古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

オーストラリアの……何者?

 レエリナサウラやアウストラロヴェナトルなどの恐竜を産出してきたオーストラリア大陸だが、クンバラサウルスのような例外を除いては部分的な化石ばかりが産出していることもまた事実である。先に例に上げたレエリナサウラは頭骨とその他部分化石が産出したのみであり、アウストラロヴェナトルに関しては四肢と部分的な胴椎で産出化石は全てである。そんな感じで産出状態が悲惨を極めてくると、当然ながらその後の系統解析にも(悪い意味で)大きく響いて来るわけだ。オーストラリアにおいてもこれに該当する存在が、筆者の把握する限り2種類存在する。ゴンドワナ大陸唯一の角竜であるセレンディパケラトプスと、今回紹介する(というかほぼ「ネタにする」に等しい)ティミムス(Timimus hermani)である。とはいえ筆者自身がティミムスについてはきわめて疎く、持っている情報はあまりにも少ない。そんなわけで今回は情報のおおかたが英語版Wikipedia(と、少々の論文)となり、後半の個人的考察パートはほぼ根拠なしの妄想という、存在意義すら問われかねない薄っぺらな内容である。あらかじめご容赦いただきたい。

 

ーーーーーー

 ティミムスが発見されたのは1991年のことである。産出した場所はオーストラリアの南東部州の一つ、ビクトリアス州の海岸に存在する「ダイナソー・コーブ」である。ダイナソー・コーブに分布する地層はユーメララ層(Eumeralla Formation)とされており、その時代は1億600万年前……と英語版Wikipedia(のダイナソー・コーブのページ)には書いてあるのだが、ユーメララ層から産出したディルビカーソル(Diluvicursor pickeringi*1の記載論文では花粉の分析からアプチアン―アルビアン境界からアルビアン中期(113~109.5Ma)とされた。とりあえず白亜紀前期最後の時代であるアルビアン期であることは確定であるようだ。この地層から発見されたティミムスは成体と幼体の2個体分の標本が産出し、1994年にトーマス・リッチらによって記載命名された(名前の由来が研究者夫妻の息子さんであることはここで言うまでもないだろう。これも言うまでもないだろうが、レエリナサウラの由来は同夫妻の娘さんが由来である)。記載時点ではオルニトミモサウルス類と同定されており、そこからしばらくは「オーストラリアどころかゴンドワナ大陸唯一のオルニトミモサウルス類」として図鑑の常連になった*2

 が、問題はここからであった。ティミムスの分類、そしてその有効性について記載されたその年に疑問が呈されたのである。トーマス・ホルツがティミムスの分類に疑問を突き付けたのちに、ティミムスの立場は危うくなってきた。それもそのはずで、ティミムスの化石は(ホロタイプであるNMV P186303にせよ、パラタイプであるNMV P186323にせよ)、あまりにも貧弱すぎるのだ。ホロタイプとパラタイプはそれぞれ左大腿骨一本ずつのみであり、しかもその大腿骨にすらオルニトミモサウルス類を示す特徴は見出されなかったのである*3

ティミムスのホロタイプ標本(NMV P186303)。Benson 2012より引用



 

 何かしらのコエルロサウルス類か、さもなければ疑問名となりかけていたティミムスだが、ここでもう一度事件が起きた。オーストラリアの獣脚類について考察した2012年の研究(Benson 2012)にて、ティミムスがまぎれもないティラノサウルス上科であると指摘されたのだ。その大腿骨は基盤的なコエルロサウルス類(論文内ではメガラプトラとされた)ではありえず、また派生的コエルロサウルス類のマニラプトル類でもなく、オルニトミモサウルス類が共通して持っている特徴も有していない。となれば、もはや残りはティラノサウルス上科しかない。そして論文ではさらに踏み込んで、シャングアンロングとより派生したティラノサウルス上科と共有する特徴を持っていると言及したのである。シャングアンロングらと共通する特徴を持つということはすなわち、ティミムスがアークトメタターサルすら持っていたほど派生的なティラノサウルス上科がゴンドワナ大陸に存在していたいうことであり、かなり衝撃的な内容となった。

 しかしながら2012年の研究により、ティミムスがティラノサウルス上科の中で地位を固めていく……なんてことはなかった。ティラノサウルス上科の系統について述べた論文(Brusatte 2015)では系統図内で触れられることもなく、今年の夏にあったエオティラヌスのモノグラフ(Darren 2022)でも特に触れられることはなかった。どうもティミムスという恐竜はティラノサウルス界隈では完全にいない子扱いされているようであり、そうでなくても一般的には疑問名―――種としての有効性を満たさない学名―――として認識されている*4。何せホロタイプにせよパラタイプにせよ、あるのは左大腿骨1本のみである。これ以上の深入りした研究が困難であることは火を見るよりも明らかであり、そうであるならば疑問名扱いもさもありなん、といった感じだ。

 

――――――

 と、ここまでがティミムスの概要である。ここで終わってもよいのだろうが、今回の本番はここからだ。筆者自身、ティミムスについては以前から(具体的にはティラノサウルス上科への分類が言及されたあたりから)少し思うところがあるからこそ、当ブログでネタにしようと思ったわけである。では、筆者が考えるティミムスの正体とは何か。ベンソンらの論文を読んだ今、なんとなく引っ込めたい気持ちに傾いているが、自身の妄想を無事成仏させるために発表しよう。

 

ティミムスの正体はノアサウルス科、もっと踏み込むとエラフロサウルス亜科なのではないか?

 

 妄想ではあるが、100%純粋な妄想ではない。ある程度の根拠があっての妄想である。順をおって説明していこう。

 まず1つ目。ティミムスと同様かつてオルニトミモサウルス類と誤同定された後に、再分類でノアサウルス科へ放り込まれたエラフロサウルスの存在である。1920年の記載当初にはオルニトミモサウルス類とされたエラフロサウルスであるが、2000年代になるまでには徐々にケラトサウルス類へ分類する動きが強まり、2016年の再記載(Oliver 2016)ではケラトサウルス類の中でも小型恐竜が多く含まれるノアサウルス科に分類された。ティミムスを巡る一連の流れ―――オルニトミモサウルス科に分類された後、その分類に疑問がでる―――には、どうにもエラフロサウルスで見たようなデジャブを感じるのだ。

 同じような流れをたどった恐竜に、デルタドロメウスがいる。詳しい話は以前やったため省略するが、こちらも記載当初にコエルロサウルス類と同定されたのちにノアサウルス科へ編入された恐竜である。デルタドロメウスに関してはグアリコの記載論文(Sebastian 2016)で再びコエルロサウルス類へ組み込まれていることを考えると、ノアサウルス科とコエルロサウルス類の骨格には収斂進化による類似点が多いようにも思われる(あくまで筆者がそう感じるだけであり、実際にノアサウルス科とコエルロサウルス類の間にどの程度の類似があるのかは全く分からない。エラフロサウルスの再記載においても、ティミムス再検討の論文でも双方分類との比較は行われていなかった。)。

 そして2つ目、これは今回の内容を書く際に発見したことではあるが、オーストラリア大陸から確実な―――しかもティミムスと同じダイナソー・コーブのユーメララ層から―――エラフロサウルス類が発見されていたのである(論文はこちら。悲しいかな、筆者にはアクセス権がないのでintroductionまでしか確認できない)。2022年におけるエラフロサウルス類の発見地域と言えば、リムサウルスの東アジア、エラフロサウルスのアフリカ、それから南米大陸にもいくつかという状況であり、割と世界各地広範囲に生息していたグループであった…にしてはオーストラリアは空白域だったわけである。オーストラリア産エラフロサウルス類は産出報告がされたのみで命名などは特にされなかったわけだが、それでも空白域から産出したということは大きい。上記で「オルニトミモサウルス類、あるいはコエルロサウルス類とされていた恐竜が、後の研究でノアサウルス科に再分類された」という過去を紹介したが、オーストラリアにまぎれもないエラフロサウルス類がいたということを考えれば、ティミムスもまたエラフロサウルス類である可能性は無きにしも非ずということが(半ば無理やり)いうことができそうだ。

 

――――――

 

 以上、最近なんだかマイナー恐竜に成り下がりつつあるティミムスについてグダグダと書き連ねてきた。無論のことながら当ブログはあくまでチラシの裏であり、よって上記に書き連ねた妄想は間違いなく大外れと断言できる。とはいえやはり2個体分とはいえ左大腿骨しか標本がないというのはいかんともしがたいものであり、これ以上の深堀は困難であるように思われる。ティラノサウルス科へと再分類された後も基本的には疑問名扱いであり、ティラノサウルス科の進化や放散についての考察ではことごとくいない子扱いされているのが現状である。筆者自身もティミムスをティラノサウルス科とする説は半信半疑…というよりかはほぼ信じていないという状態である。仮にダイナソー・コーブから状態の良いティラノサウルス科(もしくは何かしらの獣脚類)が産出し、詳細な記載が行われたとしてもそれがティミムスであるかというのはまた別問題である*5

 ティミムスが疑問名を脱し、何かしらの系統図にその名前が載ることは、多分もうないだろう。しかしそれはそうとして約1億年前のオーストラリアに、アウストラロヴェナトルに追われる中型獣脚類がいたことは疑いようがない事実である。当時のオーストラリア(正確にはオーストラリアと南極、ジーランディアが一つだったころの「南極・オーストラリア大陸」)の生態系を考察するのに重要な要素は目の前にあるはずだが、目の前にあるはずの証拠は波に揺られている。その正体が明らかになるのは、まだ時間がかかりそうだ。

 

参考文献

Darren Naish and Andrea Cau, The osteology and affinities of Eotyrannus lengi, a tyrannosauroid theropod from the Wealden Supergroup of southern England, 2022, DOI 10.7717/peerj.12727

Roger B. J. Benson, Thomas H. Rich, Patricia Vickers-Rich, Mike Hall. 2012, Theropod Fauna from Southern Australia Indicates High Polar Diversity and Climate-Driven Dinosaur Provinciality, PLOS ONE, doi: 10.1371/journal.pone.0037122

Matthew C. Herne,Vera Weisbecker,Michael Hall,Jay P. Nair,Michael Cleeland,Steven W. Salisbury, A new small-bodied ornithopod (Dinosauria, Ornithischia) from a deep, high-energy Early Cretaceous river of the Australian–Antarctic rift system, 2018, PrreJ, doi: 10.7717/peerj.4113

Oliver W. M. Rauhut and Matthew T. Carrano. 2016, The theropod dinosaur Elaphrosaurus bambergi Janensch, 1920, from the Late Jurassic of Tendaguru, Tanzania. Zoological Journal of the Linnean Society, 178, 546–610 doi: 10.1111/zoj.12425

Sebastian Apesteguia, et al. 2016, An Unusual New Theropod with a Didactyl Manus from the Upper Cretaceous of Patagonia, Argentina. PLoS ONE 11(7): e0157793. doi:10.1371/journal.pone.0157793

Stephen L. Brusatte, & Thomas D. Carr, The phylogeny and evolutionary history of tyrannosauroid dinosaurs, 2016, DOI: 10.1038/srep20252

*1:ゴンドワナ大陸で派生した鳥脚類のグループであるエラスマリア(Elasmaria)の一員。推定全長1.2mと考えられているが、産出部位は部分的に関節した尾椎と後肢の一部である。

*2:2002年刊行の「小学館の図鑑 NEO 恐竜」には、p50に原始的な特徴のあるオルニトミムスの仲間として紹介されている。きわめてどうでもいい余談だが、同じページには剛腕の超巨大オルニトミムスとして描かれた当時正体不明の代名詞だったデイノケイルスもおり、20年間の恐竜研究の発展に驚かされる

*3:こうなると逆に記載論文では何をもってしてオルニトミモサウルス類に分類したのかが気になるが、残念ながら筆者が記載論文にアクセスすることはできなかった

*4:少なくとも筆者が見た日本語資料でティミムスを掲載していたのは講談社が出版していた『move 恐竜2 最新研究』のみであり、学研出版の『LIVE 恐竜』には影も形もいなかった

*5:なお、オーストラリアにティラノサウルス科がいたこと自体については肯定の立場である。ティミムス再考察の論文内であからさまなピューデックブーツが発達した骨盤が記載されており、まごうことなきティラノサウルス科とされたのである。発達したピューデックブーツからして、オーストラリアにティラノサウルス科がいたことは疑いようがない。それはそうとして、それがティミムスとイコールであるかどうかは別問題である。