古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

生き残りの盾

 現生する近縁の仲間は少ないが、化石ではよく知られている、あるいは長い時代を経てもあまり形態的に変化していないなど、祖先の特徴を保ち続け現在も生存している生物を総称して「生きた化石」という。

 以上は『地球生物学(池谷仙之・北里洋〔著〕)』のp50をそのまま引用したものである。生きた化石といわれて思い浮かべるのは、デボン紀に出現して以降ほとんど姿は変えずに生き残ったシーラカンスや、ほ乳類でありながら卵を産む単孔類の皆様方などであろう。このように古い形質を残したまま新しい時代まで生き残った生物というのは古生物でもいくつか知られている。カンブリア紀とオルドビス期に全盛を誇ったアノマロカリス類(ラディオドンタ類)の仲間でありながらデボン紀に生きていたシンダーハンネスや、ペルム紀末期や三畳紀末期に壊滅しながら白亜紀前期のオーストラリアで生き残り続けた大型両生類のクーラスクスなどがよく知られた例だろう。恐竜で言えば基盤的ハドロサウルス類の生き残りとされるヤマトサウルスあたりだろうか。そして今年8月に、恐竜界の生きた化石とでも呼べるような恐竜が新しく報告された。というわけで今回は、南米大陸で発見された基盤的装盾類、ジャカピル(Jakapil kaniukura)の紹介である。なおとっくの昔に速報ではなくなっていることについては、目を閉じていただきたい。

 

 ジャカピルが産出したのは南アメリカのアルゼンチン、白亜紀後期初期のセノマニアン期(94〜97Ma)にあたるカンデレロス層である(カンデレロス層と聞いてピンと来た読者の方、その勘は正解なのでしばらくお待ちいただきたい)。産出した部位は下顎要素の全てと上顎の一部、肩甲骨と部分的な烏口骨、いくつかの肋骨と尾椎、後肢の部分要素と40以上の皮骨からなる鎧である。例のごとく断片的な化石であるが、この化石が装盾類の新属新種であることに疑いの余地はなく、北パタゴニアの先住民の言葉で「盾を持つ者」という属名を与えられ、2022年8月に記載された。

 断片的な化石であるが、残された部位からはしっかりとジャカピル固有の特徴が見出されている。最も目立つのは下顎の化石である。下顎の後方にはいくつかの稜線が確認されており、これがジャカピル固有の特徴とみなされた。木の葉状の歯冠は唇側表面に内側縁が目立っており、これもジャカピル固有の特徴とされた。その他にも残された上顎や上腕骨などにも細かな特徴が存在しているようである。

 興味深い点として、ジャカピルの骨格にその他の装盾類―――スケリドサウルスなどの基盤的装盾類や剣竜類、鎧竜類―――の特徴がモザイク状に含まれている点であろうか。肩甲骨にはステゴサウルス類の特徴が含まれる一方で、脊椎や肋骨の様子はアンキロサウルス類やスケリドサウルスに酷似している。さらに言えば頭骨の比較にはヘテロドントサウルス類という基盤的鳥盤類まで比較に出され(しかも下顎のつくりは酷似しているようだ)、ジャカピルが時代としては異常なレベルで基盤的な存在であることが示されている。

 40以上が産出した鎧についても記載が行われている。多くの鎧竜は体の各部位に種類(形状)の異なる鎧が何種類か配置されているのだが、ジャカピルもその例には漏れないようだ。ジャカピルの場合、少なくとも5種類―――頂部を持った棘状の鎧、扁平で円盤状の鎧、楕円型の鎧、鋭い三角形の断面を持つ棘状の鎧、円錐形上の鎧―――が確認されており、その一部はアンキロサウルスなど派生的な鎧竜類に酷似しているようだ。

(なお、こういったことで検討が必要な成長段階については、各部位記載の冒頭で簡潔に述べるにとどめられている。それによれば全長1.5m以下とされたホロタイプは亜成体でこそあるものの、ここからより大型の鎧竜へと変化するということはないようだ。)

 

 さて、新属新種の記載論文といえば系統解析が山場になるのが通例である。系統解析の結果、ジャカピルはスクテロサウルスやスケリドサウルスなどの基盤的装盾類*1の次の段階、アンキロサウルス類とステゴサウルス類の共通グループの姉妹群とされた。これはつまり、派生的な装盾類が出現し、アンキロサウルス類とステゴサウルス類が分岐を始める前段階で独自の進化を遂げた(あるいは基盤的な形質を残したまま生き残った)恐竜であるというわけだ。「ジャカピルの骨格にはスケリドサウルスなどの基盤的装盾類や剣竜類、鎧竜類の特徴がモザイク状に含まれている」というのも納得の立ち位置である。

 それほどの基盤的な立ち位置にしてカンデレロス層からの産出というのも、やはり驚きが大きい。カンデレロス層の年代が白亜紀後期初期のセノマニアン期(94〜97Ma)であることは上述したが、そこにいたのはギガノトサウルスやリマイサウルス、ブイトレラプトルなどのおなじみの南米大陸恐竜たちである。いずれも派生的なカルカロドントサウルス科、派生的なディプロドクス類のリマイサウルス科、南米ドロマエオサウルス類のウネンラギア亜科と、時代の最先端を行く恐竜たちがひしめく中にあって、基盤的な装盾類が生き残り続けたというのは非常に興味深い。またジャカピルの記載前から、ゴンドワナ大陸では比較的基盤的な鎧竜類のパラアンキロサウリア*2の存在が示唆されており、この辺りゴンドワナ大陸における鳥盤類、ないしは装盾類の進化について今後も面白いことが出てきそうだ。

 

(蛇足となるが、ジャカピルの系統解析ではほかにも興味深い系統が示されている。先述のパラアンキロサウリアが示されたほかに「スケリドサウルス科」の側系統化も示されている。個人的にこれはと思ったのは石川県白山市で産出したアルバロフォサウルスの系統が久しぶりに示されたことだった。かねてより鳥脚類よりも角竜類に近いといわれていたアルバロフォサウルスだが、今回の系統解析で角竜類の最基盤でプシッタコサウルスと姉妹群として系統が示されたのである。従来ヒプシロフォドン風の復元を見る機会が多かったアルバロフォサウルスだが、今回の系統を信じるならばよりプシッタコサウルスに似た復元でも問題なさそうな気がするが、どうだろうか。もっとも、アルバロフォサウルスの化石は上顎骨と歯骨の断片しか産出していないため、これ以上深く突っ込んだ解析は難しいのもまたもどかしい話である)

 

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 化石の産出状況が断片的であるのはいつものこととして、しかしジャカピルの存在意義は非常に大きい。装盾類の原始的な種類が白亜紀「中期」にまで生存していたこと、生存場所が南米大陸であったことは非常に興味深い。ゴンドワナ大陸に限らず、装盾類の化石証拠は(ステゴサウルスやアンキロサウルスなど、有名な恐竜が多いわりに)空白だらけであり、パンゲア超大陸分裂に伴う放散プロセスや各グループへの進化の過程は現在もわかっていないことが多い(この辺りはジャカピルの記載論文でも嘆かれている)。

 その中においてのジャカピルである。ゴンドワナ大陸における装盾類の進化や装盾類そのものの進化についても、ジャカピルなどのゴンドワナ鎧竜は新しい情報を提供してくれるだろう。カンデレロス層の上位にあるのはマプサウルスやメラクセス、アルゼンチノサウルスやアオニラプトルなどこれまたおなじみメンツがひしめくフインクル層である。加えて、ジャカピルからステゴウロスまでは(直接の先祖・子孫の関係にはないため不適切な言い方ではあるが)3000万年近くのギャップが存在しているわけだ。ならばフインクル層からジャカピルの近縁種が産出するかもしれないし、カンデレロス層からステゴウロスの先祖的な装盾類が産出する可能性もある。失われたゴンドワナ大陸の装盾類たちの姿が明らかになるのは、まだまだこれからだ。

 

参考文献

Facundo J. Riguetti, Sebastian Apesteguia & Xabier Pereda-Suberbiola, 2022, A new Cretaceous thyreophoran from Patagonia supports a South American lineage of armoured dinosaurs. Scientific Reports. https://doi.org/10.1038/s41598-022-15535-6

*1:筆者としてはスケリドサウルスなどの基盤的装盾類に対して「スケリドサウルス科」および「スクテロサウルス科」という分類群があったと記憶していたのだが、いつの間にやら側系統として消えていたようである。少なくとも2011年出版の学研図鑑「ニューワイド 学研の図鑑 恐竜」ではまだスケリドサウルス科が生きていた

*2:南極産のアンタークトペルタ、元ミンミのクンバラサウルス、ハンマーというよりは鉈のような尾を持つステゴウロスが所属するグループ。ステゴウロス記載時に設立された新しいグループで、ジャカピル記載論文にも顔を出している。