古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

『新恐竜』レビュー~これって予言書だっけ~

 タイトルからして紛らわしいことこの上ないかもしれないが、今回のテーマは国民的アニメの映画…ではなく思弁進化を書いた一冊として界隈では有名な本の紹介である。

 思弁進化についてはググっていただければなんとなくわかるとは思うのだが、要するに生物進化に焦点を当てたSFのことだそうだ。思弁進化で有名な書籍と言えば『鼻行類』や『アフターマン』、あとは『フューチャー・イズ・ワイルト』あたりになるだろうか。そんな思弁進化の代表作(?)である『アフターマン』の著者にして無類の恐竜ファンであるドゥーガル・ディクソン氏が恐竜を題材に思弁進化を書いたのが『新恐竜~進化し続けた恐竜たちの世界~』である。なんとこの本、発行は1988年と今から30年以上も前の本のはずなのだが、なぜか今見ても古びれない面白さがある。今回は(筆者たる私が無事に当書籍を奪還した記念に*1)『新恐竜』のどこに古びれない面白さがあるのか、ダイヤモンド社出版の書籍と学研出版の児童書版を両手に持ちつつグダグダ語っていこうと思う。

 

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 『新恐竜』の大まかなあらすじを語ろう。6600万年前、地球に接近した小惑星が謎の爆発四散を起こしたところから始まる*2。恐竜時代は終わらないまま新生代を迎え、生物たちはそのまま進化を続けていった。書籍内では6つの動物地理区と海洋にわけて、各動物地理区の生物たちを紹介している。各地に生息する多種多様な生物たちを紹介し、最後にはこれからも生命の進化は続いていくだろうという見解をのべて本編を締めている。

 で、ここからが本番である。現代恐竜学の始まりとなったデイノニクスの記載が1969年、そして始まった恐竜ルネッサンスはおおむね1970年である。『新恐竜』の発行年は1988年と、デイノニクス記載から20年と経過していない。実際にp35とp39に書かれている系統図には、槽歯類から竜盤類と鳥盤類が独自に分岐していたり、ティラノサウルス類がメガロサウルス類から派生していたりと、大変懐かしさを感じる系統図となっている。さすがにこの辺りは発行年代相応の内容である。

 だがしかし、系統図を超えてページをめくるとそこにいるのは彩り豊かな羽毛恐竜達である。もう一度確認すると、本書の発行年は1988年である。非鳥類恐竜に羽毛が確認されたのは1996年のシノサウロプテリクスが最初であり、『新恐竜』から8年後のことである。恐竜ルネッサンス以降、「鳥類恐竜起源説」は活発に議論されていたものの、羽毛恐竜の存在は一部の研究者やイラストレーターにより予言されていたのみであり、まさか本当に化石が産出するとは1980年代は考えられていなかったのである。そんな時代に『新恐竜』では多種多様な羽毛恐竜たちが登場する。コエルロサウルス類はもちろんのこと、一部のヒプシロフォドン類などにも羽毛が生えている。ドゥーガル・ディクソン氏の先見の明に驚かされる。

 これだけに限らない。『新恐竜』にはまるで将来発見される新属新種の恐竜を予言したかのような存在が多数描かれているのだ。たとえば新熱帯区(南アメリカ大陸)の草原にいるカトラスツースである。原作では南下したコエルロサウルス類の子孫(児童書版ではノアサウルス科の子孫になった)という設定になっているが、例のごとくの羽毛恐竜である。これだけなら新恐竜によくいる存在だが、問題はその大きさである。カトラスツースのページには同じ場所に生息する竜脚類のランバーを襲撃しているイラストが掲載されている。ランバーの大きさは25mとされており、カトラスツースはおおむねランバーの4分の1程度とみられる。25mの4分の1は単純計算で6m程度となるが、今の恐竜を知る人ならば「ユウティラヌスより小さいじゃん」となるだろう。けれども、少し振り返ってみよう。ユウティラヌス記載前、羽毛恐竜は小型恐竜のみだと考えられていなかったか?ユウティラヌス記載前まで、最大の特徴羽毛恐竜は3m以下ではなかったか?大型恐竜であろうとも条件さえ整えば羽毛をまとうことがあるというのは2012年のユウティラヌス記載時に明らかになったわけだが、『新恐竜』では羽毛恐竜でさえ仮定の存在だった時代にカトラスツースという形で予言していたのである。

 これ以外にも『新恐竜』にはその後の発見を先取りしたかのような生物が多数存在する。旧北区に生息する河川棲哺乳類のズウィムは、生態や形態などはモリソン層から産出したカストロカウダに酷似する。オーストラリア区の半水棲獣脚類のパウチは、今で言うところのハルシュカラプトルに該当する存在である(さすがに形態は違うが)。樹上棲恐竜のアルブロサウルス類のように樹上棲恐竜は現在山ほど産出している。

 極めつけは東洋区のアルブロサウルス類、フラリットだろう。樹上生活をおくる中で滑空能力を進化させたフラリットには、前肢に皮膜でできた翼が存在する。皮膜でできた翼で滑空する恐竜、心当たりがある方は多かろう。中国の上部ジュラ系から産出したスカンソリオプテリクス科の一種、イー・チーである。羽毛恐竜も樹上棲恐竜も未発見だった1988年に、皮膜で滑空する恐竜の存在を書いてみせたのである。ドゥーガル・ディクソンという方は、タイムマシンでも持っているのだろうか?

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 以上、ドゥーガル・ディクソン氏の『新恐竜』についてはグダグダ語ってきた。当書籍の予言書っぷりには今読んでも驚くより他にない。こうなったらディンガム*3やクラックビーク*4、ウォーターガルプ*5も現実の存在になるかもしれない。『新恐竜』は発行から30年以上が経過し、一部は絶版状態というウワサも聞くが、しかしその輝きは今日でも衰えることはない。2021年には児童書版*6も出版されている。ダイヤモンド社出版のハードカバー在庫は密林奥地にまだあるようだ。書店で販売されている可能性の高い児童書版と合わせて購入して見るのはいかがたろうか。

*1:思弁進化に本格的に触れることになった記念すべき一冊なのだが、何を血迷ったか一度売り払ってしまったのである。後悔の念を感じた末に11月末に無事に再購入に成功した

*2:むろん冗談である。実際のところは「隕石は地球にぶつからなかったし、彗星の大群は地球には接近しなかった。海の植物は水温の変化にも適応できた。陸の動物たちはお互いの病気や寄生虫への適応力を身につけた」である。加えて、K-Pg境界が6600万年前とされたのは2013年以降であるため、『新恐竜』内ではK-Pg境界は6500万年前となっている

*3:オーストラリア区の砂漠に生息する小型の獣脚類。4足歩行を行っている描写が見られる。

*4:オーストラリア区に生息する樹上性の鳥脚類。旧ゴンドワナ大陸に広く生息している

*5:新熱帯区に生息する水棲鳥脚類。樽型の胴体にひれ状になった前後肢、遊泳のためのヒレが付いた尾が特徴。なお東洋区に同じ進化を遂げたグラブがいるが、こちらはもっと過激な進化をしている。

*6:現在の研究状況に合わせて、系統関係などが更新されている。ちなみに当ブログを書く際に改めて読み返したところ、翻訳者はG.masukawa氏、すなわち恐竜骨格図でおなじみのイラストレーターその方だった