古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

救われた三頭鷲

 いきなり本題に突入して申し訳ないのだが、下の写真に見覚えはないだろうか?見覚えがあるという方、察しの通りの話を展開していく予定であるため、この時点でブラウザバックをしていただいて構わない。

『恐竜博2019』で展示された当時未記載のオヴィラプトロサウルス類、のちのオクソコのホロタイプ標本MPC-D 102/110。なぜかこれ1枚しか写真を撮っていなかった。

 過去恐竜博では時に未記載の化石が展示されることもあり、そういった将来が楽しみな標本の展示というのも、特別展の楽しみの一つである。そういった未記載展示標本は後々に記載されることが多々あるわけだ。『大恐竜展 ゴビ砂漠の脅威』に展示されていたトロオドン類あらためゴビヴェナトルしかり、『恐竜博2019』に展示されていたむかわ竜あらためカムイサウルスしかりである。*1そしてむかわ竜名義だったカムイサウルスと同じ展示会場で展示されていたのが「2本指のオヴィラプトロサウルス類」であった。この標本は(展示当時から新属新種扱いされていたが)のちにオヴィラプトロサウルス類の新属新種、オクソコ(Oksoko avarsan)のホロタイプ標本MPC-D102/110として2020年10月に記載されるに至った。そんなわけで今回は『恐竜博2019』の会場片隅にいたオクソコの紹介である。

 

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 記載論文にあげられた標本はホロタイプとなるMPC-D102/110の他に3つの標本―――MPC-D100/33、MPC-D102/11、MPC-D102/12―――がある。このうちMPC-D100/33とMPC-D102/12は成体、他は幼体とされた。産出層についてはゴビ砂漠のネメグト層とされており、タルボサウルスやデイノケイルスなどと同じ時代に生息していたようだ。オクソコの属名はアルタイ神話に登場する3頭の鷲に由来している。同じブロックに3体分の化石が含まれていた=3つ分の頭骨が含まれていた産出状況から名付けられたそうだ。種小名のアヴァルサンはモンゴル語の「救出された」に由来する。何から救出されたかといえば、盗掘被害からの救出である。幸いなことにモンゴルの外に連れ去られる前に奪還できたようであり、そのエピソードが種小名につけられたというわけだ。

 標本数4個、個体数6体分の情報量は凄まじく、全個体を合わせればほぼ全身の復元と検討が可能になった。そんなわけでオクソコ固有の特徴というのも明らかになっている。まずはその頭骨だ。オヴィラプトロサウルス類の一部の種にはとさかを持つ種小名がいるが、オクソコのそれは口先から急激に盛り上がり眼窩上の頂点に向かっている。このためオクソコの顔つきは縦長楕円とでも言えそうな見た目をしており、この時点で他のオヴィラプトロサウルス類と見分けがつく。このとさかは鼻骨と前頭骨で形成されており、オクソコ固有の特徴である。

 その他、頚椎や骨盤にも固有の特徴を持つオクソコだが、やはり目立つ特徴は前肢にある。前肢が全体的に退縮し、さらに第3指は大きく退縮、機能指が第1指と第2指の2本に限定されているのである。第3指自体は存在するのだが、他2本に比べると頼りないほど細く、指先からは末節骨が失われている。生きていた頃は完全に肉に覆われ、外見からは完全に2本指に見えていたはずだ。前肢の退縮っぷりは上腕骨・尺骨・第2中手骨の合計長と大腿骨の長さの割合という指標で、他のオヴィラプトロサウルス類と比較されている。それによれば、コンコラプトルで112%、へユアンニアで128%、シチパチで162%という値に対して、オクソコでは109%という値が弾き出された。骨格図を見るからに前肢は短いだろうというのは感じてはいたが、こうして数値としてみるとオヴィラプトロサウルス類でも屈指の短さということがよくわかる。

 冒頭の写真や論文の図表で示されている通り、ホロタイプ標本MPC-D102/110は3個体がより重なったように保存された化石である。そのうち最も保存の良い1体(MPC-D102/110.a)はしゃがんだ状態で頭を腕のあたりに持っていくような姿で化石化している。獣脚類でよく見るデスポーズ*2とは真逆の姿勢であり、よって別々に死んだ3体が一か所に集められたということではなく、もともと3体一緒に休憩していたところで生き埋め状態になったと見たほうがいいだろう。MPC-D102/110.aの大腿骨を切断し骨組織を確認したところ、少なくとも1歳以上の幼体とみなされた。幼体のみで集団生活を行う生活様式は同じコエルロサウルス類のシノルニトミムスや鳥盤類のランベオサウルス類でも確認されており、幼体のみの集団というのは恐竜全般に見られた生活様式だったようだ。

 さて、系統解析の時間である。オヴィラプトロサウルス類は主に北アメリカに生息していたカエナグナティダエ(Caenagnathidae)と東アジアを中心に栄えたオヴィラプトリダエ(Oviraptoridae)がいるのだが、オクソコはオヴィラプトリダエのなかでもネメギトマイアやヘユアンニアなどゴビ砂漠から産出する仲間が所属するヘユアンニナエ(Heyuanninae)の派生グループに含まれることになった。なおもう一つのグループは主に南中国で産出するシチパチナエであり、各地域ごとにオヴィラプトロサウルス類が独自の放散を遂げていたという、大変面白い結果となった。

オヴィラプトロサウルス類の系統図。Funston(2020)より引用

 オヴィラプトロサウルス類全体に対して第1指末節骨と第3子末節骨の比率を求めたところ、ヘユアンニナエでは派生的な種になるほど割合が小さくなる=第1指の肥大化、または第3指の退縮という傾向が見て取れた。とはいえ、オクソコの姉妹群であるジヤンギサウルスやバンジなどは第3指退縮の傾向は示されておらず、オクソコの第3指退縮傾向というものがかなり特異かつ過激ということも考えられるかもしれない。

 

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 さて、ここまでが記載論文の要約である。ここからはオクソコの前肢の退縮及び第3指の退縮がなぜ起きたのか、無い知恵を絞って少し考えてみたい。

 可能性として最初に論文で示されていたのは食性の変化である。オヴィラプトロサウルス類はおおむね植物食、または雑食と考えられており(純粋な肉食性の種がいたという話は聞いたことがない)、オクソコもそういった食性であっただろう。これに加えてヘユアンニナエとシチパチナエでは下顎骨の形状にさしたる差がないことが示されている。オクソコの前肢は可動域からして握ることには不向きだったようであり、捕食行動には使われなかったと考えられている。ということは、オクソコは完全な植物食恐竜で、手を伸ばす必要のない背丈の低い植物に依存していたのだろうか?ネメグト層にはほかにもオピストコエリカウディアやサウロロフス、デイノケイルスにテリジノサウルスといった大型植物食恐竜がひしめいており、これらとのすみわけをしていたことは容易に想像がつく。高所の植物が独占されるなら、徹底的に低所の植物を食べるように進化したと考えられないだろうか?もしかすると、北アメリカ、ヘルクリークの地でテスケロサウルスが占めていたニッチを、ゴビ砂漠ではオクソコが務めていたのかもしれない。

 あるいは、食性以外の生態に要因があるかもしれない。論文中では繁殖行動などが前肢退縮に影響した可能性も上げているが、検証が困難であるとして詳しい深堀は行っていない。オルニトミムスの研究から獣脚類の翼の使い道はディスプレイや抱卵など、主に繁殖行動にあったと考えられている。そうなるとオクソコの前肢、もとい翼が退縮した理由として、繁殖行動の変化に求めることも(無理やり)できそうだ。例えば現生鳥類のツカツクリのように自らは抱卵せず、腐葉土などで作った巣に卵を埋めることで卵を温める生態をとっていたと考えられるだろうか。もっとも、これに関しては化石ではどうにも検証のしようがないため、完全な妄想になってしまうのがつらいところである。

 

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 かつてギガントラプトルが記載されたとき、小型恐竜ばかりだと考えられていたオヴィラプトロサウルス類の多様性を思い知らされたわけだが、オクソコが示してくれた前肢退縮という特徴は、ギガントラプトルとは別の方向からオヴィラプトロサウルス類の多様性の高さを示している。現在は東アジアと北アメリカ大陸で飲み産出しているオヴィラプトロサウルス類だが、今後は中央アジアやヨーロッパ、あるいはゴンドワナのどこかでも産出するかもしれない。そういえば、オルニトレステスが基盤的オヴィラプトロサウルス類という説も聞いたことがある。典型的小型獣脚類から進化するときに、我々が想像もしないような方向性に進んだ種類もいるかもしれない。なんならカエナグナティダエから前肢退縮させた新属新種が発見されるかもしれない。ギガントラプトルやオクソコが開いた扉の向こう側には、まだ見ぬ何かがこれでもかとひしめいていそうである。

 

参考文献

Brayden Holland, Phil R. Bell, Federico Fanti, Samantha M. Hamilton, Derek W. Larson, Robin Sissons, Corwin Sullivan, Matthew J. Vavrek, Yanyin Wang and Nicolás
E. Campione. 2020, Taphonomy and taxonomy of a juvenile lambeosaurine (Ornithischia:
Hadrosauridae) bonebed from the late Campanian Wapiti Formation of northwestern Alberta, Canada, PeerJ, 9:e11290 DOI 10.7717/peerj.11290

Gregory F. Funston, Tsogtbaatar Chinzorig, Khishigjav Tsogtbaatar, Yoshitsugu Kobayashi
,Corwin Sullivan and Philip J. Currie. 2020, A new two-fingered dinosaur sheds light on the radiation of Oviraptorosauria, Royal Society Open Science. 7: 201184.
http://dx.doi.org/10.1098/rsos.201184

Varricchio, D.J., Sereno, P.C., Zhao, X., Tan, L., Wilson, J.A., and Lyon, G.H. 2008. Mud−trapped herd captures evidence
of distinctive dinosaur sociality. Acta Palaeontologica Polonica 53 (4): 567–578. 

真鍋真,2019,恐竜博2019,NHK,p183

 

*1:同じ展示会にいた「2本指のテリジノサウルス類」と「鳥屋城山層モササウルス類」については2022年現在で記載が行われたという話は聞いていない。記載されれば界隈中がお祭り騒ぎになるのは間違いないだろう。今から楽しみだ

*2:頚椎から胴椎、尾椎までが反り返る姿勢をこのように呼んでいる。獣脚類に限らず鳥類や竜脚類にもみられる化石状態であるため、博物館等でも見る機会は多い