古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

北山からネメグトへ駆け

 気が付いたら一か月以上投稿が開いてしまったわけである。そんなこんなで福井県立恐竜博物館はリニューアルオープンを迎え、恐竜博2023は大阪会場が始まっている。恐竜科学博も開催が間近に迫っており、今年の夏も恐竜で盛り上がる夏になりそうである。

 恐竜博と言えば、もはや昔の話と化してしまった『恐竜博2019』の主役の一人として君臨していたのはデイノケイルス(Deinocheirus mirificus)であった。長らく謎の恐竜の代名詞となっていたデイノケイルスは、2006年から2009年の新発見、そして2013年の新標本記載を経て、当初予想以上にとんでもない恐竜であることが明らかになった。巨大な前肢はもちろんのこと、発達した神経棘や幅の広いくちばし、体重を支えるための幅広い後肢など、オルニトミムス類としては特異な特徴が明るみに出たのである。

 そして同時に、デイノケイルスの系統についてまとめられることになった。ネメグト層という白亜紀末期の地層から産出しながら、派生的オルニトミムス類に普遍的に見られるアークトメタターサルを一切持たないデイノケイルスは、ガルディミムス(Garudimimus brevipes)やベイシャンロン(Beishanlong grandis)などといった原始的な特徴を残したオルニトミムス類とともに「デイノケイルス科」を形成したのである。その後の経緯は不確か(というか、単に筆者が論文にアクセスできていないだけ)だが、メキシコの上部白亜系カンパニアン階から産出したパラクセニサウルス(Paraxenisaurus normalensis)や熱河層群から産出したヘキシング(Hexing qingyi)などもデイノケイルス科への所属が指摘されているらしい。デイノケイルス原記載時に定められて以降、有名無実になっていたデイノケイルス科だが、最近はなんだか賑やかになっているようだ。

 そんなデイノケイルス科だが、所属する仲間が全員10m台という巨体を持つ訳ではない。パラクセニサウルスは5.6m程度の全長であるらしいが、ヘキシングやガルディミムスはオルニトミムス類としては真っ当な大きさである。その中において、ベイシャンロンの全長7〜8mという大きさはデイノケイルス科の中でも頭一つ抜けた存在感を放っている。これほどの巨体を得たベイシャンロンとは何者なのだろうか?デイノケイルス科の中で、どのような存在なのだろうか?デイノケイルスの追加標本が記載されて10年が経過した今、改めてベイシャンロンについて振り返ってみよう。

 

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 ベイシャンロンが産出した場所は中国甘粛省、白魔城サイトに分布する新民堡層群である。新民堡層群は白亜紀前期のアプチアン〜アルビアン期の地層と考えられており、同層群からはハドロサウルス上科のエクイジュプスや、原始的な角竜類であるオーロラケラトプスなどが報告されている(パンティラノサウルス科のシオングアンロンやテリジノサウルス科のスジョウサウルスも同じ出身らしい)。

 産出部位は骨格図と写真両方で紹介されている。確認するとどうも左半身に産出部位が偏っているが、それでも一揃いの前後肢が産出している他、頸椎の残骸や血道弓や神経棘を含めた6個の尾椎なども産出した。頭骨はひとかけらも産出しなかったが、オルニトミムス類の同定で重要な前後肢はきれいに産出しており、固有の特徴や系統解析には十分な情報が集まった。ベイシャンロンの固有の特徴は主に以下の通りとされている。

・神経棘の前後に顕著な隆起が見られる。

・前肢第1指末節骨は曲がっているが、第2、第3指末節骨は直線的である。

・第3中足骨は第2、第4中足骨に挟まれるが、正面からは視認可能である。

原記載時におけるベイシャンロン骨格図。Makovicky(2010)より引用。

 ベイシャンロンの各部位を見ていこう。それなりに産出した尾椎の神経棘には、吻部側(前方)に深い切れ込みが存在している。この神経棘と尾椎は癒合しておらず、少なくともベイシャンロンのホロタイプは成長途中の亜成体であることが確実視されている。これに加えてベイシャンロンの神経棘には白亜紀後期のカナダから産出した(ストルティオミムスともオルニトミムスとも異なると解釈されている)未命名の大型オルニトミムス類と共通する特徴があると指摘された。

 続いて肩甲烏口骨と前肢の話である。肩甲骨は典型的なオルニトミムス類の肩甲骨であるが、烏口骨は全体的に水平な稜線が形作られている。派生的なオルニトミムス類の特徴を備えている肩甲烏口骨に対して、吻部側から見て四角形となる上腕骨近位端など、上腕骨についてはやや原始的な特徴を残している。橈骨と尺骨はほぼ真っすぐな形状であり、近位端と遠位端が接着しているしている。肘頭の形状は典型的なオルニトミムス類のそれのようだ。基盤的なオルニトミムス類であるハルピミムス―――今なおデイノケイルス科の基盤的な存在として認知されている―――と同様の形質をもつ中手骨を経て、それなりに曲がった第一指と直線的な第二、第三指末節骨が続く。このうち第二、第三指末節骨については派生的なオルニトミムス類と同じ形質であるようだ。

 最後に後肢の話である。ここまで派生的な特徴と祖先的な特徴の両方を持ち合わせていることを説明したベイシャンロンであるが、こと後肢に関しては祖先的な特徴が盛りだくさんである。最も分かりやすい形質として、派生的なオルニトミムス類の特徴であるアークトメタターサルが不完全であることが挙げられる。第三中足骨の近位端は挟まれ、潰れかかっているものの、中足骨正面から見れば第三中足骨は確認できる程度にしか挟まれていないのである(アークトメタターサルが発達すると、正面からでは第三中足骨は視認できなくなる)。また、派生的なオルニトミムス類では退化した第一指および第一中足骨が残っていたり、後肢末節骨の形質も緩やかに湾曲した短く幅の広いものとなっていたり(結果として、断面の形は三角形になる)、どうにも走行に特化していたとは思えない形質を備えていた。腓骨を切断し顕微鏡下で観察したところ、13〜14本の成長線が見られたこと、血管構造が内側から外側にかけて数を減らしながら形状が変化していたことから、やはりこのホロタイプは亜成体であること、成熟まで間もなくであったことが指摘された。

オルニトミムス類における中足骨のイラスト。下段がおおむねデイノケイルスを含めた原始的な特徴を残すオルニトミムス類。ベイシャンロンは下段右から2番目。Chinzorig(2017)より引用。

 

 系統解析の結果、ベイシャンロンは基盤的なオルニトミムス類から進化する段階の側系統の一つとして解釈された。具体的にはガルディミムスおよびアークトメタターサルを備えたオルニトミムス類の系統群と姉妹群として、ハルピミムスともども位置づけられている(これらより原始的な存在としてシェンゾウサウルスとペレカニミムスが挙げられた)。その中においても推定体重626kgというガリミムスを上回る大きさは注目されるに至った。原記載論文ではガリミムスと比較してベイシャンロンの前肢がよりがっしりしていることを指摘しており、これを根拠に白亜紀後期のオルニトミムス類よりもずんぐりした体つきであったこと、実際の体重が推定値を上回る可能性があることなどが言及されたのである。

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 さて、ここまでがベイシャンロンの原記載論文の意訳解説であった。ここまでの情報はもう10年以上も前の話である。ここからデイノケイルス新標本が記載され、デイノケイルス科が復活(事実上の新設)し、デイノケイルス科の恐竜も増加している。デイノケイルス科という分類群からベイシャンロンを見たとき、どのようなことが言えるだろうか。各種資料(とか言いながら筆者の手元には英語版Wikipediaか『恐竜博2019』の図録しかないのだが)から読み解いていこう。

 まずは系統についてである。デイノケイルス科のうちデイノケイルス、ガルディミムス、ベイシャンロンについては系統関係が明らかにされている(残りのパラクセニサウルスとヘキシングについては系統について述べた資料が見つからなかった)。それによれば、デイノケイルス科のうち最も基盤的な種がベイシャンロンであり、ついでガルディミムス、デイノケイルスは最も派生的な種と解釈されている。これについてはそれぞれの恐竜が産出した時代とも調和的であり、系統についてこれ以上動くことはないだろう。そう思ってベイシャンロンの記載論文を読み返すと、基盤的なオルニトミムス類と共通する特徴が多く見られる他、鉤爪ではなく蹄状となっている後肢末節骨などデイノケイルスとも共通する特徴が見られることも確かなのである。

デイノケイルス科を中心としたオルニトミムス類の系統図。『恐竜博2019』の公式図録等を参照に筆者作成。

 しかしながら、やはりデイノケイルス科としては特異な形質も見られる。肩甲骨と烏口骨を含めた前肢の形質はほとんど派生的オルニトミムス類の特徴で占められている。後肢中足骨は特に分かりやすいだろう。デイノケイルスでは一切の挟み込みが見られない第三中足骨が、ベイシャンロンでは不完全ながら挟まれ潰れかけているのである。デイノケイルス科が派生するより前のオルニトミムス類ではハルピミムスが割合いに近い形状の中足骨を持っており、ベイシャンロンも祖先の形状を受け継いだものと解釈できるかもしれない。デイノケイルスで第三中足骨の挟み込みが見られないのは、ベイシャンロンやガルディミムスとの共通祖先から分岐して以降に変化した結果かもしれない。

 ここでふと疑問が生じる。原記載論文の骨格図では典型的なオルニトミムス類として描かれていたベイシャンロンであるが、実際はどのような姿だったのだろうか?デイノケイルスへと至る途中の存在であるならば、デイノケイルスがそうだったように我々が想像するオルニトミムス類の典型から外れるのではないだろうか?残念ながら答えはノーである可能性が高いかもしれない。なぜならば系統上においてベイシャンロンとデイノケイルスの間に位置するガルディミムスは至って普通のオルニトミムス類の姿をしているからだ。ガリミムスと比べれば頑丈なベイシャンロンの前肢は第一指末節骨を除けば典型的なオルニトミムス類のそれであり、不完全なアークトメタターサルを持つ後肢はデイノケイルスのような重い体重を支える構造には見えないのである。ベイシャンロンよりも古い系統、すなわちデイノケイルス科とオルニトミムス科が分岐するより前の段階に位置するペレカニミムスなども原始的な特徴は多々持ちつつも見た目は典型的なオルニトミムス類のそれである。よってその中間段階にいるベイシャンロンもまた、体型自体は標準的なオルニトミムス類であり、デイノケイルスのような特異な形態ではなかったのではないかと想像できる。

 とはいえ、ベイシャンロンの産出部位は前後肢と尾椎の一部のみであり、頭骨や胴椎など体骨格の多くは未発見である。ベイシャンロンがデイノケイルス科(もとい、デイノケイルスへと続く系統)のなかで異例な早期巨大化を果たしていたのは紛れもない事実であり、そういう意味においてはデイノケイルス科の本流から外れた存在であるという見方も可能なのである。であるならば、現状においてベイシャンロンの姿を予想することは極めて困難という結論になりそうだ。確実に言えることは、ベイシャンロンの全貌が明らかになるのは追加標本の発見および記載後になるということだけだろう。

 

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 以上、大型オルニトミムス類の一角であるベイシャンロンについてグダグダと語ってきた。ベイシャンロンが産出した新民堡層群は時代や地理的に見ても、あまた羽毛恐竜を産出した熱河層群義県層のその後に値する場所である。シオングアンロングやスジョウサウルス、エクイジュプスなども面々を見る限り、後の時代である白亜紀後期の東アジアに息づいた系統は新民堡層群に出そろっており、義県層と合わせてみれば東アジアにおける恐竜相の変動や進化が見えてきそうである。新民堡層群は今のところそれほど注目されている産地というわけでもなさそうだが、重要性は間違いなく高そうだ。

 ベイシャンロンに話を戻せば、ベイシャンロンはデイノケイルス科における現状最基盤の恐竜である(ヘキシングの系統的立ち位置が怪しいところではあるが)。白亜紀末期まで至ったデイノケイルス科の始まりの恐竜でありながら、すでに巨大化の方向性を見せていたベイシャンロンの理解がさらに深まれば、東アジア(と、もしかしたらララミディアまで)で一定の成功を収めたデイノケイルス科の理解も深まることだろう。ベイシャンロンの化石は現状ホロタイプ一個体のみが発見されており、追加標本が発見されればベイシャンロンの新しい姿が明らかになるだろう。典型的なオルニトミムス類の姿をしていたとしてもそれはそれで興味深い。ジャドフタ層やネメグト層の序章はまだ落丁が多く、だからこそ今後が楽しみではあるのだ。

 

参考文献

Chinzorig T, Kobayashi Y, Tsogtbaatar K, Currie PJ, Watabe M, Barsbold R. First Ornithomimid (Theropoda, Ornithomimosauria) from the Upper Cretaceous Djadokhta Formation of Tögrögiin Shiree, Mongolia. Sci Rep. 2017 Jul 19;7(1):5835. doi: 10.1038/s41598-017-05272-6. Erratum in: Sci Rep. 2018 Apr 11;8(1):6045. Erratum in: Sci Rep. 2020 Jan 27;10(1):1494. PMID: 28724887; PMCID: PMC5517598.

Makovicky PJ, Li D, Gao KQ, Lewin M, Erickson GM, Norell MA. A giant ornithomimosaur from the Early Cretaceous of China. Proc Biol Sci. 2010 Jan 22;277(1679):191-8. doi: 10.1098/rspb.2009.0236. Epub 2009 Apr 22. PMID: 19386658; PMCID: PMC2842665.

真鍋真,2019,恐竜博2019,NHK,p183