古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

やがては覇者へと上り詰め

 中生代を指して「恐竜時代」と言い換えるような発言をよく(最近はたまに、だが)聞くが、個人的に言ってしまえば中生代≠恐竜時代という印象だ。(シレサウルス科うんぬんを考慮に入れなければ)恐竜が出現したのは三畳紀後期であり、それからジュラ紀が始まるまでの間、恐竜は生態系の主役には立たなかったのである。もちろん三畳紀末期になればプラテオサウルスなどの原竜脚類が出現していたが、5m以上の獣脚類が本格的に出現したのはジュラ紀に入ってからである。恐竜同士による大型捕食者と大型被食者の関係性ができあがったジュラ紀以降が本格的な恐竜時代である、というのが筆者の持論である。

 そんな感じで獣脚類はジュラ紀以降に本格的な多様化を見せた訳だが、当然その始まりとなる存在は三畳紀には既に存在していた。その見た目は同時代に生きていたコエロフィシス並びにその近縁種とうり二つではあるが、後の派生的な獣脚類(アベロストラ、あるいは新獣脚類)にも確認される特徴を確かに備えていたのである。そんなわけで今回はスイスの最上部三畳系から産出した獣脚類であるノタテッセラエラプトル(Notatesseraeraptor frickensis)の紹介である*1。長ったらしいうえにややこしい属名はそれぞれ、Notaが「機能(ラテン語)」を、tesseraeが「モザイク状(ラテン語)」を意味しており、合わせて「モザイク状の機能を持つ略奪者」であるのだが、まさしく名の通りの恐竜である。

 

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 ノタテッセラエラプトルが産出したのはスイスのアールガウ州に分布するグルハンデ層群の最上部であるクレットガウ層である。クレットガウ層はジュラ紀三畳紀境界(以下T-J境界)から1m下に存在しており、その時代は後期ノーリアンとされている。この頃北米大陸ではコエロフィシスなどを産出するチンリ層が形成されており、ノタテッセラエラプトルは概ねコエロフィシスと同時代の獣脚類と言えるだろう。

 産出したノタテッセラエラプトルのホロタイプ(SMF 06-1およびSMF 09-2)は幼体から亜成体のものと考えられている。産出部位は頭骨要素に加えて関節した右前肢、肩甲骨、烏口骨、頚椎4個、胴椎13個、近位尾椎4個、首から胴体にかけての肋骨、仙椎、腸骨、腹肋骨である。腹部からは死ぬ直前に捕食したと思われるクレヴォサウルス*2の上顎骨が見つかった。このうち上顎骨や前眼窩窓、鋸歯の配列などに見られる複数の特徴に基づいて、新属新種であると認識された。

ノタテッセラエラプトル骨格図。Zahner(2019)より引用

 

 頭骨の全体的な形状は基盤的獣脚類によくある、前後に長く高さのない頭骨である。前上顎骨には神経や血管を通すための穴が6つ空けられている。注目されたのは前上顎骨歯の形態だ。同時代に生息していたコエロフィシス科の多くがほぼ円形の断面で反りの小さく鋸歯の小さい(あるいはまったくない)歯を持っていたのに対して、ノタテッセラエラプトルは横方向に圧縮され反りが強く、間隔こそ細かいが明確な鋸歯のある歯をしていたのである。

  胴体部分も原始的な特徴と進化的な特徴が入り混じっている。神経棘の高さはのちの派生的獣脚類(主にテタヌラ類)で確認されたように、後方へ向かって高さが増加する形状となっている。肩甲骨はほぼまっすぐな形状から遠位端で急に広がるという、ディロフォサウルスやエオドロマエウスにもみられる形質である。長い前肢には第1指から第4指まで4本の指が存在するが第4指は中手骨の時点ですでに小さく、おそらく機能指は事実上第3指までだったであろう。全体的に長くて細い骨盤の形質はコエロフィシス科のそれと同じであるが、坐骨遠位端が恥骨遠位端よりも大きかったり恥骨が坐骨よりも長かったりと、後の新獣脚類にも引き継がれる特徴を備えていた。

 骨学的記載が(ざっくりとではあるが)終われば次は系統解析である。三畳紀からジュラ紀に生息していた獣脚類をまとめて系統解析にかけた結果、コエロフィシス科と分岐した新獣脚類のもう一つの系統―――のちのテタヌラやケラトサウルス類、究極的には鳥類までつながる系統―――上で、ズパイサウルスとディロフォサウルスの中間に置かれることになったのである。これによりノタテッセラエラプトルがコエロフィシス科とは別系統の存在であること、現生鳥類までつながる派生的獣脚類の中でも最古級の存在であったことが明らかになった。そしてこの論文では、現生鳥類までつながる系統が三畳紀には既に存在していたことが主張されたのである。

基盤的獣脚類系統図。A:獣脚類 B:新獣脚類 C:コエロフィシス科 D:アヴェロストラ。Zahner(2019)より引用

 

 さらにこの論文ではディロフォサウルス科(ディロフォサウルスやズパイサウルス、おそらくはクリオロフォサウルスも含まれていた分類群)の存廃についても触れていた。系統解析の結果からノタテッセラエラプトルもディロフォサウルス科に含まれる可能性もあるが、先述したようにディロフォサウルス科のすべての種が派生的新獣脚類(アヴェロストラ)へとつながる分類群の基底部で側系統になることが示されたのである。この時点においては解析方法次第によって単系統のディロフォサウルス科が存続しうる可能性もあり、最終的な結論は今後の研究に持ち越されたわけだが、2020年に発表されたディロフォサウルス再記載論文において(ノタテッセラエラプトルが考慮されていなかったり、クリオロフォサウルスがディロフォサウルスより基盤的な位置になっていたりといった差異はあるが)ほぼ同じ系統解析結果が導き出された。これによりノタテッセラエラプトル記載時点で有効性に黄色信号が点されたディロフォサウルス科は、アヴェロストラへとつながる側系統群として正式に消滅することになった。ともあれノタテッセラエラプトルの記載によって、新獣脚類の初期進化の一端が垣間見えることになったのである。

 

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 以上がノタテッセラエラプトルの骨学記載と系統解析の概要であった。ここからはノタテッセラエラプトルを含めた新獣脚類の進化について少し考えてみたい。

 先述通りノタテッセラエラプトルはジュラ紀以降に世界中へと拡大したアヴェロストラへとつながる系統にいるのだが、その姿は同時代に生息していたコエロフィシス科と大差ない見た目である。骨学的に見てもその違いは微々たるものであり、ましてや生きていたころは(ホロタイプが幼体から亜成体であるということを考慮に入れても)コエロフィシスと見分けはつかないぐらいだっただろう。しかもコエロフィシス科は三畳紀後期にはリリエンステルヌスという形で大型捕食者を輩出していたのだ。しかしジュラ紀に入ってから大型化を遂げ、その後の時代へと命脈をつなげたのは一歩で遅れていたはずのアヴェロストラであり、コエロフィシス科はジュラ紀前期には絶滅することになる(完全な推測だが、おそらくトラルシアン海洋無酸素事変が関わっているような気もする)。三畳紀までは明らかにコエロフィシス科が優勢に見えたにもかかわらず、ジュラ紀に入ってからアヴェロストラの系統とコエロフィシス科の立場が逆転したのはなぜだろうか?

 ヒントになりそうな記述が系統の話で出したディロフォサウルス再記載論文に掲載されている。ホロタイプやパラタイプ、新たに発掘された参照標本までもを網羅したモノグラフとなっているディロフォサウルス再記載論文であるが、この中ではディロフォサウルスが従来考えられていた以上に強力な捕食者であったことが言及されている。その理由の一つとして脊椎や神経弓が(すさまじく大雑把に言ってしまえば)精密かつ頑丈な構造になっていることが挙げられているのだ。これらの特徴(と想定以上に頑丈だった頭骨)により大型の獲物を襲えたとされたディロフォサウルスであるが、そんなディロフォサウルスとよく似た構造の脊椎をノタテッセラエラプトルは有していたようである。さらに言えばノタテッセラエラプトルは薄い形状や鋸歯という、コエロフィシス科と比べて明らかに肉食に偏った歯を持っていた。三畳紀のうちは微々たる差だったこれらの特徴が、ジュラ紀に入って獣脚類の大型化が本格化するときに有意義な差として顕在化したのかもしれない。見た目には表れないわずかな差がその後の明暗を分けたかもしれないという話は古生物学には割とよくある話であるが、ノタテッセラエラプトルとコエロフィシス科もわずかな差がジュラ紀での明暗を分けた可能性は十分にありうる。とはいえ、三畳紀末期を超えてもなおコエロフィシス科が(大型化はしなかったとはいえ)一定の繁栄を収めていたことは事実であり、ノタテッセラエラプトルの子孫が大型化の道を進めた理由はまだ未知のままだろう。

 

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 以上、基盤的新獣脚類のノタテッセラエラプトルについてグダグダ語ってみた。日本における知名度はおそらくほぼ皆無であり、見た目もコエロフィシスらとほぼ変わらない、正直に言ってしまえば地味な存在であるが、獣脚類の進化を考える上でノタテッセラエラプトルは非常に重要な存在である。とはいえ少しふれた通りノタテッセラエラプトルのホロタイプ標本(にして多分現状唯一の標本)は幼体もしくは亜成体と考えられているうえ、頚椎や後肢はごっそり欠けている。このためノタテッセラエラプトルの成体がどのような姿だったのかは正直なところ不明である。今後の追加標本や再記載、さらに言えばそれらによるノタテッセラエラプトルを含めた新獣脚類の更なる系統解析に期待したいところだ。

 ノタテッセラエラプトルが産出したクレットガウ層からはプラテオサウルスやプロガノケリスのほか、翼竜や大型両生類の化石も産出しているようだ。コエロフィシス科と断定できる化石は未発見のようだが、とりあえず不定の獣脚類化石は産出しているらしく、そうなればコエロフィシス科がクレットガウ層にいた可能性もあるだろう。仮にクレットガウ層の時代にノタテッセラエラプトルとコエロフィシス科が同居していた場合、同時代の生物にとってはどちらが脅威だったのだろうか?あるいはどちらも警戒するほどの存在ではなかった可能性もありうるだろう。少なくともノタテッセラエラプトルの子孫たちがこの後1億年以上にわたって頂点捕食者を輩出し続けたこと、その一部が制空権争いに加わるなど、当時の生物の誰もが予想できなかったことだけは確かである。

 

参考文献

Marsh AD, Rowe TB. A comprehensive anatomical and phylogenetic evaluation of Dilophosaurus wetherilli (Dinosauria, Theropoda) with descriptions of new specimens from the Kayenta Formation of northern Arizona. Journal of Paleontology. 2020;94(S78):1-103. doi:10.1017/jpa.2020.14

Zahner M, Brinkmann W. A Triassic averostran-line theropod from Switzerland and the early evolution of dinosaurs. Nat Ecol Evol. 2019 Aug;3(8):1146-1152. doi: 10.1038/s41559-019-0941-z. Epub 2019 Jul 8. PMID: 31285577; PMCID: PMC6669044.

M.A.ブラウン,A.D.マーシュ.2021,ジュラシック・パークの”毒吐き恐竜”ディロフォサウルスの本当の姿.日経サイエンス 51,34-43

*1:カナ表記を参考にできる日本語サイトがほぼ皆無かつ、当恐竜を解説しているのが海外サイトのみであったため、暫定的にこのような表記とさせていただきたい。

*2:三畳紀後期からジュラ紀前期にかけてパンゲア大陸ほぼ全域に生息していたムカシトカゲ類。英語版Wikipedia情報ではあるが、少なくとも9種が有効名であるようだ。