古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

南米に住む巨大な龍

 しばらく更新をしていない間にもう7月である。この間に書籍3冊を追加購入したことにより、いろいろとやりたいネタは頭の中に降ってわいていたわけである。しかしながら、久しぶりのデカい話を前にして予定は狂うことになった。これは(すでに恐竜好きの方々には既知の情報であることは百も承知で)やらないわけにはいかないだろう。そんなわけで記念すべき第10回目は、7月7日にカルカロドントサウルス科の新属新種として記載されたメラクセス・ギガス(Meraxes gigas)である。

 

――――――

 

 さて、そもそもカルカロドントサウルス科(Carcharodontosauridae)とはどのような恐竜なのか、ちょうどよい機会(だし、今後追加標本が望める機会もなさそう)なので少し解説しよう。

 カルカロドントサウルス科とは、白亜紀前期に繫栄した中型~大型の肉食恐竜である*1。派生的な獣脚類のグループであるテタヌラ類のなかで、メトリアカントサウルス科*2アロサウルス*3、ネオヴェナトル科*4とともに、アロサウルス上科を構成している。特にネオヴェナトル科とは近縁であり、両科でカルカロドントサウリアを形成している。主にゴンドワナ大陸側で繁栄していたが、東アジアのシャオキロン(Shaochilong maortuensis*5や北アメリカのアクロカントサウルス(Acrocanthosaurusu atokensis)の例を見る限り、世界中で繁栄していたようである。オーストラリアと南極大陸は現状空白地だが、そのうち発見されることだろう。

 そんなカルカロドントサウルス科が大繁栄していた場所が、南アメリカ大陸である。ここからはメラクセス報告以前までに3属が記載されていた。その中でもギガノトサウルス(Giganotosaurusu carolinii)はティラノサウルスに並び立つ大型肉食恐竜として、マプサウルス(Mapusaurus roseae)は7体が同一の場所から発見されたことで、それぞれ有名になっている(そしてティラノティタン(Tyirannotitan chubutensis)はスルーされがちである)。

 …が、その知名度に反してカルカロドントサウルス科の恐竜はどいつもこいつもろくな保存状態ではない。模式属のカルカロドントサウルス(Carcharodontosaurus saharicus)は上顎要素しか産出していないし、ティラノティタンは(英語版Wikipediaの骨格図を信じるなら)歯骨の一部と脊椎、手足の一部分と部分的、マプサウルスはそもそも骨格図が示されていないが、1個体あたりの産出部位はさみしいようである。まともに産出しているギガノトサウルスでさえ手足の先端が欠けていたり、頭骨要素が部分的だったりだ(ついでに言えば、骨学的記載はまだという噂がある)。最良クラスの保存状態を誇るアクロカントサウルスは北アメリカの恐竜であるため、南米大陸のカルカロドントサウルス科(ギガノトサウリー二)には適応することが難しい。全身が産出しているコンカヴェナトル(Concavenator corcovatus)はカルカロドントサウルス科の最基盤の存在であるため、やはりこれもギガノトサウリーニに適応するのは難しいだろう。ギガノトサウリーニ、ひいては派生的な大型カルカロドントサウルス科の復元のためには、保存状態良好な追加標本が必要だったのである。(発見されている化石の部位についてはG.Matsukawa著の『新・恐竜骨格図集』を見ていただければわかるかと思う。マプサウルスについては英語版Wikipediaから記載論文がダウンロードできるためそちらを参考にしていただきたい。骨格図が示されていないため難解ではあるが)

 そして望まれた「保存状態良好な追加標本」は2012年に発見された。2020年時点で「Campanas Carcharodontosauridae」呼ばれていたカルカロドントサウルス科の恐竜は2022年に無事、新属新種として記載されたわけだ。

――――――

 

 記載論文に掲載された骨格図を見る限り、産出した部位は上顎骨のすべての要素と頚椎、肋骨の一部要素、副肋骨、尾椎の根元から中ほどまで、肩甲骨と烏口骨、前肢要素、骨盤と後肢のほぼ全要素といったところだ。カルカロドントサウルス科の中でも良好な保存率であり、なかでも他カルカロドントサウルス科で産出報告のなかった副肋骨や前後肢の末節骨が産出したことは重要だろう。

 頭骨にはカルカロドントサウルス科にはなじみのこぶ状の稜線が発達している。後肢の第2指はほかの指より短くなっている分、末節骨は他指の末節骨よりも長く伸びている。論文中で注目されているのはその前肢である(なんせ記載論文のタイトルが『新種の大型肉食恐竜が明らかにした獣脚類の腕の退縮進化傾向』である)。カルカロドントサウルス科としては極めて小さな前肢を持っていたのである。体格比で言えば派生的ティラノサウルス科やアベリサウルス類と同程度の大きさであり、大型獣脚類ではそれぞれ独自に前肢が退縮する傾向にあることが明らかとなった。

 系統については、南米カルカロドントサウルス科が含まれるギガノトサウリーニの最基盤に置かれることになった。その一方で、生息時代についてはセノマニアン後期(97.2Ma~93.9Ma)とされており、記載論文で示された系統図上ではマプサウルスと同年代に生息していたようだ。ギガノトサウリーニ内部ではティラノティタン、ギガノトサウルス、マプサウルスおよびメラクセスの順に登場しており、南米大陸でこれらの恐竜が入れ代わり立ち代わり系統をつないでいたようだ。またカルカロドントサウルス科の多様性は彼らが絶滅したチューロニアン期まで高かったともされている。

 

――――――

 

 カルカロドントサウルス科の恐竜が(化石の保存的な意味合いで)曲者ぞろいであることは上でさんざん嘆いたとおりである。南米カルカロドントサウルス科のメラクセスについても保存率はアクロカントサウルスやギガノトサウルスとどっこい程度(もしかしたらそれらよりも低いかもしれない)ではあるが、派生的カルカロドントサウルス科では発見されていなかった部位がまとめて産出した意義は大きい。ギガノトサウリーニの最基盤だけあり、以降の仲間(ギガノトサウルス・マプサウルス・ティラノティタン)の復元に重要な立ち位置となることは間違いなさそうだ。知名度の割に実体の分かっていなかったカルカロドントサウルス科の理解に、一歩近づくことができた発見である。

(ちなみに全長についての表記はなかったが、頭骨長はアクロカントサウルスの頭骨長である123cmに匹敵しているそうだ。ここから考えるに、メラクセスの全長は10m程度にはなったようだ)

 

そんなわけで、そろそろ派生的なカルカロドントサウルス科のまともな復元骨格が見てい見たいものである。恐竜博2002にアクロカントサウルスがいたのだが、その時の記憶は残念ながら忘却の彼方なのだ。「恐竜博2023」に期待したいところだが…

 

参考文献

Juan I. Canale et al.  2022, New giant carnivorous dinosaur reveals convergent evolutionary trends in theropod arm reduction, Current Biology. 32, 1-8, July 25. https://doi.org/10.1016/j.cub.2022.05.057

G.Masukawa,2022,新・恐竜骨格図集,イースト・プレス,p159

グレゴリー・ポール,2020,恐竜辞典 原著第2版,共立出版,p420

*1:最古のカルカロドントサウルス科の恐竜としてVeterupristisaurusジュラ紀後期のタンザニア(産地は毎度おなじみテンダルグ)から産出している。どうやらジュラ紀後期にはアロサウルス上科から分離していたようだ

*2:またはシンラプトル科

*3:現状、確実な属はアロサウルスのみ。まずアロサウルス自体がアロサウルス上科の中では異質な恐竜である

*4:場合によってはここにメガラプトル類が入る

*5:中国内モンゴル白亜紀前期層から産出した恐竜。化石は例によって部分的である