今年の1月に南部ララミディアに当たる地層から産出したティラノサウルス科の化石がティラノサウルス・マクレーエンシスと記載命名されたことは記憶に新しいだろう。このような感じで同じララミディアにもかかわらず、南部ララミディアの研究は北部に比べると進んでいないのが現状である。とはいえララミディア自体が北はアラスカ、南はメキシコまで伸びていた陸地であり、当然のことながら北部と南部で生物相が異なっていたであろうことは想像がつく。現状ララミディアと言えばヘルクリーク層やダイナソーパーク層といった北部ララミディアばかりが語られているが、それだけでララミディア全体を語るのは危険と言えるだろう。
とはいえ、現状少しづつではあるが南部ララミディアの研究も進んでいるのは事実である。先述したT.mcraeensisの他にもシエラケラトプスなど、南部ララミディアに固有の恐竜はいくつか記載されているし、アラモサウルスのようにほぼ全体像が明らかになった恐竜もいる。これらの研究から、南部ララミディアの生物相は北部ララミディアとは異なるものだったということがおぼろげながらも明らかになっており、今後の研究次第によっては北部ララミディアよりも面白い結果が出てきそうだ。そんなわけで今回は、メキシコから産出したエウハドロサウリアであるコラウイラサウルス(Coahuilasaurus lipani)の紹介である。
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コラウイラサウルスが産出したのは、メキシコのコラウイラ州に分布するディフンタ層群セロ・デル・プエブロ層である。ララミディアの最南端に位置するこの層群は、最下部層のセロ・デル・プエブロ層から最上部のランチョ・ヌエヴォ層まで7つの層で構成されており、このうちセロ・デル・プエブロ層についてはアンモナイト生層序や地磁気層序に基づきカンパニアン末期の7250万年前と考えられている*1。セロ・デル・プエブロ層から産出した化石は割と断片的である(かつ北部ララミディアの各層に比べれば研究が進んでいない)が、それでもデイノケイルス科のパラクセニサウルスやランベオサウルス亜科のヴェラフロンスやトラトロフスのように記載命名までこぎつけた種もいくつかいる。これ以外にも同定不能ながらティラノサウルス科やドロマエオサウルス科などの獣脚類、アンキロサウルス科やケラトプス科、テスケロサウルス科などの鳥盤類が産出しており、北部ララミディアに負けず劣らずの多様性だったことがうかがえる。
その中においてコラウイラサウルスのホロタイプ標本となる化石(IGM 6685)も産出したのだが、当初はクリトサウルス属の一種として記載され、後にクリトサウルス・ナバジョビウスとして同定された。ところがIGM 6685の歯骨および前歯骨の形態がクリトサウルスとは著しく異なり、むしろグリポサウルスに類似しているとされた。さらに言えばクリトサウルスが産出したカートランド層の年代は約7500~7350万年前とされており、IGM 6685はクリトサウルスとしては時代が新しすぎるという話も出たのである。さらに言えばカートランド層とセロ・デル・プエブロ層とで共通して産出する恐竜もおらず、ならばIGM 6685をクリトサウルスから分割するべきという話になったわけである(この辺りの事情は、まさに前述したT.mcraeensisがたどった経緯と全く同じである)。
それでは、コラウイラサウルスの骨学記載概要と行こう。コラウイラサウルスのホロタイプ標本(IGM 6685)は前上顎骨、上顎骨断片、前歯骨、歯骨の先端など、主に吻部から構成されている。また参照標本として左上顎骨(BENC 1/1-007-2)と歯骨断片(BENC 1/1-007-1、BENC 1/1-007-3)が指定されている。化石から推定される全長は8mとされており、主に以下のような6個の固有形質および8個の特徴の組み合わせによって固有属種であるとされた。
・鼻骨突起の前背縁は側面から見るとわずかに正弦波状であり、前方は凹状、後方は弱い凸状となる。
・鼻骨開口部は狭く溝状で、前方腹側に強く延びている。
・前上顎骨の口蓋面に、口縁よりはるかに下方に突出する馬蹄形の隆起が形成されている。
・前上顎骨に非常に大きく発達した鼻骨フランジを持つ。
左右前上顎骨はよく保存されており、欠損は一部分のみである。他ハドロサウルス類同様に前上顎骨には歯が存在しない。嘴は横方向に幅広く、口蓋面は前後方向に長さと幅が同じ長さとなっている。前上顎骨の前縁は、背面から見ると広いU字型となっている。
口蓋を腹側から見ると馬蹄形の隆起が形成されているが、前方の隆起は前上顎骨の口縁よりもはるかに下へ向かって発達しており、結果として側面から見た時にもこの隆起が観察可能となっている。また口蓋突起には3対6個の歯状突起が存在している。この口蓋突起の形状はハドロサウルス類の中では独特の形態であり、論文中ではオヴィラプトロサウルス類の口蓋と(ざっくりとだが)比較されている。論文中ではこの口蓋により、繊維質の植物を食べるために適応したのではないかと考えられている。
前上顎骨の鼻突起は他ハドロサウルス科同様に細長い形状となっているが、一方で断面が三角形になっているなど、グリポサウルス属内の一部種のように頑丈な構造となっていた。鼻腔は前方、背側、腹側に向かって広がっており、形状はグリポサウルス属の他にもエドモントサウルスやブロキロフォサウルスに類似している。上顎骨は頑丈にできており、他のサウロロフス亜科と比べると上下に高い構造となっていた。上顎には20個の歯槽が確認されており、他ハドロサウルス科同様に歯列1つにつき2本以上の機能歯による咬合面が作られていた。
歯骨は多くのグリポサウルス属およびアウストロクリトサウリア同様に強く下向きの結合部を持っている。無歯顎前背縁は比較的短く、背側に凸状の形状となっている。側面は背側で平らに、腹側に隆起が存在する。他ハドロサウルス科同様に前方で前歯骨と関節しており、前歯骨は角質で覆われていると考えられている。歯骨には15個の歯槽が保存されており、歯骨全体における歯の総数は40本程度と考えられている。
ここまでくれば系統解析の時間である。系統解析の結果、コラウイラサウルスはアウストロクリトサウリアを含めたクリトサウリーニという、主に南部ララミディアや南米大陸へ進出したサウロロフス亜科の一グループに分類されることになった。(ちなみに系統図をよく見るとグリポサウルス属がクリトサウリーニ内で多系統と化していることに気づくだろう。論文中においてもこの結果には形態も併せて触れられており、伝統的なグリポサウルス属がゴミ箱分類群である可能性があること、今後一部の種については独立属になる可能性があることが言及された。あくまでも今回の記載論文における系統解析の結果であるため、これをもって何かを言うことはできないが、将来的にはグリポサウルス属の一部は本論文で指摘された通り独立することになるかもしれない。)また同じクリトサウリーニ内において頭骨の形態に著しい違いがみられることから、クリトサウリーニ内で異なるニッチを占めていた可能性が指摘された。
そして論文の末尾では、ララミディアにおける生物地理についても言及された(と言うか、論文はこれが主な内容というべきか)。南部ララミディアと北部ララミディアでは生物相が異なるらしいというのは先述したとおりであるが、南部ララミディアには北部ララミディアで絶滅したはずの分類群が生き残っていることも指摘された。論文中ではクリトサウルス類がカンパニアン紀後期からマーストリヒチアン後期まで残存(北部ララミディアではカンパニアン中期以降記録なし)、パラサウロロフス類がカンパニアン末期(北部ではカンパニアン後期に絶滅)、ランベオサウルス亜科はマーストリヒチアン後期(北部ではマーストリヒチアン前期以降記録なし)まで、それぞれ生き残っていたことが挙げられている。これにより、南部ララミディアが北部ララミディアでは絶滅した分類群の避難場所になっていた可能性が浮上したのである*2。また北部ララミディアでの恐竜多様性低下は、あくまでも局所的な環境変化の結果であることが主張された。つまり、よく言われるマーストリヒチアンに恐竜多様性が低下したという話は、地理的なサンプリングが偏っていたためにそのように見えていたのではないかと指摘されたのである。
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以上がコラウイラサウルスの記載論文の概要であった。ここからはカンパニアン期以降における恐竜多様性について、コラウイラサウルス記載論文の内容を交えて語っていこう。ほとんど論文の感想になってしまうが、ご了承いただきたい。
恐竜絶滅の直接的要因としては小天体衝突およびそれに伴う全地球的災害でほぼ確定したわけであるが、それはそうとして「K-Pg境界よりも以前から恐竜多様性は低下していた」という話は根強く語られていた。例えば『恐竜の教科書(ダレン・ナイシュ著)』においては白亜紀後期カンパニアンからマーストリヒチアンのララミディアの研究を例に挙げ、「白亜紀最末期に何が起こったにしろ、(中略)ほんの数百万年前に比べ、多様性がはるかに低下していた。」とし、それゆえ「マーストリヒチアン期後期の北米西部に生息していた恐竜群集は、「絶滅傾向にある」群集と言えそうだ」としている(ここ数年にも似たような内容の論文が出版されていたが、筆者では探しきれなかった)。
しかしこの話は(毎回のことではあるが)ララミディアでの研究(あるいはララミディア「のみ」での研究)が中心になっている。つまりは他地域(例えばアジアやヨーロッパなど)での恐竜多様性は研究対象に含まれていないことが往々にして存在するのである*3。実際、先述した『恐竜の教科書』においても直後に、「ヨーロッパとアジアの恐竜群集は健全であったようで、絶滅までの間に多様性の低下を示す明白な証拠はない」と言及している。さらに『恐竜学入門(Danid E. Fastovsky著)』においては、モンタナ州東部とノースダコタ州西部、ワイオミング州で調査が行われた結果、「地質学スケールで考えると、”恐竜の絶滅は一瞬で起こった”」ことが明らかになったことが書かれている。このようにカンパニアン期以降の恐竜多様性の低下についての話は、ララミディアにデータが偏っていること、地質学スケールで見ると有意義な差が見られないことは以前より指摘されていたのである。
そしてこの流れでコラウイラサウルス記載論文である。本論文において南部ララミディアが避難場所になっていたこと、恐竜多様性低下が北部ララミディアに限定された事象だった可能性が指摘されたわけだが、これらの話は上記2冊の専門書にてして指摘されていた内容と合致する。つまりは白亜紀末期全体の傾向だと考えられていた証拠は、ララミディアという一大陸どころか北部ララミディアのみという極めて限られた地域の傾向にすぎないというわけである。考えてみればララミディアという陸地は現在の北米大陸の5分の1に過ぎない陸地であり、そこに作られる資源量や生物相にはおのずと限界が早々に訪れるはずである。加えて白亜紀末期になるに従い北米大陸を東西に分断していた西部内陸海路(ニオブララ海)が後退し、東西の陸地は繋がりつつあった。このように白亜紀末期のララミディアというのはただでさえ資源が少ないうえ、海退という大規模な環境変動が起きていたのである。(北部)ララミディアで恐竜の多様性が低下するのも納得するような事情であるが、同時にこの局所的な事象をもって世界的な恐竜多様性低下にまで話を拡大させるのは無理筋というものである。従来白亜紀末期と言えば北部ララミディアばかりを持って語られていたが、今回の論文で改めてそのような議論に黄色信号が点されたといってもいいだろう。
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以上、コラウイラサウルスの記載論文概要紹介と、白亜紀末期の恐竜多様性低下についての話であった。南部ララミディアの研究が進んでいないことはT.mcraeensisの記載時にも言及したが、ましてやメキシコともなれば恐竜研究はこれからの場所だといっていいだろう。すでに発見されている化石から見るに北部ララミディアとは異なる生態系であったことは確実であり、発掘研究が進めば新属新種がこれでもかと報告されることは想像に難くない。またそれらの発見が、これまで北部ララミディア目線になりがちだった白亜紀末期の恐竜多様性に別の視点を与え、結果としてこれまでとは異なる世界が見えてくることだろう。コラウイラサウルスが生きていた世界はまだ不明瞭に見えるのみであり、明瞭に見えるようになったときにララミディア全体に与える影響もまた、現状は未知数である。
参考文献
Longrich, N.R.; Ramirez Velasco, A.A.; Kirkland, J.; Bermúdez Torres, A.E.; Serrano-Brañas, C.I. Coahuilasaurus lipani, a New Kritosaurin Hadrosaurid from the Upper Campanian Cerro Del Pueblo Formation, Northern Mexico. Diversity 2024, 16, 531. https://doi.org/10.3390/d16090531
ダレン・ナイシュ,2019,恐竜の教科書 最新研究で読み解く進化の謎,創元社,p239
David Fastovsky, David B. Weishampel,2015,恐竜学入門ーかたち・生態・絶滅ー,東京化学同人,p396
*1:ちなみにセロ・デル・プエブロ層より上位の地層については、セロ・フエルタ層がカンパニアン末からマーストリヒチアン初期、カノン・デル・チュレ層からラス・エンシアス層までがマーストリヒチアン期、ランチョ・ヌエヴォ層がマーストリヒチアン最末期から古第三紀暁新世とされている
*2:それと同時に、トリケラトプスやティラノサウルスなど、一部の恐竜については南部ララミディアが起源であると指摘された。論文投稿時期的にT.mcraeensisの記載論文は引用されていないが、同じ結論に至ったというのは興味深い。
*3:とはいえこれについては「カンパニアン期からK-Pg境界まで連続して化石証拠を追跡できるだけの地域が現状北部ララミディアしかない」という切実な事情もあるだろう。ヨーロッパでそのような地域は聞いたことがなく、ネメグト層を含めたモンゴルは正確な年代が定まっておらず、K-Pg境界も見つかっていないのだ。