古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

ピー助!【ブログ開設1周年記念記事】

 ありがたいことに(正確には4月4日であるため明日が記念日なわけですがとりあえず)本日をもって当ブログ「古生物・恐竜 妄想雑記」は1周年を迎えることができました。足を運んでいただいた読者の皆様には感謝を申し上げます。そんなわけで1周年記念記事でございます。

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 今でこそ恐竜王国なんて名乗る日本の恐竜界隈だが、かつて(1970年代とか)は恐竜はおろか大型爬虫類の産出すら絶望視されていた時代があったわけである。そんな時代にさっそうと登場し、今日の日本の中生界ブームを引っ張り続けた恩人がいることを、界隈にいる我々が忘れてはならないだろう(言われなくても忘れないとは思うが)。その名は全国にとどろき、彼を主演にした映画まで製作された一方で、その正体については発見から40年近くが経過するまでわからなかったという存在だ。そんなわけで今回は(タイトルの時点で察した方も多かろうが)、日本を代表する海棲爬虫類のフタバスズキリュウの紹介である。それなりに知名度は高い生物ではあり、当ブログでの紹介が適切なのかという問題があるが、それはそれである。

(なお、学名が付いてからすでに17年が経過しており、本来であれば学名を使用するべきなのは理解している。が、筆者自身がフタバスズキリュウの名前に慣れ親しみすぎたこと、そして今や見る機会の少なくなった「フタバスズキリュウ」という和名を少しでも残していくこと、以上2点を理由に、当ブログでは学名「Futabasaurus suzukii」の首長竜を今後も「フタバスズキリュウ」と称して進めていただく。ご了承願いたい。

 くわえてもう一つ、タグに「海竜」を使用していることについて弁明である。「海竜」という呼び方が学術的な呼び方ではないことも、一般的に使用されている言葉でないことも、百も承知している。しかしながら福井県立恐竜博物館の2022年特別展では魚竜、首長竜、モササウルス類などの絶滅海棲爬虫類をまとめて「海竜」と呼んでいるため、多少の妥当性はあると考えた。よって当ブログにおいても、絶滅した海棲爬虫類のことに関する記事のタグについては、今後も「海竜」を使用していく。本文中ではおそらく「海棲爬虫類」と書いていくため、そのあたりもご了承願いたい。)

 

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 フタバスズキリュウが発見されたのは恐竜ルネッサンスが始まる少し前、1968年のことである。産出した場所は福島県いわき市を流れる大久川、産出層は双葉層群玉山層である(グーグルマップでいわき市アンモナイトセンターを目安に探せば割と簡単に見つかる)。

 ここで少し、双葉層群についても解説しよう。双葉層群は東北日本に分布する地質帯である阿武隈帯に属しており、福島県いわき市の北部から双葉郡広野町、樽葉町南縁にかけて南北15㎞、東西2~3㎞にわたって分布している。全層厚は最大約350mで、下位より足沢層、笠松層、玉山層に区分されている。産出したイノセラムスの化石より、時代はコニアシアン前期からサントニアン前期とされており、この間に堆積環境は外浜や内側陸棚(足沢層)から蛇行河川・網状河川(笠松層)そしてふたたび外浜や内側陸棚になる(玉山層)など、目まぐるしく変化していたことが明らかになっている。双葉層群からは先述のイノセラムス等のアンモナイト二枚貝類、何かしらの生痕化石が産出している。過去には足沢層大久川部層からハドロサウルス類の化石*1も産出しており、陸海ともに生物豊富な環境だったようである。このように化石に恵まれた双葉層群の上部層である玉山層、そして玉山層最上部層である入間沢部層から産出したのが、フタバスズキリュウであった。

 発掘経緯については各種書籍等の媒体で有名であるため、わざわざここに書く必要はないだろう。発掘調査の完了後となる1970年には、地質学雑誌に速報として掲載されていた。産状模式図には頭骨と両前肢、前方胴椎や胸部が書き示された(肋骨は省略された。また後方胴椎や後肢も発見されているが、この時点では書き込まれていない。骨盤など文中でのみ存在を示されている=写真や図がない部位もいくつかある)。それ以外にもサメの歯が多数共産したこと、ヒドロテロサウルス(Hydrotherosaurus)やアルザダサウルス(Alzadasaurus*2と近縁の可能性があることなど、予察的ながら丁寧な状況報告と考察がなされていた。どうも当時から新属新種の可能性が高いと見られていたようであり、同論文の冒頭には「とりあえず化石の産出を簡単に報告しておく。なお、化石の記載については、のちに英文で別途発表する。」と書かれていた。

速報時におけるフタバスズキリュウの産出図。脊椎の番号は大きい番号ほど前方のものになる。小畠(1970)より引用。

 

 が、別途発表予定だった英文≒詳細な記載論文は待てど暮らせど発表されることはなかった。いや、もしかすると筆者の探し方が悪かった可能性もあるが、とにかくフタバスズキリュウの研究が進展することはなかったのである(その理由については、世界的に首長竜の研究が進んでいなかったこと、日本国内に首長竜の研究者、あるいは古脊椎動物の研究者が少なかったこと、そしてなけなしの古脊椎家がこのあと堰を切ったように報告された国内産恐竜化石に忙殺されたことなどなど、様々な理由が推察されている)。この間に復元骨格が組み上げられたり、某アニメ映画の主役に抜擢されたり、フタバスズキリュウ知名度は着実にあがり、いつしか日本を代表する大型爬虫類と認識されていった(実際、フクイラプトル記載後しばらくのあいだもそんな感じだった)。しかしながら、学術的にはフタバスズキリュウは謎の存在であり続けていたのである。フタバスズキリュウにどのような特徴があるのか、本当に新属新種なのか、首長竜の系統においてどこに位置しているのか、進化史的にどのような立ち位置なのか、まったく持って何も分かっていなかったのだ。あれだけ有名な存在であるにも関わらず。

 そんな状況を打開するべく、国立科学博物館のチームは2000年代に動き出していた。発見以来ずっとフタバスズキリュウにかかわり続けていた長谷川善和氏、古生物ファンおなじみ国立科学博物館真鍋真氏、そして当時新進気鋭の首長竜専門の研究家である佐藤たまき氏―――フタバスズキリュウ記載のために必要だった首長竜専門の日本人研究者―――が集まり、フタバスズキリュウの記載に向けた再研究を始めた。産出化石の測定とスケッチの末、フタバスズキリュウの固有の特徴が次々に明らかになり、そして2006年に古生物学専門の論文冊子である『palaeontology』にオープンアクセスで投稿され、フタバサウルス・スズキイ(Futabasaurus suzukii)の学名を冠されるに至ったのである*3。発見されてから38年、くしくも上述のアニメ映画がリメイクされたその年であった。

フタバスズキリュウの産状標本(A)および産状図(B)。Sato(2006)より引用。

 ここでフタバスズキリュウの特徴について少し解説しよう。一目でわかるのは眼窩(目の入る穴)と鼻孔の間が同じ白亜紀後期産エラスモサウルス類と比べても大きい(定量的に示すことはどうも諦められた模様)ことが挙げられる。推定される頭骨長は約40cmと、白亜紀後期エラスモサウルス類の標準であるようだ。胴体の特徴としては、左右鎖骨の間にある鎖骨弓(でいいのか?)が後方を向いていること、大腿骨に付着していた筋肉痕が後方を向いていることも特徴として挙げられている。またこれに加えて、第5上顎歯の上部に外鼻孔が存在していたり、鎖骨弓の前縁に見られる正中線が存在していたり、大腿骨よりも長い上腕骨(上腕骨自体は白亜紀後期エラスモサウルス類としては華奢な方らしい)等々、白亜紀後期エラスモサウルス類としては珍しい特徴もいくつか備えているようだ。北米産やニュージーランド産、あるいは日本産のエラスモサウルス類との比較検討はDiscussionの項目でかなり詳細に検討されている。

 

 ここまでくれば系統の話をしたいところだが、フタバスズキリュウの記載論文では系統関係についてはエラスモサウルス類に近縁とされただけで詳しいところまであまり言及されていない(なんせDiscussionで「系統が変動しやすいのでここで論じるのは時期焦燥(意訳)」とまで言われるレベルである。)。2006年以降に記載された白亜紀エラスモサウルス類の論文を探したが、オープンアクセスで手に入ったのはWikipediaでも参考文献とされていた2016年のスティクソサウルス再記載論文のみであり、エラスモサウルス類の系統はこれを参考にしようと思う(実際、この論文の系統図は極めて詳細に掲載されている。論文の中心となるスティクソサウルスを含むエラスモサウルス科のみならず、基盤的プレシオサウルス類やボリコティルス類などもかなり詳細に系統関係が描かれているというありがたい論文である。)。

派生的エラスモサウルス類の系統図。A:通常の系統図。B:産出年代順に配置された図。Otero(2016)より引用。

 スティクソサウルスの再記載論文では派生的エラスモサウルス類の一員としてフタバスズキリュウも一緒に系統にかけられた。速報として簡易記載された時点においては上記にあげたとおり、ヒドロテロサウルスと近縁である可能性が指摘されていたが、おおむねその見解は正解だったようだ。再記載時の系統解析ではヒドロテロサウルスと姉妹群として分類され、より派生的なエラスモサウルス類であるスティクソサウリナエとアリストネクティナエをまとめた分類群の(おおむね)姉妹群として分類されるに至った。

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 ここまでがフタバスズキリュウの(ざっくりとした)研究史や特徴、系統を解説してきた。ここからは首長竜、もといエラスモサウルス科の進化史におけるフタバスズキリュウの意義について、素人なりに考えてみたい。

 まずは産出した地域そのものについてである。上記の系統図に掲載されているエラスモサウルス科14種のうち、半数の7種が北アメリカ産である。残りの種類にしても、Wapuskanectesはカナダ、Callawayasaurusはメキシコと、こちらも西部内陸海路にかかわる存在である。残りはどこから産出したのかと言えば、Aristonectes南米大陸(アルゼンチンとチリ)と南極から、Morturneriaは南極、KaiwhekeaAlexandronectesニュージーランドである。つまるところ、フタバスズキリュウは東アジアという、それまでエラスモサウルス類が産出していなかった空白域から発見されている(うえ、まともに記載も分類も可能なぐらいには状態の良い)、世界的にも貴重かつ重要なエラスモサウルス類なのである。フタバスズキリュウの産出前後においても日本産の首長竜の化石はちょくちょく産出しているものの、大体が部分骨格で分類のおぼつかない者たちばかりである。その中においてほぼ全身が産出したフタバスズキリュウという存在が、エラスモサウルス類の進化や放散を考察するうえでいかに大きいかがお分かりいただけるだろうか。

 2つ目が産出した時代である。フタバスズキリュウが産出した双葉層群玉山層入間沢部層の年代は共産するイノセラムスよりサントニアン前期とされている。上記にあげた系統図をまじまじ見つめると、同じサントニアンから産出しているエラスモサウルス科がまさかのゼロである。それどころか上記系統図を掲載している論文内の、首長竜全体の系統図を見つめてみても、サントニアンに生息していた首長竜はボリコティルス類に属するGeorgiasaurus penzensis*4とロイヤルオンタリオ博物館所蔵のDolichorhynchops sp.の2種類のみである。白亜紀「中期」(厳密には白亜紀後期後期のチューロニアン〜サントニアンまで)は世界的に恐竜化石が産出しない(恐らく正確には研究が進んでいない、と言うべきか)という話はよく聞くが、どうも首長竜界隈でも同じことが起きているようだ。だとするならば、サントニアンという(上に掲載した系統図における)首長竜の空白時代を埋めるという意味においても、フタバスズキリュウは重要な存在であるといえるだろう。

 そういえばサントニアンと言えば、白亜紀後期セノマニアンに出現したモササウルス類が全世界への進出を完了した時代でもある。日本のサントニアン階からモササウルス類が産出したという話は聞いたことがないが、この後の時代では鳥屋城山層(カンパニアン)からはモササウルス類の全身骨格が産出しているほか、蝦夷層群からは複数種のモササウルス類(Phosphorosaurus ponpetelegansMosasaurus hobetsuensisMosasaurus prismaticus。他にはティロサウルス属も産出しているようだ。)とエラスモサウルス類(ホベツアラキリュウおよびボリコティルス類)が共産しており(正確には微妙に産出層が異なるようだが)、東アジアにモササウルス類が進出してからもエラスモサウルス類が一定の勢力を保っていたことがうかがえる。フタバスズキリュウは東アジアに定住し始めたモササウルス類と共存していた可能性もあり、当時の生物相を考えるうえで重要と言えるだろう。

 

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 以上、フタバスズキリュウについて(いつも以上)にグダグダと語ってみた。上記に述べた通り、日本国内のエラスモサウルス類はフタバスズキリュウだけではないのだが大体は歯の化石ばかりである。フタバスズキリュウの他に産出状況がましな日本産エラスモサウルス類と言えば、サツマウツノミヤリュウの愛称で知られる獅子島エラスモサウルス類(頭骨の大部分、頚椎、副肋骨、前肢もしくは後肢要素)と恐竜博2019に参加していたホベツアラキリュウ(頚椎や後肢等、部分的ながらまんべんなく産出している模様)があげられる。東アジアに生息していたこれらの首長竜たちの研究が進めば、首長竜空白地域&時間にどのような進化が展開されていたのかが明らかになるだろう。

 双葉層群に話を戻すと、他にフタバスズキリュウ(正確にはFutabasaurus suzukii)と同定された化石はホロタイプのNSM PV15025以外に存在しない。フタバスズキリュウの追加標本が見つかれば、いまだ分からない頚椎や頭部後半の情報が得られるかもしれない。あるいはFutabasaurus属の別種が、玉山層より下位の足沢層から産出する可能性もある(笠松層は陸生層であるため、さすがにここから期待するのは無理だろう。恐竜を含めた陸上動物はこの限りではないが)。さらにこれらの双葉層群からモササウルス類が産出すれば、東アジアにおける海棲爬虫類たちの勢力図がどのようなものだったのかも見えてくるだろう。記載から20年も経過していないフタバスズキリュウ本人のことも、また彼の周辺状況もまだ未知だらけである。双葉層群、ひいては日本国内における海成層からも目を離せそうにない。

国立科学博物館日本館に展示されているフタバスズキリュウの復元骨格。2019年に筆者撮影。そろそろ謁見に行きたい

 

 

以上、そんなわけでブログ開設1周年記念記事でした。ネットの大海から当ブログを見つけていただいたこと、ここまでお付き合いいただいたこと、この場を借りて感謝申し上げます。おかげさまで1周年を待たずして閲覧回数は100回を越えまして、筆者もビビっております。今後ともネタが尽きない限り続けてまいりますので、今後とも宜しくお願い致します。

もしも筆者の野望が成就しましたら、その時のお付き合いもよしなにどうぞ。

 

参考文献

藤寿男・勢司理生・大島光春・松丸哲也,1995,上部白亜系双葉層群の河川成~浅海成堆積システム―――堆積相と堆積シーケンス―――.地学雑誌,104,2,p284-303

藤寿男・柳沢幸夫・小松原純子,2011,常磐地域の白亜系から新第三系と前弧盆堆積作用.地質学雑誌,第117 巻 補遺,p49-67,

小畠郁生・長谷川善和・鈴木直,1970,白亜系双葉層群より首長竜の発見.地質学雑誌,76,3,p161-164

小原正顕,2021,博物館と発掘現場で体感する日本一のモササウルス化石.地球科学,75 ,147 ~ 150

Otero (2016), Taxonomic reassessment of Hydralmosaurus as Styxosaurus: new insights on the elasmosaurid neck evolution throughout the Cretaceous. PeerJ 4:e1777; DOI 10.7717/peerj.1777

TAMAKI SATO, YOSHIKAZU HASEGAWA and MAKOTO MANABE, 2006, A NEW ELASMOSAURID PLESIOSAUR FROM THE UPPER CRETACEOUS OF FUKUSHIMA, JAPAN. Palaeontology, Vol. 49, Part 3, 2006, pp. 467–484

Tomoyuki OHASHI, Albert PRIETO-MÁRQUEZ, Yoshikazu HASEGAWA, Yoshiki KODA,
Yojiro TAKETANI & Mamoru NEMOTO. 2015, Hadrosauroid remains from the Coniacian (Late Cretaceous) Futaba Group, Northeastern Japan, Bull. Kitakyushu Mus. Nat. Hist. Hum. Hist., Ser. A, 13: 1–6, March 31, 2015

宇都宮聡,2019,鹿児島県長島町獅子島の上部白亜系御所浦層群から産出した東アジア最古のエラスモサウルス科(爬虫綱,長頚竜目).Bulletin of the Osaka Museum of Natural History, No.73, p.23-35; March 31, 2019

 

土屋健,2015,白亜紀の生物 上巻,技術評論社,175p

中田健太郎,2021,海竜 恐竜時代の海の猛者たち,福井県立恐竜博物館,109p

真鍋真ほか,2016,恐竜博2016,朝日新聞社,147p

真鍋真ほか,2019,恐竜博2019,NHK,183p

*1:おそらくはかつて「ヒロノリュウ」の愛称で呼ばれていた化石と思われる。『恐竜博2016』においても広野町の町役場に置かれていたチンタオサウルスと共に展示されていたことが図録からわかる。

*2:1952年にウェルズによって記載されたエラスモサウルス科だが、現在ではスティクソサウルスのジュニアシノニムとなっている。ちなみにスティクソサウルスの頭骨は非常にきれいな状態で産出しており、論文はオープンアクセスとなっている。こちらからダウンロードしてフタバスズキリュウと比べてみるのも面白いだろう。

*3:Futabasaurus suzukii命名時にひと悶着があったことは論文でも触れられている。先行名としてウェルズサウルスが存在していたり、同じく福島県から産出した恐竜化石に「フタバサウルス」の名がついていたりと、フタバスズキリュウの学名にFutabasaurusを使用することには何かとハードルがあった。結局、先にあげた学名は学名としての有効性を持たない非公式なものであるとされ、これらのハードルは無事に乗り越えている。

*4:ロシア産ボリコティルス類。なお当論文においてはGeorgia penzensisとして掲載されていたが、のちにGeorgiaの学名を関する生物がすでに命名されていたことが明らかになったらしく、学名が変更された