古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

それは闘争の結末か?

 闘争化石と聞いて、本ブログの読者の皆様はどのような化石を思い浮かべるだろうか?一般的にはプロトケラトプスとヴェロキラプトルの闘争化石(あるいは格闘化石)であろうか。ジャドフタ層から産出したこの化石はその保存状態から様々な議論を呼び起こし、すったもんだの末に「戦闘中に砂嵐、あるいは土砂災害に巻き込まれて双方ともに即死した」という学説でほぼ確定した、おそらくもっとも有名な闘争化石であろう*1

 あるいは恐竜界隈にどっぷり浸っている方々は「Montana dueling dinosaurs」―――ティラノサウルス亜成体とトリケラトプスが隣り合って化石化していた標本―――を思い浮かべるだろうか。こちらの化石は現在クリーニング中であるらしく、本当に闘争化石であるかどうかは今後の研究次第といったところだろう。情報はいまだおぼろげだが、ティラノサウルス亜成体およびトリケラトプスの保存状態はかなりものらしい。特にティラノサウルス亜成体については謎に満ちたティラノサウルスの成長過程が明らかになるだけでなく、長年横たわり続ける「ナノティラヌス問題」に決着をつけることができるのではないかと期待されている。いずれにせよ、今後の研究が楽しみだ。

 闘争化石には含まれないのは百も承知で、「フィッシュ・ウィズ・イン・フィッシュ標本」を上げてもいいかもしれない。この化石は白亜紀後期の北米大陸を東西に分断していた内海である西部内陸海路(ウェスタン・インテリア・シーウェイ)に生息していた大型肉食魚であるシファクティヌスが同じく大型魚類のギリクスを丸のみにしたまま化石になった標本である。捕食された側のギリクスはほとんど消化されていないことから、シファクティヌスがギリクスを丸のみにした後短時間で死亡したものと解釈されている。格闘化石ではないが、古生物の狩りや捕食行動を示すという意味では非常に重要であることに変わりはない。

 そして7月下旬ごろ、これらの闘争化石にまた一つ新しい発見が加わった。真贋判定等も含めて研究はまだこれからであろうが、今回はとりあえず速報として、プシッタコサウルスとレペノマムスの格闘化石(仮)の紹介と、個人的な考察を展開していきたい。

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 今回報告された化石は、羽毛恐竜でおなじみ中国遼寧省の熱河層群から産出したプシッタコサウルスPsittacosaurus lujiatunensis)とレペノマムス(Repenomamus robustus)の化石である。両者ともに保存状態は良好であり、欠損部位はレペノマムスの尾の先端ぐらいである。

プシッタコサウルスとレペノマムスの闘争化石(WZSSM VF000011)。円内は左から①プシッタコサウルスの下顎にかけられたレペノマムスの左前肢②プシッタコサウルスの肋骨に噛み付くレペノマムスの頭骨③プシッタコサウルスの左後肢を抑えるレペノマムスの左後肢Gang(2023)より引用。

 双方の化石について少し解説しよう。プシッタコサウルスは全長1.2mで体重10.6±6.0kg、推定年齢は10歳近くの生態であると考えられている。足を折りたたんでうつ伏せ状態になり、首と尾は個体の左側へ向かって曲げられている。対するレペノマムスは全長0.5mで体重3.43±1.42kgであり、こちらの方は亜成体であったようだ。頭は大きく右側へ向けられており、プシッタコサウルスの左前の肋骨に噛みついていた。左後肢はプシッタコサウルスの左後肢を抑えており、左前肢はプシッタコサウルスの下顎を抑えている。

 続いてはこの化石が「闘争の末に化石化した」とされた根拠についてだ。まず挙げられたのは攻撃側のレペノマムスがプシッタコサウルスに乗りかかるような形であったことである。またレペノマムスの前後肢がプシッタコサウルスを押さえつけるような配置がされていること、プシッタコサウルスの肋骨に噛みついていたことから、レペノマムスがプシッタコサウルスを攻撃した瞬間であると解釈された。レペノマムスとプシッタコサウルスの配置からして死後にたまたまそのような形になったことは否定され、またプシッタコサウルスの化石に噛み跡らしきものが保存されていなかった(ここは少し覚えていただきたい)ことから、すでに死亡していたプシッタコサウルスに噛みついた可能性も否定されるに至った。論文中では現生哺乳類のクズリが自分より何倍もの大きさを持つヘラジカやカリブーなどを捕食する事例を挙げ、レペノマムスも対格差倍程度までなら十分に捕食対象になりうると推定されたのである。論文では最後に、プシッタコサウルスが生涯を通じてレペノマムスの脅威にさらされ続けていたであろう可能性を指摘したほか、当時の熱河生物群の中でプシッタコサウルスが主要な被食者としてディロングや未記載のカルノサウルス類*2に捕食されていた可能性を指摘した。

 

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 ……というのが7月に発表されたGang(2023)の論文の要約である。では、まことに蛇足ながら筆者個人の見解をここで語らせていただこう。くだんの化石標本(WZSSM VF000011)が贋作ではない実物化石であるという前提のもと*3、筆者の意見は以下のとおりである。

 

「WZSSM VF000011は、捕食行動以外の要因で瀕死状態になったプシッタコサウルスにレペノマムスが噛みついた化石であり、闘争の結果を残した化石ではない」

 

 なぜこのように考えたか、以下に説明していこう。

プシッタコサウルスの姿勢

 まず気になるのはプシッタコサウルスの姿勢である。論文に書かれている通り、プシッタコサウルスは後肢を折りたたみ、うつぶせになった状態で化石化していた。この化石を見た時、筆者の頭の中にはとある恐竜を思い出した。プシッタコサウルスと同じく熱河層群で産出し、巣穴の中で休眠姿勢をとった状態で死亡してたと解釈された穴居性鳥脚類、チャンミアニアである。チャンミアニア2個体分の姿勢や保存状態は今回のプシッタコサウルスと(素人目には)瓜二つであり、プシッタコサウルスがうつぶせ姿勢をとっていたのも攻撃からの防御ではなく休息時の姿勢だったのではないかと考えた訳だ。とりあえず下にチャンミアニアの記載論文より引用した化石写真を掲載するため、WZSSM VF000011のプシッタコサウルスと比較してみていただきたい。

チャンミアニア化石写真。A:PMOL AD00114(ホロタイプ) C: PMOL LFV022(参照標本)。赤矢印は胃石のある場所。Yang(2020)より引用

プシッタコサウルスの化石状態

 上述の姿勢に加えてプシッタコサウルスの化石に噛み跡がないことも引っかかるポイントの一つである。レペノマムスがプシッタコサウルスを襲撃したのならば、急所の首(頚椎)や、そうでなければ他の部位に噛み跡が残りそうなものだが、現状プシッタコサウルスには一切の噛み跡が残っていないそうだ。上位捕食者が仕留めた獲物をレペノマムスがあさった可能性は論文執筆者と同意見ではあるのだが、レペノマムスの歯型もないのは少し不自然ではある。

③レペノマムスの姿勢

 レペノマムスの姿勢についてもツッコミを入れてみたい。レペノマムスの体が大きく曲がっていることについてはおそらく不自然さはないのだが、気になるのは左前肢の配置である。プシッタコサウルスの下顎を抑えているのはいいのだが、よく見るとレペノマムスの指がプシッタコサウルスの口内に入り込んでいるのである。角竜の口というのは角質のくちばしに切断式のデンタルバッテリーが備わる近接武器と言ってもいい部位であり、プロトケラトプスとヴェロキラプトルの闘争化石においてもプロトケラトプス側の対抗手段として使用されている。噛みつかれてしまえば大けがは確定するような場所に指(と言うか手)を突っ込んだりするだろうか?

④クズリの狩りについて

 レペノマムスがプシッタコサウルスの生態を襲っていた根拠として、クズリの捕食行動が挙げられていた。が、クズリがヘラジカやカリブーを襲う時期は積雪深まる冬季が中心らしい(現生哺乳類はさっぱり分からない筆者である)。いわく、クズリの足はかんじきのように幅広く、新雪の中でも深みにはまらずに活動できるらしい。それに対してヘラジカやカリブーは細い足を雪に取られるため、機動力は大幅に落ちる。つまり、クズリがヘラジカやカリブーを襲うことができるのは、獲物の機動力に猛烈なデバフがかかる時期限定であるといえるだろう(もしかすると夏季でも普通に狩りしているのかもしれないが。何度も言う通り、哺乳類はさっぱりである)。対してレペノマムスはどう頑張ってもプシッタコサウルスより機動力は下であり、まして白亜紀前期という時代を考えると積雪デバフは一切期待できない。よほどうまく奇襲をかけない限り倍以上もある相手は倒せないだろうし、そもそも獲物にもしないのではないだろうか。

 

 ……というのが、論文を読んで筆者が考えたことである。レペノマムスがプシッタコサウルスを捕食しようとしたその瞬間の化石である、ということはほぼ間違いないだろうが、これがレペノマムスによる狩猟の結果かと問われれば正直不自然な要素が多すぎるのである。チャンミアニアの例から考えて、病気や有毒な火山性ガスなどによりプシッタコサウルスが瀕死状態あるいは死後間もない段階でレペノマムスに発見され、レペノマムスが一口目をかけようとした瞬間に火砕流などの災害によりレペノマムスも即死したのではないか、というのが筆者の考えるところである。

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 以上、レペノマムスとプシッタコサウルスの闘争化石(仮)について、筆者が考えているところをグダグダ書き連ねてみた。毎度のことながら当ブログはチラシの裏であり、よってここで書き連ねたことは事実無根の大ウソと化す可能性は極めて高い。WZSSM VF000011が実際に闘争化石なのかどうかは(そもそもこの標本の真贋についても)後々詳細な検討が必要なことは火を見るより明らかである。とはいえ、闘争結果の化石であろうがなかろうが、中生代の哺乳類の生活史の一部を見せつける重要な化石であることには変わりない。中生代の哺乳類が恐竜に脅かされるのみならず、時に恐竜を脅かす存在であったことはレペノマムスの記載前後ですでに明らかになっていたわけだが、これからも各地でそのような証拠が見つかるに違いない。中生代の哺乳類も、なかなか面白い生物ばかりである。

 

参考文献

Han, G., Mallon, J.C., Lussier, A.J. et al. An extraordinary fossil captures the struggle for existence during the Mesozoic. Sci Rep 13, 11221 (2023). https://doi.org/10.1038/s41598-023-37545-8

Yang Y, Wu W, Dieudonné PE, Godefroit P. A new basal ornithopod dinosaur from the Lower Cretaceous of China. PeerJ. 2020 Sep 8;8:e9832. doi: 10.7717/peerj.9832. PMID: 33194351; PMCID: PMC7485509.

 

*1:実はこの闘争化石、数あるヴェロキラプトルの標本の中でも保存率・保存状態ともに最良の標本でもあったりする。なお骨学的記載はされていない模様。

*2:さらっと論文で言及された存在だが、熱河層群で大型獣脚類と言えば現状ユウティラヌスのみである。とはいえ地理的なことを考えれば出現したばかりのメガラプトル類や、世界中に進出したカルカロドントサウルス科が熱河生物群の頂点捕食者に君臨していた可能性は極めて高い。本論文で言うところのカルノサウルス類の定義によるだろうが、おそらくはカルカロドントサウルス科であろう。

*3:なぜこんな前提をくわえたかというと、論文内での真贋議論が凄まじくあっさりしたもので終わっているためである。この標本は研究者が発掘した標本ではなく、論文執筆者によって購入された標本である。当然真贋判定は慎重に行うべきだが、論文では「複数個体がもつれた状態であるため贋作ではない」と簡潔に述べるにとどまっているのである。