当ブログのテーマの一つとして「図鑑にも乗らず、日本語Wikipediaにもないマイナー恐竜をあの手この手で紹介する」というものがあるのだが、それと同時に「メジャー恐竜は取り上げない」というルールを裏でこっそり決めていたりもした。知名度の高いメジャー恐竜というのは書籍やらなんやらで情報は多く発信されており、界隈に浸る方々であれば説明されずとも知っている情報は多いことだろう。ましてやヘルクリーク層から産出するアイツについてはなおのことであり、そうであるならば筆者ごときがこの場末ブログで解説する必要はない、必要などないと考えているわけだ(だからこそ、少し前に発表されたナノティラヌスの話題についても当ブログでのスルーを決め込んだわけである)。
とはいえである。当ブログは新属新種記載の速報的なことも行っているわけだ。そうであれば多少のレギュレーション違反を犯してでも新種紹介をやってみたいのはブログ筆者としての性である。そんな言い訳をグダグダと並べたところで今回紹介するのは、北アメリカ南西部で発見されたティラノサウルス属の新種であるティラノサウルス・マクレーエンシス(Tyrannosaurus mcraeensis)である。
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冒頭で少しふれたとおり、いわゆるティラノサウルス・レックス(Tyrannosaurus rex)が産出する層は基本的に北アメリカ北西部、サウスダコタ州に存在するヘルクリーク層である。サウスダコタ州ヘルクリーク層以外にもカナダのサスカチュワン州フレンチマン層から産出報告があったり(RSM P2523.8。通称スコッティ(Scott 2019))、同じくカナダのアルバータ州ウィロークリーク層から産出したり(RTMP 81.6.1。通称ブラック・ビューティー*1)するのだが、いずれの標本にせよ北アメリカ大陸の北西部に集中していたわけである。これに関してはT.rexの生息範囲が西部内陸海路に分断された東西北米大陸のうち、西側のララミディアであったこと、なおかつララミディアの北部にのみ生息していたことが理由となっている。
実のところ、北米大陸の上部白亜系で明らかになっているのはもっぱらララミディア北部に集中しており、ララミディア南部についてはいまだに明らかになっていないことが多いのだ。とはいえ少しづつララミディア南部の研究も進んでおり、ララミディアの南北で生物相が異なっていたことまでは明らかになっている。南北生物相の差異は特に角竜類で顕著であり、マクレー層群ホールレイク層で産出したシエラケラトプスは記載時の系統解析においてララミディア北部の角竜とは明確に別の分類群であるという結果が示されていた。また白亜紀後期の北アメリカの竜脚類として有名なアラモサウルスも、実のところララミディア南部に固有な恐竜であったりする。
そんなララミディア南部についてだが、中部カンパニアン階からはリトロナクスやテラトフォネウスなどのティラノサウルス科の化石が産出している。さらにはララミディア南部のマーストリヒチアン階からもティラノサウルス科の化石が発見されており、非公式ではあるが”アラモティラヌス”と呼ばれていたりする*2。そんな流れの中で今回、マクレー層群ホールレイク層で産出したティラノサウルス科の化石が記載命名されたわけである。
ここで産出地のマクレー層群ホールレイク層について少しだけ解説である。マクレー層群はニューメキシコ州南部に分布する上部白亜系であり、下部にホセクリーク層、上部にホールレイク層が分布している。ホセクリーク層は並行葉理や斜向葉理が見られる砂岩で構成される一方で、ホールレイク層は泥岩を中心に構成されている。ホールレイク層の時代については地層境界から約10m上の岩石より73.2±0.7Maとされており、時代で言うところのカンパニアン後期~マーストリヒチアン初期に該当する。ホールレイク層からは先述した南方系ケラトプス類のシエラケラトプスやハドロサウルス類、アラモサウルスと推定される竜脚類が産出しており、ヘルクリーク層とは異なる生物相であったことが明らかになっている。
そんなホールレイク層で産出したT.mcraeensisだがティラノサウルス属と同定されただけのことはあり、固有の特徴は非常に細かい。一目見て分かりやすい特徴と言えば歯骨の下側がT.rexと比べて直線的になっていること、前関節骨の曲がりが比較的弱いことなどだろうか。歯骨に備えられた歯は13本と数えられており、ここはティラノサウルス属であることを強く意識させる特徴である(T.rexも同じく歯骨の歯は13本)。歯骨の長さはスコッティと比較されており、全長は既知のT.rexの大型個体と同じ10m台であると考えられた。
系統解析の結果、やはりT.rexの姉妹群として位置付けられることになった。ティラノサウルス科の系統は(メガラプトラの帰属問題を除けば)割と安定した結果が得られており、ティラノサウルス属周りについてはズケンティラヌスを基盤としてタルボサウルスと姉妹群とする説が有力なのだが(Brusatte 2016)、今回の系統解析においてはティラノサウルス属の姉妹群としてズケンティラヌスとタルボサウルスの系統群が示されることになった。ティラノサウルスとタルボサウルスの進化には主にアジアで出現しララミディアに渡った説と、ララミディアで出現しアジアに里帰りした説の2つの対立仮説があるのだが、本論文では系統関係から、ティラノサウルス属の起源がララミディア南部であること、タルボサウルスはララミディアに起源をもつ祖先種がアジアへ渡った結果であることを主張したのである*3。
論文の「Discussion」において、T.mcraeensisがティラノサウルス属内の独立種である可能性について改めて検討を行っている。それによればT.mcraeensisの固有の特徴はT.rex内の個体変異と片づけるにはあまりにも外れた値を示すこと、ダスプレトサウルス属やアリオラムス属内の種内変異と同じような値となることが示されている。これに加えてホールレイク層は先述通りヘルクリーク層とは明らかに生物相が異なること、推定される年代がT.mcraeensisとT.rexとで500万~700万年のギャップが存在することから、両者は明らかに別種とされたのである。ただしT.mcraeensisにはT.rexには見られない特徴もあり、T.mcraeensisがT.rexの直接の先祖というわけではないようだ。
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以上がT.mcraeensisの記載論文概要紹介であった。ここからはT.mcraeensisに関する妄想と言うか、とある可能性について少し考えてみたい。
先述の通り、T.mcraeensisとT.rexは姉妹群ではあるのだが、先祖と子孫の関係にはないと考えられている。このためT.mcraeensisの他にもう1種、異なる大型ティラノサウルス亜科がララミディアに存在しており、それが最終的にT.rexへ進化したのではないかと論文中では言及されている。そうであるならば論文中で言及されたティラノサウルス属の起源がララミディア南部にいた可能性と合わせて考えると、T.mcraeensisとT.rex(の祖先種)の共通祖先がララミディア南部にいたことになるだろう。
さらに話をマーストリヒチアン末期へ移していこう。T.mcraeensisとT.rexの生息期間が500万~700万年空いているが、このうちT.rexの生息時代がマーストリヒチアン末期であることは周知の事実だろう。それでは同じ時代、T.mcraeensisの子孫はどうなっていたのだろうか?ララミディア南部のマーストリヒチアン末期はあまりにも資料不足(たんに筆者が見つけられなかっただけとは思うが)だが、その時代までにT.mcraeensisの系統が絶滅していたとは考えずらいものがある。ララミディア北部と南部で全く交流がなかったとは言えないだろうが、少なくともある程度生物相の違いはあっただろう。
以上より何が言いたいかと言えば「今後の研究次第でララミディア南部におけるティラノサウルス属の新種がまだ記載されるのではないか?」ということである。T.mcraeensisとT.rexの共通祖先、そしてマーストリヒチアン末期まで生き残ったT.mcraeensisの子孫が発見される可能性はなくはないといえるだろう。あるいはこれらのティラノサウルス属の研究が進むことでT.mcraeensisがティラノサウルス属内の独立種にとどまらず……という夢も見れる。ないものを語ることができないことは当然であり、本来公言するべきではないことは百も承知だが、カンパニアンからマーストリヒチアンの生物相変化を考えると将来が楽しみである。
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以上、T.mcraeensisの記載論文のざっくりとした哨戒と、ララミディア南部におけるティラノサウルス属についての妄想であった。恐竜界隈どころか古生物界隈でもぶっちぎりの知名度を誇るティラノサウルスであるが、そんな超有名恐竜でさえまだ新発見が眠っていることを突きつけられる論文であった。2024年も古生物学は予想不能の発見が続くことになりそうだ。
ヘルクリーク層やダイナソーパーク層、あるいはジュディス・リバー層などといった研究の進んだ名だたる地層が勢ぞろいするララミディア北部と異なり、ララミディア南部の研究はいまだに混沌真っただ中であるようだ。とはいえ混沌は少しづつ解消されつつあり、ララミディア南部の生態系が今後明らかになっていくことだろう。T.mcraeensisのホロタイプ(NMMNH P-3698)は保存状態こそいいものの、残っている化石は歯骨や頬骨などの頭骨の一部要素である。今後追加標本が発見されればT.mcraeensisの全体像に近づくことができるだろう。これに加えてホセクリーク層や上部ホールレイク層の研究が進めば、ララミディア南部における生物相も明らかになるだろう。ララミディア南部に居座った暴君が見ていた世界は、これから徐々に鮮明になるはずである。
参考文献
Dalman, S.G., Loewen, M.A., Pyron, R.A. et al. A giant tyrannosaur from the Campanian–Maastrichtian of southern North America and the evolution of tyrannosaurid gigantism. Sci Rep 13, 22124 (2023). https://doi.org/10.1038/s41598-023-47011-0
Stephen L. Brusatte, & Thomas D. Carr, The phylogeny and evolutionary history of tyrannosauroid dinosaurs, 2016, DOI: 10.1038/srep20252
真鍋真,2017,別冊日経サイエンス220 よみがえる恐竜 最新研究が明かす姿.株式会社日経サイエンス.p127
*1:おそらくは成体なりたての若いティラノサウルスと考えられているのだが、今に至るまで骨学的記載はされていないらしい。
*2:標本番号ACM 7975。写真が出回っているのは保存状態の悪い歯骨であるが、他にも部分的に産出しているらしい。なお今回の論文内ではちらりとも触れられていない。
*3:実のところ、冒頭でリンクを載せたナノティラヌスに関する論文内においても「Tyrannosaurus Hall Lake」が系統図上において表れている(具体的にはfig.31とfig.32)。こちらにおいてもT.rexと姉妹群として表れている。件のナノティラヌス論文の筆頭執筆者は今回の論文にも名を連ねているため、どこかしらでT.mcraeensisの情報を得ていたのだろうか