古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

悪霊の下に生きた獣

 なんだかんだで3月の下旬である。前回投稿から1か月が過ぎないうちに投稿したかったのだが、ブログ記事を抱え込んだまま季節の変わり目に対応できず胃腸炎を発症したことによりここまで遅れることになってしまった。この恨みはどこかで返すよりほかにないだろう。

 「中生代の哺乳類はネズミ程度の大きさと姿でひっそりと生きていた」というイメージは、古生物学を少しでも齧った方であれば聞いたことがある話であろう。そして少しでも深みに足を踏み入れた方であれば、このイメージに当てはまらない哺乳類がいることもご存じであろう。ビーバーのような姿をした半水生にして魚食哺乳類のカストロカウダ、モモンガのように滑空したと考えられるヴォラティコテリウム、モグラのような穴居性哺乳類のフルイタフォッソルなど、ネズミの姿にとらわれない多様な形態の哺乳類が発見されている(この辺りはもう中生代哺乳類の多様性を示す存在としてワンセット扱いになっている節がある)。また大きさ自体も10cm程度ばかりではなく、レペノマムスやディディルフォドンのような50cmに達しようかというほどの(中生代としては)大型の哺乳類も存在していた*1。もちろんネズミ程度の姿と大きさの種がほとんどであったことは間違っていないのだが、ほ乳類も恐竜に負けず劣らずの多様化をしていたのである。

 そんな中生代の哺乳類だが、化石が産出している地域はほとんどが北半球である。この辺りの事情はおそらく南半球の地層の発掘・研究調査が進んでいないとか、南半球で小型動物が産出するようなラーガッシュテッテンがないとか、そういった事情がありそうである(素人目に見て熱河層群の存在は中生代哺乳類研究にとっては大きそうである)。分子解析や数少ないゴンドワナ産哺乳類から、一部の分類群はゴンドワナのどこかが起源ではないかと目されている中で、ゴンドワナ産の哺乳類は研究界隈の中では割と待ち望まれていた存在であるようだ。そんなわけで今回は今年2月に記載された中生代の大型哺乳類、パタゴマイア(Patagomaia chainko)の紹介である。なお筆者は哺乳類にはさっぱりであるため、いつも以上にろくでもない文章になりかねないがご了承願いたい。

 

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 パタゴマイアが産出した地域はアルゼンチンはサンタクルス州、ラ・アニタ・ファーム発掘地である。ここまでで気が付いた方は大正解であり、論文内にはイサシカーソルの発掘地から地理的に近く、かつイサシカーソルとほぼ同層準から産出したことが記述されていた。イサシカーソルと言えば『恐竜博2023』で名を挙げたチョリロ層を代表する鳥脚類であり、ここから考えると(論文中で直接の名言こそないが)パタゴマイアの産出地層もチョリロ層であると考えてよさそうだ。

 パタゴマイアの産出部位であるが、これが極めて断片的である。ホロタイプ標本は左尺骨の遠位、左腸骨断片、左骨盤の寛骨臼回り、左右大腿骨の近位端、左腓骨の近位端に加えて同定不能の骨片ですべてである。参考標本は輪をかけて悲惨であり、左寛骨臼と座骨の一部、右大腿骨の断片のみが産出した。とはいえこれだけでも大腿骨の関節部や小転位に固有の特徴が確認されたほか、現生哺乳類にもつながる興味深い形態が明らかになった。

a:パタゴマイア骨盤化石 b:パタゴマイア骨格図 c:左尺骨化石 d:右大腿骨および右大腿骨 e:左腓骨 Chimento(2024)より引用

 

 例えば骨盤要素である。パタゴマイアの骨盤は腸骨、恥骨、坐骨が寛骨臼で強く癒合していたり、寛骨臼周辺に隆起が見られたりするのだが、これらの特徴は中生代にいた数多の哺乳類よりかは現生の有胎盤類(を含めた獣類)によく似た形態となっている。骨盤そのものの構造も、現生の獣類(や単孔類)同様に頑丈なつくりをしていたようだ。

 大腿骨にも進化した哺乳類、すなわち獣類らしさが見える。膝頭は収縮して内側を向いているのだが、これは単孔類や大多数の中生代哺乳類には見られない特徴である。大腿骨の大転子は頑丈で前後に広く後方に突き出した形となるのだが、これも多くの現生獣類と類似する特徴である。腓骨の形質も多くの中生代哺乳類とは異なり、一部の獣類と同じ形質であるようだ。

 パタゴマイアで注目されたのは形質もさることながら、その大きさ自体も注目された。改めて化石を見ると明らかにスケールバーがおかしい(断片化石であるにもかかわらず、断片の大きさは軒並み2cmを超えている)ことになっているパタゴマイアであるが、その体重は2.6~26kg、平均約14kgと推定された。この推定体重はおなじみレペノマムス(約10kg)やマダガスカルから産出したヴィンタナ(約8.9kg)を上回る数値である。これによってパタゴマイアは断片化石にも拘らず、中生代最大の哺乳類となったのである。

 

 そして系統解析の時間だが、パタゴマイアの化石が断片的すぎるため深くまで突っ込んだ解析は不可能である。とはいえ上述したとおり、パタゴマイアには現生の獣類と共通する特徴を多く備えている。このためパタゴマイアは同時代に生息していた哺乳類の多数を占めた分類群である多臼歯類やゴンドワナテリウム類、有袋類ではなく、正真正銘現生哺乳類へとつながる系統であると判断されるに至った。中生代においては哺乳類はある程度の多様性を備えていたのだが、その多様性の一端はゴンドワナにおいて始まっていたことが明らかになったのである。

パタゴマイアを含めた哺乳形類系統図。Chimento(2024)より引用



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 以上がパタゴマイアについての概要であった。ここからはパタゴマイアの生態について少し考えてみたい。とはいえ諸事情のために考えられることなどわずかしかないのだが。

 パタゴマイアは現状骨盤や後肢の破片のみが産出しており、全体像は不明瞭である。ましてや食性を示す証拠などはひとかけらも存在しないため、生態について考えるなど無謀もいいところである。とはいえ逆に考えれば、何も証拠もない今のうちならあることないこと語り放題だ。答え合わせはのちの発見に祈るとして、手始めにパタゴマイアの食性についてここでは考えてみたい。

 中生代大型哺乳類の食性として真っ先に挙げられるのはやはりレペノマムスであろう。模式種であるレペノマムス・ロブストゥスの胃内容物としてプシッタコサウルスの幼体が存在していたことは有名な話であるし、昨年にはプシッタコサウルスの成体すら襲っていたのではないかとされる化石が報告されている。また、半水生とされるカストロカウダ(全長45cmとそこそこ大きい)は主に魚を捕食していたのではないかと考えられている。ディディルフォドンの食性については言及している日本語資料が乏しいのだが、とりあえずは日和見的な肉食動物だったらしい。こうして振り返れば中生代である程度の大きさとして活動するなら、捕食者側に立つ必要があったのだろうと思いたくなる。であればパタゴマイアもレペノマムスやディディルフォドンのように小型脊椎動物を襲う捕食者だったのではないかと推測が可能である。チョリロ層からはイサシカーソルやヌロティタンなどの植物食恐竜が産出している。ほぼ同時代かつ同じ南部パタゴニアに分布するドロデア層から産出したゴンコケンやステゴウロスのことを考えると、チョリロ層は現在分かっている以上に植物食恐竜の多様性は高そうである。さすがに成体相手に喧嘩を売ることはできないだろうが、集団営巣地に忍び込んで卵や幼体を襲うといったことは容易にできそうである。

 というわけでパタゴマイアは肉食動物だった……という想像で終わらせることができればよかったが、そうは問屋が卸さない。いつぞやに筆者のタイムラインに流れてきたツイートにて、パタゴマイアがチョリロ層の植物食動物の一つとして数えられていたのである。現状中生代大型哺乳類と言えばほとんど肉食動物ばかりであり、まさか植物食とは思ってもいなかったというのが正直なところである。

 とはいえ周辺を冷静に見ていけば植物食動物だとしても問題はなさそうである。例えばマダガスカルではシモスクスと呼ばれる植物食のワニ形類がいるのだが、全長は75cmと中生代大型哺乳類とどっこいぐらいの大きさである。これ以外にもゴンドワナ(もちろんここに南米大陸も含まれる)からはアルマジロスクスやヤカレラニなどの多様な植物食ワニ形類が産出している。もしこれらのワニ形類が諸事情に伴い南部パタゴニアに進出することができず、そのニッチをパタゴマイアなどの哺乳類が占めていたと考えたら、どうだろうか?仮定に仮定を重ねた上に妄想をトッピングしたろくでもない産物ではあるが、正直な話ゼロではなさそうだと思ってしまうのである。

 

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 以上、チョリロ層から産出した大型哺乳類のパタゴマイアについての紹介と妄想語りであった。中生代の哺乳類というのはともすればスルーされがちな存在ではあるが、しかし現生哺乳類へとつながる多様化は中生代の時点で始まっているということを、パタゴマイアは改めて見せつけてくれた。中生代の哺乳類も何が飛び出すか分からない面白さであふれており、ともすれば現代とのつながりという意味においては恐竜よりも追いかけがいがある生物たちである。これからも中生代の哺乳類には目を離すわけにはいかないようだ。

 パタゴマイアの産出によりその多様性の高さを改めて示したチョリロ層であるが、ここからはどのような新発見が飛び出すだろうか?白亜紀最末期の南部パタゴニアの世界はまだ研究が始まったばかりであり、北米大陸や東アジアと比べればのぞき込むための窓は不明瞭である。パタゴマイアも何度も言及したとおりの断片化石であり、実態が明らかになるには追加標本が必須だ。寒風を振りまく悪霊が駆け回る世界に生きた生物、そして生態系がより鮮明に観察できるようになるには、まだまだ時間が必要だろう。鮮明に観察できるようになったチョリロ層がどのような世界なのか、これから楽しみである。

 

 そんなわけで実は記念すべき50回目投稿記事でした。実際の紹介記事は50もありませんが、ここまで長いことブログを投稿できたのはひとえに読者の皆様のおかげです。改めて感謝申し上げます。

 そして次回は、記念すべき2周年記念記事でございます。ブログ記事はすでに完成しているので、あとは当日に投稿するだけです。お楽しみに。

 

参考文献

Chimento, N.R., Agnolín, F.L., García-Marsà, J. et al. A large therian mammal from the Late Cretaceous of South America. Sci Rep 14, 2854 (2024). https://doi.org/10.1038/s41598-024-53156-3

田中真士,2021,Dino Science 恐竜科学博 ララミディア大陸の恐竜物語,ソニー・ミュージックソリューションズ,191p

土屋健,2015,ジュラ紀の生物,技術評論社,p167

土屋健,2015,白亜紀の生物 上巻,技術評論社,175p

*1:何なら先述のカストロカウダも全長45cmと、ジュラ紀の哺乳類として最大である。もっとも全長の半分近くが尾であるため、現物を見たらそれほど大きくは見えないかもしれない。なお筆者はカストロカウダに出会ったことはなく、一度お会いしたいものである。