古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

マイプの復元骨格?~『恐竜博2023』予習記事~

 『恐竜博2023』にて出演が確定したマイプ・マクロソラックス(Maip macrothorax)だが、予定ではティラノサウルス(穂別博物館にいるスコッティ)と対比させるように展示されるらしい。もしかするとマイプの復元骨格も展示されるかもしれないということで、大変楽しみなものだ。

(2023.7.31追記:上記の一文は東京会場開催前の噂話に基づく話である。大阪会場が開催した現在もマイプの復元骨格は存在しておらず、以降の話は基本的に「マイプの復元骨格を今後作成するとした場合、どのようにして作られるか?」というもしかも話の純度100%の妄想である。)

 が、一つここで問題がある。現状、マイプは断片的な化石のみが発見されているのみであり、マイプの復元骨格を作るのであれば近縁種をある程度参考にしなければならないのである。であるならば当然、「マイプの復元骨格」には近縁種となる様々なメガラプトル類(メガラプトラ)の要素が含まれることになる。もちろん、マイプの復元骨格をそのまま見て全体像を掴むことも重要かつ楽しい見方であるが、せっかくメガラプトル類の復元骨格を間近で観察することができる貴重な機会である。骨格のどこにマイプの要素が含まれているのか、どこの部分が近縁種を参考にした復元物(アーティファクト)なのか、それを予習した上で復元骨格を見てもやはり面白いかもしれない。そんなわけで今回はマイプについての補足と「マイプの復元骨格」について、グダグダ語っていこう。言うまでもなく今回も100%妄想記事であるのはご了承頂きたい。

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 まずはマイプの補足解説といこう。2022年の4月に記載されたマイプだが、けして完全な骨格が産出したわけではない(メガラプトラの中ではこれでもマシな産出状況だが)。産出した部位は胴椎、尾椎、肋骨、頸肋骨の各部分的要素、烏口骨、肩甲骨の断片、頭骨の一部(方形骨?)、坐骨の断片、といったところである。断片的な化石から見られたマイプ固有の特徴をものすごくざっくり解説すると

・気嚢が食い込んだことで含気化した肋骨

・尾椎に見られる含気化

・筋肉付着部が発達した烏口骨

になる*1(Rolando 2022)。よって現在発見されているマイプの化石要素を復元する際には、上記に見られるような「マイプ固有の特徴」が復元されることになる。それ以外のパーツについても、例えば胴椎や尾椎、肋骨の欠損部位などの繰り返し構造については、産出した前後の化石を参照に復元されることになるはずだ。この他にも烏口骨や坐骨の一部についても、すでに産出しているマイプの化石の特徴が組み込まれて復元されるだろう。つまるところ、復元骨格のうち胴体(胴椎や肋骨、烏口骨)については、ほぼ100%マイプの要素で復元される可能性が高いと言えそうだ。

原記載時におけるマイプの骨格図。Rolando(2022)より引用。

 問題になるのはマイプでいっさい発見されていない部位―――頭骨の大部分、前後肢、尾の後半―――をいかにして復元するか、ということになる。当然ながら、これらの欠損部位についてはマイプと近縁な恐竜をもとに復元する必要がある。そこでマイプの系統の話が必要になるわけだ。

 マイブの記載論文では化石の記載に合わせて、メガラプトラ内での系統関係についても論じられている。それによれば、派生的メガラプトラ(狭義のメガラプトル類)は発達した胸部や特殊化した前肢といった、より派生的な形態を有したアオニラプトルを含む「系統群A」と、南米大陸で大型化を遂げた「系統群B」に細分化された。そしてマイプについては系統群Bへと分類されている(Rolando 2022)。よってマイプの復元骨格を作成する場合、頭骨や前肢などの欠損部位は系統群Bから、それでも補うことができない部位については系統群Aから、それぞれ参考にして復元物―――あるいはアーティファクト*2―――を作ることになるだろう。それではマイプの未発見部位がどの恐竜を参考にして補われるのか、これから少し考察してみよう。

メガラプトラ系統図。Rolando(2022)より引用。

 

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 まずは系統群Bから補える部位を見ていこう。系統群Bとしてマイプと多系統をなす恐竜はオルコラプトル(Orkoraptor burkei)、トラタイェニア(Tratayenia rosalesi)、アエロステオン(Aerosteon riocoloradensis)の3種である。このうちオルコラプトルとトラタイェニアはマイプがましに見えるほどの部分化石しか産出していないためひとまず横に置いておくとして、重要視されるのがアエロステオンであろう。

 アエロステオンはメガラプトラとしては異例なほど多くの部位が発見されており、派生的なメガラプトラの復元を行うときに重要な存在となる。マイプでは未発見の頸骨、骨盤、仙椎、副肋骨、後肢のひざから下が産出しており(Sereno 2008)、当然ながらマイプの復元ではこれらの要素が取り込まれることになるだろう。また肩甲骨や後方頭骨要素など、マイプでは破片しか産出していない部位も発見されているため、これらの復元においても参考にされるだろう。もしマイプの復元骨格で、中央に稜線が発達した恥骨や左右の骨が癒合した副肋骨などが復元されていた場合、それらはアエロステオンの要素が取り込まれていると考えていいだろう*3

アエロステオン骨格図。Sereno(2008)より引用。

 

 系統群Bを適切にかき集めることで首から後ろはおおむね復元できたマイプだが、まだ足りない部位がある。頭骨の前半、前肢の大部分と大腿骨、足先である(尾の後ろ半分はこの際考慮外とする。)。となれば、系統群Bの姉妹群となるムルスラプトル(Murusraptor barrosaensis)やさらにその外側にいるメガラプトル(Megaraptor namunhuaiquii)に参考先を求めることになる。ムルスラプトルは頭骨の後ろ半分の多くが産出しており(Coria 2016)、派生的メガラプトラの頭骨の復元に大いに役立つ存在となる。記載論文でも描かれている通り、獣脚類としては上下の高さがなく、前後に長いという面長な恐竜であったようだ。本題からは大いにそれるが、嚙む力もそれほど強くはなさそうである。獣脚類としては異例なレベルで発達させた前肢と釣り合いをとるためだろうか?このあたり、頭骨を巨大化させたうえで前肢を退縮させたティラノサウルス科、アベリサウルス科、カルカロドントサウルス科とは対照的である。こうしてみるとやはりメガラプトラ、異端児である。

 

ムルスラプトル骨格図。Coria(2016)より引用。

 頭骨前半と前肢はメガラプトルから補うことになるだろう。悲しいかな、メガラプトル幼体の記載論文には手を出せないのだが、英語版Wikipedia(英語版もそうだが同ページは日本語版もやたら充実しており、科博訪問前に一読する価値はあるだろう)によれば前後に長い外鼻孔やら頭蓋天井に発達した稜線など、ティラノサウルス上科と共通する特徴もあるそうだ。とはいえ本標本はあくまで幼体であるため、少なくとも形状そのままが復元として採用されることはないだろう(もう少し高さのある頭骨になるはずだ)。前肢についてはほぼメガラプトルの要素が組み込まれるとみていいかもしれない。特徴として、第1、第2指が大きく発達するが、第3指についてはかなり小さい。そしてシックルクロー―――斬撃用の凶器―――へと変化しているのは第1指である。ティラノサウルス上科を参考にするなら、マイプの復元骨格では第3指が退縮を起こしている可能性もあるが、それは実際に開催されなければわからないだろう。

 

 さて、ここまで派生的メガラプトラ(狭義のメガラプトル類)をかき集めて復元してきたが、それでも復元できない部分がある。大腿骨や中足骨などの後肢要素である。これに関しては系統群Aの姉妹群であり狭義メガラプトル類の最基盤であるアウストラロヴェナトル(Australovenator wintonensis)や、最基盤のメガラプトラである我らがフクイラプトル(Fukuiraptor kitadaniensis)に頼るしかない(同じく最基盤であるプウィヤンゴヴェナトルもそれなりに産出はしているが)。両名ともきれいにそろった後肢が産出しているが、その足は獣脚類としては比較的長め(特にひざから下は顕著に長い)であり、中足骨は3本上から下まで束ねられた構造をしている(White 2013)。アロサウルス上科などは案外ひざから下は短く、中足骨はばらけ気味である。この辺りも、メガラプトラがコエルロサウルス類とする根拠になっているようだ。

アウストラロヴェナトルの右中足骨。White(2013)より引用。

アロサウルスの後肢写真。写真中央に中足骨を写している。中足骨の遠位(足先の部分)がやや広がっているのがわかる。FPDMにて筆者撮影。

 

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 以上、マイプの復元骨格についていろいろと妄想を繰り広げてみた。無論のことながら、上記に書き連ねた内容を覚える必要性は皆無であるし、別に恐竜を楽しむのに事細かな解剖学の知識はなくてもどうにかなる(ここまで偉そうに語ってきたが、筆者とて解剖学の知識は皆無である)。とはいえ各骨格のパーツ名や各恐竜の特徴、産出部位を知っていれば、目の前に鎮座する復元骨格に対して様々な角度から観察することができる。ある程度解剖学的な話や分類の話をほんの少しかじった程度であっても頭に入れれば、より深いところまで復元骨格を楽しむことができるのだ。

 恐竜博2023ではマイプと対比させる形で穂別博物館のスコッティが展示されるとのことである。メガラプトル科とティラノサウルス上科はともに、白亜紀後期に頂点捕食者へと上り詰め、白亜紀最末期のマーストリヒチアンまで命脈を保った大型コエルロサウルス類という、経歴上は似た者同士である。しかしながらメガラプトル科は斬撃用の爪を発達させた巨大な前肢を武器とし、代償として頭骨は小型軽量化した。その一方ティラノサウルス上科は強靭な頭骨を武器とし、かわりに前肢は巨大な頭骨と釣り合いを取るべく大幅に退縮させている。比較的近縁な分類でありながら身体的な進化の方向性は正反対という、極めて興味深い分類群である。それ以前に、隣にティラノサウルスがいるいないにかかわらず、派生的メガラプトラの復元骨格が公開されるのはめったにない機会である。これを好機とばかりにじっくりと観察したり、写真撮影に勤しんだりしてみよう。科博の恐竜展としては約4年ぶりの開催となる『恐竜博2023』は、2023年3月14日の開幕である。

 

(ここまで読んでいただいたととこでさらなる蛇足である。マイプ記載時にはこんなことを書き散らしていた筆者だが、ここまで読んでいただければわかるとおり、今となっては「メガラプトラがティラノサウルス上科の姉妹群となる仮説」には賛成の立場である。理由は筆者自身がメガラプトラにみられるコエルロサウルス類的な特徴を把握できたためだ。とはいえメガラプトラの基盤に位置するフクイラプトルやプウィヤンゴヴェナトルについては頭骨要素は断片のみであり、よって彼らの追加標本が産出しないことにはメガラプトラの分類にかかわる論争が終息することはないだろう。キメラのように様々な分類群の特徴が混ざっていることを説明するにはティラノサウル上科の外にいたほうがいいような気もするが、そうであるならばジュラ紀中期にはすでにメガラプトラが存在していたはずである。現状メガラプトラは白亜紀にのみ生息しており、そうなればティラノサウルス上科のうちティラノサウルス科へとつながる系統からアークトメタターサル構造ができるより前に分岐したのがメガラプトラであると解釈できそうな気もするが、今はどう考えても妄想どまりである。)

 

参考文献

Alexis M. Aranciaga Rolando, Matias J. Motta1, Federico L. Agnolín, Makoto Manabe,
Takanobu Tsuihiji & Fernando E. Novas. 2022. A large Megaraptoridae (Theropoda: Coelurosauria) from Upper Cretaceous (Maastrichtian) of Patagonia, Argentina. Scientific Reports, Doi : 10.1038/s41598-022-09272-z

Darren Naish and Andrea Cau, The osteology and affinities of Eotyrannus lengi, a tyrannosauroid theropod from the Wealden Supergroup of southern England, 2022, DOI 10.7717/peerj.12727

Matt A. White, Roger B. J. Benson3 Travis R. Tischler, Scott A. Hocknull, Alex G. Cook,
David G. Barnes, Stephen F. Poropat, Sarah J. Wooldridge, Trish Sloan, George H. K. Sinapius, David A. Elliott. (2013) New Australovenator Hind Limb Elements Pertaining to the Holotype Reveal the Most Complete Neovenatorid Leg. PLoS ONE 8(7): e68649. doi:10.1371/journal.pone.0068649

Paul C. Sereno, Ricardo N. Martinez, Jeffrey A. Wilson, David J. Varricchio, Oscar A. Alcober, Hans C. E. Larsson, (2008) Evidence for Avian Intrathoracic Air Sacs in a New Predatory Dinosaur from Argentina. PLoS ONE 3(9): e3303. doi:10.1371/journal.pone.0003303

Rodolfo A. Coria and Philip J. Currie, (2016) A New Megaraptoran Dinosaur (Dinosauria, Theropoda, Megaraptoridae) from the Late Cretaceous of Patagonia. PLoS ONE 11(7): e0157973. doi:10.1371/journal.pone.0157973

*1:正確にはもっと細かく、詳細な特徴が7つ記載されている。詳しくは記載論文を参照して頂きたい

*2:アーティファクトとは「人工物」を意味する英語ではあるのだが、古生物の復元では未発見部位をおぎなった復元物といった意味合いで使用される。恐竜界隈ではさも前提知識のごとくよく聞く言葉であるため、この機に覚えておくのも手のうちの一つである

*3:なお「中央に稜線が発達した恥骨」や「左右の骨が癒合した副肋骨」はティラノサウルス上科にも共通する特徴である。エオティラヌスのモノグラフ(Naish 2022)のようにティラノサウルス上科に含まれることがあるのは、これらの形態によるところが大きいようだ