古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

『Dino Sciense~恐竜科学博~』レポート

 2021年、横浜にて突如として開催された『Dino Sciense~恐竜科学博~』が完全予約制にもかかわらず40万人を動員したことは記憶に強烈に刻まれているだろう。こういった特別展は基本的に一期一会の存在であり、ましてや門外不出の標本が主役級展示となっていた場合、復刻開催は輪をかけて絶望的である。そうであるからこそ、2023年に東京を会場に2度目が開催されるというニュースが飛び込んだ時、多くの恐竜ファンが面喰い、歓喜に打ち震えていたことは記憶に新しい。かく言う筆者も2021年の開催は涙を流して見送ったのだが、さしたる制限なしという中での開催ともあれば万全の態勢を整えていざゆかんと決意したわけである。そんなわけで今回は2023年8月現在、東京ミッドタウンにて絶賛開催中の『Dino Sciense~恐竜科学博~』のレポートである。

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 出会い頭に対面するのは本特別展で主役級の扱いを受けているゴルゴサウルスのルースである。いまだに研究中であるらしく、いまだに「Gorgosaurus sp.」名義である*1。キャプション通り全身傷だらけの個体であり(肩甲烏口骨および脳幹の開きは別に展示されている。こちらも必見)、恐竜たちがかつて我々と同じ地球で「生きていた」生物であるということを強く印象付けてくれる。またゴルゴサウルス単体としてみた場合でも、恐竜博2023に展示されている亜成体(ROM1247)と比較して明らかに頑丈な体つきであり、大型獣脚類の成長過程についてもいろいろ楽しむことが可能である(来場者の会話を盗み聞きする限り、恐竜博2023にも言った方がそれなりにいたようである)。

 

 今回の舞台はヘルクリーク層ということで、ルースの次はヘルクリーク層の環境を紹介する化石展示になっていた。そこを抜けると「白亜紀フィールドツアー」ということで、ヘルクリーク層の生物たちがずらりと待ち構える。トップバッターのトリケラトプス幼体はレインの幼少期ということで製作されたものらしい。トリケラトプスの幼体は現状部分化石しか発見されておらず(同じくカスモサウルス亜科であれば恐竜博2016で展示されたカスモサウルス幼体がいる)、よってこの骨格に対する回答は今後の追加発見待ちであろう。とはいえ短い角や小さいフリル、体型こそ変わらないが細い手足などは幼体カスモサウルスとほぼ変わらないだろう。

 

 隣にいるのはヘルクリーク層産の小型翼竜。上方向に反り返ったくちばしが特徴であり、今後の研究や記載が楽しみな存在である。鳥類や大型翼竜の幼体にとってかわられたとみられた小型翼竜だが、なんだかんだK-Pgまで生き残っていたことは驚きである。

 

 幼体ティラノサウルスは置いておくとして、ディディルフォドンの骨格を始めてみた筆者である。中生代哺乳類としてはけた外れに大きい。歯列を見る限り強肉食性というよりは雑食にも見えるのだが、とはいえ全体的に頑丈な骨格であり、小型恐竜や幼体にとっては恐るべき捕食者であったことは間違いないだろう。恐竜とは異なる骨格を観察するのもいいかもしれない。

 

 ヘルクリーク層の水辺に生きた生物として、左からチャンプソサウルス、プレシオバエナ、スタンゲロチャンプサである。チャンプソサウルスは科博にもいるが、あちらと違いかなり低い位置に展示されているため、特徴的な頭骨がよく観察できる。スタンゲロチャンプサはアリゲーター上科のワニであり、隣にいるチャンプソサウルスとは明らかに形質が異なる。同一環境における住み分けや食い分けのようなものがあったと考えながら観察すると、頭骨や歯の形、全体的な形状でいろいろ考えながら楽しめるだろう。

 

 1m以下の小型生物に癒されたところでアステカより神の降臨……ではなくケツァルコアトルスの登場である。一応名義上はQuetzalcoatlus northropiであるのだが、復元に当たってより小型のQ. lawsoniをもとにしてくみ上げているようだ。そもそもの話、ケツァルコアトルスの産出層はQ. northropiQ. lawsoniもジャベリナ層であり、ヘルクリーク層から確実なケツァルコアトルスの化石は産出していない*2。とはいえ白亜紀末期に大型アズダルコ類が生息していたことは紛れもない事実であり、もしかするとヘルクリーク層まで飛んでいた個体もいるかもしれない。

 

 その巨大な大きさゆえ、各骨格の部位もよく観察できる。頑丈な肩甲烏口骨に胸骨や肋骨が癒合したノタリウム構造、鈍器のごとく発達した上腕骨など、飛行のための適応が随所に見て取れる。大型翼竜の骨格を目の前で観察することができる希少な機会であり、容赦なく観察と撮影をして損はないだろう。

 

 個人的なお気に入り展示、ダコタラプトルとストルティオミムスである。ダコタラプトルは全長6mに達する大型ドロマエオサウルス類であり、無論筆者は初めて大型ドロマエオサウルス類と対面することになった(過去にはアウストロラプトルやユタラプトルの展示もあったようだが)。

 

 ポージングの都合により頭骨は見えづらいが、ダコタラプトルは頭骨要素がろくに産出していないため、今回はスルーで構わない。その代わり、ホロタイプで産出した前後肢はしっかりと目に焼き付けよう。全長の割に長く伸びた後肢、その先に備わる長さ25cmのシックルクローなど、見どころはたくさんある。実のところ、ダコタラプトルはアケロラプトルとのジュニアシノニム疑惑やキメラ疑惑などもささやかれており、その有効性は案外不安定である。とはいえヘルクリーク層にユタラプトル級の大型ドロマエオサウルス類が存在していたことは確実であり、ダコタラプトル(のような存在)が末期のララミディアをかけていたことは間違いないだろう。

 最後に待つのはデンヴァーサウルスのタンクとエドモントサウルスの亜成体(と言うよりは大型幼体)である。タンクはFPDMに展示されている旧エドモントニアと同じ標本であるらしい(リニューアル後にデンヴァーサウルスに名義変更された模様)。ヘルクリーク層を代表する鎧竜であるアンキロサウルスは3個体そろえてもなお部分的というありさまであり、ヘルクリーク層の鎧竜としてはデンヴァーサウルスが最も良質である。恐竜博2023の延長線、あるいは予習として全身像を観察するのもいいかもしれない。

 西部内陸海路の展示に入ると、待っているのは今回から新たに加わったエラスモサウルスの幼体である。エラスモサウルスの幼体は現状見つかっておらず、この骨格も幼体トリケラトプスと同じ手法で復元した個体……だそうなのだが、肝心のエラスモサウルスはいまだに標本が化石戦争前に発見されたホロタイプANSP 10081しか発見されていないのである。そのホロタイプも頭骨や肋骨は部分的(頚椎や胴椎はかなりの量が産出している)であり、前後肢はごっそり欠けている。名義上はElasmosaurus platyurus、すなわち旧エラスモサウルス属の何かしら*3ではなく正真正銘のエラスモサウルスであるが、前後肢などは一部旧エラスモサウルスの何かが混ざっていると考えていいだろう。

 

 カンザス州産モササウルスのウォーカー。こちらもまだMosasaurus sp.名義である。頭がかなり低い位置にあるおかげで頭骨の外形観察のみならず、口腔内の口蓋歯もよく見える。リニューアル後のFPDMにはティロサウルスが展示されているとのことで、この機にモササウルス化の模式属の骨格を目に焼き付けるのもいいだろう。左上顎骨には他モササウルスによる噛み跡もあるらしく、がんばって探してみよう。地味に追加展示されたモササウルスの餌ヘスペロルニスにも注目である。

 

 この後はヘルクリーク層で発見された恐竜の紹介が続く。その中で個人的な注目化石はヘルクリーク層産の翼竜足跡化石である。表面に見られる規則的な凹凸はおそらく波の後であろう。海岸線沿いで翼竜が歩いていたという、ヘルクリーク層の一日を映し出す貴重な化石である。

 

 そして最後のコーナーで待つのはトリケラトプスのレイン、そしてティラノサウルスのスタンである。

 

 レインの復元骨格は非常に丁寧なつくりであり、トリケラトプスの特徴がよく見れる。科博と異なり目線の高さに非常に近い場所に配置されている点も、ありがたポイントの一つである。レインの近くに展示されているトリケラトプス(と言うかレイン)の皮膚痕も注目である。

 

 スタンも頭の位置が低いポーズとなっている。異例発達した頭骨やアークトメタターサル構造を備えた後肢などは特に必見である。恐竜博2023に言った方であれば、烏口骨の形状や大きさをマイプと比べてみるのも面白いかもしれない。

 

 個人的な注目点として、前回開催時のタフツ・ラブと入れ替わる形で登場したジェーンの頭骨である。高さよりも長さが目立ち、なおかつ厚みの薄い頭骨というのは紛れもない亜成体の特徴であり、成体のスタンと見比べてみても面白そうだ。隣にはブラッディ・メアリー(「Montana dueling dinosaurs」の片割れ)も展示されており、こちらとも見比べてみよう。

 

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 以上、『Dino Sciense~恐竜科学博~』についてグダグダ語ってみた。本展示会はかなり「見せる」ことに重点を置いた展示ではあったが、しかし学術的なことが疎かになっているかと言えば全くそんなことはなく、会場から出てきたときはララミディア、そしてヘルクリーク層についてある程度語れるぐらいには濃密な展示内容であった。一つ一つの標本も非常にゆとりをもって観察することができ、展示総数はそこそこであるにもかかわらず気が付いたら4時間が一瞬で蒸発することは間違いない。これ以外にも展示は盛沢山であり、また化石発掘体験(筆者参加済み)やアクリルキーホルダー作りなどの体験もある。これを機に、白亜紀末期のララミディアの世界にどっぷりと浸ってみるのもいいだろう。『Dino Sciense~恐竜科学博~』は東京ミッドタウンにて9月12日までの開催である。おそらくもう二度とないであろう復活劇を、とくとご覧いただきたい。

*1:研究の結果、いつものG. libratusでしたと言う話もあり得そうだが。ルースが産出したツー・メディソン層はG. libratusの産出するダイナソーパーク層よりも下位≒時代が古いらしく、もしかすればG. libratusの祖先種という可能性もあるかもしれない。

*2:と言いたいところだが、実はヘルクリーク層から産出したアズダルコ類の頚椎BMR P2002.2がケツァルコアトルスに属する可能性が指摘されている。推定翼開長は5m程度であるらしく、だとするならばQ. lawsoniになるだろうか

*3:有名どころで行くとタラソメドン。またスティクソサウルス属に割り当てられた種類や、そもそも疑問名へと叩き落された存在もあったりと、エラスモサウルスの研究史もまた混沌である。