古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

西にすむ鳥もどき

 あけましておめでとうございます。本年も『古生物・恐竜 妄想雑記』をよろしくお願いいたします。そんなわけで新年一発目も(やっぱり)獣脚類スタートでございます。

 

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 ジュラ紀の地層(あるいはジュラ系)と聞いて、あなたが真っ先に思い浮かべるのは何層だろうか?カニャドン・アスファルト層と答えた方とはいいお酒が飲めそうな気もするが(ほかの地層も大歓迎である。できれば筆者が知らない地層だとありがたい限りである。)、とりあえずジュラ系で最も有名な地層と言えば上部ジュラ系のモリソン層であることはほぼ同意していただけるだろう。化石発掘戦争から現在に至るまで、アロサウルスやディプロドクス、カンプトサウルスやガーゴイロサウルスなどの多種多様な有名恐竜を輩出し続けてきた地層であり、今もなおその輝きはとどまるところを知らない。モリソン層については堆積環境の研究もおこなわれており、ジュラ紀後期の世界がもっともよく見える地層であるといえるだろう。

 そんなモリソン層だが、発見されているものすべてが大型恐竜ばかりではないことはとうに知られているだろう。ヘテロドントサウルス科の生き残りにしてモリソン層最小の恐竜であるフルータデンス、化石発掘戦争から知られながら命名が二転三転することになったナノサウルス*1クリーブランド・ロイド発掘地で産出したパンティラノサウルス科のストケソサウルスなど、小型の恐竜も多数産出しているのである。そんなわけで今回は、モリソン層から産出したトロオドン科であるヘスペロルニトイデス(Hesperornithoides miessleri)の紹介である。

 

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 ヘスペロルニトイデスが産出したのはワイオミング州コンバース群ダグラスに存在する、ジンボ発掘地(Jimbo Quarry)である。ここでジンボの文字列に反応をした方、あるいはどこかで聞いたことがあると思った方、大正解だ。このジンボ発掘地からは2006年に幕張メッセで開催された『世界の巨大恐竜博2006』にて展示されたスーパーサウルス(愛称である「Jimbo」は間違いなくジンボ発掘地が由来だろう)が発掘されており、ヘスペロルニトイデスもスーパーサウルス発掘中に発見されたものだという。ジンボ発掘地はおもに砂質泥岩で構成されており、粘土鉱物や淡水性藻類、甲殻類の化石から湿地環境であったと推測されている。

 スーパーサウルスの傍らであまりに唐突に発見されたためか、ヘスペロルニトイデスの化石の一部は不幸にも破壊されてしまったが、それでも頭骨の大部分や四肢、尾椎など多くの骨格が救出された。首から胴体にかけての骨格はほとんど失われてしまったが、それでも頚椎や第一胴椎、肩甲骨、烏口骨の破片、腸骨断片も確認された。ヘスペロルニトイデス固有の特徴は確認されなかったが、含気化した頬骨や前肢末節骨の大きさなどの7個の特徴の組み合わせにより、新属新種として認識された。確認された脊椎のすべてで神経弓と椎骨が完全に癒合しており、推定全長1mでありながらこの化石が成体であることが確実視された。

ヘスペロルニトイデス産状化石。スケールバーは1cm。A:化石左側 B:化石右側 Hartman(2019)より引用。

ヘスペロルニトイデス骨格図。スケールバーは25cm。Hartman(2019)より引用。

 ヘスペロルニトイデスの骨格は始祖鳥などの化石鳥類を含めたマニラプトル類や、同じくモリソン層から産出したオルニトレステス、タニコラグレウスと比較されたが、その骨格は極めて典型的なトロオドン科の骨格であった。正直に言ってしまえばあまりにもトロオドン科過ぎて書く内容に困るのだが、ここで特筆するべきことと言えば、歯と中足骨であろうか。モリソン層からはKoparion douglassiと命名された歯の化石が産出するのだが、これがいまだに歯の持ち主が分からない、正体不明の化石なのである*2。コパリオン・ドウグラッシは派生的トロオドン科のような大きな鋸歯を持っているが、比較されたヘスペロルニトイデスの鋸歯は非常に小さく、少なくともコパリオン・ドウグラッシとヘスペロルニトイデスが別物であることが指摘された。

 中足骨についてだが、タニコラグレウスやオルニトレステスとは異なり、第3中足骨が第2、第4中足骨に挟まれるというアークトメタターサル構造をすでに持ち合わせていたのである。アークトメタターサル構造は派生的トロオドン科に見られる形質であるのだが、ジュラ紀後期のヘスペロルニトイデスの時点で獲得されていたことが明らかになったのである。

 

 時代の割には派生的な特徴を数多く持ち合わせるヘスペロルニトイデスだが、系統解析においても充当な結果が表れた。系統解析の結果、既知のトロオドン科は2つの分類群に分かれることになった。一つ目はシノヴェナトルやメイなど東アジア(というか熱河層群義県層)限定で確認されているシノヴェナトル亜科(Sinovenatorinae)、二つ目はより派生的なトロオドン類へとつながる分類群である(論文内では特段命名はされていないようだが、本ブログでは暫定で『ステノニコサウルス亜科』*3と呼ばせていただく)。ヘスペロルニトイデスはシヌソナススの姉妹群として、アルマスやリャオニンゴヴェナトルらとともに『ステノニコサウルス亜科』の基底部で多系統をなしたのである。無論のことながらトロオドン科としてはぶっちぎりに古い時代の恐竜であり、割と生息年代に即した系統結果が出たのであった。

デイノニコサウルス類(トロオドン科、ドロマエオサウルス科、鳥類)の系統図。青色は飛翔能力を持つ分類群、赤色は飛翔能力を持つ単一種を示す。Hartman(2019)より引用。

(当論文では他コエルロサウルス類についても系統解析を行い、その内容について説明を行っている。ダコタラプトルがウネンラギア亜科に含まれる可能性について肯定していたり、アンキオルニス科の系統位置について論じていたりするのだが、その中でしれっとフクイヴェナトルの系統にまで言及している。いわく、この時点では相変わらずマニラプトル類の中で立ち位置不明ではあるものの、系統解析をほんの少しいじるだけでアルヴァレズサウルス科の基盤あるいはテリジノサウルス類の基盤に位置付けられると指摘されたのである。フクイヴェナトルと言えばCTスキャンを駆使した徹底的な再記載の結果として2022年にテリジノサウルス類の最基盤に位置付けられたわけだが、ある意味でフラグはこの時点で立っていたといえるだろう。ただしフクイヴェナトル再記載論文にヘスペロルニトイデス記載論文は引用されておらず、この時点では特に鑑みられたものではなかったことも確かである。)

 

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 以上がヘスペロルニトイデスの記載内容の概要であった。ここからはヘスペロルニトイデスを含めたトロオドン類についていろいろと妄想を繰り広げていきたい。

 ヘスペロルニトイデスの発見によってトロオドン科、そしてドロマエオサウルス科も含めたデイノニコサウルス類の起源もジュラ紀以降にさかのぼることになったわけだ。このうちドロマエオサウルス科についてはもともと樹上性の恐竜であったことが指摘されている。であるならば姉妹群たるトロオドン科はどうだったのだろうか?途中までドロマエオサウルス科とともに樹上生活に付き合っていたのか、あるいはトロオドン科はその始まりから地上生活だったのだろうか?

 ヒントになりそうなのはヘスペロルニトイデスの中足骨である。上記の通り、ヘスペロルニトイデスはジュラ紀後期というトロオドン科として(どころかコエルロサウルス類としても)かなり初期の恐竜である。それにもかかわらず、ヘスペロルニトイデスはアークトメタターサル構造を有していた。同じくアークトメタターサルを有するティラノサウルス上科、オルニトミモサウルス科、アルヴァレズサウルス科は白亜紀前期から後期にかけてアークトメタターサル構造を獲得したことを考えると、ヘスペロルニトイデスのそれは圧倒的に早い時期の獲得である。アークトメタターサル構造が走行性能に関与しているという仮説から考えると、もしかすればトロオドン科はドロマエオサウルス科と別れた時にはすでに地上にいたのかもしれない。

 そうであるならば、次の疑問が浮かんでくる。トロオドン科を地上に引き戻した要因は何だったのだろうか?こればかりは証拠皆無につき妄想に頼るしかないのだが、思い浮かぶのはトアルシアン海洋無酸素事変以降の生態系空白だろうか。ジュラ紀前期トアルシアンの末期に起きた海洋無酸素事変ではコエロフィシス科などの三畳紀からジュラ紀前期にかけて栄えた獣脚類が一掃されている。アロサウルス上科やコエルロサウルス類の多様化に影響を与えたと考えられるトアルシアン海洋無酸素事変が、トロオドン科の出現と無縁とは少し考えづらい。何かしらの影響はあったはずだが、それはこれからの研究次第といったところだろうか。

 

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 以上、ヘスペロルニトイデスの記載論文要約紹介と、それに関連する妄想展開であった。ヘスペロルニトイデスは現状最古のトロオドン科であるが、系統図を見る限り最古のトロオドン科はさらに更新できそうではある。ドロマエオサウルス科との分岐タイミングも気になるところではあるし、究極的には鳥類の起源にも関係する系統である。ほぼ完全な化石が発見されたヘスペロルニトイデスだが、それでも胴体については化石情報が粉砕されてしまっている。追加標本が発見されれば、これまで以上にデイノニコサウルス類の系統について突き詰めた議論ができそうだ。モリソン層からの追加発見もそうだが、ジュラ紀後期の地層(石樹溝層やゾルンフォーフェンなど)からの報告やそれ以前の時代の地層からの報告も楽しみである。

 大型恐竜ひしめくジュラ紀後期の世界の足元、あるいは頭上にいた小型獣脚類たちはどのような生活をしていたのだろうか?竜脚類の足元で昆虫やトカゲ、ほ乳類を追い回しながら、アロサウルス上科の足音を警戒しながら生活していたのは容易に想像できる。とはいえ実際の生態については確たる証拠がない限り想像しかできないことは間違いない。一つだけ確実に言えることは、彼らの子孫がその後9000万年以上も繁栄し続けること、そして羽毛だらけの系統的ご近所が制空権争いに加わることなど、想像もしていなかっただろうということだけである。

 

以上、2024年の正月記事でした。今年もこんな感じでgdgdやっていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 

参考文献

Hartman S, Mortimer M, Wahl WR, Lomax DR, Lippincott J, Lovelace DM. 2019. A new paravian dinosaur from the Late Jurassic of North America supports a late acquisition of avian flight. PeerJ 7:e7247 

*1:軽く触れるとかつてオスニエリア、オスニエロサウルスに分類されたモリソン層産小型鳥脚類は現在すべてナノサウルス属にまとめられているらしい。どうもオスニエリアについては疑問名とされたようである。

*2:通称tooth taxonとも呼ばれる分類群の一つであり、コパリオン以外にもパロニコドンやリカルドエステシア、アウブリソドンなどが該当している。パロニコドンとリカルドエステシアはトロオドン科やドロマエオサウルス類などの小型マニラプトル類、アウブリソドンはティラノサウルス類であろうと推測されている(アウブリソドンに関してはほぼ確定)が、それでも持ち主の正体ははっきりしていない。ちなみにパロニコドン、リカルドエステシア、アウブリソドンはいずれも岩手県久慈層群玉川層でも産出している。

*3:きわめてどうでもいい余談だが、トロオドンが無事に疑問名送りとなってから今年で7年となるが、一向に図鑑などから名前が消える気配がない。おそらくステノニコサウルスよりも知名度が高いとか、ラテニヴェナトリクスがステノニコサウルスのジュニアシノニムである可能性が指摘されているとかの事情がありそうである。