロマンであり、またそれがアパラチアという、毎度おなじみララミディアとは異なる生態系で生存していたということも興味深いものがある。オルニトミムス類の大型化要因に関しては筆者は全く把握できていないのだが(本当に何が原因なのやら)、モンゴルにしてもアパラチアにせよ角竜が欠落しており、ララミディアにはいた何かのグループが欠落していたために穴を埋めるように大型化したと考えることも可能である。やはりアパラチアはララミディアや東アジアとは異なる世界が存在していたことは確実であり、想像すると非常に楽しい。

 これらの大型オルニトミムス類がドリプトサウルスと同じ時代、白亜紀末期マーストリヒチアンにまで生存していた可能性も十分にありうる。そういえば、白亜紀末期と言えば西部内陸海路が閉じつつあった時代だ。ララミディア側からティラノサウルストリケラトプスなどのいつものメンツがアパラチアに流入していた可能性は高い。東アジアではタルボサウルスとデイノケイルスが生存競争を繰り広げていたわけだが、西部内陸海路が閉じつつあった北アメリカ大陸で、ティラノサウルスは大型オルニトミムス類を目撃したのか。その答えはこれから見つかるはずだろう。

 

参考文献

Chinzorig Tsogtbaatar, Thomas Cullen, George Phillips, Richard Rolke and Lindsay E. Zanno, 2022, Large-bodied ornithomimosaurs inhabited Appalachia during the Late Cretaceous of North America. PLoS ONE. 17(10):e0266648. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0266648

Gregory S. Paul, 2020,恐竜事典 原著第2版,共立出版,420p

田中真士,2021,Dino Science 恐竜科学博 ララミディア大陸の恐竜物語,ソニー・ミュージックソリューションズ,191p

土屋健,2015,白亜紀の生物 下

巻,技術評論社,175p

真鍋真ほか,2019,恐竜博2019,NHK,183p

*1:同海路に堆積した海成層であるニオブララ層にちなんで「ニオブララ海」とも呼ばれている。また英名の各頭文字をとって「WIS」とも呼ばれるが、こちらの方はめったに見ることがない。

*2:はてな表記にしたのはもちろん、化石証拠不足により確定的なことは言えないためだ。ウルグベグサウルスとティムルレンギアがいた時代がチューロニアンであり、そこから派生的ティラノサウルス科最古のリトロナクスが出現したカンパニアン初期までは600万年のギャップが存在するわけだが、このギャップに何が起きたかは知る由もないのが現状である

*3:足首にある骨

*4:脊椎動物の方向は脊椎を基準として遠いか近いかという位置関係で決めている。脊椎から近い方が「近位」、脊椎から遠い方が「遠位」だ。わかりやすく言うなら「中足骨の遠位」は「中足骨のうち足先側半分」といったところか

*5:オヴィラプトロサウルス類のうち、カエナグナトゥス科がそれらしき構造を持っていると聞いたことがあるが筆者は見たことがない。また厳密にいえばアークトメタターサルではないのだが、ウネンラギア亜科が似たような構造の中足骨を持っている

*6:岩石を光が通過するまで薄く切断・研磨した標本のこと。この後偏光顕微鏡などで観察・記載することになる。なお剥片の薄さは0.03mmが求められるが、岩石標本の薄片は手作業で作成するのが地質学のお約束となっている。

*7:とはいえベイシャンロンは年齢10歳でありながら成長途中とみなされているうえ、ベイシャンロンが所属するのは「あの」デイノケイルス科である。ベイシャンロンの成体がさらなる巨体を手に入れていただろうことは予想が付くことであり、ベイシャンロンが2番手の地位を手放すかどうかは現状不明である。