古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

その歩みは南の果てへと

 2023年は新属記載のニュースがどうにも乏しいと考えていた節はある。そんなわけで当ブログではアスファルトヴェナトルやチャンミアニアなど、記載済みだが知名度は低い恐竜たちを紹介してきたわけだが、まさかの6月に3属も記載されてしまったわけである。どれもこれも(古生物すべてがそうと言えばそうなのだが)大変面白い存在ばかりであり、誰を紹介するべきか非常に迷ったのだが、今回はチリ南端部の最上部白亜系から産出した広義ハドロサウルス類のゴンコケン・ナノイ(Gonkoken nanoi)を紹介しよう。ハドロサウルス類の進化と放散を考えるうえで重要な存在であり、地味に日本産恐竜も関わってくるのである。なお現時点(9月)においては3か月も前の話であり、とっくの昔に速報ではなくなっていることについてはご理解ご了承のうえスルーしていただきたい。

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 ゴンコケンが産出したのはチリ南部のパタゴニア地方、リオ・デ・ラス・チナス渓谷に分布するドロデア層の上部である。ドロデア層は白亜紀後期カンパニアン期から新生代第三紀暁新世ダニアン期までに大陸棚からデルタ、河川環境で堆積した地層である。このうちゴンコケンの産出層準の時代については71.7〜70.5Maと、前期マーストリヒチアンに対応する年代が推定されている。層厚80cmの地層から3個体分の化石がまとまって産出しているが、一方で化石そのものは完全に関節が外れた状態であり、ホロタイプとして指定されたのは成体の右腸骨(CPAP3054)のみであった(それ以外の化石はパラタイプ標本に指定された)。

 それでは、恐竜紹介である。ゴンコケンの全長は成体で4mと推定されており、広義ハドロサウルス類の中でも小型であった。ホロタイプおよびパラタイプをかき集めることで頭骨の大部分に肩甲骨、烏口骨、上腕骨、腸骨、坐骨の一部、大腿骨、脛骨および胴椎や肋骨、尾椎の一部について情報が明らかとなった。ゴンコケン固有の特徴としては、以下のものが挙げられている。

・前方腹側へ湾曲して伸びる稜線状突起を持つ肩甲骨

・後方腹側へ伸びる寛骨臼突起

・前後方向へ発達した稜線を持つ腸骨

 これ以外にもゴンコケンには基盤的ハドロサウルス類の特徴と派生的ハドロサウルス類の特徴が多々入り交じっている。それでは、いつも通り頭骨から見ていこう。

ゴンコケン骨格図。発見部位は白色で示されている。Jhonatan(2023)より引用。

 

 頭骨のうち、頬骨の関節面は他のハドロサウルス類と異なり四角形に近い形となり、また頑丈にできている。歯骨は約25本の歯列を持つという、基盤的ハドロサウルス類によく見られる特徴が確認された(派生的ハドロサウルス類では30本土以上の歯列となる)。これ以外にも歯骨などの頭骨各部位には基盤的ハドロサウルス類で見られる特徴がいくつか確認された。

 典型的な広義ハドロサウルス類の胴椎、尾椎に続いて、肩甲骨や烏口骨も典型的なハドロサウルス類の形状である。ただし肩甲骨の三角筋稜はあまり発達していない。これに加えて既知南米ハドロサウルス類*1とは異なり肩甲骨の突起が前方腹側に傾斜していたり、烏口骨面が狭いなど、既知南米ハドロサウルス類とは異なる特徴も持ち合わせていた。上腕骨の三角筋稜が派生的ハドロサウルス科よりも小さく(そのかわりか高さは派生的ハドロサウルス科よりも高い)このあたりの特徴も、ゴンコケンの原始的さを際立たせている。

 骨盤もなかなか独特な形状である。腸骨の背側がまっすぐな形状をしていたり、仙椎の稜線が発達していたりするなど、南米ハドロサウルス類には見られない特徴が多く確認されている。とはいえ基本的な形状(寛骨臼状の突起形状、大腿骨の形状)はハドロサウルス類に広く見られる特徴であり、ハドロサウルス類として原始的な形質は残しつつもイグアノドン科の特徴は一切見られない骨格である。

 

 基盤的なハドロサウルス類の特徴がよく見られたゴンコケンだが、系統解析においてもやはり基盤的な系統に位置付けられた。ハドロサウルスより派生的なハドロサウリダエに含まれない広義ハドロサウルス科(ハドロサウロイデア)のなかでもエオトラコドンより一つ派生的な場所に位置付けられたのであった(ちなみに日本における基盤的ハドロサウルス類のヤマトサウルスは今回も、ハドロサウルスより一つ派生的なハドロサウリダエとされた。この解析結果はヤマトサウルス記載論文と一致しており、ヤマトサウルスの系統的位置づけがここから変動するということはなさそうだ)。また白亜紀後期に南米大陸で生息していたセケルノサウルス、ボナパルテサウルス、ケルマプサウラそしてフアラサウルスの4種はサウロロフス亜科の内部で独自かつ単一の分類群である「アウストロクリトサウリア(Austrokritosauria)」を形成したのである。ゴンコケンをここに含めるには相当に無茶な解釈をしなければならず、ゴンコケンとそれ以外の南米ハドロサウルス科たる「アウストロクリトサウリア」は縁遠い存在であることが示されるに至った。

ハドロサウルス類(Hadrosauroidea)の系統図。ブログ上では若干画質が悪いため、記載論文を見ていただきたい。Jhonatan(2023)より引用。

 基盤的ハドロサウルス類の生き残りであるゴンコケンと派生的ハドロサウルス科のアウストロクリトサウリアはなぜ同じ大陸で共存できたのだろうか?論文で指摘された可能性は、南米大陸への到達時期の違いである。ハドロサウルス類の始まりは白亜紀後期のコニアシアン、西部内陸海路で分断された北米大陸東側の陸地であるアパラチアではないかと考えられている。ここからゴンコケンの先祖は、アパラチアで出現したのちに何らかの形でつながったララミディア*2を経由して南米大陸へ到達した可能性を指摘されたのである(ヨーロッパ発アフリカ大陸経由も検討されたが、証拠不足を理由に棄却された。今後アフリカ大陸からハドロサウルス類の化石が産出すれば、この仮説が再び支持される可能性がある。)。

 これに対して派生的ハドロサウルス科(ヤマトサウルス記載論文で言うところの「エウハドロサウリア」)は少し遅れてララミディアで出現したと考えられている。無論彼らも基盤的ハドロサウルス類のように南米大陸へも進出したのだが、南米大陸南端へ到達するより前に時間切れとなってしまったと推定されたのである。結果的にゴンコケンが生息していた南米大陸南端部やその先の南極大陸が、基盤的ハドロサウルス類における避難所(レフュージア)となっていたのではないかと論文内で指摘されることになった(この辺りは東アジアが避難所となっていたヤマトサウルスに近い理屈を感じる)。

 

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 ここまでがゴンコケンの論文要約であった。ここから先はゴンコケンについての考察や、基盤的ハドロサウルス類についての考察をグダグダ展開していこう。

 まずはゴンコケンの生息範囲についてである。ゴンコケンに限らずハドロサウルス類は白亜紀後期に世界的に勢力を拡大していたわけだが、その中にはアパラチアからララミディアだったり、ララミディア発アラスカ経由東アジア行きだったりと、明らかに海を渡るルートが想定されているのである。これに加えてハドロサウルス類の化石は沿岸環境から産出している事例が多く(日本で言えばカムイサウルスがそれにあたるだろう)、ハドロサウルス類全般にわたって泳ぎが得意だったか、あるいは半水生だった可能性が論文でも指摘されている。これがゴンコケンにも当てはまる場合、ゴンコケンの生息範囲もある程度広かったのではないかと期待ができる。すでに南極半島にあるヴェガ島やシーモア島などからハドロサウルス科の化石が産出しているそうだが、もしかすればこれらの化石もゴンコケン、ないし近縁な恐竜ではないかと期待ができそうだ。あるいはさらに南の南極大陸にもゴンコケンの近縁種が到達していた可能性も十分にあるだろう。

 そして基盤的ハドロサウルス類そのものについてである。派生的ハドロサウルス科によって勢力を縮小していた基盤的ハドロサウルス類だが、その実白亜紀末期まで生存していたことはゴンコケンやヤマトサウルスによって証明されている。ということは、ゴンコケンやヤマトサウルスのような基盤的ハドロサウルス類の生き残りが他の地域にも存在していた可能性は十分にある。ゴンコケン以降の時代に生きていた基盤的ハドロサウルス類としては他にタニウスやナンニンゴサウルス、テルマトサウルスなどが挙げられており、そこから考えるに東アジアやヨーロッパには基盤的ハドロサウルス類がまだ繁栄していたという可能性も考えられる。さらに言えばタニウスに関しては産出した王氏層群から、派生的ハドロサウルス科のシャントゥンゴサウルスが産出しており、基壇的な種と派生的な種が共存していた可能性がある。基盤的ハドロサウルス類が一切合切発見されていないララミディアでこれ以上基盤的ハドロサウルス類を見つけるのはおそらく不可能だろうが、案外アジアの各地や南米大陸なら派生的ハドロサウルス科と一緒に基盤的ハドロサウルス類が産出しそうな気もする。系統図上では中央アジアやアフリカがほとんど反映されていないが、これは間違いなく政治情勢による研究不足が大きく、であればここから未知のハドロサウルス類が産出する可能性は期待できるのである。

 

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 以上、今年6月に記載されたゴンコケンについての解説と、それに伴う筆者の妄想をグダグダ語ってきた。ゴンコケンが産出したドロデア層はボーンベッドとなっているようで、化石が枯渇する気配はしばらくないそうだ。またゴンコケンの産出層序も北東5㎞まで分布しているらしく、ゴンコケンについてはまだまだ新しい発見が期待できそうである。基盤的ハドロサウルス類の進化や放散を考える上でも重要な存在であり、ゴンコケンの今後の発見と研究が非常に楽しみである。

 ドロデア層に話を拡大させれば、記載命名までこぎつけた恐竜はゴンコケンのみであるようだ。今後ドロデア層の研究が進めば、白亜紀末期の亜南極の生態系や生物相が徐々に明らかになってくることだろう。少しだけ想像を膨らませれば、南極大陸からはアンタークトペルタが、パタゴニア地方のチョリロ層からはイサシカーソルやヌロティタン、マイプといった恐竜が産出しているが、ドロデア層はどうだろうか。パラアンキロサウリア、エラズマリア、ティタノサウリア、そしてメガラプトラ。これらの恐竜がドロデア層から産出するのか、それとも全く予想外の恐竜が飛び出すか、今後の研究が楽しみな地層である。

 

参考文献

Jhonatan Alarcón-Muñoz et al. Relict duck-billed dinosaurs survived into the last age of the dinosaurs in subantarctic Chile.Sci. Adv.9,eadg2456(2023).DOI:10.1126/sciadv.adg2456

Kobayashi, Y., Takasaki, R., Kubota, K. et al. A new basal hadrosaurid (Dinosauria: Ornithischia) from the latest Cretaceous Kita-ama Formation in Japan implies the origin of hadrosaurids. Sci Rep 11, 8547 (2021). https://doi.org/10.1038/s41598-021-87719-5

*1:論文中では「アウストロクリトサウリア(Austrokritosauria)」とひとまとめの分類群となっている。詳しくは後述

*2:西部内陸海路で分断された北米大陸の西側の陸地。ジュディスリバー層やダイナソー・パーク層、ヘルクリーク層など名だたる上部白亜系はほとんどララミディアの地層である。