古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

暴君に似た者、何を語る

 長らく本ブログの更新が途絶えているうちに、古生物界隈はいろいろあったわけだが、日本の恐竜の聖地とでも呼ぶべき福井県から待望のニュースが飛び込んできた。2020年の特別展『福井の恐竜新時代』で初公開され、その後常設展示に回った*1「北谷層産オルニトミムス類」がついに記載命名されたのである。前置きはこの辺りにしておいて、日本産恐竜11種目にして北谷層産6種目となるティラノミムス・フクイエンシス(Tyrannomimus fukuiensis)について解説していこう。同じく北谷層産のフクイラプトルやフクイヴェナトルと並び、なかなかに面白い恐竜である。

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 ティラノミムスが産出したのは2018年の発掘調査のことであった。北谷恐竜化石発掘現場の最下層*2から複数個体分が発見された。それ以前の日本国内におけるオルニトミムス類といえば、群馬県神流町の山中地溝帯瀬林層から産出した尾椎一つ(サンチュウリュウ)や熊本県御船町の上部白亜系(御船層群だろうか)から産出した尾椎と末節骨など断片的なものばかりであった。これに対して北谷層産オルニトミムス類は前後肢の他に頭骨要素(脳函など)も産出しており、日本産オルニトミムス類としては最良の産出状態だったのである。前述した2020年の特別展でお披露目された際には現在研究中との内容がキャプションで紹介されており、記載論文投稿への道が最も近い恐竜として(筆者が個人的に)注目していた存在であった。

 

ティラノミムスの化石および成体シルエット。Hattori(2023)より引用

 それではティラノミムスについて解説していこう。複数個体が産出したティラノミムスは今回の記載論文にてホロタイプの他にパラタイプと参照標本の指定が行われた。ホロタイプおよびパラタイプ標本番号と産出部位は以下の通りである。

ホロタイプ:FPDM-V-11311(脳函、脊椎、仙椎、尾椎、腸骨の断片)

パラタイプ:FPDM-V-10295(部分的な左大腿骨、左第二中足骨、左右の第四中足骨、左後肢第一指骨および後肢末節骨)

 この他に参照標本として脊椎や仙椎、上腕骨などが登録されている。推定全長は2.5mほどと、オルニトミムス類としては標準的な大きさであったようだ。

 固有の特徴はホロタイプの脳函、参照標本の上腕骨に確認されている。また上腕骨に対する三角筋稜の長さや三角筋稜に見られる筋肉痕の形状、腸骨の形状などから、白亜紀前期のオルニトミムス類と区別された。骨格は全体的に新旧オルニトミムス類の特徴が入り交じっているような形態である。それでは筆者の理解力と独断偏見に基づいて化石を見ていこう。

 まずは頭骨からだ。左前頭骨はハルピミムスより派生的オルニトミムス類のように左右が癒合している。後方へ湾曲しドーム型となる形状もオルニトミムス類として典型的とされた。脳函には三半規管のキャストが残されており(フクイヴェナトルといいフクイプテリクスといい、この保存状態の良さは流石ラーガッシュテッテンたる北谷層と言ったところか)、CTスキャンにかけたところ蝸牛管の長さは7.88mmとされた。この長さはストルティオミムスの蝸牛管に匹敵する長さであり、ティラノミムスの聴力は後期白亜紀のオルニトミムス類と同等だった可能性が指摘された。

 部分的に発見された脊椎、仙椎、尾椎は正直特筆するべきことがない。強いて言うなら神経弓の構造がオルニトミムス類で普遍的に見られる形質であること、発見された仙椎は第3から第5仙椎であると推定されていることぐらいであろう。

 前肢は左右上腕骨、指骨と末節骨について記載されている。上腕骨は側面から見るとほぼ直線的な形状をしており、三角筋稜はヌクェバサウルスを除くオルニトミムス類と同様に小さく、近位に位置している。指骨や末節骨は他のオルニトミムス類同様に直線的な形状である。

 腸骨は非常に面白い。腸骨中央には垂直に伸びる稜線があるのだが、これはティラノサウルス上科全体に見られる特徴なのである(が、シェンゾウサウルスやハルピミムスなど一部のオルニトミムス類でも確認されている特徴ではある)。特にアヴィアティラニ*3とは稜線の形状は酷似していることが指摘された(属名はこれに由来する。ティラノサウルス上科を意識して付けた属名であるとの説明だが、最も意識されているのは先述通りアヴィアティラニスであろう)。それ以外の部位(寛骨臼など)は概ねオルニトミムス類としての特徴を持ち合わせていたようである。

 後肢は全体的に基盤的オルニトミムス類やデイノケイルス科の特徴が見られる。大腿骨の小転子の形状はガルディミムスやビセクティのオルニトミムス類に、伸筋溝の見られない遠位端はヌクェバサウルスやガルディミムスにそれぞれ共通して確認された特徴である。第三中足骨は第二、第四中足骨に近位半分当たりで挟まれる、いわゆるアークトメタターサルになりかけの構造であったようだ。

(ディスカッションの冒頭で、ティラノミムスがフクイラプトルの幼体である可能性について検討されているが、現状ティラノミムスの標本にメガラプトラの特徴は確認されていない。現状ティラノミムスのホロタイプは成長途中の個体と考えられているが、とりあえず既知または未知の別種大型獣脚類の幼体である可能性はないと言っていいだろう。)

 

 系統解析においては、ティラノミムスはデイノケイルス科の基盤的な種として、ハルピミムスと姉妹群という立ち位置となった。これによりティラノミムスがデイノケイルス科の最古の恐竜であることが明らかになったのである。

オルニトミムス上科の系統図。アヴィアティラニスの系統位置は示されていないことに注意。Hattori(2023)より引用

 そしてティラノミムス以上に衝撃的な系統となったのは腸骨の解説でしれっと言及したアヴィアティラニスである。系統図上では描かれていないものの、ティラノミムスとの共通する特徴からアヴィアティラニスが最古のデイノケイルス科にして最古のオルニトミムス類である可能性が指摘されたのである。これによりオルニトミムス類の起原がジュラ紀後期キンメリッジアンまで拡大され、マニラプトル類の放散から2000万年に渡るゴースト系統の一部が埋められることになったのである。アヴィアティラニスの詳細な系統については将来に託されたものの、オルニトミムス類の系統としてかなり衝撃的な結果が示されたのであった。

 

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 以上がティラノミムスについての大雑把な概要である。ここからはティラノミムスから見る北谷層についてや、オルニトミムス類の系統について、筆者なりに気になったことをグダグダ書き連ねていこう。

 まずはティラノミムスから見る北谷層についてである。北谷層産の恐竜研究を振り返れば、記載された恐竜は基盤的なメガラプトラやテリジノサウルス類の最基盤、ティタノサウルス形類などである。このうち東アジアでは絶滅したメガラプトラを除けば、多くの分類群はのちの時代の白亜紀後期まで繁栄を続けている。ここに今回デイノケイルス科の基盤的な種であるティラノミムスが加わったことで、白亜紀後期の東アジア―――諸城の王氏層群やモンゴルのジャドフタ層やネメグト層など―――で確認される主要分類群のほとんどが白亜紀前期にまでさかのぼることができることが明らかになったのである。正直なところを言えば、白亜紀後期の東アジアにいた分類群のほとんどはすでに熱河層群義県層で産出しており、ここで特筆することではないかもしれない。しかしながら義県層と北谷層が地理的および年代的にある程度離れていることは確実であり、これらの生物群が東アジア一帯に長期間生息していたということはほぼ確実とみていいだろう。

 そしてデイノケイルス科、と言うよりオルニトミムス類(この場合、いくつかの先例にならいオルニトミムス上科と呼ぶべきか)の系統についてである。当記載論文にてティラノミムスが確定できる範囲で最古のデイノケイルス科に認定されたわけだが、同時にジュラ紀後期のアヴィアティラニスまでもがデイノケイルス科(にして最古のオルニトミムス上科)である可能性を指摘されている。系統解析に基づく結果ではティラノミムスより基盤的なオルニトミムス上科(ヌクェバサウルス、ペレカニミムス、シェンゾウサウルスおよびベイシャンロン)はデイノケイスル科およびオルニトミムス科とともに多分岐をなしているわけだが、他の研究を見る限りではヌクェバサウルスが最基盤、ペレカニミムスが次に配置され、ついでシェンゾウサウルスという系統が多い気がする(ベイシャンロンは正直立ち位置不明である)。そして系統図上において、基盤的なオルニトミムス上科で最も新しいベイシャンロンからオルニトミムス科最古のシノルニトミムスまで約2000万年のギャップが存在する。そして筆者はふと考えた。

 オルニトミムス上科の本流はデイノケイルス科なのではないか?

 もっと言ってしまえば、デイノケイルス科はオルニトミムス科へとつながる側系統群なのではないか?

 あるいはオルニトミムス科がデイノケイルス科の中で多系統(あるとしたらララミディアグループとアジアグループ)をなす可能性もあるだろう。いずれの可能性があるにしてもゴースト系統の見当たらないデイノケイルス科に比べて、オルニトミムス科のゴースト系統2000万年というのは何となく不自然であり、もやもやする。むろんこれは筆者の妄想であるが、もう少しオルニトミムス上科の系統については行く末を見守ったほうがいいかもしれない。

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 以上、ティラノミムスの紹介とそれに関係する筆者の妄想をグダグダ書き連ねてきた。四肢はそれなりに産出したティラノミムスであるが、食性の手掛かりとなる頭骨については脳函程度しか産出していない。系統上での立ち位置はこれ以降研究が進んでも動くことはないだろうが、デイノケイルス科の初期進化を知る上では追加標本が欲しいところである。現時点で複数個体が確認されているというところから、ティラノミムスは当時の北谷層では多くの個体が生息していたとも考えられる。今後の追加標本の発見には大きな期待が持てそうだ。

 ティラノミムス記載で学名のついた恐竜が6属まで増えた北谷層(手取層群まで拡大すればアルバロフォサウルスを含めて7属)だが、この先に続く発見は何だろうか?白亜紀前期および以降の時代に東アジアで栄えた分類群のうち、北谷層で確認されていない分類群は筆者が思い浮かぶ限り2つ―――ティラノサウルス上科とカルカロドントサウルス科―――である*4ティラノサウルス上科は義県層でディロングとユウティラヌスが産出しており、北谷層からも2種類の異なるティラノサウルス上科が産出する可能性は十分にあるといえるだろう。とはいえ白亜紀前期に世界中で覇権を極めたカルカロドントサウルス科が産出する可能性もあるかもしれない。6属が報告されてもなお、北谷層の全貌は厚いヴェールに包まれている。ティラノミムスが疾走していた世界を知るのには、まだ時間がかかりそうだ。

 

ティラノミムスのホロタイプを含むと思われるオルニトミムス類化石標本。撮影時は研究のキャプションだった。2022年にFPDMにて筆者撮影。

参考文献

Hattori, S., Shibata, M., Kawabe, S. et al. New theropod dinosaur from the Lower Cretaceous of Japan provides critical implications for the early evolution of ornithomimosaurs. Sci Rep 13, 13842 (2023). https://doi.org/10.1038/s41598-023-40804-3

東洋一ほか,2020,福井県立恐竜博物館開館20周年記念 福井の恐竜新時代,福井県立恐竜博物館,95p

*1:リニューアル前の情報であり、リニューアル後も展示されているかは分からない。

*2:フクイラプトルやフクイサウルスが産出した層準である。ちなみにコシサウルスは同発掘現場の中部、フクイティタンとフクイヴェナトルは上部層から産出した。無論ながら全ての層準は手取層群北谷層に属する。

*3:2003年に記載された基盤的ティラノサウルス上科。ポルトガルの上部ジュラ系キンメリッジアン階から産出した。ホロタイプは部分的な腸骨と座骨に限られる。

*4:鎧竜類は歯が、ドロマエオサウルス類は足跡化石がそれぞれ北谷層で報告されている。北谷層の角竜類は正直噂程度にしか聞いていないのだが、アルバロフォサウルスの存在を考えるに、記載にこぎつけられる標本発見の可能性は十分高そうだ