古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

身内同士の殴り合い

 しばらく更新しない間にもう2月である。ネタが切れたとか飽きたとか、そういったネガティブな話ではなく、ちょっとした仕込みをしていたのが真相である。ちょっとした仕込みの内容については年度明けぐらいに公開できるため、楽しみにしていただきたい。

 恐竜界隈で今最も熱い恐竜と言えば、今年の科博特別展の主役に抜擢されたズール(Zuul crurivastator)であろう。全身復元骨格の展示が公式ホームページで公開され、特別展へのボルテージは上昇の一途をたどっている。

 さて、昨年10月に筆者がズールについてグダグダ書いたときに、「恐竜博2023ではその研究情報が小出しに公開されるのかもしれないし、あるいは開催中(または開催後)に本格的なモノグラフが投稿されるかもしれない」と書いたわけだが、少し予想外なことに特別展が始まるより前に新しく論文が掲載された。ズールの皮骨およびその配置が(写真および一部情報のみとはいえ)公開されたわけだが、この論文はズール、ひいてはアンキロサウルス類の生態について興味深い考察を行っている。そんなわけで今回は『恐竜博2023』の予習記事第2弾として、ズールの皮骨、そしてアンキロサウルス類の種内闘争についての話である。

 

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 ズールについて、ここで簡単な解説である。ズールが産出したのは北アメリカのモンタナ州に分布するジュディス・リバー層コールリッジ部層である。生息年代は白亜紀後期カンパニアン(76.2~75.2Ma)であり、有名なヘルクリーク層の時代からは1000万年近くさかのぼる時代である。当時の北米大陸は南北を貫く巨大な内海、西部内陸海路(Western Interior Seaway)により東のアパラチアと西のララミディアに分断されていた。ズールが生きていたカンパニアンのララミディア、すなわちジュディスリバー層には他にもコリトサウルスやスピクリペウスなどの何かしらの角竜類、トロオドン科*1ティラノサウルス科など、多様な生物が生息していた。

 当初エウオプロケファルス属の新種と考えられたが、主に頭骨に確認された複数の特徴をもとに、2017年に新属新種のアンキロサウルス類であるとしてズール・クルリヴァスタトルと命名された。系統解析ではアンキロサウルス類(Ankylosauridae)の中でも派生的なAnkylosauriniに含まれ、ディオプロサウルスやスコロサウルス(いずれも元エウオプロケファルスである)の近縁の位置に置かれることになった。ただし原記載時点では頭骨と尾のクリーニングしか終わっておらず、胴体部の記載については持ち越しとなっていたのである。

アンキロサウルス類の系統図。(A)アンキロサウルス類全体を対象とした系統図;(B)下位分類のAnkylosauriniを対象とした系統図。いずれもVictoria(2017)より引用

 

 さて、ここからが本題だ。2017年時点で現在進行中だった胴体クリーニングは無事に終了したようである。2022年に発表された論文では体表に確認された皮骨のすべてにA~Nおよび1~5までの番号が割り当てられた。そして皮骨の配列や形状が図や写真、論文内で言及された。

上:ズールの産状化石写真。茶色が化石、薄茶色は母岩となる砂岩
下:産状図。各アルファベットは皮骨に割り当てられたナンバー。白塗りが未損傷。赤塗りが損傷の見られる皮骨。Victoria(2022)より引用

 胴体の皮骨は左右対称に配列されており、最大5列である。胴体横向きに生える皮骨はおおむね三角形をしており、先端は鋭いスパイク状となっている。最も大きいのは胴体前方に配置されたA2、B2、C3の3対とみられる。皮骨を覆う角質が保存されていたのは原記載の時点で明らかになっていたが、尾の皮骨だけでなく胴体の皮骨も保存されていることが明らかになった。

 胴体の皮骨には明らかに損傷している箇所があった。損傷個所は上図で示したイラストの赤色の部分である。具体的には左右のC3(左)、D3(左)、E3(左右)、F3(右)の4対5か所である。損傷を受けた皮骨はスパイク状の頂点が欠損し、露出した断面は角質でおおわれていることが明らかになっている。この「露出した断面は角質でおおわれている」というのは割と重要な情報である。もし、この損傷がズールの死後(あるいは死ぬ直前)についたものだとするならば、損傷の断面は角質でおおわれず骨がむき出しになるからだ。論文内では現生ワニでも同じような修復プロセスが見られることが言及されている。つまり、皮骨が損傷を受けた時点でズールは生きており、損傷を負った後も皮骨が治癒するぐらいには生存していたことがこの時点でわかるのである。

 

 さて、この皮骨の損傷はいったい何が原因で受けたのだろうか?ヒントになるのは損傷が見られる場所である。損傷を受けた皮骨はわき腹(正確には腹部後方から骨盤前方)に集中しており、ランダム性は見られない。このことを受けて論文内では以下2つの可能性が言及された。

①捕食者による攻撃

②同種内における闘争

 そして論文内では「②同種内における闘争」の可能性が高いと明言された。「①捕食者による攻撃」に対して寄せられた疑問点には、捕食者との身長差が挙げれた。アンキロサウルス類を襲うような捕食者と言えばティラノサウルス科の面々だが、彼らはアンキロサウルス類と比べて背が高い。そのため捕食者による攻撃があるならば、その攻撃痕は背中や首に集中する(あるいはランダムな損傷を受ける)と推測された。わざわざ姿勢をかがめて撲殺兵器が待ち構える脇腹へ攻撃するというまどろっこしいことはしないだろうと解釈されたのである。さらに問題視されたのはアンキロサウルス類のそもそもの希少性である。アンキロサウルスの化石がこれまで3体分しか発見されていないのは(界隈では)それなりに知られた話だが、アンキロサウルス本人に限らず、アンキロサウルス科の化石は現在もなお希少である。そうなれば当然捕食者との遭遇機会もなく、まして損傷を受けるということも少ないだろうと解釈された。

 それに対して「②同種内における闘争」は、2つの理由でもっともらしいとされた。1つ目は損傷の位置とアンキロサウルス類の姿勢についてである。アンキロサウルス類のハンマーは上下には動かず、左右に動くような構造になっている。このハンマーを同種に向けて降れば、損傷を受けるのはわき腹のあたりであり、これは実際の化石と一致する。2つ目は同じように同種内での闘争という行動が、現生哺乳類にも多数確認されていることである。例えば現生のウシやシカなどは頭の角を使って戦うという行動が多数確認されている。ズールにみられる皮骨の損傷についても、原生植物食動物が行う(ある意味儀式化された)種内闘争の結果ではないかと解釈されたのである(ついでに尾のハンマーについても性淘汰による発達の可能性が示唆された)。

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 界隈では衝撃をもって迎えられたズールの種内闘争の話だが、筆者はこれを聞いた瞬間、ある種のデジャブを感じた。同じような話をゴビ砂漠のネメグト層で聞いていたのである。2021年に投稿されたタルキア属の新種であるタルキア・キエラナエ(Tarchia kielanae)の記載論文では、骨盤や肋骨、尾の骨化腱などに損傷が見られることが報告されている。この損傷について、当論文においてもタルキア同士による種内闘争の痕跡ではないかと考察されていた(興味深いことに、種内闘争による損傷の証拠とされた尾のハンマーの非対称性はズールにもみられると言及されている)。このことから考えると、アンキロサウルス科における種内闘争というのは、同科全体に見られる普遍的な行動だった可能性があるわけだ。考えてみればトリケラトプスの種内闘争は前々から言われていたわけであり、アンキロサウルス科も同じような行動をとっていたことは不自然でも何でもない。とは言え予想外というか、思ってもいなかったのは事実である。

 

 当ブログ製作中、ピナコサウルスの喉の化石が報告され、現生鳥類のような鳴き方をしていた可能性が示された。アンキロサウルス科の生態行動はこれまで考えられた以上に複雑だった可能性がここ数年で一気に明らかになっている。アンキロサウルス科(を含む鎧竜類)はステゴサウルス類から少し遅れたジュラ紀後期に出現したわけだが、ステゴサウルス類が白亜紀前期で力尽きたのと対照的にアンキロサウルス科はK-Pg境界まで生き延びることになった。もしかすれば、白亜紀に両者の勢力が逆転したのは生態行動の差もあるかもしれない。また、アンキロサウルス科の姉妹群でありながらハンマーを持たないノドサウルス科や、基盤的なアンキロサウルス類であるパラアンキロサウリア*2の生態行動も気になるところである。とはいえ、アンキロサウルス類の化石は(ズールの論文で嘆かれている通り)絶対量に恵まれず、行動以前に形態がわからないこともざらである。今後の発見次第でまだ知られていなかったアンキロサウルス類の行動や形態が明らかになる可能性は十分高い。まだしばらくの間、アンキロサウルス類の話題は盛り上がり続けることだろう。

 

参考文献

Jordan C. Mallon, Christopher J. Ott, Peter L. Larson, Edward M. Iuliano, David C. Evans, 2016, Spiclypeus shipporum gen. et sp. nov., a Boldly Audacious New Chasmosaurine
Ceratopsid (Dinosauria: Ornithischia) from the Judith River Formation (Upper Cretaceous: Campanian) of Montana, USA. PLOS ONE 11(5): e0154218. doi:10.1371/journal.pone.0154218

Ruggero D’Anastasio, Jacopo Cilli, Flavio Bacchia, Federico Fanti, Giacomo Gobbo & Luigi Capasso, 2022, Histological and chemical diagnosis of a combat lesion in Triceratops, Scientific reports. https://doi.org/10.1038/s41598-022-08033-2

Victoria M. Arbour and David C. Evans, 2017, A new ankylosaurine dinosaur from the Judith River Formation of Montana, USA, based on an exceptional skeleton with soft tissue preservation, Royal Society Open Science. 4:161086. http://dx/doi.org/10.1098/rsos.161086

Victoria M. Arbour, Lindsay E. Zanno, and David C. Evans, 2022, Palaeopathological evidence for intraspecific combat in ankylosaurid dinosaurs, BIOLGY LETTERS.  18: 20220404. https://doi.org/10.1098/rsbl.2022.0404

*1:なおジュディス・リバー層産出の化石をもとに命名されたトロオドン(Toroodon formosus)は、ラテニヴェナトリクス記載時に無事疑問名に叩き落された。なおくだんのラテニヴェナトリクス本人もステノニコサウルスのジュニアシノニム疑惑があるらしく、ラテニヴェナトリクスの有効性は黄色信号である。

*2:ステゴウロス記載時に新しく提唱された分類群。ステゴウロスの他、南極から産出したアンタークトペルタとオーストラリアの元ミンミのマラソン標本ことクンバラサウルスが含まれている