当ブログを開設して約1年半ほどが経過したわけだが、これまで紹介してきた恐竜の多くは各分類群における原始的な種類(あるいは祖先的な特徴を残した種類)である。たぶんにこれは筆者の趣味が可視化された結果と言えよう。実際のところ、原始的な種類というのは第一印象には何も特徴がない(そして実際に他の分類群とを分かつ特徴も少ない)がゆえ、研究によって系統位置が頻繁に変化するものである。見た目の派手さがない故に知名度の低い存在ばかりだが、しかし研究結果の派手さは派生的な存在よりも上である。情報を追うたびに頭痛がするが、先述の派手さゆえに情報を追う手を止められないというのが個人的な意見というか原始的な種類が面白いと思う理由である。
そんなわけで今回は中国の新疆ウィグル自治区および内モンゴル自治区の下部白亜系から産出した、基盤的アルバレズサウルス類2種の同時紹介である。ひとつの原記載論文で同時に記載されていた彼らだが、現状再記載が行われていないようなのでかなり情報量が貧弱になってしまうが、そこについてはご了承願いたい。
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まずは論文中で先に記載が行われたシユニクス(Xiyunykus pengi)の紹介をしていこう。シユニスクが産出した地域は中国新疆ウイグル自治区ジュンガル盆地の五彩湾地域に分布するツグル層群の下部白亜系であり、年代はバレミアン〜アプチアンとされている。五彩湾地域と言えばグアンロングやシンラプトル、マメンチサウルスなどが産出する石樹溝層であるがこちらはジュラ紀後期カロビアン~オックスフォーディアンであり、ツグル層群は石樹溝層ののちの時代(約3000万年後)の生態系を示しているといっていいだろう。石樹溝層からは基盤的アルバレズサウルス類としては最古級であるハプロケイルスが産出しており、ハプロケイルス以降のアルバレズサウルス類の何たるかも明らかになった。
シユニクスのホロタイプ標本(IVVP V22783)は関節が外れてバラバラになった1個体分の化石である。産出した部位は下顎の後半、前頭骨、首から尾までのほぼ一連の椎骨および肋骨、肩甲烏口骨、上腕骨、右後肢のほぼすべてと左後肢の膝より下の部位である。このうち頚椎外側に配置された2つが水平に配置された空間(おそらくは気嚢を収めるためのものだろう)や頚椎神経棘の後方に位置する深い穴、肩甲骨の溝の形状などが、シユニクスの固有の特徴とされている。大腿骨の周囲長から推定体重は15kg、成長線から年齢は9歳の亜成体であると推定されている。
シユニクスの骨格には新旧アルバレズサウルス類(旧に当てはまるのはハプロケイルスのみ*1だが)の特徴をモザイク状に持ち合わせていた。前頭骨などの頭蓋骨各要素の形状はハプロケイルスに酷似すると指摘され、肩甲骨の長さが基本的に短い派生的アルバレズサウルス類と異なり、肩甲骨も比較的長かった。その一方で頚椎の溝の形状や烏口骨の突起、第三中足骨の断面が準三角形になるなど、シュヴウイアなどの派生的アルバレズサウルス類と共通してみられる特徴も確認された。
次はバンニクス(Bannykus wulatensis)である*2。バンニクスが産出した地域は内モンゴル自治区に分布するバインゴビ層(Bayingobi Formation)である。年代は白亜紀前期アルビアンとされており、シユニクスとは(ツグル層群の推定年代にかなりの開きがあるが)ほぼ同時代と言っていいだろう。
ホロタイプ標本(IVPP V25026)は部分的に関節した1個体分の標本である。産出部位は骨格図を見る限り頭蓋骨、首から尾までほぼ一連の椎骨および肋骨、ほぼ完全に出そろった前後肢である。バンニクス固有の特徴として挙げられているのは第1中手骨の側面が第2中手骨との関節面を形成していること、第2中手骨が内側に湾曲していることなどであり、おもに前肢に固有の特徴が確認された*3。シユニクスと同じくバンニクスも体重と年齢の推定が行われており、大腿骨の周囲長から推定体重は24kg、成長線から年齢は8歳の亜成体であると推定されている。
化石の見た目からして明らかにアルバレズサウルス科の過渡期といった印象のあるバンニクスであるが、研究結果はバンニクスが見た目通りの存在であることを示していた。ほとんどまっすぐな肩甲骨に弱い稜線上の突起が見られる烏口骨は、先述のシユニクスと派生的アルバレズサウルス類の中間的な形態であるとされた。
最も注目されたのは前肢である。尺骨の遠位(肘)には突起が存在するが、この大きさはシユニクスと派生的アルバレズサウルス類の中間サイズだった。また前肢第1指は肥大化が起きる一方で第3指は退縮を起こしていたが、こちらも派生的アルバレズサウルス類に比べればまだ極端ではなかった。加えて派生的アルバレズサウルス類では第2、第3中手骨がほぼ一体化しているのだが、バンニクスではまだ分離しているということも明らかになった。論文には特筆されていないが3本の指のうち最も長いのは第1指であり、こちらもまた第2指が最も長いハプロケイルスと第1指以外は極端に退縮させた派生的アルバレズサウルス類との中間型である。
記載が終われば系統解析の時間だが、結果は化石を見た通りそのままである。アルバレズサウルス類の最基盤にアオルンが、ついでハプロケイルスが位置付けられたが、シユニクスはハプロケイルスの次の段階に(ツグルサウルスを姉妹群として)置かれることになった。そしてバンニクスはシユニクスの次の段階に置かれたのである。またこれによりハプロケイルスから派生的アルバレズサウルス類までにあった非常に長い時代的ギャップがきれいに埋められることになった。ハプロケイルスと派生的アルバレズサウルス類の中間的な形態を備えたシユニクスとバンニクスであるが、まさに形態通りでありそして時代通りの結果となったのである。
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ここまでがシユニクスおよびバンニクスの紹介である。ここからはアルバレズサウルス類の進化について、少しばかり自由に考えていきたい。
派生的アルバレズサウルス類の前肢の使い道は正直不明としか言いようがないのだが、『恐竜学入門[監訳:真鍋真]』では「おそらく、短くも力強い腕は穴を掘るのに使ったのだろう」と書かれており、『恐竜の教科書 最新研究で読み解く進化の謎[著:ダレン・ナイシュ]』ではもっと踏み込んで「これらの特異な前肢は掘るための道具のようで、腐食した木を割って内部を露出させ、アリやシロアリなどの昆虫を捕食していたのではないかという説がある」と書かれている。要するにアルバレズサウルス類の前肢の進化は、食性の変化に対応した結果というわけである。バンニクスの段階ではまだ第1指が肥大化しただけではあったが、おそらくこの時点で食性は雑食から昆虫食へと変化していたのだろう。
ここで気になるのは、アルバレズサウルス類を昆虫食(あるいはアリ食か?)へと駆り立てたものは何だったのかということである。考えられるのは獲物となる昆虫の多様性増加、そして他獣脚類とのニッチ分割である。前者の昆虫多様性については化石情報の少なさ(と筆者の無知)により正直よくわからないというのが個人的感想であるが、被子植物の多様性増加とともに昆虫の多様性も増加したという話を聞いたことがある。被子植物が勢力を拡大したのは白亜紀に入ってからであり、これが巡り巡って当時の恐竜に影響を与えた可能性はありそうだ。
もう一つの可能性である他獣脚類とのニッチ分割はどうだろうか。白亜紀前期にはコエルロサウルス類の全分類群が出そろっており、各々が独自の方向性へと進化する真っ最中であった。ティラノサウルス上科とドロマエオサウルス類は中小型の捕食者へ、トロオドン科はそれらより小型の捕食者へと進化した。オルニトミムス類とテリジノサウルス類はどちらも植物食へと食性を変化させながらも、おそらくは生態を少しずつ変えて共存したのだろう。そうなると(オヴィラプトロサウルス類の立ち位置が不明だが、)アルバレズサウルス類に残された空席は昆虫食特化ぐらいになってしまう。くしくも先述通り白亜紀前期に昆虫の多様性が増大したと考えられているため、アルバレズサウルス類が昆虫食特化へと舵を切っても問題はなさそうだ。無論のことながらこの考察は証拠ゼロの妄想もいいところである。実際のところはどうなのか、それは今後の研究次第である。
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以上、2018年にまとめて記載された基盤的アルバレズサウルス類のシユニクスとバンニクスの紹介およびアルバレズサウルス類の進化についての個人的妄想であった。シユニクスが産出したツグル層群や、バンニクスが産出したバインゴビ層はあまり研究情報を聞く地層ではないのだが、それでもツグル層群からはケルマイサウルスやウェロホサウルスなどが、バインゴビ層からはアラシャサウルスが産出しており、今後も何か産出しそうな地層である。今後の研究次第ではあるが、両地層の発掘研究が進むことで熱河層群とほぼ同時代に東アジアの内陸(かつおそらく熱河層群よりも低地)にどのような生態系が存在していたのかが明らかになりそうだ。特にバインゴビ層はのちの時代に堆積したジャドフタ層からネメグト層まで一連のモンゴル産古生物相へつながる可能性もあり、ジャドフタ層やネメグト層の原型が時代的空間的にどこまで存在していたのかということも明らかになりそうだ。
アルバレズサウルス類に話を戻せば、シユニクスとバンニクスをもってしても埋めることができない空白期間がまだ2か所存在する。1か所目がハプロケイルスからシユニクスまで、ジュラ紀後期キンメリッジアンから白亜紀前期オーテリビアンまでの約2800万年間、2か所目がシユニクスからパタゴニクスまで、白亜紀前期アルビアンから白亜紀後期チューロニアンまでの約2300万年間―――俗に「白亜紀中期」と呼ばれる有名な空白期―――である。この空白期から新たな化石が産出すれば、ジュラ紀後期から始まった一本爪の一族がたどってきた道のりが明らかになるだろう。思えばアルバレズサウルス類が鳥類か恐竜かについて、たった3属*4で議論されていた往時と比べて、アルバレズサウルス類の属種数も随分と増えたものである。彼らの研究はこれからも注目だ。
そんなわけで今回および前回となんちゃって骨格図みたいなものを(トレースだけど)こさえてみました。シユニクス&バンニクスの記載論文を見て「これは自分でブログ用の骨格図を作らねば…」と使命感半分で試しましたが、えらい疲れました。とはいえトレース作戦でなんとかなりそうなのは分かったので、次は別の古生物でも試してみたいところ……。
参考文献
Xing Xu, Jonah Choiniere, Qingwei Tan, Roger B.J. Benson, James Clark, Corwin Sullivan, Qi Zhao, Fenglu Han, Qingyu Ma, Yiming He, Shuo Wang, Hai Xing, and Lin Tan, 2018, Two Early Cretaceous Fossils Document Transitional Stages in Alvarezsaurian Dinosaur Evolution. Current Biology. 28: 2853–2860.e3. DOI : https://doi.org/10.1016/j.cub.2018.07.057
*1:石樹溝層からは他にアオルンとシシュグニクスの2種類のアルバレズサウルス類が産出しているのだが、片や幼体、片や前後肢のみの産出という状況である。よってまともに比較可能な恐竜はハプロケイルスのみということになる。余談だが、この3種はアルバレズサウルス科には含まれないとする研究もあるらしい
*2:書いている最中に知ったのだが、バンニクスのホロタイプ標本は2012年に幕張メッセで開催された『世界最大 恐竜王国2012』にて「ウラテサウルス(Wulatesaurus sp.)」の名義で展示されていたようだ。図録のp116には実物化石(と何を参考にしたのか分からない復元骨格)の写真が掲載されているが、掲載された部位はおおむねバンニクスと一致する。
*3:ちなみに論文上では獣脚類の前肢の指の配列をⅡ-Ⅲ-Ⅳとしている。これについてはリムサウルスの記載論文を参考していることが理由だが、現在の解釈では東北大学の田村博士が提唱したⅠ-Ⅱ-Ⅲが定説となっている。これに限らず獣脚類の指の話が出た時には参考文献と数え方に気を付けていただきたい。
*4:2002年に小学館から刊行された『小学館の図鑑 NEO 恐竜』ではアルバレズサウルス、パタゴニクス、モノニクスの3属が「古いタイプの鳥」のページで紹介されている。2000年に学研が刊行した『学研の図鑑 恐竜』では「アルヴァレスサウルス類」としてまとめられているものの、メンバーは変わらず3属である