古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

大型獣脚類のお子様ランチ

 12月中に投稿を予定していた記事が2本(メガロサウルス上科についての話と新獣脚類についての話)あったのだが、どう見ても高カロリー記事であることが明らかになっているわけだ。とはいえノルマたるひと月投稿のペースはさずがに落とすわけにもいかずと考えていたところで、絶好のネタが訪れた訳である。メガロサウルス上科および新獣脚類の話は来年に持ち越すとして、今回はこちらについてやっていこうと思う。

 ここにいらっしゃる読者の方々なら既知とは思うが、ティラノサウルストリケラトプスが産出するヘルクリーク層にはとあるミステリーがあった。ティラノサウルス以外の肉食恐竜が一切発見されていなかったのだ。のちに小型肉食恐竜としてアケロラプトルが、中型肉食恐竜としてダコタラプトルがそれぞれ発見されたが、ヘルクリーク層におけるティラノサウルス一強状態は現状も変わっているとはいいがたい。ダコタラプトルの存在が危うい*1現状においては余計なおさらであることはいうまでもないだろう。そんな状況下においてまことしやかに語られていた噂話(あるいは仮説)というものが、

ヘルクリーク層における中型肉食恐竜のニッチはティラノサウルスの幼体や亜成体が占めていた

というものである。この仮説は書籍などにおいて何度か紹介されていたほか実際の研究論文も発表されており、傍から見ればダコタラプトルという存在を差し置いて半ば定説として定着しつつある状況だ。

 とはいえである。前述の論文は体重比から食性とニッチを推定したものであるらしく、直接的な証拠があったわけではない。そもそも古生物の食性を理解することはたまたま偶然がなければ非常に困難であり、ましてや成体と幼体の食性の違いを解明するというものはリムサウルスのようなわかりやすい証拠(Shuo 2017)でもなければムリゲーである(エドモントサウルスと推定されたハドロサウルス科の残骸に亜成体ティラノサウルスの歯形が残っていた例(Joseph 2019)もあるが)。ところが、そんな「たまたま偶然」がゴルゴサウルスで存在していたのである。ゴルゴサウルスでの事象をそっくりそのままティラノサウルス科全体に当てはめることができるかは未知数だが、大型獣脚類の成長に伴う生活の変化を理解するうえで重要な研究であることは言うまでもないだろう。そんなわけで今回はゴルゴサウルス幼体の胃内容物およびそこから推測されるゴルゴサウルス幼体の食性についての話である。

 

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 今回研究対象になったのはカナダのアルバータ州に分布するダイナソーパーク層から産出し、ロイヤルティレル古生物学博物館に所蔵されている幼体ゴルゴサウルス(TMP 2009.12.14)である。TMP 2009.12.14は典型的なデスポーズ状態で産出した化石である。美しく保存された頭骨の他に一連の肋骨や骨盤、後肢が発見され、ある程度の体型は推測することができる。年齢は5~7歳、体重は335kg、全長は骨格図からの目測で4m程度といったところである。

幼体ゴルゴサウルス化石(TMP 2009.12.14)。A:右側面 B:左側面。スケールバーは50cm。François(2023)より引用。

 その腹部には生後1年以内と見積もられるシティペス(Citipes elegans)*2の後肢2体分が関節した状態を保ったまま折りたたまれた状態で納められていた。シティペスの後肢はちょうどゴルゴサウルスの胃があったと思われる場所に収められており、化石の表面はなめらかな状態を保つゴルゴサウルスとは異なり、酸で溶かされたような細かい穴が開いていた。このことから、別の場所で死んだシティペスの後肢が幼体ゴルゴサウルスの腹部にたまたまそれっぽく重なったという可能性は否定され、幼体ゴルゴサウルスが生前にシティペスを襲い、後肢を丸のみにしたということが主張されたのである。

幼体ゴルゴサウルス化石の腹部拡大。A:化石の写真 B:スケッチ。色付きの化石がシティペスの化石であり、黄色と黄緑色、青色と水色がそれぞれ同一個体の化石。白抜きの化石は幼体ゴルゴサウルスの化石。François(2023)より引用。

 この研究では統計的な目線でも幼体ゴルゴサウルスの食性を研究している。現生の哺乳類と爬虫類では捕食者と被食者の各体格の間に有意義な正の相関が存在することが知られている。要するにこれは被食者のサイズが大きくなれば、対応する捕食者のサイズもまた大きくなり、そこには一定の法則が存在するということである。そしてこの相関関係に今回の幼体ゴルゴサウルスとシティペスを当てはめた結果、両者は見事に正の相関関係のグラフ上に収まったのである。これとは逆にダイナソーパーク層産出の大型植物食恐竜*3をグラフに当てはめた結果、幼体ではなく成体ゴルゴサウルスと相関関係が確認された。

 

 そんなわけで幼体ゴルゴサウルスの胃内容物の記載、捕食者―被食者相関から得られた結果について、論文内では様々なことが指摘された。あまりにも多いため詳しくは論文を読んでいただきたいのだが(Google翻訳でも大体わかるぐらいの翻訳結果がでる)、とりあえず妄想パートに使うことをかいつまんで紹介しよう。

 まずはティラノサウルス類において、成体と幼体で異なる生物を捕食していたことである。これまでも生態モデリングによって同様の結果が得られたことはあったのだが、化石という明確な証拠が産出したことで、この仮説はほぼ確定したといっていいだろう。巷ではティラノサウルスが成体と幼体で共同生活を送っていた、さらには複数世代で共同の狩りを行っていたという話があるが、当論文ではそれらの話はばっさり切り捨てられることになった。論文では現生のワニ類やコモドオオトカゲも成長に従って獲物を変えていく生態を引き合いに出し、幼体ゴルゴサウルスはオヴィラプトロサウルス類やパキケファロサウルス類(の幼体)を積極的に狙い、成長に従って角竜やハドロサウルス類などの大型恐竜へと捕食対象を変化させたと主張したのである。

 もう一つは冒頭で述べた中型肉食恐竜のニッチについてである。ティラノサウルス類は成体と幼体で異なる生物を捕食するという成長過程を持つことで、成体と幼体で資源をめぐる競争を回避することができた。そうなれば幼体ティラノサウルス類の競争相手はドロマエオサウルス類などの小型肉食恐竜となるわけだが、ある程度の大きさともなればドロマエオサウルス類は相手ではないと考えられている。この「ドロマエオサウルス類と競争に勝てる程度の大きさになった」幼体ティラノサウルス類こそが、アジアや北アメリカの中型肉食恐竜のニッチに収まっていたのではないかという従来の仮説を支持しているのである。さらに成体と幼体の住み分けこそが、ティラノサウルス類が白亜紀末期に繁栄した一つの理由ではないかと主張したのである。

 

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 というのが論文の要約である。ここからはティラノサウルス類の成体と幼体の住み分けについて、論文を読んで筆者が妄想したことをつらつら書き散らしていこうと思う。

 一つはティラノサウルス類が行っていた成体と幼体の住み分けは、他の大型獣脚類は行っていたのかということである。ティラノサウルス類は成長に伴って食性を変えていたというのが論文での主張だが、成長に伴う食性の変更ということであるならば他分類の大型獣脚類もやっていそうなことである。少し例を出せばアロサウルスやカルカロドントサウルス科などが当てはまりそうな気もするのだが、とはいえ彼らと同じ地層からはサイズ豊かな獣脚類が産出しているのである。例えばアロサウルスが産出するモリソン層では(細かい時代や環境まで重複するかは置いておくとして)、タニコラグレウス(全長4m)やケラトサウルス(全長6m)も産出しており、中型肉食恐竜のニッチはほぼ完全に埋まっているように見える。カルカロドントサウルス類にしても、共産するアベリサウルス類やメガラプトラはことごとく6m前後の大きさであり、カルカロドントサウルス類の亜成体とニッチが重複しそうな雰囲気が漂っている。これらの時代とティラノサウルス類が繁栄を極めたカンパニアン期以降のララミディアの違いは「竜脚類の存在有無」が大きいようにも見えるが、この辺りはどうなのだろうか。

 もう一つは論文中であった「アジアと北アメリカには中型肉食恐竜は稀か不在(意訳)」という一文に対してである。ズケンティラヌスが産出した王氏層群のように中型肉食恐竜が現状産出していない地層もあるのだが、モンゴルのネメグト層については事情が異なる。タルボサウルスという大型肉食恐竜とともに推定全長6mのアリオラムスが産出しているのである。さらにはアリオラムスと同じアリオラムス族に含まれるキアンゾウサウルスが、ネメグト層から遠く離れた中国南部の南雄層から産出している。このことから東アジアでは異なる分類群のティラノサウルス科2種(ティラノサウルス亜科のタルボサウルスとアリオラムス族のアリオラムスまたはキアンゾウサウルス)が共存していた可能性が指摘されている。キアンゾウサウルスはオヴィラプトロサウルス類などの小型恐竜を獲物としていた可能性を指摘されているが、これもまたティラノサウルス類(もっといえばティラノサウルス亜科)の幼体とニッチが重複しそうだ。正直に言ってドロマエオサウルス類よりも強力な競争相手ではあるのだが、問題はなかったのだろうか。

 以上より何が言いたいのかと言えば、「幼体ティラノサウルス類だけで、中型肉食恐竜のニッチを占領できるのか?」ということである。ララミディアにおける中型肉食恐竜の不在はティラノサウルス類うんぬんというよりも、ララミディアという土地柄事体に何かしらの要因があるのではないだろうか?考えられうるのは面積不足からくる絶対的な資源不足だが、その状況でティラノサウルス類が繁栄できた理由までは思い浮かばない。このあたりの話はララミディア一つの研究で解決できるわけではなく、他地域の大型獣脚類の生態解明や生態系の理解が必須になるだろう。

 

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 以上、幼体ゴルゴサウルスの胃内容物についての研究論文紹介と、それに伴う筆者の感想&妄想であった。繰り替えすが、古生物の生活が直接確認できる化石は非常に貴重であり、研究が進めば多くの情報を我々に教えてくれる存在である。今回もまた、大型獣脚類の生態の一端を垣間見せ、さらにはティラノサウルス類の繁栄のヒントについても与えてくれた。今後同じような貴重な発見が積み重なってくれれば、他の大型獣脚類との共通点や相違点も見つかり、獣脚類の生態がどのようなものだったかが少しづつ明らかになることだろう。ララミディアにおける中型肉食恐竜の不在は、正直従来仮説では(個人的に)疑問符をつけたくなるのは変わらない状況であるが、いつもどおり今後の発見と研究に期待するばかりだ。中生代の全時代に渡る何かがあるのか、それともララミディアにしかない何かがあるのか、どんな仮説か飛び出すのだろうか。

 

参考文献

François Therrien et al., Exceptionally preserved stomach contents of a young tyrannosaurid reveal an ontogenetic dietary shift in an iconic extinct predator. Sci. Adv.9,eadi0505(2023).DOI:10.1126/sciadv.adi0505

Peterson JE, Daus KN. 2019. Feeding traces attributable to juvenile Tyrannosaurus rex offer insight into ontogenetic dietary trends. PeerJ 7:e6573 

Shuo Wang, Josef Stiegler, Romain Amiot, Xu Wang, Guo-hao Du, James M. Clark, and Xing Xu, 2017. Extreme Ontogenetic Changes in a Ceratosaurian Theropod. Current Biology 27, 144–148, January 9, DOI: https://doi.org/10.1016/j.cub.2016.10.043

*1:原記載論文で叉骨とされた要素がスッポンの骨だったという前科があるダコタラプトルだが、現在でもアンズーや亜成体ティラノサウルス不定のドロマエオサウルス類のキメラなのではないかという噂はある。キメラ疑惑の脱却のためには、ダコタラプトルを含めたヘルクリーク層の中型獣脚類の再記載は必須だろう。

*2:ダイナソーパーク層から産出したカエナグナトゥス科のオヴィラプトロサウルス類。それまでキロステノテスやエルミサウルスなどと呼ばれていたが、2020年に別属へと振り分けられた。

*3:具体的な名称は書かれていないが、グラフ上のシルエットにはスティラコサウルスとランベオサウルス亜科の誰かが写っている。ゴルゴサウルスと同じ層準から産出したランベオサウルス亜科ということなら、コリトサウルスの可能性が高いだろうか。