筆者のTwitterにてずいぶん前(この記事を書き始めた6月末ごろ)に流れてきた情報であるのだが、グレゴリー・ポールによる中生代海棲爬虫類図鑑の邦訳版が今年の冬にも出版されるらしい。今年7月ごろにも翼竜事典の邦訳版が出版されたわけであり、これで氏による中生代の主要爬虫類はほぼ出そろったわけである。
グレゴリー・ポールと言えば恐竜研究兼古生物イラストレーターとして、界隈では知られた人物である。氏が描いた古生物画は学研の図鑑など一般書籍でも採用されており、(認識の有無はさておき)古生物をかじったことのある方なら一度ぐらいは氏の作品を見たことはあるだろう。さらに言えば黒塗りのシルエットに白抜きの骨格を組み合わせた「骨格図」を界隈に広めたのも、間違いなく氏の功績である。そんなわけで今回は『海竜事典』邦訳版出版決定および『翼竜事典』邦訳版出版記念ということで、グレゴリー・ポールの『恐竜事典[原著第2版](原題:The Princeton Field Guide to Dinosauria)』のレビューをしていこう。なお結論だけ先に述べると、上級者以外には全くオススメできない一冊である。
――――――
本書は『恐竜事典』と銘打たれている通り、恐竜に関して割と包括的に解説する書籍である。書籍前半は恐竜研究の振り返りや恐竜の解剖学的特徴、生態についての考察などの概説が書き込まれている。概説に割かれているページ数は書籍全体の4分の1程度ではあるのだが、それでも現在に至るまでの恐竜研究の過程や研究結果などはすべて取り上げられており、ここを読むだけでも十分に恐竜について学べることができる。そして本命というか、メインディッシュというべきか、書籍後半は分類群ごとに分けられた約700種の恐竜の紹介である。こちらの方は各恐竜ごとに全長や体重、化石記録(要するに産出部位のこと)、生息年代や産出地域といったおなじみの内容に加えて、産出層や解剖学的特徴、生息環境や生態までもが記述されているという、非常に濃い内容となっている。それが700種近くにも及ぶということであり、情報量としてはとんでもないものである。これに加えて一部の恐竜においては氏による骨格図が(たまに頭骨のみの場合もあるが)併せて掲載されており、結果としてイラスト付きの恐竜図鑑としては間違いなく最多の掲載種数を誇っている。各恐竜を(ざっくりと)知るための資料としては申し分ない書籍である。
が、そうは言っても界隈においては(しばしば悪い意味で)独自分類で知られるグレゴリー・ポールである。氏が執筆した恐竜書籍(肉食恐竜事典や恐竜骨格図集など)には大なり小なりで独自分類が展開されているらしいのだが、当書籍においても氏の独自分類がこれでもかと展開されているのだ。一例をあげると、スティラコサウルスやエイニオサウルス、パキリノサウルスなどのセントロサウルス亜科がまとめてセントロサウルス属にまとめられていたり、トロサウルスが何の説明もなくトリケラトプスのジュニアシノニムとして扱われていたり、グラシリラプトルやチャンギュラプトル、ミクロラプトルといったミクロラプトル亜科のことごとくがシノルニトサウルス属に統合されていたりと、よく知られた独立属が同一属にまとめられているといった事案が複数回発生している。*1
当書籍の独自分類は既知属種のジュニアシノニム化にとどまらない。氏によって独立属種であると考えられた恐竜もおり、複数回にわたって「未命名の属」や「未命名の種」が登場する。最もわかりやすいのはティラノサウルス属に追加された「頑丈型の未命名の種?」と「華奢型の未命名の種?」であり、どう考えても2022年に記載命名された例の(当然ながら有効性が疑問視されている)2種を示しているとみて間違いないだろう。これ以外にもオメイサウルスの並ぶページに「未命名の属 ティエンフェンシス」がいたり、明らかにイグアノドン・ガルベンシスと思われる恐竜に「未命名の属? ガルベンシス」とされているなど、その独自分類は随所に現れている。
こんな内容であるがため当書籍は事前準備、もとい前提知識をどれほど持ち込んで挑むかによって見方が変わる書籍となっている。そもそも専門書であるため恐竜の名前を覚え始めたぐらいの初心者ではまず読めない。また内容も尖りまくっているため、博物館の特別展に足を運び始めた段階の方が読んでも、一般的な情報との差異を前にして当書籍が積読の仲間入りすることになりかねない。はっきり言って当書籍をオススメできるのは特別点に足繁く通い、本棚一段分が図録や専門書などで埋められているような上級者ぐらいである。そしてそういった上級者はすでに記載論文という一次情報を勝手に手にし始めているため、当書籍であればすでに購入済みである可能性が高い。ネット上で「上級者以外に勧められないが、上級者はすでに読んでいる」という評判を見たことがあるのだが、まさしくそのとおりである。
逆に言えば、前提知識を総動員すれば当書籍は頼れる味方になってくれる。何せ先述通り、情報量はすさまじいものがある。産出地域や産出層を調べるだけであれば大変優れた資料であり、問題児たる分類についても他書籍や情報源を合わせて活用することでこちら知識を深める助けになってくれることだろう。また骨格図だけ取り上げたとしても、各恐竜がどのような骨格をしているのか、どのような部位が産出しているのかという情報は得ることができるため、例えば古生物イラストの資料にしたりといった活用も可能である。繰り返した通り当書籍は中身が尖りすぎており、準備不足のままに手を出せば振り回される一方である。当書籍をうまいこと使いこなせるかは、こちらがどれだけ万全の迎撃態勢をとることができるかにかかっているといえるだろう。
――――――
以上、グレゴリー・ポールの『恐竜事典[原著第2版](原題:The Princeton Field Guide to Dinosauria)』のレビューであった。ここまで偉そうに語ってきたものの、筆者とて書籍の内容すべでを読んだわけではなく、とりあえず必要な情報を探すためにページをめくったことしかないのが実情である。とはいえそのぐらいの運用でもブログ作成には大いに力になっている書籍であることには間違いない。当書籍自体は初見ではとっつきにくい内容であるものの、その尖り具合も受け入れてしまえば頼りになる書籍である。冒頭で述べた通り上級者以外にはオススメできない一冊であるが、特別点に足繁く通い、いくつかの専門書籍を取りそろえたような方ならオススメできる書籍である。まだ持っていないという方は将来的な投資の意味合いを込めて購入するのもいいかもしれない。もしも余裕があるならば、同氏による『翼竜事典(原題:The Princeton Field Guide to Pterosaurs)』および今年12月に発売される『海竜事典』もオススメしたい。書棚の書籍やネットの海に漂う論文を総動員すれば、これら2冊の書籍も古生物ライフを送るうえで頼もしい見方になってくれるはずである。