古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

混迷のテタヌラ、アスファルトの沼

 アクロカントサウルスやネオヴェナトル、シンラプトルなどが「アロサウルスの仲間(≒アロサウルス科)」として紹介されていた時代はとうに過ぎ去り、今はそれぞれカルカロドントサウルス科、ネオヴェナトル科、メトリアカントサウルス科(またはシンラプトル科)として独自の分類群を持っている。とはいえ、これらのグループが非常に近縁であることは間違いないわけであり、現在では上記3科にアロサウルス科も加えてアロサウルス上科という分類に含められている。

 そんな有名人揃いのアロサウルス上科だが、その起源や他分類群との系統関係についてはいささか疑問が残されている。メトリアカントサウルス科が基盤に付き、アロサウルス科、ネオヴェナトル科、カルカロドントサウルス科と派生していくことは間違いないのだが、アロサウルス上科より下位の系統関係―――要するにテタヌラと呼ばれる分類郡―――は未確定な部分も多かったりする。

 ここで少し、アロサウルス上科、そしてテタヌラとの関係性についてまとめてみよう。テタヌラが出現したのちに、モノロフォサウルスなど基盤的なテタヌラ類とより派生的なテタヌラ類であるオリオニデスと呼ばれる分類が出現した。オリオニデスはのちにスピノサウルス科やメガロサウルス科、および(気が付いたらメガロサウルス科から分離していた)ピアトニッキサウルス科が含まれるメガロサウルス上科と、より派生的な分類群のアヴェセロポーダに分岐した。のちにアヴェセロポーダはコエルロサウルス類アロサウルス上科に分岐し、そしてのちの時代まで(究極的に言えばコエルロサウルス類は現在まで)命脈を保つことになった。

テタヌラ類の系統図。メガロサウルス上科内の系統関係については諸説ある。
『恐竜学入門』等を参考に筆者作成。



 で、ここまで長々とテタヌラの系統関係について書いたのは理由がある。今回紹介する恐竜が、テタヌラの系統関係に大きく、そしてかなり面倒極まる形で関わってくるからだ。彼(あるいは彼女)の解釈次第によってはとある分類群が崩壊する可能性もあり、今後のテタヌラ研究における重要な存在となるのは間違いないだろう。そんなわけで今回はジュラ紀前期のアルゼンチンに生息していた獣脚類、アスファルトヴェナトル(Asfaltovenator vialidadi)の紹介である。ここまでが前置きであり、本題はここからだ。

 

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アスファルトヴェナトルが産出したのはアルゼンチンのカリフォルニア州に分布するカニャドン・アスファルト層(Cañadón Asfalto Formation)*1である。タフォノミー及び時代論については「Locality and Horizon」にさらっと書いてあるのみだが、とりあえず湖沼環境で埋没したこと、時代はジュラ紀前期のトアルシアン後期〜バジョシアンであることが示されている。カニャドン・アスファルト層からは他にもケラトサウルス上科に属するエオアベリサウルスやメガロサウルス科に近縁のピアトニッキサウルスなどの多様な獣脚類の他、竜脚類の中でも古いタイプ(とはいえかつての“古竜脚類”よりは派生的)のパタゴサウルス、無名のヘテロドントサウルス科や鳥脚類などの恐竜が産出している。恐竜以外ではワニ形類や哺乳類、両生類なども産出しており、水辺に富んだ環境であったことがうかがい知れる。アスファルトヴェナトルはそのような豊かな生態系で、恐らくは頂点近くに位置していた捕食者であった。

アスファルトヴェナトル骨格図および頚椎(A,B)、胴椎(C)、前肢(D~F)、後肢(G)の化石。
Rauhut(2019)より引用。

 アスファルトヴェナトルの発見部位は論文中の骨格図を信じる限り、完全な頭骨の他に頸椎、胴椎の中程まで、一揃いの前肢、恥骨の遠位端部と左脚の一部と、なかなかの保存率である。記載論文に載る化石も、風化の影響は最小限に見える。良質な保存状態のおかげで細かい特徴まで明らかになったわけだが、アスファルトヴェナトル固有の特徴(固有形質)は本当に細かい。本当に細かすぎて解剖学知識ゼロにして赤点・落単常習科目が英語の筆者には正直お手上げもいいところであるが、大雑把に以下の特徴が挙げられている。

・発達した遠位(頭骨前方)の前上顎骨歯には、近位(後側)にのみ鋸歯が発達する

・頚椎の神経棘は3番目と4番目が三角形で後ろ向きに伸びる

 保存状態が良好なおかげで、上記以外にもアスファルトヴェナトルの形質がいろいろ明らかになったが、その骨格は少し奇妙であった。複数の分類群の特徴をモザイク的に有していたのである。ぱっと見では凹凸の少ないアロサウルスのような印象を受ける(個人の感想)頭骨は、やはりと言うべきか全体的にアロサウルスおよびアロサウルス上科に似ていた(アロサウルスのように涙骨に突起が発達している、アロサウルス上科のように大きく空いた鼻孔を持つなど)。しかしその一方で、上顎骨にはメガロサウルス科と共通する特徴(顎関節や下顎の骨の一つである歯骨の形状など)も見られたのである。どちらかといえばアロサウルス上科寄りの特徴のほうが多いのは事実だが、メガロサウルス科の特徴を持ち合わせているのはやはり奇妙と言えるだろう。

アスファルトヴェナトルの頭骨(A)と骨格図(B)。Rauhut(2019)より引用。

 アスファルトヴェナトルに見られるモザイク的特徴は頭骨に限らない。脊椎にはピアトニッキサウルスやコンドラプトルとの共通点が見られたほか、ほぼ完全な前肢にもメガロサウルス科やピアトニッキサウルス科、アロサウルス上科と共通する特徴を有していたのである。

(ちなみに前肢の形状は3本指かつ第4指は痕跡も見られないという、典型的なテタヌラの前肢である。第1指が最も太く、次いで第2指(ただし第2指は最も長い)、第3指は細く短いという形質である。)

 

 モザイクキメラの権化と化しているアスファルトヴェナトルをどのように解釈するべきだろうか?論文後半にて(新属新種の記載論文では恒例の)全系統の獣脚類を対象にした系統解析が行われた。テタヌラと広義のケラトサウルス類(ケラトサウリア)が姉妹群となるところまではいつも通りだったが、問題はこの先であった。コエルロサウルス類がテタヌラの基盤的な位置に置かれ、従来姉妹群とされたアロサウルス上科と切り離された。そして従来の「メガロサウルス上科」がテタヌラの中で側系統と化して崩壊、アスファルトヴェナトルはメガロサウルス上科崩壊後、あらたにアロサウルス上科の最基盤郡となったピアトニッキサウルス科と派生的なアロサウルス上科(かつてのアロサウルス上科)の中間に位置づけられることになったのである(その一方で、メガロサウルス上科を構成していたスピノサウルス科、メガロサウルス科、ピアトニッキサウルス科の各分類群はまとまった単一のグループとして検出されている。生態か、あるいは生息地域が反映されているのかを考えると興味深いところである)。筆者の文章だけでは間違いなくアレのため詳しくは下の系統図(と記載論文)を見ていただきたいが、ともかく従来のテタヌラとは全く別物になってしまったのである。

アスファルトヴェナトル記載論文におけるテタヌラ類の系統図。
Rauhut(2019)を参考に筆者作成。

 ただし上記の系統図―――ここでは仮に「従来テタヌラ仮説」に対して「新テタヌラ仮説」と呼ぼうか―――が今後、定説として確定するかというと、そういうわけではないことに注意が必要だ。というのも従来テタヌラ仮説と新テタヌラ仮説の差は微々たるものであるらしく、分岐次第では従来通りメガロサウルス上科が単一の分類群として系統図上に現れるともされているのである。不安定な系統解析の要因として、メガロサウルス上科とアロサウルス上科の間で収斂進化が起きていた可能性が指摘されている。考えてみればコエルロサウルス類アロサウルス上科の間で頂点捕食者ニッチを確立した結果として収斂進化が起きていたことはアロサウルス上科内の各科とティラノサウルス上科(人によってはここにメガラプトラを含める)で明らかになっている。ならばメガロサウルス上科とアロサウルス上科の間で収斂進化が起きていたとしても何ら不思議ではないし、両者が姉妹群だと過程するなら極めて似た姿であることも納得である。

 

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 さて、ここからは考察(というか妄想)の時間である。

 まずは一つ目、論文内ではテタヌラ類の放散がジュラ紀前期の後期プリンスバッキアンからトアルシアンにピークを迎えていたことが示されている(その後はジュラ紀中期の間はずっと右肩下がりとなり、ジュラ紀後期には多様性増加は停滞していることが示されている)。プリンスバッキアン、そしてトアルシアンという時代に何が起きたのだろうか?論文中で言及されている可能性はToarcian Anoxic Event(略してTAE)―――日本語では「トアルシアン海洋無酸素事変」と呼ばれる出来事―――が影響を与えているという説である。トアルシアン海洋無酸素事変はその名前の通り、トアルシアンを中心にジュラ紀前期のテチス海において、海洋無脊椎動物の科のうち約5%が絶滅した小規模な絶滅事件である。海洋生態系に与えた影響はだいぶ前から明らかになっていたようだが、2000年以降は陸上生態系への影響も研究されているらしい。アスファルトヴェナトル記載後の2022年に発表されたトアルシアン海洋無酸素事変の陸上生態系の変化を研究した論文(Reolid 2022)によれば、トアルシアン海洋無酸素事変を境にいくつかの分類群(かつて古竜脚類と呼ばれた基盤的な竜脚形類、テタヌラよりも原始的な獣脚類、ヘテロドントサウルス化や基盤的装盾類の大部分など)が絶滅したことが明らかになっている。そして大量絶滅とくれば、生き残った生物の急激な多様化がセットである。アスファルトヴェナトルの系統図で示されたプリンスバッキアンからトアルシアンで起きたテタヌラ類の急激な多様化は、トアルシアン海洋無酸素事変で絶滅したディロフォサウルスに近縁な獣脚類のニッチを埋めるような進化が起きていたということを示しているのかもしれない。

 これに関して二つ目、アスファルトヴェナトルの記載論文ではテタヌラ類の内部(メガロサウルス上科とアロサウルス上科)で収斂進化が起きていた可能性が示唆されている。実際、アスファルトヴェナトルと同じカニャドン・アスファルト層からは「メガロサウルス上科」の一員であるピアトニッキサウルスや、もっとも原始的なアベリサウルス科であるエオアベリサウルスが産出している。これだけの獣脚類の多様性を、テタヌラ以前の獣脚類の絶滅だけで説明ができるだろうか?実は上記に紹介した論文ではトアルシアン海洋無酸素事変後の生態系についても考察を行っている。それによればトアルシアン以降に竜脚類や鳥盤類から新しい分類群が出現しており、特に竜脚類からはマメンチサウルス科やティタノサウルス科、ネオサウロポーダ(のちにディプロドクス科やマクロナリアを生み出す分類群)といった、ジュラ紀後期以降ではおなじみの分類群が出現していたことが明言されている。テタヌラ類(とケラトサウルス上科)の急激な多様化と生息地域の重複は、トアルシアン以降の植物食恐竜の多様性拡大にも影響を受けているのかもしれない。

 

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 以上、アスファルトヴェナトル本人とその周辺事情についてグダグダ妄想を繰り広げてみた。恐竜時代の代名詞ともなっている「Jurassic」、すなわちジュラ紀であるが、明らかになっているのはもっぱらモリソンやテンダグル、あるいはジュンガル盆地などそのほとんどがジュラ紀後期ばかりである。そういう意味においてジュラ紀後期の前段階の世界を保存したカニャドン・アスファルト層は、ジュラ紀以降1億年にわたって続いた恐竜時代を知るうえで非常に重要な地層と言えるだろう。近年では南アメリカの発掘調査が進んでいるという話も聞いているが、白亜紀最末期のみならずこちらの方も注目していきたい。

 アスファルトヴェナトル本人に話を戻せば、体骨格の大部分が産出したがそれでも下半身(骨盤要素のすべてと尾椎)はほとんど産出していない。テタヌラ類の系統を考える上では重要な恐竜であることは確実であり、追加標本を望んでいきたいところである。テタヌラの進化もまだまだ分からないことだらけだ。アスファルト盆地の底は、当分見えそうもない。

 

2023.5.17追記

 テラヌラ類の行く末について見守っていたタイミングでイリタトル(個人的にはイリテーターで慣れ親しんでいるのだが)の再記載に伴うモノグラフが出版された。当論文ではテタヌラ類の系統についても再検討しているのだが、割合に壮絶な結果が出てきた。要約すると、

①メガロサウルス上科とアロサウルス上科はやはり別物だが、姉妹群となってカルノサウルス類を形成する。コエルロサウルス類はテタヌラ類の基盤で分岐する。

②メガロサウルス科はスピノサウルス科へと連なる側系統群として解釈された。つまるところ従来の「メガロサウルス科」が崩壊した。

アロサウルス上科はアスファルトヴェナトル記載時に示された系統がそのまま浮かび上がった。ピアトニッキサウルス科はアロサウルス上科の最基盤で独立分類群となる。

といったところである。このほかにもモノロフォサウルスが基盤的メガロサウルス上科とされたり、踏み込んでメガロサウルス上科を「スピノサウルス上科」へ変更するべきという意見も出たりと、テタヌラ類の系統についてかなり踏み込んだ系統解析結果となった。これがどの程度定説として固まるかは不明だが、とりあえずテタヌラ類の分類についてはまだ流動的だと思った方がいいだろう。

 

参考文献

Oliver W. M. Rauhut & Diego Pol, 2019, Probable basal allosauroid from the early Middle Jurassic Cañadón Asfalto Formation of Argentina highlights phylogenetic uncertainty in tetanuran theropod dinosaurs, Scientifiv Reports. 9:18826 | https://doi.org/10.1038/s41598-019-53672-7

M. Reolid, W. Ruebsam, M. J. Benton, 2022, Impact of the Jenkyns Event (early Toarcian) on dinosaurs: Comparison with the Triassic/Jurassic transition, Earth-Science Reviews, 234; 104196

土屋健,2015,ジュラ紀の生物,技術評論社,p167

David Fastovsky, David B. Weishampel,2015,恐竜学入門ーかたち・生態・絶滅ー,東京化学同人,p396

*1:層名の由来は露頭分布の地名であるカニャドン・アスファルト盆地である。英語版Wikipedia情報だがジュラ紀初期から白亜紀末期まで一部不整合を挟みながらも一連の時代が観察できるとんでもない場所である。何ならカルノタウルスが産出したラ・コロニア層もこの盆地が分布域だ。