古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

「シレサウルス科」、何処にあり

 だれしも、何か新しいことを始める時には何かしらのきっかけが存在するというのがお約束であろう。かく言う筆者も、当ブログを始めるにあたってはきっかけとなったできごと(と言うか論文)がいくつかあるわけだ。一つ目は「ティラノサウルス属が3種に分けられる」という仮説である。こちらの方はティラノサウルスという有名人がかかわる衝撃の強い話であったため、すでに多くの恐竜系ブログで言及されており、これに関しては時期を逃がしたまま書く必要がなくなってしまった感じである。そして二つ目は、今回のテーマとなる「シレサウルス科、基盤的鳥盤類側系統説」である。こちらの方はシレサウルス科が界隈においてもマイナーなグループであるためかあまり話題になることもなく(少なくともオルニトスケリダ仮説並みの盛り上がりはなかった)、英語版Wikipediaをのぞいても概要欄でほんの1行分言及されているだけであった。むろん日本語資料でこれを解説している資料も観測範囲には見つからず、ならばこれこそ筆者が書ける話題と言えるだろう。

 そんなわけで今回は、シレサウルス科が基盤的鳥盤類の側系統群とする仮説について、2本の論文(Muller, 2020; Norman, 2022)を中心に紹介していこう。なお鳥盤類が抱える問題や、シレサウルス科の紹介に始まり、新説(当ブログでは以降「プリオノドンティア仮説」とする)の解説や今後の課題まで紹介するため、どう考えても長丁場は確定になる。また筆者自身がシレサウルス科は門外漢であるため、いつも以上にとっ散らかった文章になる懸念が強い。以上のことを理解したうえで覚悟ができた方はお付き合い願いたい。

 

 

1.鳥盤類が抱える問題

 鳥盤類の解説についてはもう不要であろう。竜盤類と対をなす、恐竜類(Dinosauria)の2大グループの一角である。竜盤類と姉妹群系統である以上、鳥盤類の起源も三畳紀後期にあってしかるべきなのだが、現状そうなってない。2022年時点で最基盤と考えられている鳥盤類はジュラ紀初期の南アフリカにいたヘテロドントサウルス(Heterodontosaurus)やエオカーソル(Eocursor)といった恐竜たちである。これまで三畳紀の鳥盤類とされていたピサノサウルス(Pisanosaurusu)は2015年以降はシレサウルス科の生物として認識されるようになっている。つまり、ピサノサウルスは恐竜ではないとされたのだ。

 そうなると問題になるのは「鳥盤類はいつ出現したのか?」ということになる。何せヘテロドントサウルスはいくら基盤的な存在とはいえ、植物食恐竜としては完成した存在なのである。ヘテロドントサウルスが生きていた時代はジュラ紀の初期であるため、約2億年前だ。元鳥盤類のピサノサウルスまでの時代ギャップは約3000万年であるが、この間(すなわち三畳紀)に鳥盤類であると断定された化石は筆者の知る限り皆無である。ジュラ紀初期に鳥盤類の完成形がいたのなら、三畳紀には雑食傾向の鳥盤類がいてもおかしくなない*1、というかいないと不自然なのだが、その不自然な状況がまかり通っているのが現在の鳥盤類なのだ。

(上記の問題は「産出する化石の絶対数が少ない」という根本的かつどうしようもないところに原因がある。要するに産出していないだけととらえることもできるのだ。2017年に界隈をにぎわせた「オルニトスケリダ仮説」は上記の理由に基づき、ヘテロドントサウルスを最古の鳥盤類として扱っているらしい)

 

2.「シレサウルス科」とは?

 シレサウルス科とは、恐竜類に最も近い(と、2022年現在では考えられている)主竜類の系統群である。…といきなり言ってもなんだそれはという話なので、少しさかのぼって分類の話をしよう。

 いわゆる教科書的な爬虫類は一つの系統ではなく、ワニとカメが含まれる「主竜形類」とトカゲとヘビが含まれる「鱗竜形類」の2つの系統が存在している。主竜形類はこの後にカメ類やらなんやらが分岐したのちに、現生ワニ類を輩出する「クルロタルシ類」と、恐竜と翼竜を含む「オルニソディラ類」が分岐する(そしてこの2つの系統をまとめて「主竜類」としている)。オルニソディラ類はその後に翼竜類ともう一つのグループに分岐するのだが、この時分岐したのが「恐竜と恐竜に近縁な生物を含む」グループ、「恐竜形類」である。シレサウルス科は恐竜形類の中でも最も恐竜に近縁であり、恐竜類の姉妹群とする仮説が一般的である*2

 

双弓類の系統図。話を分かりやすくするため、いくつかのグループは省略していることに注意。カメ類の系統については諸説あり。

 シレサウルス科に所属する生物には、模式属のシレサウルス(Silesaurus opolensis)や恐竜博2016の展示トップバッターになったアシリサウルス(Asilisaurus kongwe)、鳥盤類から蹴りだされたピサノサウルスなど、決して少なくない数がいる。産出状況は例の通りひどいものであるが、シレサウルスやアシリサウルスのように保存の良い化石が産出することもしばしばある。両名とも複数個体が1か所から産出しており、ある程度の群れを作って生活していたと考えられている。

 特筆するべきなのは、シレサウルス科の多くが植物食へと進化していたことだろう。シレサウルスやアシリサウルスなどは下顎の先端にくちばしがあったと考えられているうえ、歯は植物を摘み取る木の葉型になっている。このためこれまでは、鳥盤類や竜脚類とは独自に植物食へと進化したグループと解釈されていた。無論、恐竜に最も近縁な生物であり、恐竜の初期進化のカギを握る系統であるということで長らく注目をされていたグループであった。

 

3.「プリオノドンティア仮説」について

 さて、上述の通りシレサウルス科は恐竜類の姉妹群とされていた。その理由は簡単であり、既知シレサウルス科のどれもが恐竜としての特徴を持っていないからである。恐竜類固有の特徴はいくつか存在するが、もっとも代表的なものは「骨盤の寛骨臼が貫通している」という特徴である。

ヘスペロサウルスの骨盤。寛骨臼が貫通するという恐竜の特徴が見て取れる。
FPDMにて筆者撮影


 恐竜であれば確実に持っているこの特徴を、シレサウルス科はただの一人も持っていないのである*3。だからこそ、シレサウルス科は恐竜類の姉妹群であるが、恐竜ではないとされたわけである。

 

 そんな中でミュラーらの2020年の論文である。当論文ではシレサウルス科やその他の恐竜形類について系統解析を行った。その結果、オルニトスケリダは存在せず、従来通りの竜盤類と鳥盤類が浮かび上がった。竜盤類はいつも通り、竜脚類と獣脚類が姉妹群となったのだが、壮絶な結果と化したのは鳥盤類である。鳥盤類の基底部にて、従来シレサウルス科としてくくられていた生物群が側系統として配置されたのだ。恐竜類から締め出されたピサノサウルスも鳥盤類へ復帰した末、旧「シレサウルス科」の中でもっとも派生的な立ち位置となり、従来の鳥盤類と姉妹群の関係となった。

 ミュラーらの2020年の論文では「シレサウルス科」内での進化も少しだけ触れており、鳥盤類の植物食化は「シレサウルス科」の段階で進んでいたことが示されている。それはつまり、鳥盤類もその始まりは肉食ないし雑食の生物であることを意味している。竜脚類に先駆けて、独自に植物食へと進化していた「シレサウルス科」段階の鳥盤類たちは、その後に出現した竜脚類たちと共存していたようである。

 

 …というのがミュラーらの論文の内容であるが、いかんせんその記述はサッパリしたものになっている。そもそも系統解析の中身も、装盾類や鳥脚類などは系統解析には考慮されていないものであった。さらには獣脚類か鳥盤類か少々論争のあるチレサウルスも系統解析には含まれていない。よく見れば突っ込みどころが豊富だった点について、しっかりと検証したのがノーマンらの研究(Norman, 2022)である。先行研究で考慮されていなかった多数の恐竜を系統解析に盛り込み、再検討を行った。さらにノーマンらは制約のない通常の系統解析の他に、制約条件付きの系統解析も3つ行っている。その内訳は、

①「シレサウルス科」を従来通り恐竜類の姉妹群とする系統解析

②オルニトスケリダ仮説に基づく系統解析

③チレサウルスを獣脚類として扱う系統解析

となっている。

 制約のない系統解析の結果はやはり、「シレサウルス科」の側系統化、鳥盤類への編入となった*4。上記①~③の系統解析は制約のない系統解析と比較して分岐回数が多すぎるとして棄却されるに至った。ただし③においては「シレサウルス科」はやはり側系統となっているところから見ても、「シレサウルス科」の生物たちが基盤的鳥盤類であることはこの論文においては確実なようである。

 ノーマンらの論文のキモは、「シレサウルス科」を含んだ鳥盤類の分類再検討にあるだろう。従来鳥盤類と呼んでいた恐竜たちはピサノサウルスよりも派生的な鳥盤類となり、彼らと元「シレサウルス科」を区別するために新しく分類名を作る必要が出てきた。さらには元「シレサウルス科」も含めた新しい鳥盤類、そしてその上位分類である恐竜類そのものについても再定義が必要になってくる。ノーマンらは「シレサウルス科」も恐竜類に含まれるように恐竜にかかわる分類のほぼすべて*5を再定義することになった。さらには

Sulcimentisauria:シレサウルスを含むがアシリサウルスを含まないもっとも包括的なクレード

Parapredentata:シレサウルスとイグアノドンを含む最も包括的でないクレード

Prionodontia:イグアノドンとエキノドン、スケリドサウルスを含む最も包括的でないクレード。論文中では「伝統的な鳥盤類」と明言

を新しく定義し、鳥盤類を説明したのである。

(新定義とはいっても、実のところプリオノドンティアを最初に提唱したのはあのリチャード・オーウェンであるようだ。このあたり、恐竜研究黎明期に命名された「オルニトスケリダ」の分類名を復活させた「オルニトスケリダ仮説」と同じ雰囲気を感じる。この辺りは分類学という学問自体が保守的であるということも関係するのだろう)

 系統解析の後に、「シレサウルス科」まで含めた鳥盤類の骨格を写真付きで解説しているのだが、やはり注目するのは寛骨臼の話である。従来、恐竜類固有の特徴とされていた寛骨臼の貫通だが、「シレサウルス科」は持っていない。しかし彼らを恐竜とするならば、寛骨臼の貫通は竜盤類と鳥盤類とでそれぞれ独自に進化させたと解釈された。これ以外にも従来恐竜固有の特徴とされていたものが「シレサウルス科」では確認されていないため、恐竜類固有の特徴が減ることが論文中でも明言されることになった。

 

4.「プリオノドンティア仮説」の課題

 論文中でも明言されていたことではあるが、「プリオノドンティア仮説」の課題として、化石証拠が貧弱であることが挙げられる。三畳紀という時代は恐竜が出現したばかりの時代であり、生態系における種数も絶対量も極めて小さかった。おまけに体格も3メートルあれば大型と言えるぐらいには小型の種類ばかりであるため、化石化の過程で消失しやすいという問題もある。そんな中で産出した化石はよくてバラバラ、悪ければ断片であり、ここから情報を得るのは一苦労である。そんな状態だから、恐竜の初期進化については伝統的な二大分類説やオルニトスケリダ仮説など諸説入り乱れている。エオドロマイオスやエオラプトルなど個別の恐竜の系統については論文ごとに分類が変動しているというありさまであり、統一見解は現状皆無である。

 そんなわけで「プリオノドンティア仮説」の真偽については、まだまだこれから検討段階といったところであろう。産出する化石の量や質が積みあがれば、いずれは統一見解が得られるはずである。

5.終わりに

 以上、界隈でほんの少し話題になっていたシレサウルス科の話について筆者なりにまとめてみた。この仮説は恐竜の定義そのものに再定義を迫るほどのインパクトを持ちながら、肝心の化石証拠に涙が止まらない代物である。とはいえそれはオルニトスケリダ仮説も同じである。さらに言えば仮にプリオノドンティア仮説が定説となっても、今度は獣脚類と竜脚類の共通祖先がどこで何をしていたのかということは現状一切不明である。上述に嘆いた様々な件を見るに、相変わらず初期恐竜進化の全貌は闇の中である。

 とはいえ、系統解析の技術が向上し、化石資料も積みあがった現在である。博物館でほこりをかぶる標本が重要な情報を握っている可能性は常にあるわけだ。あるいは新しい産地、新しい化石でこの辺りはまたがらりと様変わりする可能性もありうる。シレサウルス科が最終的にどこに落ち着くかは今後の研究によるだろう。そうなればまた新しい恐竜の姿が、我々の前に姿を現してくれるはずだ。

 

(参考文献)

David B. Norman, Matthew G. Baron, Mauricio S. Garcia and Rodrigo Temp Muller, 2022, Taxonomic, palaeobiological and evolutionary implications of a phylogenetic hypothesis for Ornithischia (Archosauria: Dinosauria), Zoological Journal of the Linnean Society, XX, 1-37.

Rodrigo Temp Muller and Mauricio Silva Garcia, 2020, A paraphyletic 'Silesauridae' as an alternative hypothesis for the initial radiation of ornithischian dinosaurs, Biology Letters, 16: 20200417.  http://dx/doi.org/10.1098/rsbl.2020.0417

真鍋真,2016,恐竜博2016,朝日新聞社,p147

ダレン・ナイシュ,2019,恐竜の教科書 最新研究で読み解く進化の謎,創元社,p239

 

*1:ベネズエラから産出したラキンタサウラ(Laquintasaura)が雑食性ではと考えられているが、こちらもジュラ紀初期の恐竜である。

*2:シレサウルス科を鳥盤類の姉妹群とする仮説もあるにはある(Cabreira, 2016)が、あまり支持を集めていないのが現状である。この場合、シレサウルス科も恐竜類に含まれることになる

*3:「恐竜博2016」の公式カタログを持っている方は、p16に掲載されたアシリサウルスの化石を見ていただくと分かりやすいかと思われる。また後述するノーマンの論文のp27にはシレサウルス科と基盤的鳥盤類の腸骨写真が掲載されている。A~Dがシレサウルス科、EとFは鳥盤類である

*4:ついでにチレサウルスは鳥盤類へと編入され、ヘテロドントサウルスらと多分岐をなした

*5:論文中では鳥盤類の他に獣脚類や恐竜類そのものの再定義が行われた