古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

アスファルト盆地に生まれた始祖

 前回カニャドン・アスファルト層から産出したアスファルトヴェナトルについてグダグダ語っていたわけだが、同層には他にも面白そうな恐竜がいるわけである。前回のブログにて、筆者はこのように書いていた。

 

アスファルトヴェナトルと同じカニャドン・アスファルト層からは「メガロサウルス上科」の一員であるピアトニッキサウルスや、もっとも原始的なアベリサウルス科であるエオアベリサウルスが産出している。

 

 今回はこの最も原始的なアベリサウルス科であるエオアベリサウルスについて、グダグダ紹介していこう。共存していたアスファルトヴェナトルに負けず劣らずの興味深い恐竜であり、そして同じぐらいには厄介な恐竜である。前置きはこのぐらいにしておいて、さっそく恐竜紹介といこう。

 

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 本題に入るよりも前に、まずはアベリサウルス科について少し説明しよう。アベリサウルス科(Aberisauridae)はケラトサウルス類(Ceratosauria)*1に分類される中型~大型の獣脚類である。姉妹群となるノアサウルス科(Noasauridae)の一部*2が植物食へと舵を切ったのとは異なり、アベリサウルス科はそのすべてが肉食恐竜であり続けた。白亜紀後期には旧ゴンドワナ大陸のほぼ全域(オーストラリアと南極からは産出していないが、そのうち産出するだろう。)に加えて、アフリカ経由でヨーロッパにまで勢力を拡大し、一部地域では頂点捕食者にまで上り詰めて白亜紀末期を迎えることになった。

 さて、アベリサウルス科にはあることが指摘されていた。ケラトサウルスからアベリサウルス科まで長い空白期間があるのだ。ケラトサウルスが生息していた時代はジュラ紀後期のキンメリッジアンであるのだが、対して確実なアベリサウルス科はエオアベリサウルス記載前までは白亜紀後期のセノマニアンとされていた。約5000万年の間、アベリサウルス科がどこで出現したのか、どのように進化し、どのように各大陸へ勢力を拡大したのか、アベリサウルス科の初期進化についてまったく分かっていなかったのである(実のところ、現在もなおエオアベリサウルスからルゴプスまではほとんどアベリサウルス科の化石はほとんど産出していない。言ってしまえば今でも5000万年のアベリサウルス科空白期間についてはおぼろげにしか分かっていないのである)。そんな中で紛うことなき中部ジュラ系であるカニャドン・アスファルト層から産出したエオアベリサウルスは極めて重要な存在として注目された。それではエオアベリサウルス(Eoaberisaurusu mefi)の紹介だ。

 

 エオアベリサウルスが産出した層は、前述の通りカニャドン・アスファルト層である。属名はアベリサウルス科の起源に近しいことから「暁」を意味するラテン語の「eos」を頭に付け、「暁のアベリサウルス」を意味している。種小名は調査に関わり、エオアベリサウルスの標本を収蔵している博物館であるエギディオ・フェルグリオ古生物学博物館(Museo Paleontológico Egidio Feruglio)への献名である(ただし略称に対する献名だが)。ホロタイプとなったMPEF PV3990はほぼ完全な全身骨格と説明されており、具体的な産出部位は、ほぼ一そろいの頚椎・胴椎・尾椎、左右両前肢のすべての要素、骨盤および後肢要素のほぼすべて、頭骨の後半部となっている。骨格の後半は関節した状態で産出したが、脊椎の前半から頚椎にかけた椎骨、前肢は関節が外れていた(ただし元の位置には概ね留まっていた)うえ、頭骨は地表に露出していた影響で風化侵食の影響を受けていた。そんな状態で発見されたエオアベリサウルスだが、固有の特徴は、

・脊椎の背側中央に2重のV字型のラミナを持つ

・尺骨長の30%以上を占める肘頭突起

・高さの2倍以上の長さを持つ恥骨孔

が挙げられた*3。全長は6~6.5mと推測されており、同じくカニャドン・アスファルト層から産出した全長7m程度と推測されているアスファルトヴェナトルとはうまいこと住み分けをしていたようだ。

エオアベリサウルスの骨格図。Pol(2012)より引用。



 保存状態、産出量は素晴らしいものがあるが、実はエオアベリサウルスの原記載は案外サッパリ簡潔に述べられるにとどまっている。とはいえ、あっさりした原記載中にもエオアベリサウルスの重要性はしっかりと記述されていた。

 例えば頭骨である。頭骨の上部にある涙骨は、後のアベリサウルス科のように隆起しているが、それでもマジュンガサウルスのような派生的なアベリサウルス科よりは発達具合は小さい。頭骨には角やコブなどのさしたる装飾はなかったようであり、シンプルな見た目の頭骨というのも原始的らしいといえるだろうか。後肢は中足骨が長くて細く、大腿骨の長さの50%に達するという。後肢の末節骨は、腹側に三角形の広い窪みが存在しており、この特徴ものちのアベリサウルス科と共通の特徴だと紹介されていた。

 そして原記載で注目されたのは前肢である。相変わらず烏口骨は大きい(前肢に対して不釣り合いに大きな烏口骨はなぜか白亜紀末期まで維持された)のだが、前肢そのものは退縮が始まっていた。上腕骨が短くなる中で、橈骨と尺骨はそれ以上に退縮を起こし*4、手首も短縮、中手骨や指骨もそれぞれ退縮を起こしており、結果としてひじから先がかなり短くなっていたのである。これが派生的なアベリサウルス科―――例えば『恐竜博2023』にいたカルノタウルス―――になると橈骨と尺骨がさらに退縮し、ほとんどひじから手が伸びているようにまでになっている。エオアベリサウルスはまさに前肢退縮の傾向を見せる、最初期の段階にいると解釈されたのである。

 そして上記を踏まえた系統解析が行われた結果、エオアベリサウルスはアベリサウルス科の最基盤に位置づけられたのである。産出したカニャドン・アスファルト層の年代であるジュラ紀中期のトアルシアン〜バジョシアンという時代はアベリサウルス科の生息時代としてはぶっちぎりで最古(どころか、ケラトサウルス類全体として見てもかなり古い方)である。この発見によりアベリサウルス科の起源を4000万年遡らせたうえ、ジュラ紀前期から中期にかけてケラトサウルス類が急速に多様性を拡大していたことを見せつけたのである。

ケラトサウルス類の系統図。Pol(2012)より引用。

 もちろんこの解釈はあくまで仮説であり、これに異を唱える研究結果―――エオアベリサウルスはアベリサウルス科には含まれないとする仮説―――も存在している。例えば筆者が見つけた範囲ではリムサウルスの成長に伴う食性変化についての論文(Shou 2016)や、それを引用したケラトサウルス類の軟体組織や生態行動等について考察した総説(Rafael 2018)では、エオアベリサウルスはアベリサウルス科から外れ、ケラトサウルスと近縁な系統に置かれている。とはいえ基盤的アベリサウルス科という仮説もよく支持されているようである。例えば2020年に記載された白亜紀前期のアベリサウルス科であるスペクトロヴェナトルの記載論文においては、アベリサウルス科の最基盤にエオアベリサウルスが置かれ、スペクトロヴェナトルはエオアベリサウルスと白亜紀後期のアベリサウルス科では最も原始的なルゴプスとの中間に置かれている。ともあれエオアベリサウルスがケラトサウルス類としてもかなり原始的な存在であり、アベリサウルス科の初期進化の研究において非常に重要な存在であることは間違いないようだ。

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 ここまでがエオアベリサウルスの紹介であり、ここからはいつも通りの妄想パートである。エオアベリサウルスの記載論文では、アベリサウルス科を含めたケラトサウルス類(ケラトサウルス科とノアサウルス科を含む)がジュラ紀前期からの中期にかけて爆発的な進化をしたことが指摘されている。確かに、ケラトサウルス科やノアサウルス科はジュラ紀後期のオックスフォーディアンまでには概ね完成形となっており、であるならば各分類群はジュラ紀中期までには出揃っている必要がある。ケラトサウルス類と対比して語られるコエルロサウルス類は実際にジュラ紀中期までには各分類群が(恐らくはアヴィアラエ―――現生鳥類まで繋がる分類群―――までもが)出現していたことがほぼ確実視されている。ならば同じことがケラトサウルス類で起きていても不思議ではないが、爆発的進化のきっかけは何だったのだろうか?

 原因を求めるとすれば、アスファルトヴェナトルのときに触れたトアルシアン海洋無酸素事変と思われる。前時代捕食者の絶滅と、被食者の多様性増加は、トアルシアン海洋無酸素事変を生き残ったケラトサウルス類の始祖にも大きな影響を与えたはずだ。同じ頃に多様性を増加させたコエルロサウルス類やメガロサウルス上科、アロサウルス上科とは生息環境や地域、食物などを分割しながら4者共々影響を受けて進化していったのだろう。

 

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 以上、エオアベリサウルスとアベリサウルス科の初期進化について、グダグダ語っていった。エオアベリサウルスが系統上においてどこに位置していたとしても、ケラトサウルス類の初期進化や各地への放散を考える上で重要な存在であることに変わりはない。またそうは言ってもエオアベリサウルスの前後の時代にケラトサウルス類やより派生的なアベリサウルス科へ繋がる恐竜はことごとく未発見であり、エオアベリサウルスが系統でも時代でも一人ぼっちであるのは現状もあまり変わっていない。エオアベリサウルスの系統位置を確定させ、その存在意義を確立するには、ジュラ紀初期やジュラ紀後期といった時代の地層からアベリサウルス科ないしケラトサウルス類の新標本がほしいところである。

 ジュラ紀前期に出現したアベリサウルス科はその後、ゴンドワナ大陸各地とヨーロッパへ進出し、常に中型肉食恐竜としての地位を保ち続けていた。時としてアスファルトヴェナトルの子孫達に蹴散らされていたであろうアベリサウルス科は、その後カルカロドントサウルス科が一掃された白亜紀後期カンパニアン以降はついに頂点捕食者に上り詰めることになる。その一方でゴンドワナ大陸、特に生まれ故郷の南米大陸に居座り続けた派生的アベリサウルス科のブラキロストラは、東アジアからやってきた奇怪なコエルロサウルス類白亜紀末期に至るまで共存することになったのである。

 

参考文献

Diego Pol and Oliver W. M. Rauhut, 2012, A Middle Jurassic abelisaurid from Patagonia and the early diversification of theropod dinosaurs, The Royal Society Publishing. doi: 10.1098/rspb.2012.0660

Rafael Delcourt, 2018, Ceratosaur palaeobiology: new insights on evolution and ecology of the southern rulers, Scientific Reports. doi: 10.1038/s41598-018-28154-x

*1:先述のアベリサウルス科、後述のノアサウルス科およびケラトサウルスなどを含めた、やや原始的な獣脚類の分類群。遅くともジュラ紀前期には出現したのち、主にゴンドワナを中心としてK-Pg境界まで勢力を保ち続けた。

*2:石樹溝層より産出したリムサウルスや2021年に記載されたベルタサウラなどが植物食であることが確定している。リムサウルスの姉妹群とされるエラフロサウルスや、ケムケム累層のデルタドロメウスも植物食の可能性が指摘されている。

*3:実際のところ、論文ではこれに加えて「恥骨のambiens processが前方へ向かう凸型の突起として大きく発達する」という特徴も上げられているが、肝心のambiens processが全く持って何か分からない。

*4:論文中では具体的なパーセンテージは記述されていない。骨格図や後述の図から目測するに、エオアベリサウルスの段階では尺骨の長さは上腕骨の60%程度といったところであろう。