古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

南雄層の暴君一族

 新属新種ラッシュが続いた7月後半であったが、どうもその流れは全く収まらないようだ。先々週、先週と新属新種を立て続けに紹介したが、つい先日にも新属新種の恐竜が2属記載命名されたのである。片方はおそらく今後知名度は向上していくことが予想されるため、当ブログではもう片方を紹介していこう。

 さて、ティラノサウルス上科と言えばタルボサウルスやアルバートサウルスなど多くの有名恐竜を有し、恐竜界隈で知らない人はいないと断言できるきわめて有名な分類群であろう。改めてティラノサウルス上科についてざっくりと振り返ると、ティラノサウルス上科はジュラ紀中期に(おそらくアジアかヨーロッパのいずれかで)出現したのちに、ユーラシア大陸全域に進出した。鼻骨のとさかを持つプロケラトサウルス科は白亜紀前期のユウティラヌスおよびシノティラヌスを最後に絶滅したが、残りのパンティラノサウルス類については白亜紀「中期」まで中小型の肉食恐竜として各地で一定の勢力を保ちづづけることになる。そして白亜紀「中期」に起きた転換期を経て、ティラノサウルス科(と、おそらくはメガラプトラ)は頂点捕食者へ上り詰めることになったわけである。

 そんな感じで白亜紀末期に頂点へ上り詰めたティラノサウルス科であるが、その中における変わり種と言えばアリオラムス族が挙げられる。アリオラムス族は現状においてアリオラムスとキアンゾウサウルスの2属3種しか確認されていない、東アジア限定のローカル分類群である。しかしながらティラノサウルス科にしては細長い頭骨という特徴から、同時代同地域に共存していたティラノサウルス科(アリオラムスで言えばタルボサウルス)と異なるニッチを占めていたのではないかと推測されている。そして今月25日に、キアンゾウサウルスと共存していたティラノサウルス科が記載されることになった。そんなわけで今回は南雄層から産出したティラノサウルス科の新属新種である、アジアティラヌス(Asiatyrannus xui)の紹介である。

 

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 アジアティラヌスが産出したのは中国江西省に分布する南雄層である。南雄層の年代については白亜紀後期マーストリヒチアン期とされており、主に赤色砂岩で構成されている。南雄層からはコリトラプトルやガンゾウサウルスなど有効名だけで8属ものオヴィラプトロサウルス類の他に、竜脚類やテリジノサウルス科、同定不能ながらハドロサウルス類も発見されている。このほかにもワニ類やカメ類なども産出しており、白亜紀末期における東アジアの生物相を示す地層として、モンゴルのネメグト層と並び重要視される地層である。

 それでは、アジアティラヌスの骨学記載概要である。アジアティラヌスのホロタイプ標本(ZMNH M30360)はほぼ完全な頭骨に加えて尾椎の一部や後肢の大部分が産出している。化石表面は化石化過程でひびが入ったりして不明瞭となっているが、それでも保存状態は良好である。

A:アジアティラヌス骨格図。黄色で塗られた箇所が化石が発見された部位。
B:アジアティラヌス頭骨化石
Lü(2024)より引用。

 まずは頭骨からである。頭骨は右側半分がよく露出しており、左側半分は尾椎に隠されるような状態となっている。全体的に頭骨は癒合が進んでおり、左右の鼻骨が癒合している点は明らかにティラノサウルス上科である。4本の前上顎骨歯は他の歯よりも小さく、断面はやはりD字型となっている。頭骨の全体的な形状は前後の長さに対して上下の高さが高く、前後に長く上下に低いアリオラムス族とは対照的な形状となっている。大きくあいた側頭窓は亜長方形になっており、これはアジアティラヌス固有の特徴とされている。涙骨の突起はそれほど発達しておらず、アルバートサウルスなどのような目立つ突起のような状態にはなっていなかったと推測されている。歯骨は成体ティラノサウルス科と同様に頑丈なつくりとなっていた。

 続いて後肢を見ていこう。大腿骨には他ティラノサウルス科にもみられるような、靭帯を収めていた溝や、強力に発達した第四転子などの特徴が確認されている。中足骨もティラノサウルス科の例にもれず、アークトメタターサル構造となっている。これ以外にも腓骨や脛骨などが発見されており、こちらにも典型的なティラノサウルス科の特徴が残されていたようである。

(なお尾骨については論文内で図示および写真が掲載されたのみで、特段記載を行われたわけではないようだ。)

 論文と順番は前後するが、ここでホロタイプ標本の成長段階について解説しよう。右腓骨が切断され、骨組織を観察するべく剥片標本が製作された。結果、少なくとも13本の成長停止線が確認された。外側に行くにつれて成長停止線の間隔が狭くなっていることから、ホロタイプ標本はまだ成長途中だったと考えられている。その一方で、鼻骨など頭骨のほとんどの部位が癒合していること(幼体では一つ一つの骨が分離している)から、ホロタイプ標本は成熟に近づいていた亜成体だったのではないかと推測されたのである。それでいながらホロタイプ標本の大腿骨や頭骨から産出したアジアティラヌスの全長は3.5~4mと推測され、アジアティラヌスはティラノサウルス亜科(ティラノサウルス科のうち、アルバートサウルス亜科を除いた分類群)のなかでは確実に最小の恐竜とされたのである*1

 そして系統解析の時間である。派生的なティラノサウルス科の特徴が多く見られたアジアティラヌスであるが、系統解析の結果はやはりリトロナクスよりも派生的なティラノサウルス亜科として、ナヌクサウルスおよびさらに派生的な分類群と多系統の関係に当たるとされた。当然のことながらキアンゾウサウルスを含むアリオラムス族とは縁遠いところに置かれ、南雄層において系統の異なるティラノサウルス科2属が共存していたことが明らかになったのである*2。南雄層から産出したアジアティラヌスとキアンゾウサウルスは全長や頭骨の形状が大きく異なっており、このことから異なるニッチを占有していた可能性が指摘された。論文中ではキアンゾウサウルスが頂点捕食者の地位につき、アジアティラヌスは中から小型の獣脚類としてのニッチを確立していたのではないかと推測された。

ティラノサウルス上科の系統図。Lü(2024)より引用。

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 以上がアジアティラヌスの概要である。ここからはアジアティラヌスの生態および獣脚類の住み分けなどについて、筆者の妄想をグダグダと書き連ねていきたい。

 まずはアジアティラヌスの生態、もとい食性についてである。キアンゾウサウルスと異なるニッチを占領していたとされたアジアティラヌスであるが、いったい何を捕食していたのだろうか?

 ヒントとなりそうなものは、やはり頭骨の形態であろう。アジアティラヌスは全長4m程度と小柄でありながら、頭骨はティラノサウルス亜科の成体のように頑丈なものであり、明らかに噛む力の弱そうなアリオラムス族とは対照的な構造である。キアンゾウサウルスは他産するオヴィラプトロサウルス類(のおそらく成体)を主な獲物としていたとされているが、アジアティラヌスがそれとは異なるものを獲物としていたことは確実だろう。思い当たるのは南雄層から産出する竜脚類や鳥脚類あたりだろうか。頭骨からして格下狙いのキアンゾウサウルスと異なり、アジアティラヌスは同格かやや上ぐらいの体躯の恐竜も襲うことができたかもしれない。

 あるいはオヴィラプトロサウルス類の幼体を襲っていた可能性もある。昨年(2023年)12月にゴルゴサウルス幼体の胃内容物にオヴィラプトロサウルス類の幼体が含まれていたという内容をブログに書いたのだが、この時のゴルゴサウルス幼体の全長はアジアティラヌス成体とほぼ同じくらいなのである。アジアティラヌスの体つきからして走ればかなりの速度が出せたはずであり、ならばオヴィラプトロサウルス類の幼体にも追いつくことができたと考えることもできそうだ。仮にこちらの方が正しかった場合、キアンゾウサウルスとは同じ種類の違う成長段階の恐竜を捕食していたという、きわめて興味深いことになるわけだ。

 続いて、ララミディアにおける「中型獣脚類」についてである。ララミディア、特にヘルクリーク層における中型獣脚類の不在というのはよく知られた話であり、ティラノサウルス亜科の幼体が中型獣脚類のニッチを占領していたという話もある程度有名な話であろう。しかしながらネメグト層におけるタルボサウルスとアリオラムスしかり、南雄層のキアンゾウサウルスとアジアティラヌスしかり、東アジアでは大型獣脚類と中型獣脚類が共存していたのである。であるならば、ララミディアにおける中型獣脚類不在の理由としてティラノサウルス亜科の幼体が該当ニッチを占領していたからという説には首をかしげざるを得ない。そもそもララミディアという土地は現在の北米大陸の5分の1程度の土地面積しかなく、絶対的な資源不足というのは目に見えている。おそらくララミディアにおける中型獣脚類の不在は、絶対的な資源不足のため大型獣脚類と中型獣脚類が共存できなかったというのが理由ではないだろうか。そういう意味ではネメグト層や南雄層のように大きさの異なる複数種の獣脚類が共存している地層というのが、白亜紀末期本来の生物相であり、ヘルクリーク層などのララミディアの方が例外事象であるということができそうである。

 最後に、南雄層の生態系についてである。アジアティラヌスの記載論文においては、南雄層の頂点捕食者はキアンゾウサウルスであるということが書かれているが、先述通り南雄層からは竜脚類や鳥脚類が産出している。竜脚類が生息するところには間違いなく大型獣脚類も生息しているのだが、キアンゾウサウルスは主な獲物がオヴィラプトロサウルス類と推測されており、竜脚類を襲うには力不足と言っても過言ではないだろう。ましてやアジアティラヌスでは竜脚類の相手にはならず、下手をすれば大型鳥脚類に蹂躙される立場だっただろう。

 何が言いたいかと言えば、「南雄層にはキアンゾウサウルスとは別に、真の頂点捕食者たるティラノサウルス亜科が存在するのではないか?」ということである。はっきり言って状況証拠から推測した純度100%の妄想にすぎず、これといった根拠はゼロである。筆者の妄想が当たる確率はほぼないだろうが、とはいえネメグト層ではタルボサウルスとともにオピストコエリカウディアというティタノサウルス類の竜脚類が(タルボサウルスによる捕食痕も含めて)産出しているのである。南雄層においても同じ状況だった可能性はそれなりにあると考えても、的外れではない気もするが、どうだろうか。

 

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 以上、南雄層から産出したアジアティラヌスの記載論文概要と、それにまつわる筆者の妄想をグダグダと書き連ねてきた。同地域にティラノサウルス科2種が共存していたということ自体が珍しいことだが、白亜紀末期においてティラノサウルス亜科の小型化が起きていたということも明らかになった。アジアティラヌスの存在はティラノサウルス亜科の多様性の高さを示す一端であると同時に、白亜紀末期の生物相を考える上で大きなヒントであることは間違いないだろう。あるいは別の地層からアジアティラヌスのように小型化したティラノサウルス亜科が産出する可能性もあり、ティラノサウルス亜科の可能性を広げる存在ともなったわけである。共存していたキアンゾウサウルスも2014年の記載以降、ティラノサウルス科の進化において重要な存在となったわけだが、アジアティラヌスもここに並び立つ存在となるに違いない。

 南雄層で共存していたキアンゾウサウルスとアジアティラヌスであるが、実際の南雄層はどのような生態系だったのだろうか?あまりにも多様なオヴィラプトロサウルス類とともにテリジノサウルス類や竜脚類などもいたことは確かだが、キアンゾウサウルスとアジアティラヌスよりもさらに上の捕食者はいたのだろうか?南雄層の生態系が今よりも鮮明になれば、ネメグト層など他東アジアの最上部白亜系との対比から見えてくることもあるだろう。そうすれば白亜紀末期における恐竜多様性についても、今よりずっと多くのことが明らかになるに違いない。白亜紀末期と言えばララミディア一強のようにも見える現状であるが、ララミディアから離れてみればまた違った世界が見えてくる。あるいはそれが、恐竜絶滅の謎に近づくための迂回路なのかもしれない。

 

参考文献

François Therrien et al., Exceptionally preserved stomach contents of a young tyrannosaurid reveal an ontogenetic dietary shift in an iconic extinct predator. Sci. Adv.9,eadi0505(2023).DOI:10.1126/sciadv.adi0505

Lü, J., Yi, L., Brusatte, S. et al. A new clade of Asian Late Cretaceous long-snouted tyrannosaurids. Nat Commun 5, 3788 (2014). https://doi.org/10.1038/ncomms4788

Zheng, W., Jin, X., Xie, J. et al. The first deep-snouted tyrannosaur from Upper Cretaceous Ganzhou City of southeastern China. Sci Rep 14, 16276 (2024). https://doi.org/10.1038/s41598-024-66278-5

真鍋真,2017,別冊日経サイエンス よみがえる恐竜 最新研究が明かす姿.株式会社日経サイエンス.p127

*1:ティラノサウルス亜科にも小型から中型の種類がいた可能性はあるが、どいつもこいつも実態は不明瞭である。ラプトレックスおよびナノティラヌスはそれぞれタルボサウルスおよびティラノサウルスの幼体とする見解が一般的であり、固有属とは認められていない。ナヌクサウルスについてはホロタイプ標本が幼体である可能性が指摘されているらしく、成体とみられる化石からはアルバートサウルスに匹敵する大きさが推定されているようだ。

*2:複数のティラノサウルス科が共存していた例は他にもいくつかあり、論文中ではダイナソーパーク層(ゴルゴサウルスとダスプレトサウルス)、ジュディス・リバー層(ゴルゴサウルスとダスプレトサウルス……と思われるが不明)、ネメグト層(タルボサウルスとアリオラムス)が挙げられている。ティラノサウルス上科まで含めれば義県層(ユウティラヌスとディロング)も当てはまるだろう。