古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

分水嶺は何処なりや?

 恐竜の話題でよく上がりがちになるのは「恐竜出現」「恐竜と鳥類との関係」「恐竜絶滅」の3つになるだろうか。いずれの話題も長年にわたって研究が続けられており、後者2つに関しては大まかな流れが明らかになっている現状である。恐竜と鳥類の関係についてはいよいよ境界線が定められないほどにまで連続したつながりが明らかになっており、いまさら鳥類恐竜起源説がひっくり返るということはなさそうだ。恐竜絶滅に関しては小天体衝突を引き金にした一連の突発的災害が主原因であることがほぼ確定しており、こちらもあとは細部を詰めていく研究となるだろう。

 打って変わって恐竜出現、もっと言えば初期恐竜の進化については現在もわかっていないことがあまりにも多い。これについてはそもそも三畳系(≒三畳紀の地層)が以降のジュラ系、白亜系と比べて分布域が少ないこと、三畳紀における恐竜が少数派であり産出量が少ないことなどが原因として挙げられそうだ。無論のことながら恐竜が主竜類に含まれること、翼竜類と姉妹群を形成していることなど大枠はほぼ確定しているのだが、恐竜の初期進化については(当ブログにおいてブリオレステスなどで説明した通り)もとから混沌もいいところである。それどころか、ここ15年で恐竜の初期進化については混乱っぷりが加速している可能性すらあるわけだ。そんなわけで今回は恐竜の初期進化をめぐる仮説の振り返りをしていきたい。

 

1.古典的分類仮説

 リチャード・オーウェンによって「Dinosauria」すなわち「恐竜類」が提唱されたのが1842年なのだが、その20年後ぐらい―――ちょうどマーシュとコープによる化石発掘戦闘真っ只中―――には恐竜類の中での分類について議論が始まっていたらしい。主にマーシュとコープによって始まった議論にハクスリーやヒューネも加わった結果、恐竜類は3から5つのグループに分類されることになった。

 そしてハリー・シーリーによる1888年の提唱が来る。これにより恐竜類は現生爬虫類のような骨盤を持つ「竜盤類(Saurischia)」と鳥類のような骨盤を持つ「鳥盤類(Ornithischia)」に分けられることになった。これ以降、竜盤類と鳥盤類という二大分岐は200年間に渡って支持、というか暗黙の了解として恐竜分類に組み込まれることになったのである。

伝統的分類仮説に基づく恐竜形類系統図。Lovegrove(2024)等をもとに筆者作成。

 ただしシーリーが恐竜を分類するために竜盤類・鳥盤類を創設したというのは厳密には異なる、ということは注意するべきだろう。竜盤類・鳥盤類が創設された時点で竜盤類のみに見られる含気骨(鳥盤類では少なくとも聞いたことがない)や鳥盤類に固有の頭骨構造(前歯骨など)も同時に指摘されている。これらの相違点をもってシーリーは竜盤類と鳥盤類は槽歯類*1から独立して進化した生物であり、恐竜類は自然分類ではない多系統の存在であると主張したのである。この「恐竜多系統説」は以降研究者の中で主流の学説となり、1969年のデイノニクス記載並びに以降に始まった恐竜ルネッサンスにより「恐竜単系統説」が復活、分岐額の進歩により確定するまで定説であり続けたのであった。

 そして古典的分類群にも弱点がある。基盤的鳥盤類のデータ数があまりにも少ないのだ。恐竜単系統説の下で議論の対象に上がっていたのはピサノサウルスやレソトサウルス、ファブロサウルスやヘテロドントサウルスなど、竜盤類と比べると圧倒的に少数でしかなかった。そしてこれらなけなしの基盤的鳥盤類はその多くがジュラ紀初期のものとされ(レソトサウルスおよびヘテロドントサウルス)、残った者については恐竜には含まれないシレサウルス科へ移されたり(ピサノサウルス)、疑問名送りとされたり(ファブロサウルス)された。そしてついに、三畳紀から鳥盤類はいなくなってしまったのである。数少ない基盤的鳥盤類のすべてがジュラ紀初期のものとされたことにより、鳥盤類には三畳紀後期からジュラ紀初期まで約3000万年のゴースト系統ができあがってしまったのだ。にもかかわらず、ジュラ紀初期の鳥盤類であるヘテロドントサウルスに見られる獣脚類的な形質を示す前肢なども無視されてる状況が続いた。つまるところ、古典的分類群を暗黙の前提条件としたことにより、無視できない矛盾点ができあがっていたのである。

 

2.オルニトスケリダ仮説

 オルニトスケリダ仮説は2017年にバロンらによって提唱された仮説である。改めてオルニトスケリダ仮説を振り返ると、それまで竜盤類として扱われていた獣脚類は鳥盤類と姉妹群となってオルニトスケリダを形成し、残された竜脚類とヘレラサウルス科が姉妹群となり竜盤類を形成するという説である*2。この説の根拠となったのは古典的分類群仮説で無視されていたヘテロドントサウルスにみられる獣脚類のような前肢などである。オルニトスケリダ仮説が登場したことによって、ヘテロドントサウルス科がうまいこと系統に組み込むことができたうえ、鳥盤類のゴースト系統もある程度解消することができた。すなわち鳥盤類の起源は三畳紀ではなく、ジュラ紀初期になってから獣脚類と分岐して出現したと解釈されたのである。これならばジュラ紀初期以降しか産出しない鳥盤類の化石証拠との矛盾もなく、鳥盤類の起源を説明可能とある。

オルニトスケリダ仮説に基づく恐竜形類系統図。Lovegrove(2024)等をもとに筆者作成。

 従来暗黙の了解とされていた古典的分類仮説―――竜盤類と鳥盤類の二大枠組み―――を根底から揺るがし、大きな話題と議論を沸き起こしたオルニトスケリダ仮説ではあるが、しかし現在ではほとんど支持されていないのが現状である。なぜかと言えば、オルニトスケリダ仮説が極めて不安定であるためだ。オルニトスケリダ仮説が提唱されたのと同じ年に同じ種類を対象にもう一度系統解析が行われたのだが、その結果はオルニトスケリダの出現ではなく古典的分類の復活であった。別の研究においてはオルニトスケリダ仮説が支持される結果が出たものの、古典的分類との統計差異は微々たるものであったという。一応最大節約法ではなくベイズ法を用いた系統解析では単系統としてのオルニトスケリダが現れるようだが、サルトプスのような恐竜形類―――あるいは「ワイルドカード」と呼ばれる存在―――の不安定さは相変わらずであるようだ。そんなわけで今日においてオルニトスケリダ仮説は、恐竜書籍の一ページを使って補足的に説明されるにすぎない仮説となっている。実際問題、昨今の研究においてオルニトスケリダ仮説がまともに取り上げられた節も見当たらず、例えば2019年に記載されたグナソヴォラックスおよびノタテッセラエラプトルの系統図では古典的分類群が登場している。提唱当時は話題になったオルニトスケリダ仮説ではあるが、現状を見る限りでは一過性にすぎない仮説だったといってしまってもいいだろう。

 

3.鳥盤類シレサウルス仮説

 こちらの仮説は2020年に発表され、昨年科博で開催された『恐竜博2023』でも紹介されたため、概要を把握している読者も多いだろう。改めて解説すると、それまで恐竜形類の一分類群とされていた(すなわち恐竜類とは解釈されていなかった)シレサウルス科の生物が、鳥盤類の基部で側系統群となるという仮説である。

 実のところ、シレサウルス科が恐竜そのものであると考えられたのはこれが初めてではなかったりする。古くは2007年にシレサウルス科が提唱されるよりも前に、シレサウルス科の生物が鳥盤類であることを指摘されている(シレサウルス科の提唱は2010年)。これ以外にも2016年のブリオレステスや2019年のグナソヴォラックスの記載論文などにおいて、シレサウルス科の一部(アシリサウルス、シレサウルス、エウコエロフィシス、ピサノサウルスなど)が鳥盤類の基底部で側系統群となるような系統が示されている。また近年ではシレサウルス科に含まれることが多いピサノサウルスについても、基盤的鳥盤類であることを支持する系統解析が(それこそシレサウルス科生物の記載論文で)示されたこともあるなど、案外シレサウルス科を鳥盤類とみなす研究も少なからず存在したのだ。

 それらの研究結果がある意味でまとめてお出しされたのが、2020年のミュラーとガルシアによる系統解析である。この時点で報告されていたすべてのシレサウルス科およびその他恐竜形類、三畳紀からジュラ紀前期の恐竜を対象にした系統解析が行われた結果、シレサウルス科は鳥盤類の基底部で側系統となったわけである。続く2022年にノーマンらによる研究でさらに多くの種を対象にした系統解析が行われたが、こちらにおいてもシレサウルス科が鳥盤類の基部で側系統となったうえ、オルニトスケリダ仮説よりも節約的な系統図が描けるとされたのである*3。発表以降鳴かず飛ばず状態だったオルニトスケリダ仮説とは異なり、鳥盤類シレサウルス仮説は現在も支持するような系統解析が示されている。例えば2023年のアマナサウルスの記載論文や2024年のゴンドワナックスの記載論文などにおいても、鳥盤類シレサウルス仮説を支持する系統解析結果となった。

鳥盤類シレサウルス仮説に基づく恐竜形類系統図。Norman(2022)をもとに筆者作成。

 オルニトスケリダ仮説と比べればまだ旗色のよい鳥盤類シレサウルス仮説であるが、無論のことながらこちらにも弱点がある。まずは根本的に、シレサウルス科の生物たちがことごとく断片的なことであろう。シレサウルスやアシリサウルスといった体骨格の大部分が産出している例はむしろ例外的な存在であり、その多くは四肢骨の一部や骨盤など部分的な化石で知られるのみである。当然のことながらこう言った断片化石に基づく系統解析は不安定になりがちであり、細部に突っ込んだ話というのは難しいものがある。そしてもう一つの(根本的な)弱点は、恐竜類の定義について見直しが必要になるということであろう。従来シレサウルス科の共有派生形質とされていたいくつかの特徴(歯が顎の骨に癒合する単生歯であること、大腿骨近位端に直線的な関節面を持つ)は、ジュラ紀以降の鳥盤類では失われている必要がある。さらには従来恐竜類の共有派生形質であった寛骨臼の貫通も、鳥盤類と竜盤類で独立して進化する必要が生じる。また鳥盤類のゴースト系統問題は解消されるものの、今度は竜盤類の方に鳥盤類と分岐してから約2000万年程度のゴースト系統が作られることになる。このように鳥盤類シレサウルス仮説にしても問題点が山積みなことはそのとおりであり、恐竜初期進化についてはいずれの仮説においても決定打に欠けることは等しいのである。

恐竜分類における3つの仮説を比較表にしたもの。

 

4.筆者の考え

 本来はここで終わりにするべきなのだろうが、残念ながらここは個人ブログであり、タイトルからして『妄想雑記』である。というわけでいつも通り、筆者の考えというものをここに書き散らかしておこう。筆者の考えとしては

鳥盤類シレサウルス仮説支持ではあるが、現状様子見中

という、中途半端な考えである。

 順を追って理由を説明しよう。鳥盤類のゴースト系統問題はオルニトスケリダ仮説においても現状解決可能であるのだが、オルニトスケリダ仮説の根拠であるヘテロドントサウルス科は鳥盤類としてはあまりにも完成形なのである。仮にオルニトスケリダ仮説が真だとすれば獣脚類と分岐したヘテロドントサウルス科以前の鳥盤類が三畳紀から産出するべきなのだが、現状そのような化石は一切発見されていない。つまりはオルニトスケリダ仮説でさえ、鳥盤類のゴースト系統を説明できていないのだ。そのうえオルニトスケリダ仮説が提唱されてからだいぶ時間が経過した割には、オルニトスケリダ仮説を支持する系統解析はほとんどされていない。このような現状でオルニトスケリダ仮説を支持することは(個人的には)困難である。

 対して鳥盤類シレサウルス仮説であれば、鳥盤類のゴースト系統はある程度説明可能である。またオルニトスケリダ仮説とは異なり、提唱されるよりも前から一部で鳥盤類シレサウルス仮説を思わせる系統が浮かんでいることも期待できる点である。提唱されてから4年が経過したが、現在でもシレサウルス科の研究では注目されている学説であり、いずれはオルニトスケリダ仮説の代わりに図鑑に掲載されるかもしれない。

 とはいえ、鳥盤類シレサウルス科仮説にも問題は山積みである。鳥盤類ゴースト系統が解消される代わりに竜盤類ゴースト系統が出現したこともそうだが、何よりも恐竜類の定義そのものに見直しを図る仮説である。系統解析に使われる生物の多くが断片的であるということも相変わらず健在であり、古典的分類仮説やオルニトスケリダ仮説以上に慎重に見極める必要がある。というわけで現状においては鳥盤類シレサウルス仮説に期待は込めつつも、恐竜初期進化に関しては続報待ちという宙ぶらりんな態度をとるよりほかにないだろう。

――――――

 

 以上、恐竜初期進化についての3つの仮説紹介、それらに関する筆者の考えをグダグダと書き連ねていった。2017年にオルニトスケリダ仮説が発表されて以降、恐竜初期進化については議論されているが、それでもなお古典的分類仮説が前提条件として語られているのが現状である。これについては三畳紀の恐竜という絶対量に恵まれないであろう対象を研究する以上、ある程度研究速度が遅いのも仕方ない面があるだろう。ましてや鳥盤類シレサウルス仮説のことを考えると恐竜のみならず、恐竜形類にまで系統解析の対象を広げる必要があり、どう考えても検証は時間がかかることが目に見えている。あるいは恐竜初期進化については未解決問題となるかもしれないが、それでも発掘研究が進めば少しづつでも進んでいくことだろう。

 これまでの研究により、恐竜形類の出現は遅くとも三畳紀中期だったことは明らかになっている。そこにいた恐竜形類は1mを超えない全長で、これといった特徴のない2足歩行の雑食動物だったことは間違いないだろう。偽顎類や単弓類の横を駆け抜けていたであろう彼らは、三畳紀後期に恐竜類を生み出すまでにどのような進化をしたのだろうか?竜盤類と鳥盤類、あるいは竜盤類とオルニトスケリダ、いずれの分類だったにせよ、その分水嶺三畳紀中期から後期に存在したことは疑いようがない。分水嶺を求める旅路はこれからも続いていくのであり、筆者はただ一喜一憂しながら見守るのみである。

 

参考文献

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ダレン・ナイシュ,2019,恐竜の教科書 最新研究で読み解く進化の謎,創元社,p239

真鍋真,2023,恐竜博2023,NHK,p181

真鍋真山田五郎,2018,大人のための恐竜教室,ウェッジ,p221

*1:現在における基盤的主竜形類を雑多にまとめたゴミ箱分類群。筆者の記憶が正しければエウパルケリアなどが分類されていた。1980年代に多系統であることが指摘されて以降、現在は使われていない。

*2:ちなみにオルニトスケリダという分類群は1870年にハクスリーによって提唱された分類群だったりする。この時にオルニトスケリダに分類されたのはコンプソグナトゥス科と恐竜類(イグアノドン科、スケリドサウルス科、メガロサウルス科)の2つである。なおこの直後にシーリーによる竜盤類と鳥盤類が提唱されたことによってすぐに使われなくなった。

*3:ノーマンの論文では鳥盤類シレサウルス仮説を前提として鳥盤類の再定義が行われているのだが、この時側系統群としてのシレサウルス科と伝統的な鳥盤類を区分するため、1874年にオーウェンによって提唱されたプリオノドンティアという分類名が伝統的鳥盤類に命名された。筆者が鳥盤類シレサウルス仮説を指して、当ブログでさんざん『プリオノドンティア仮説』と勝手に称していたのはこれが由来である。