古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

眠りのヤキュルス

 5年間苦楽を共にし続けたPCが故障し、悲しみに満ち溢れた筆者であるが、しかし一個人の悲しみなど待ってくれないのが古生物界隈である。企画ネタを1つ、恐竜紹介ネタを2つ抱えている真っ最中に、以前紹介したナトヴェナトルと同じバルンゴヨット層からアルヴァレズサウルス類の新属新種が報告されたのである。北海道大学からプレスリリースが発表されている中で筆者が紹介する意義など皆無であることは確定的であるが、しかしそこはつい先月に白亜紀前期のアルヴァレズサウルス類を紹介した本ブログである。今回は流行に乗る形で紹介をしていこう。そんなわけで今回は、バルンゴヨット層から産出した派生的アルヴァレズサウルス類のヤキュリニクス(Jaculinykus yaruui)の紹介である。

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 ヤキュリニクスが産出したバルンゴヨット層についてはナトヴェナトルの階でそれなりに紹介したため、たぶんここでの説明はしなくてもいいだろう。とりあえず論文上ではカンパニアン期とされている。化石はほとんど変形もなく、ほぼ完全に原形をとどめた美しい化石である(どうも派生的アルヴァレズサウルス類では初めて全身が産出したらしい)。ヤキュリニクスの形質は割と典型的な派生的アルヴァレズサウルス類(パルヴィカーソル亜科)であるが、鼻孔の開口部位置や細長くまっすぐな歯骨、三角筋稜の形状などいくつかの固有の特徴も認められた。それではいつも通り頭骨から見ていこう。

A:ヤキュリニクスの産状化石。B:ヤキュリニクス産状化石の模式図。Kubo(2023)より引用。

 頭骨は全体的に上下に低く、前後に長い形状である。頭骨の各パーツはシュヴウイアやケラトニクス、モノニクスなどと比較されているが(産出状況の都合か、ほぼシュヴウイアの話しか出ていないが)、おおむねヤキュリニクスとシュヴウイアとでかなり形質は酷似していたのである。頭骨近くにある程度まとまって見つかった歯は28本が回収されている。サイズは1~5mm、亜円錐形で鋸歯のない歯であり、典型的な獣脚類様の歯を持っていたハプロケイルスとは異なる形状であることが指摘されている。

 首から尾にかけての一連の椎骨や肋骨、神経棘が生存時の配列そのままに発見されている。いくつかの部位が欠損していたり、端部が断片化したりしているが、それでも良好な保存状態であった。ここで特筆するべきことと言えば、仙椎の数が他のパルヴィカーソル亜科と同じ7個であること(ハプロケイルスは5個)、尾の後半は他のマニラプトル類のように若干癒合していることであろう。

 続いて前肢の話である。肩甲骨と烏口骨はそれぞれ分離しており、かつ肩甲骨は長くまっすぐな形状である。上腕骨はハプロケイルスのような細長いS字状ではなく、短くまっすぐな、いかにも頑丈な形状である。遠位手根骨と癒合した第1中手骨はパルヴィカーソル亜科の恒例のごとく太く発達し、その先にある第1指も発達している。退縮した第2中手骨と痕跡レベルの第3中手骨についてもパルヴィカーソル亜科好例だが、ヤキュリニクスでは第3指の部位が全く産出しておらず、退化したのもとみなされている。

 骨盤や後肢については、基本的にパルヴィカーソル亜科として標準的な形質(恥骨と座骨が後方に伸びていること、大腿骨と中足骨がほぼ同じ長さでかつ湾曲していること、)であるとされた。産出した中足骨は見事なまでにアークトメタターサルであり(恥ずかしながらアルヴァレズサウルス類もアークトメタターサルを有していたことを、ヤキュリニクスの記載論文で初めて知った筆者である)、第3中足骨はほぼ後肢の遠位でしか見られない。

 

 系統解析の結果であるが、ヤキュリニクスはパルヴィカーソル亜科の中でシュヴウイアと姉妹群という立ち位置になった。パルヴィカーソル亜科自体は多系統となってしまったが、とはいえネメグト盆地から産出したアルヴァレズサウルス類はある程度まとまった系統関係が示されており(モノニクスがヤキュリニクス+シュヴウイアの姉妹群として、パルヴィカーソルがケラトニクスと姉妹群として示されている)、この辺りはなかなか興味深いところである。

アルヴァレズサウルス類の系統図。Kubo(2023)より引用。

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 さて、ここからが本論文のメインディッシュである。ヤキュリニクスを含めた派生的アルヴァレズサウルス類の多様性や進化、生態について「Discussion」の項目で様々なことが言及されている。

 まずは多様性について。ネメグト盆地は下位からジャドフタ層、バルンゴヨット層、ネメグト層が主に分布している。このうちジャドフタ層の時代にはほぼ砂漠のような環境だったのだが、ネメグト層の時代へ向かうにつれて湿潤な環境へと変化していったことが明らかになっている。ネメグト盆地のアルヴァレズサウルス類は割と乾燥気味の堆積環境(=ジャドフタ層)で多く産出していたのだが、ここにきてバルンゴヨット層という半乾燥環境からヤキュリニクスが産出したということで、アルヴァレズサウルス類が幅広い環境に適応していたことが指摘されたのである。

 続いて前肢の進化について。派生的な種類になるにしたがって前肢が太く短い第1指のみになるという進化を遂げたアルヴァレズサウルス類だが、ヤキュリニクスはおおむねそのただなかにいる恐竜とされている。アルヴァレズサウルス類の前肢進化の過程の中で、かろうじて3本指のシュヴウイアと完全に1本指になったリンヘニクスの中間段階として、2本指のヤキュリニクスが置かれる形となっている。その一方でヤキュリニクスの中手骨などは基盤的アルヴァレズサウルス類の特徴を残しており、アルヴァレズサウルス類の前肢進化が、従来考えられていた以上に複雑であることが指摘された。

 最後になるが、これが多くの媒体で語られていた睡眠姿勢の話である。これまで鳥類様の睡眠姿勢と言えばメイ・ロングやシノルニトイデスといったトロオドン科ばかりであり*1、マニラプトル類の中でも派生的な種類になってから発達したものだと考えられていた。ところがヤキュリニクスが睡眠姿勢で発見されたことで、鳥類様の睡眠姿勢がマニラプトル類の始まりから始まっていたことが明らかにされたのである。論文内では鳥類のような行動からさらに踏み込んで、アルヴァレズサウルス類の羽毛が単純なフィラメント状ではなく、他マニラプトル類にもみられる羽軸を備えた複雑な形状であった可能性を強く主張したのであった。

 

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 以上、大変に長くなったがヤキュリニクスの紹介である。ここからは少し、獣脚類(あえてこう書く)の睡眠姿勢について少し考察してみたい。

 鳥類様の睡眠姿勢と言えば、上記にも軽く触れたメイ・ロングで明らかになったわけだが、そのポイントになるのは以下の2点である。

①前肢・後肢を折りたたむ

②首を後ろへ曲げて、頭を翼の上に乗せる

 まず注目したいのは①の「前肢・後肢を折りたたむ」という点である。この姿勢はオヴィラプトロサウルス類の抱卵姿勢(シチパチ)にも見られるほか、後肢を折りたたんでの休息というだけなら、ディロフォサウルスのものと考えられる足跡化石からも確認されている。2足歩行の生物が休息するなら後肢を折りたたむしかないだろうというのはその通りなのだが、ここで「②首を後ろへ曲げて、頭を翼の上に乗せる」について追加で考えてみたい。鳥類が首を曲げて睡眠をするのは、頭部という体から突き出した部位を折りたたみ体温をできる限り逃がさないためであるという話を聞いたことがある。要するに丸くなって眠る行動というのは、その生物が体温を一定に保つことができる内温性であるということが言えるわけだ。無理やり考えるなら、内温性であるならば鳥類様の睡眠姿勢をとる可能性もありうるということだろう。

 以上より何が言いたいのかというと、鳥類様の睡眠姿勢は基盤的コエルロサウルス類の時点で始まっていたのではないか?ということである。だからと言ってタルボサウルスやデイノケイルスのような巨大な連中まで丸くなっていたと主張する気は毛頭ないのだが(タルボサウルスら大型獣脚類は首が太いため横方向の可動域は狭そうだし、何より大型恐竜であれば慣性恒温性の可能性が考えられるため、体温維持のために丸くなる必要性もない)、シノサウロプテリクスやディロングなどの小型でしなやかな首を持つ(羽毛の発見された)小型獣脚類であれば鳥類様の睡眠姿勢をとっていてもおかしくはなさそうだ、というのがヤキュリニクス記載論文を読んでの感想である。行動は基本化石には残らず、発見されなければ所詮妄想どまりではあるが、可能性ゼロではなさそうだ。とりあえずゴビ砂漠の各地層や、さもなければいつも通り熱河層群義県層あたりに期待したい。

 

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 以上、ヤキュリニクスの記載論文紹介と、獣脚類の睡眠姿勢についての超個人的妄想であった。行動が化石に残りづらいことはつい先ほど記述したが、だからことそういった化石が産出すれば研究は一気に進展するし、いろいろな妄想もはかどるというものである。鳥類への進化を考えるうえで形質のみならず行動の変化を追っていくというのも、鳥類とはどのような生物なのかというのを理解するうえで重要になるだろう。

 ヤキュリニクスに話を戻せば、実はヤキュリニクスはアルヴァレズサウルス類では最良クラスの保存状態を誇る恐竜であったりする。仙椎の数や骨盤の形状、中足骨など、(個人的に)なんとなくわかっていたような気になっていたアルヴァレズサウルス類の何たるかを一度に示してくれたありがたい存在である。今後のアルヴァレズサウルス類の論文には間違いなく引用されるぐらい詳細に記載されているため、とりあえずダウンロードして損はないだろう。7000万年の眠りから覚めた小さな竜は、これからも様々な世界を見せてくれそうだ。

 

参考文献

Kubo K, Kobayashi Y, Chinzorig T, Tsogtbaatar K (2023) A new alvarezsaurid dinosaur (Theropoda, Alvarezsauria) from the Upper Cretaceous Baruungoyot Formation of Mongolia provides insights for bird-like sleeping behavior in non-avian dinosaurs. PLOS ONE 18(11): e0293801. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0293801

*1:とか言いつつ、オヴィラプトロサウルス類のオクソコも睡眠姿勢をとっている状態で化石化したものと、記載論文中で推測されている。ヤキュリニクスの記載論文ではなぜか忘れられているが。