前回記事にてティタノマキアを速報的に紹介したため、本ブログにもようやく竜脚類記事ができる運びとなったわけだが、当初予定ではこちらの恐竜が竜脚類のトップバッターになるはずだったのだ。
本ブログを開設して2年が経過し、いよいよ竜脚類を1種たりとも紹介していないことに今更ながら(本当は以前からうすうす)焦りと危機感を覚えていた次第である。とはいえ本気で探せば1種ぐらいはブログで紹介できそうな恐竜は見つけることができたため、恐竜紹介ブログにも拘らず竜脚類ゼロという事態は避けることができそうだったと言うわけだ。
さて、竜脚類と言えば三畳紀後期に出現して以降、常に恐竜大型化の先陣を切り続けた分類群である。時として30mを超える超大型種を度々輩出し続け、白亜紀に入ってから急速に勢力を拡大した鳥盤類(特に鳥脚類)とも共存し、中生代の終焉まで生きながらえた。多様性の高さも申し分なく、10m程度の小型種もいれば、下層の植物を食べることに特化した種など、大型種の存在のみに留まらない分類群である。
そんな竜脚類であるが、その始まりから大型生物ではなかったと言うことは言わずもがなであろう。出現当初の竜脚類は全長1m程度の大きさしかなく、その多くが二足歩行でパンゲア大陸を駆け抜けるような、将来の片鱗など欠片も見えぬ存在であった。そのような初期(基盤的)竜脚類の中で特に有名な存在といえばエオラプトルとパンファギアの2種ではないだろうか。いずれもアルゼンチンのサンファン州に分布するイスチグアラスト層から産出した全長1m程度の小型恐竜である。いずれも三角形の鋭い歯にかなり大きめの鋸歯がつくという、明らかに植物のみならず小動物や昆虫も食べていたであろう雑食恐竜であった。同地域には基盤的獣脚類の一つであるエオドロマエウスやシレサウルス科の植物食動物であるピサノサウルスなどがおり、彼らとはうまいこと棲み分けを行って生活していたのだろう。
そして基盤的竜脚類はイスチグアラスト層だけの存在ではなかった。実のところ竜脚類は化石記録を見れば三畳紀の時点で獣脚類や(いたかどうかは不明だが)鳥盤類よりも先んじて多様化していたのである。ブラジルから産出したサトゥルナリアをはじめとした多種多様な原竜脚類(かつて言うところの古竜脚類)達や、三畳紀末期に出現したプラテオサウルスなどの大型原竜脚類達がそれを物語っていると言えるだろう。そんなわけで今回はエオラプトルやパンファギアと並ぶ基盤的竜脚類であるブリオレステス(Buriolestes schultzi)の紹介である。
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ブリオレステスの産出地はブラジルのサン・ジョアン・ド・ポレーシーネ州、ブリオル渓谷に分布するアレモア層群サンタ・マリア層である。時代は三畳紀後期カーニアン期とされており、エオラプトルやパンファギアなどを産出したイスチグアラスト層とほぼ同時代と言っていいだろう。サンタ・マリア層からは先述したサトゥルナリアの他にもヘレラサウルス科のスタウリコサウルスやグナソヴォラックス、様々なシレサウルス科のほか、単弓類やクルロタルシ類なども産出しており、多様な生物が生息する豊かな環境であったことがうかがえる。
そんな中で産出したブリオレステスであるが、2016年の原記載時においてはラゲルペトン類*1のイクサレルペトンと同時に新属新種として記載された。ホロタイプ標本(ULBRA-PVT280)は歯骨を中心とした部分的な頭骨、後方胴椎、仙椎および骨盤、関節した42個の尾椎、左肩甲骨、前肢、完全な左後肢からなる。見た目は三畳紀に生息していた小型恐竜とほぼ変わらない見た目をしているが、腹側に傾斜した下顎先端や上腕骨の長さの40%以上を占める三角筋稜から竜脚類と同定された。それ以外にも上腕骨は大腿骨長の6割以上であるなど典型的な竜脚類の特徴を持っていた。その一方で外鼻孔の拡大が始まっていないことなど、後の竜脚類が持ち合わせる特徴を欠いていることも明らかになっている(ちなみにブリオレステスの固有の特徴は寛骨臼周りに見られる稜線の形状や恥骨の遠位部などに確認された。)。
ブリオレステスの骨学記載は原記載論文ではサッパリしたものとなっているが、それでも面白い特徴がいくつか確認できる。例えばブリオレステスの歯はほとんどが後ろ向きに湾曲しており、1mmあたり6個の鋸歯が並んでいる。この特徴は吻部近くに生える歯には見られないらしく、一部新獣脚類においてもこの構造が見られるとのことだ。仙椎の個数は恐竜では最低個数の3個だが、最後の一つはサトゥルナリアやプラテオサウルスのように背腹方向に伸長した肋骨がないことが明らかになっている。恥骨遠位は後の恐竜に見られるような急激な拡大は見られず、この辺りはブリオレステスが基盤的な存在であるということを示しているといえるだろう。
(割と簡易的な)骨学記載の後に、ブリオレステスはイクサレルペトンと同時に系統解析にかけられた。結果はエオラプトルやパンファギアといったイスチグアラスト層の竜脚形類を差し置いて、竜脚形類(Sauropodomorpha)の最基盤に位置付けられることになったのである*2。
そしてブリオレステスで注目されたのは歯であった。歯の形状から、ブリオレステスが肉食性であることが指摘されたのである。このため恐竜を含めた恐竜形類(原記載論文では恐竜類に加えてシレサウルス科、ラゲルペトン類が含まれている)はその始まりの時点では肉食性であり、植物食は複数の系統において独自に進化したということが主張されたのであった。
さて、普段ならここで概要紹介は終わりなのだが、そうはさせてくれないのがブリオレステスである。ブリオレステスには追加標本があり、それらのうちCAPPA/UFSM 0035は2018年に詳細な記載が行われることになったのである。CAPPA/UFSM 0035は完全な頭骨が発見されたほか、関節した一連の頚椎と胴椎、骨盤、肩甲烏口骨や右大腿骨や腓骨、脛骨など、ホロタイプ標本ではかけていたパーツも多数発見された。こちらの論文では頭骨を含めた各部位の詳細な記載が行われ、ブリオレステスの骨学的な情報は(尾椎や仙椎については情報不明瞭であるが)おおむね明らかにされたのである。
とはいえここですべてを書くわけにはいかない(と言うよりも筆者の読解力不足につき書けない)ため、とりあえず頭骨のある特徴について書いていこう。それは前上顎骨の吻部形状についてである。頭骨自体が化石化の過程で変形を受けているうえ、先端ゆえに風化したということもあってか保存はよろしくないのだが、左前上顎骨吻部が明らかにくびれているのである。くびれた吻部という形質はコエロフィシスやエオドロマエウスなどの基盤的獣脚類やディロフォサウルスのような新獣脚類の中でも派生的な重役類などで広く見られる形質である*3。原記載の時点で小動物ぐらいはとらえていただろうとは言われていたブリオレステスではあるが、これによっていよいよ肉食恐竜じみてきたのである。
当然ながらCAPPA/UFSM 0035の記載においても系統解析が行われたわけであるが、原記載論文とは少し異なる結果が得られた。基盤的竜脚形類であることには間違いないのだが、エオラプトル、パンファギア、パンパドロメウス、サトゥルナリアらとともに、基盤的竜脚形類の最基盤で単系統群を作ることになったのである。つまりイスチグアラスト層およびサンタ・マリア層にいた竜脚形類はパンゲア大陸南部の局所的な地域に生息していた小さな分類群であり、後の竜脚類には一切つながらないという解釈になったわけである。のちの研究においてもこの系統はある程度支持されているらしく、2022年に記載されたムビレサウルスの記載論文において(ただし英語版Wikipedia情報ではあるが)は、エオラプトルおよびブリオレステスについてはグアイバサウルスとともに単系統を形成している。いずれの形であったにせよ、ブリオレステスがイスチグアラスト層の3属やサトゥルナリアらと並んで最基盤の竜脚形類であることには間違いなさそうだ。
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ここまでがブリオレステスの概要であった。ここからはブリオレステスから見た肉食の竜脚類という存在についてグダグダ考えていきたい。
先述通り、ブリオレステスは基盤的竜脚形類の中でも珍しい肉食動物だったわけだが、推定雑食まで含めればエオラプトルやパンファギアなど近縁種に前例はいるのだ。シレサウルス科を基盤的鳥盤類の側系統群であるという説(当ブログでさんざん「プリオノドンティア仮説」と勝手に呼んでいるアレ)が最初に発表された際にも、原始的なシレサウルス科は肉食傾向の強い歯の形態であることが示されている。このことを踏まえれば原記載論文における出現したばかりの恐竜類は肉食動物だったという指摘には納得であるし、三畳紀の竜脚形類が肉食ないし雑食だったといわれても極めて自然なこととして受け入れることができるだろう。そしてブリオレステスらのような「肉食傾向の強い雑食の竜脚形類」がある程度いた(なおかつ単系統としてまとめられる可能性もある)ということは、彼らがそれだけ三畳紀後期の世界である程度の成功を収めていた証拠と言えるだろう。
それではなぜ、肉食性竜脚形類は三畳紀で絶えてしまったのだろうか?肉食性竜脚形類がジュラ紀に入ってから音沙汰もなくなってしまったのはどのような理由があるのだろうか?
この疑問に対する答えとでもいうべきものが、同じサンタ・マリア層から産出したヘレラサウルス科のグナソヴォラックス*4の記載論文に書かれている。グナソヴォラックスの記載論文においてはヘレラサウルス科と他恐竜との生態的地位(ニッチ)の比較検討も行われているのだが、それによればヘレラサウルス科と基盤的竜脚形類は見事にニッチ分割ができており、なおかつ両者のニッチは後に獣脚類によって占領される任意と重複しているとされている。この状況は三畳紀後期のカーニアン期の間は維持されたものの、次の時代のノーリアン期では両者のニッチに獣脚類が割り込み始めているとされたのである。そしてここから、ヘレラサウルス科の絶滅と竜脚形類の食性の変化は獣脚類との生存競争に関連している可能性があるとされたのである。
考えてみればCAPPA/UFSM 0035の記載時にブリオレステスの近縁でありかつ、ブリオレステスのように肉食ないし雑食とされた竜脚形類は見事にカーニアン期の恐竜のみであり、本格的な竜脚類へと伸びる系統の中で植物食特化ではないのはウェールズのノーリアン階から産出したパンティドラコぐらい(それも「おそらく雑食」というレベル)である。ノーリアン期と言えば世界各地で新獣脚類の一員であるコエロフィシス科が疾走し、続く時代ではノタテッセラエラプトルという形で後の真獣脚類(アヴェロストラ)へとつながる獣脚類も出現していた。三畳紀竜脚形類と獣脚類とを食性の面から比較した研究は見たことがない(おそらく筆者が見つけられていないだけだろう)が、おそらくは獣脚類の方がほんのわずかに捕食者として適応できていたのだろう。あるいは獣脚類がパンゲア大陸北部という恐竜にとっての未開拓地に進出したことが、両者の命運を分ける要因になったのかもしれない。とはいえ三畳紀の恐竜進化については分からないことがあまりにも多いため、このあたりの答えについては今後の研究に期待したいところである。
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以上、基盤的竜脚形類のブリオレステスの紹介および肉食性竜脚類についての妄想をグダグダ行ってきた。日本での知名度はいまひとつどころではない気もするブリオレステスであるが、カーニアン期における竜脚形類の中では量そして質ともに最良クラスの保存を誇る重要な存在である。ともすればブリオレステスが産出したサンタ・マリア層の知名度自体がという話でもあるが、カーニアン期という恐竜が出現したばかりの時代をこれでもかと見せつけてくる重要な地層である。カーニアン期おなじみのイスチグアラスト層との様々な対比も気になるところではあり、恐竜進化を語るうえで外すことのできない地層、そして恐竜と言ってもいいだろう。
ブリオレステスから見えてくるものは、恐竜初期進化における四苦八苦と言っていいだろう。クルロタルシ類や単弓類が占領するニッチの隙間を、恐竜類同士で奪い合いながらどうにか三畳紀を生き延び続けていったことが、数少ない化石からもうかがえる。ブリオレステスのような肉食性竜脚類は、おそらく獣脚類との生存競争によって絶滅することになったが、幸いにして竜脚類のもう一つの流れは別の道を歩むことができた。そして彼らの子孫はこの後1億3千万年にわたって、陸上動物史上最大の生物として繁栄することになる。とはいえ最終的には本流となった竜脚類たちにも、様々な戦いがあったに違いない。30mを超える超大型竜脚類の源流をめぐる物語は、これからも加筆修正されていくことだろう。
参考文献
Müller Rodrigo Temp and Garcia Maurício Silva, (2020A) paraphyletic ‘Silesauridae' as an alternative hypothesis for the initial radiation of ornithischian dinosaurs. Biol. Lett.1620200417; http://doi.org/10.1098/rsbl.2020.0417
Müller, Rodrigo & Langer, Max & Bronzati, Mario & Pacheco, Cristian & Cabreira, Sérgio & Dias-da-Silva, Sérgio. (2018). Early evolution of sauropodomorphs: anatomy and phylogenetic relationships of a remarkably well-preserved dinosaur from the Upper Triassic of southern Brazil. Zoological Journal of the Linnean Society. 10.1093/zoolinnean/zly009.
Pacheco C, Müller RT, Langer M, Pretto FA, Kerber L, Dias da Silva S. 2019. Gnathovorax cabreirai: a new early dinosaur and the origin and initial radiation of predatory dinosaurs. PeerJ 7:e7963 https://doi.org/10.7717/peerj.7963
Sergio Furtado Cabreira,Alexander Wilhelm Armin Kellner,Sérgio Dias-da-Silva, Lúcio Roberto da Silva, Mario Bronzati, Júlio Cesar de Almeida Marsola, Rodrigo Temp Müller, Jonathas de Souza Bittencourt, Brunna Jul’Armando Batista, Tiago Raugust, Rodrigo Carrilho, André Brodt, Max Cardoso Langer. (2016). A Unique Late Triassic Dinosauromorph Assemblage Reveals Dinosaur Ancestral Anatomy and Diet. Current Biology 26, 3090–3095, November 21, DOI: https://doi.org/10.1016/j.cub.2016.09.040
*1:翼竜類と姉妹群を形成すると考えられている主竜形類の分類群。現状においては翼竜の先祖に近い生物であり、翼竜の直接の先祖ではないとされている……のだが、シレサウルス科や各種様々な例を見る限り、基盤的翼竜類の側系統になってもおかしくはなさそうである。
*2:ちなみにだが、基本的に基盤的獣脚類に含まれることが多いエオドロマエウスおよびタワについては竜脚形類と獣脚類がわかれる以前の竜盤類として解釈された。おおむね竜脚形類とされているグアイバサウルスは竜脚形類と獣脚類を合わせた真竜盤類(Eusaurischia)の姉妹群とされた。
*3:とか言いつつ、前上顎骨のくびれはエオラプトルにも確認されている形質だったりする。パンファギアはそもそも前上顎骨自体が発見されていないらしく、現時点では不明である。系統や推定される食性を考えると、パンファギアにも同様のくびれがあったと考えても大外れではないだろう
*4:2019年に記載されたヘレラサウルス科。左肩甲骨の一部と左前肢の一部を欠いたのみの全身が発見されている。全長は3m程度とされている。