古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

Sherman、あるいは脛を砕くもの

 気が付けば10月である。恐竜を含む古生物界隈はこの間も大盛り上がりな案件がいくつも湧き上がっていたが、それはそうとして書きたいことが多すぎて泣きたくなるブログ運営である。

 8月に開催が告知された『恐竜博2023』で、真っ先に登場した恐竜が北アメリカの鎧竜であるズール(Zuul crurivastator)である。界隈ではそれなりに名のしれた恐竜なのだが、おそらく一般的な知名度はそれほど高くはないだろう。試しにGoogleで検索をかけてみても、真っ先に出るのはドイツの都市名であった。そんなわけで今回は知名度向上と予習をかねてズールの紹介をしていこう。筆者のような者がここで何を書いたとしても知名度向上に繋がるとは思えないが、それはそれである。

 

ーーーーーー

 

 ズールが産出したのは北アメリカはモンタナ州、カナダとの国境に近い化石産出層からである。産出層はジュディス・リバー層ーーーマーシュとコープによる化石発掘戦争(Born War)のころから発掘調査が行われる、歴史ある発掘地ーーーの上部にあたるコールリッジ部層であり、時代は白亜紀後期カンパニアン(76.2~75.2Ma)とされている。

 ジュディス・リバー層はその発掘史(と、たぶん堆積環境)の都合上、断片化石ばかりが産出し、化石発掘戦争の際はそのことごとくに命名されていた。その結果生まれたのは、トロオドンやモノクロニウス、トラコドンやディクロニウスといった、のちの150年間の研究に大混乱を生み出した亡霊達*1である。しかし21世紀に入れば保存状態の良い化石も見つかってきた。皮膚や内蔵まで保存されていたブラキロフォサウルスの「Leonardo」が代表例ではあるだろうが、ズールの保存状態も負けず劣らず凄まじい良好ぶりだった。全身の要素が残されていた上、鎧を覆うケラチン質の角質まで発見されたのである。

 ズールは発見時、仰向けになり腹部が露出した状態であった。ズールが産出したコールリッジ部層は沿岸の沖積層と考えられている。タフォノミーについてはこれと言って検討されていないが、おそらくは同じような堆積環境から産出したボレアロペルターーー死後に沖合へ流され、体内に溜まった腐敗ガスが破裂。重たい鎧に包まれる背側を下にして沈み、堆積したーーーというシナリオが描けそうだ。死後速やかに埋まったことが幸いしたか、尾と骨盤、脊椎は関節し、頭蓋骨、下顎などはわずかに外れつつも生前の配置を留めていた。ケラチン質の角質までもが保存されていたことは上述したが、鎧竜では大体バラバラに産出する鎧の配置まで生前そのままであったことは、今後の復元には大いに役立つことだろう。とはいえその標本の大きさのため、2014年にナショナルジオグラフィックで特集されたときには胴体の右側一部のみがクリーニング差れているだけだった。そのため同年に行われた記載では頭骨と尾を取り出して記載を行っている。よって当ブログにおいても、頭骨と尾について紹介をしていこう。

(なお書くタイミングを逃したためここに書き留めるが、属名はアメリカ映画『ゴーストバスターズ』に登場するキャラクターに由来している。種小名は「crus」が「脛」、「vastator」は「破壊者」であり、合わせて「脛を破壊する者」という意味になる。属名もアレだが種小名は物騒極めた由来であるが、記載項目を見ていただければ納得するだろう)

 

――――――

 鎧竜の頭骨には大小さまざまな鎧が敷き詰められているが、ズールの頭骨もそのように構成されている。頭部の前方は四角形や六角形の鎧がタイル状に敷き詰められている。頭部の後方、眼下後方には棘状の大きな鎧が1対配置されている。これらの特徴のためか、論文で並んで紹介されているエウオプロケファルスやアノドントサウルス、スコロサウルス*2などと比較すると頭骨全体が角ばっている印象を受ける。なお頭骨の高さは比較的低く見えるが、これは化石化の過程で頭骨上下方向から圧力を受けて変形した結果のようだ(左右方向にも変形しているらしく、頭骨が左右非対称になっているのはこれが原因とされている)。実際どの程度まで高さがあったのかは論文中で言及はされていなかったが、割と近縁なスコロサウルスと同じぐらいと考えると、化石の見た目からはあまり変わらなかったかもしれない。この辺りは変形の少ない追加標本待ちになるだろう。

 

 恐ろしいほどの完全度合いは尾についても変わらない(一部は浸食により欠損しているが)。尾を含む岩石ブロック(長さ287cm)の中には、皮膚印象化石の他に軟組織も保存されている。図を見る限りではブロックの長さ(ほぼ尾の長さと考えて差し支えないだろう)の3分の2は骨化腱で補強されており、柔軟性はあまりなさそうだ。アンキロサウルス類の特徴たる尾の先端にあるハンマーは幅368mm、長さ525mm、厚さ80mmと極めて大きい。筆者の近くにあるもので例えるなら、『恐竜事典(著:グレゴリー・ポール)』を2冊×2冊で並べたうえで3段重ねにしたぐらいの大きさである。重量に関しては本12冊より確実に重いことは容易に想像ができる。考えただけで冷や汗ものの凶器だ。ハンマー以外にも尾の側面には三角形の棘状の鎧が少なくとも6列並んでおり、ハンマーの直撃を免れたとしても血まみれは確定である。種小名の「crurivastator」=「脛を破壊するもの」という名前も実に納得できる代物である。

 

 さて、ズールは鎧竜のどの系統に位置しているのか。ズールは記載前に「エウオプロケファルスの一種」とされていたが、やはりエウオプロケファルスとはそれなりに近縁であったようだ。系統解析の結果、ズールはアンキロサウルス科のうち、北アメリカ大陸で派生したAnkylosauriniに分類されることになった。またAnkylosauriniの中では元エウオプロケファルスのスコロサウルスやディオプロサウルスと近縁であり(特にディオプロサウルスとは姉妹群に当たる)、白亜紀後期のララミディア*3ではこれらのアンキロサウリーニが入れ代わり立ち代わりで繁栄し続けていたことがうかがえそうだ。また論文中ではスコロサウルスやディオプロサウルスが産出した環境との比較も行われており、アンキロサウルス類がそれぞれ異なる生息環境を好んでいたことまで示唆されていた。

 

――――――

 ズールはまれにみるレベルの保存状態であり、記載論文の時点で様々なことが明らかになっている。しかし原記載論文で取り上げられたのは頭と尾だけであり、胴体についてはクリーニング中につきサラっと紹介されただけだった。角質についても存在を示されただけである。ズールと同じ状況で産出したボレアロペルタは鎧の配置や胃の内容物、体色までもが原記載論文で詳細に書かれているのとは対照的である。

 筆者のTwitterでたまたま見つけたズールの写真はクリーニングが終了した状態であり、背中の鎧が生前の位置をとどめたままの状態となっていた。おそらくは現在もなお研究は続行中なのだろう。恐竜博2023ではその研究情報が小出しに公開されるのかもしれないし、あるいは開催中(または開催後)に本格的なモノグラフが投稿されるかもしれない。ズールの研究はまだ入り口の扉を開きかけたばかりである。扉の先の世界を見るのは、まだこれからになりそうだ。

 

(参考文献)

Caleb M. Brown, Donald M. Henderson, Jakob Vinther, Ian Fletcher, Ainara Sistiaga, Jorsua Herrera, and Roger E. Summons, 2017, An exceptionally preserved three-dimensional armored dinosaur reveals insights into coloration and Cretaceous predator-prey dynamics, Current Biology, 27, 2514-2521. http://doi.org/10.1016/j.cub.2017.06.071

Victoria M. Arbour and David C. Evans, 2017, A new ankylosaurine dinosaur from the Judith River Formation of Montana, USA, based on an exceptional skeleton with soft tissue preservation, Royal Society Open Science. 4:161086. http://dx/doi.org/10.1098/rsos.161086

*1:これらの恐竜は種としての定義が困難であるほど化石が断片過ぎたため、今日では疑問名として事実上の学名抹消となっている。軽く紹介するとトロオドンとトラコドン、ディクロニウスは歯に基づいた命名であり、モノクロニウスは同定不能の角竜幼体と考えられている

*2:アノドントサウルスやスコロサウルス、後述のディオプロサウルスはかつてエウオプロケファルスと同種の恐竜と考えられていたことがあった。現在ではそれぞれ独立した属の恐竜と考えられている。

*3:白亜紀後期の北アメリカ大陸は西部内陸海路と呼ばれる内海により東西に分断されていた。ララミディアはその西側に当たる。この辺りについてもブログで解説をする予定である。