古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

ジュディス・リバーの北欧神話

 「恐竜博2023」で主役として抜擢されたズール、そして会期中に記載命名されたフルカトケラトプスは、いずれもジュディス・リバー層と呼ばれる地層から産出した恐竜である。ジュディス・リバー層はアメリカにおける恐竜研究の黎明期から発掘研究が続けられていたわけであるが、黎明期に産出した化石は(恐竜研究が始まったばかりであるため、致し方なしという事情はあるにせよ)いずれも断片的な化石ばかりであったという。その結果としてその後のジュディス・リバー層の研究、およびアメリカ恐竜研究に混乱をきたすことになったわけである。

 とはいえ、現在ともなればまともに記載できるだけの化石は集まってくるわけだ。先述したズールやフルカトケラトプスは1個体分が出そろった化石であるし、ブラキロフォサウルスの「レオナルド」のような化石もジュディス・リバー層から産出している。角竜類に関してもボーンベッドから複数個体が産出したメデゥーサケラトプスや、記載可能な程度には1個体分がそろって産出したスピクリペウスなどが産出している。そして今回、ジュディス・リバー層の角竜類にまともに記載可能な新属新種が追加されたというわけである。そんなわけで今回はジュディス・リバー層から産出した新属新種の角竜類、ロキケラトプス(Lokiceratops rangiformis)についての紹介である。

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 ロキケラトプスが産出したのは先述したとおりにジュディス・リバー層であるが、もう少し詳しく見ると、産出地はモンタナ州ヒル群ラドヤード町の北部にあるロキ発掘地(Loki Quarry)である。ここに露出しているのはジュディス・リバー層の中でも下位層にあたるマクレランド・フェリー部層である*1。年代についてはジルコンを使ったウラン―鉛年代測定に基づき78.38~77.18Maとされた。ロキ発掘地の岩相は炭化した植物片を含む細粒砂岩、シルト岩、泥岩で構成されており、排水不良の河川だったと考えられた。ロキケラトプスの化石には地上や水中での風化の形跡は見られず、1個体分の化石もそれほどばらけてはいないことから、死後化石化するまでの間に河川による運搬はほとんどなかったと考えられている*2

ロキケラトプス骨格図。産出部位はオレンジ色で示される。スケールバーは2m。Loewen(2024)より引用。

 ここからはロキケラトプスの化石について解説していこう。ロキケラトプスのホロタイプ標本(EMK 0012)はフリルを含めた頭骨の大部分のほかに肩甲烏口骨、骨盤と仙椎、単離した頚椎と尾椎からなる。このうち頭骨については角竜類の分類においても重要な部位であるため、論文中でも詳細に記述されている。

 というわけで、まずは頭骨からだ。外鼻窩は半円形を呈し、大きく広がるというセントロサウルス亜科に典型的な形質である(ズニケラトプスおよびカスモサウルス亜科では、外鼻窩は楕円型となる。)。 外鼻孔は外鼻窩のうち約35%を占めているが、この数値はセントロサウルス亜科の多くが25%以下であることを考えると、同亜科の中ではやや高めの数値になるようだ。眼窩の形状もセントロサウルス亜科に一般的な円形のものであったが、涙骨などから構成された眼窩前突起が発達してる点については、セントロサウルス亜科の中では少数派の特徴であるようだ。これ以外にも左右で分離した鼻骨などの形状は、典型的なセントロサウルス亜科のそれであった。

ロキケラトプスのフリル化石。正面から見ている。スケールバーは20cm。Loewen(2024)より引用。

 フリルを構成する鱗状骨、頭頂骨などは大部分が出そろっており、特に左側はほぼ完全な状態である。ホーンレットは鱗状骨に3つ(縁鱗状骨、es1~3)、頭頂骨に7つ(縁頭頂骨、ep1~7)が確認されている。もっとも特徴的なのはep2であろう。ep2はホーンレットの中で最も大きく、カーブを描きながら大きく外側へ張り出すような形状をしていた。また縁頭頂骨が7個あるというのはセントロサウルス亜科の中ではディアブロケラトプスとナーストケラトプスぐらいしか知られておらず、ロキケラトプスは縁頭頂骨の個数でも珍しい特徴を持っていたようである。

(ちなみに論文中ではホーンレットが左右非対称であることが言及されているのだが、実のところスティラコサウルスなどほかのセントロサウルス亜科でも確認されている特徴だったりする。左右非対称性がロキケラトプスの固有派生形質なのか、それとも個体変異の範疇なのかについてはとりあえず追加標本待ちとされた。化石の変形による可能性も否めず、現状においてはロキケラトプスのフリルが左右非対称だったと安直に決めることはできないだろう。)

 他の部位もみていこう。仙椎は胴椎の一部や尾椎の一部までもを取り込んで11個が癒合し、一つの構造を作り上げていた。腸骨は仙椎と癒合した状態で発見されており、角竜類の骨盤周りの頑丈さを示している。坐骨は遠位部でパドル状に平らになっており、また坐骨の3分の2ほどの場所で急激に折れ曲がっていた。この急激な折れ曲がりは他のセントロサウルス亜科では見られないものだという。

 

 ここまでくれば系統解析の時間である。頭骨の癒合具合やフリル表面の状態から間違いなく成体とされたロキケラトプスはさしたる不安要素もなしに系統解析に入れられたわけだが、結果はセントロサウルス亜科の中で同じくジュディス・リバー層から産出したメデゥーサケラトプスおよびジュディス・リバー層と同時異層であるカナダのオールドマン層から産出したアルバータケラトプスと単系統を作るに至った。これによってジュディス・リバー層及びオールドマン層を含めた地域(論文中では「Kennedy Coulee Assemblage」、略してKCA)においてはセントロサウルス亜科4種(アルバータケラトプス、メデゥーサケラトプス、ウィンディケラトプス、ロキケラトプス)とカスモサウルス亜科1種(ジュディケラトプス)が共存していたという、ララミディアでも例を見ない事態が明らかになった。

セントロサウルス亜科の系統図。Loewen(2024)より引用。

 さらにこの研究において、セントロサウルス亜科の多くの種が時間的にも空間的にも狭い範囲で生息していたことを言及している。これについては当時のララミディアにおける地形が要因であったとも、あるいは緯度による植生環境の違いが要因であったとも提唱している。いずれの場合だったとしても、ララミディアにおける恐竜の多様性は現在考えられているよりも高かった可能性が指摘されており、西海岸やメキシコ、アラスカなどといった発掘が進んでいない地域での発見が期待されることになった。

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 以上がロキケラトプスの概要紹介であった。今回はロキケラトプスについてどうこうというよりも、セントロサウルス亜科(を含めたケラトプス科)の進化と放散について、少しグダグダ語っていきたい。

 先述の通り、セントロサウルス亜科の生息地域は時間的にも空間的にも狭い範囲であったわけだが、これに関してつい考えたことが「ハドロサウルス科とは生息範囲が真逆である」ということである。例えばオールドマン層から産出するコリトサウルスについては、同じくカナダのダイナソーパーク層からも産出しているほか、ジュディス・リバー層からも産出している。エドモントサウルス・アンネクテンスの生息地域は北はアラスカ、南はサウスダコタ州と極めて広範囲である。サウロロフスに至っては(別種ではあるものの)北アメリカとモンゴルという異なる大陸に生息していた。これに対してセントロサウルス亜科を含めたケラトプス科はほとんどがララミディア固有であり、ララミディア以外に生息していたケラトプス科はシノケラトプスだけである。この差はいったいどこで生じたのだろうか?

 思い当たるのは遊泳能力を含めた移動力の差である。本ブログでは度々言及しているが、ハドロサウルス類が遊泳能力が高く、沿岸域に生息していたか半水生であった可能性が指摘されている。そうであれば川幅の広い河川や多少の海峡などはものともせずに超えて拡散することができただろう。

 これに対して角竜類はどうなのかというと、特段そう言った話は全く聞こえてこない。そもそも角竜類の骨格からして遊泳が得意だったとは正直考えづらい。ハドロサウルス類では尾骨の神経棘が高く伸びており、左右に降ればそれなりの推進力は得られそうだが、角竜類の短い尾にそれを期待するのは酷というものだろう。呼吸をするにしてもフリルが邪魔になり、頭を上向きにすることも難しそうだ。どこかで見たかは忘れてしまったが、角竜類は泳ぎが苦手であった可能性があるという論文も読んだことがある。このことから(適当に)考えると、角竜類は河川があれば簡単に生息環境を分断されていた可能性も考えられるだろう。あるいはこの移動能力の(相対的な)低さが、先述したララミディアにおけるセントロサウルス亜科の多様性の高さに繋がっているのかもしれない。この辺りについては追加標本およびそれらの研究が必須になるだろうが、そのうち明らかになることだろう。

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 以上、ジュディス・リバー層から産出した新属新種の角竜類、ロキケラトプスについての概要解説であった。古生物大多数がそうであるのだが、ララミディアにおける角竜類の多様性というのもまだ空白が多い状態であるが、ロキケラトプスの発見はその空白の一部を埋める存在である。今後ジュディス・リバー層から、あるいはほかの地層から記載命名可能な何かしらの化石が発見されれば、白亜紀末期に至るまでにララミディアの恐竜多様性がどのように映っていったかが明らかになるだろう。恐竜多様性の全貌が明らかになれば、恐竜絶滅の謎に少しでも近づける可能性もありうる。恐竜研究黎明期から発掘研究が進められているララミディアであるが、これからも新発見が飛び出ることだろう。

 ロキケラトプスの産出層はジュディス・リバー層の下位層であるマクレランド・フェリー部層であるため、上位に位置するコール・リッジ部層から産出したズールやフルカトケラトプスとは共存していなかった可能性が高い。とはいえマクレランド・フェリー部層においてもアンキロサウルス科やナーストケラトプス族がいた可能性は十分にあるだろう。あるいはそこにダスプレトサウルス*3のような獣脚類も間違いなくいたはずである。ロキケラトプスが見ていた世界が明らかになるのは、まだこれからに違いない。

 

 以上、実はそんなわけで本ブログ初となる周飾頭類の記事でした。堅頭竜類はやっていませんが、とりあえずブログ2年半にしてようやっと恐竜主要グループすべてに手を出すことができました。

 これからは恐竜以外の古生物も充実させていきたいのですが、まだまだ恐竜側にも紹介したいものが大勢います。気長にお待ちいただければ幸いです。

 

参考文献

Loewen MA, Sertich JJW, Sampson S, O’Connor JK, Carpenter S, Sisson B, Øhlenschlæger A, Farke AA, Makovicky PJ, Longrich N, Evans DC. 2024. Lokiceratops rangiformis gen. et sp. nov. (Ceratopsidae: Centrosaurinae) from the Campanian Judith River Formation of Montana reveals rapid regional radiations and extreme endemism within centrosaurine dinosaurs. PeerJ 12:e17224 

Mallon JC, Ott CJ, Larson PL, Iuliano EM, Evans DC (2016) Spiclypeus shipporum gen. et sp. nov., a Boldly Audacious New Chasmosaurine Ceratopsid (Dinosauria: Ornithischia) from the Judith River Formation (Upper Cretaceous: Campanian) of Montana, USA. PLoS ONE 11(5): e0154218. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0154218

Warshaw EA, Fowler DW. 2022. A transitional species of Daspletosaurus Russell, 1970 from the Judith River Formation of eastern Montana. PeerJ 10:e14461 

G.Masukawa,2023,Dinopedia 恐竜好きのためのイラスト大百科,誠文堂新光社,p287

*1:ジュディス・リバー層は下位層から順にパークマン砂岩部層、マクレランド・フェリー部層、コール・リッジ部層、ウッドホーク部層とされている。このうち最下部層のパークマン砂岩部層および最上部層のウッドホーク部層からは明確な恐竜化石は産出していないようである。

*2:それはそうとして化石のほとんどが折れるなどの損傷を受けていが、おそらくは発掘中あるいは運搬中に少なからず損傷を受けたようだ。また化石化の過程で圧縮を受けたためか化石の多くがゆがんでいる

*3:2022年にジュディス・リバー層から産出したダスプレトサウルス属にD. wilsoni命名された……のだが、2024年においてはD. torosusあるいはD. horneriのジュニアシノニムではないかともいわれており、独立種であるかどうかは怪しいところである。