古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

サンファンに逝く者

 なんだかんだでもはや3月下旬である。ここ最近繁忙期やらなんやらで全く手を付けられなかった当ブログだが、おそらく山場は過ぎた(希望的観測)はずなので、また少しずつ手を付けていきたいところである。

 昨今の恐竜話題と言えば3月現在絶賛開催中の『恐竜博2023』であろう。大反響の話は筆者にも漏れ聞こえており、4月の出撃が待ち遠しくてたまらない今日この頃である。さて、恐竜博と言えば2010年開催の恐竜博である『地球最古の恐竜展』をご存じの方は読者の中にどれほどいらっしゃるだろうか?2010年8月の六本木ヒルズ会場から始まり、約1年に渡って各地を巡回した特別展である。俗に「恐竜時代」と呼ばれる中生代のなかでもわりとマイナーな三畳紀、それも恐竜出現の黎明期の記録を残したアルゼンチンはサンファン州に分布するイスチグアラスト層のみに焦点を絞るという、今にして思えばかなり玄人向けの特別展だった(NHKとのタイアップはいろいろあったが)。とはいえ展示も図録も質は高く、イスチグアラスト層や三畳紀の恐竜達、何よりも三畳紀に全盛期を迎えたクルロタルシ類の一般知名度を押し上げたという意味においては特筆するべき特別展だったと言えるだろう。

 そんな『地球最古の恐竜展』には、当時未記載の恐竜が2名紹介されていた。一種目は図録やキャプションにて「新種獣脚類Y」と呼ばれていた小型獣脚類である。図録などの方々にて最古の獣脚類として宣伝されたのち、最後の巡回会場である北海道会場の会期末となった2011年に新属新種エオドロマエウス(Eodromaeus murphi)として華々しく記載されることになった(その後に分類を巡って一悶着が発生し、現在もなお立ち位置が定まっていないことについてはまた別の話である)。

 そしてもう一種、特別展には未記載種がいた。長らくヘレラサウルス(Herrerasaurus ischigualastensis)とされていた標本のうち、再調査で新属新種の可能性が指摘された「新種竜盤類X」である。こちらの方は特に大きく取り上げられることもなく、会期ど真ん中の2010年10月に新属新種として記載された。が、いかんせんこれといった宣伝もなかったためか、正直特別展時点で未記載だった仲間のエオドロマエウスより知名度はなさそうである。元ヘレラサウルスだったということが影響しているのか、あるいはそれが原因でヘレラサウルスとキャラ被りするためか、学研や小学館の図鑑でもあまり顔を見せることはない(いちおう日本語版wikipediaにはページが存在するようだが)。そんなわけで今回は『地球最古の恐竜展』に登場していたヘレラサウルス科の恐竜であるサンユアンサウルス(Sanjuansaurus gordilloi)の紹介である。

 

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 まずは恐竜紹介の前に、産出層たるイスチグアラスト層の紹介である。イスチグアラスト層はアルゼンチン南部に分布する、三畳紀後期に形成された地層である。同層が堆積するイスチグアラスト/タランパヤ自然公園群*1には他にもいくつかの地層が積み重なっており、公園内の下位からタランパヤ層(三畳紀前期オレネキアン)、タルハドス層(三畳紀中期アニシアン?)、不整合を挟んでチャニアレス層(三畳紀後期カーニアン初期)、ロス・ラストルス層(カーニアン中期)、イスチグアラスト層(カーニアン後期~ノーリアン初期)、ロス・コロラドス層(ノーリアン後期~レーティアン初期)の順に堆積しており、イスチグアラスト層は公園内でも新しい方の地層というわけだ(それでも年代は230~221Ma、すなわち約2億3000万年前あたりになるのだが)。

 三畳紀と言えば、一つ前の時代であるペルム紀の末期に大量絶滅が発生したことにより、生態系が文字通り壊滅したところからその歴史が始まった時代である。空席を埋めるかのように多様化した様々な分類群が超大陸のそこかしこでうごめいていたわけだが、その一端はイスチグアラスト層でも見ることができる。イスチグアラスト層からはヘレラサウルスやエオラプトルなどの初期の恐竜の他に、サウロスクスに代表されるクルロタルシ類、エクサエレトドンなどの単弓類、ヒペロダペドン*2のような基盤的主竜形類の特異な生物や大型両生類などが多種多様に産出している。過ぎ去ったペルム紀の生き残りや、三畳紀に出現した新興勢力がごった煮と化して一つの生態系を形作るという、三畳紀の魅力をこれでもかと詰め込み、なおかつ解像度よく我々に見せつけてくる地層がイスチグアラスト層なのだ(もっとも、三畳紀最末期を除いて三畳紀の地層は割合にどこもこんな感じだが)。

 

 サンユアンサウルスが発見されたのは1994年のことである。産出した部位は左の上顎骨、首から尾の中ほどまで関節した一連の脊椎、骨盤の全要素、両肩甲烏口骨、両後肢のほぼすべて(指骨および末節骨は除く)といった具合である。脊椎を除いて関節は外れていたものの、1平方メートルないという狭い範囲から集中して産出しており、単一個体が由来であることは確実視されている。

サンユアンサウルスの化石。右側が前方(頭骨側)、左側が後方(尾側)。
中央左の長骨は後肢の化石である。右下のスケールバーは20cm。Alcober(2010)より引用。

 

 上述通り、当初はヘレラサウルスと同定されしばらくの間は収蔵庫送りとなっていたわけだが、2010年に新属新種として記載された。『地球最古の恐竜展』の図録では首がヘレラサウルスより長くS字型に近い形状をとること、後肢が長くヘレラサウルスより足が速かった可能性があること、などが明言されていた。とはいえ、実際に記載論文で示された特徴はもう少し細かいわけである。具体的には、

・少なくとも第6~第8胴椎の神経棘で発達した前方突起および後方突起が見られる。

・恥骨が短く、大腿骨の長さの63%の長さとなっている(ヘレラサウルスやスタウリコサウルスではこの比率がそれぞれ90%および70%となる)。

・大腿骨の第四転子付近に顕著なしわを持つ(ヘレラサウルスでは小さく、なめらか)。

といったところである。このほかにも烏口骨に見られる突起が基盤的恐竜類の割には発達していたり、不完全ながら仙椎が3つ存在していたり*3と、その分類(後述)の割には派生的な特徴も備えていた。

 

 論文の最後では系統解析も行われており、(おおむね予想通りというか、やっぱりというべきか)ヘレラサウルス科に含まれることになった。ちなみにこの論文ではヘレラサウルス科は基盤的竜盤類の1分類群とされ、後の獣脚類とは別の分類群とされている。エオラプトルやグアイバサウルスの(おおむね竜脚形類の基盤に位置することが多い)2人については、ヘレラサウルス科よりも派生的な基盤的竜盤類として側系統化しているものの、この辺りに関しては論文ごとに内容がころころ変わる(すなわち定説というものが定まっていない)ため、数ある仮説の一つとして受け取る方がいいだろう(そしてそんなエオラプトルをしり目に、ちゃっかり竜脚形類の最基盤に居座り続けるパンファギアである)。

サンユアンサウルス記載論文における系統図。Alcober(2010)より引用。

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 さて、ここからは(いつも通り)サンユアンサウルスについて妄想語りをしていきたい。

 まず気になるのは間違いなく共存していたヘレラサウルスとの関係性である。サンユアンサウルスもヘレラサウルスもともに全長は3mといったところである。当時生態系の最上位には全長6mに達するクルロタルシ類であるサウロスクスが君臨しており、出現したばかりの恐竜は生態系の下位に位置していたことはある程度知られた話である。であるならばサンユアンサウルスとヘレラサウルスは残った生態的地位(ニッチ)を分割しなければならないわけだが、ここで気になるのは両者の住み分け(あるいは食べ分け)の問題である。同じような獲物を狙っていたのでは共倒れになってしまうが、サンユアンサウルスとヘレラサウルスは間違いなく同じ時代に共存ができていた。

 ここで注目したいのは、サンユアンサウルスにみられる第四転子に見られるしわの存在だろう。恐竜の第四転子は後肢を動かすうえで最も大きな筋肉が付着していたと考えられている。そこに顕著なしわが見られるということは、サンユアンサウルスはヘレラサウルスと比べて発達した筋肉を持っていた可能性があるということだ。だとすればサンユアンサウルスはヘレラサウルスより足が速かった可能性があり、これが両者の共存理由になっていたのかもしれない。ヘレラサウルスがヒペロダペドンのような動きの鈍い獲物を中心に狙い、サンユアンサウルスは動きの速い小型の獲物(おそらくはエオラプトルやピサノサウルスなどの初期の植物食恐竜)を襲っていた、という想像ができそうだ。

 また、ヘレラサウルスとの系統関係も気になるところである。上述の通り、ヘレラサウルス科にしては派生的な特徴を持つサンユアンサウルスだが、系統解析ではヘレラサウルス科の中で多分岐となっている。しかし各特徴から考えて、ヘレラサウルス科の中でもかなり派生的な立ち位置にいてもおかしくはないだろう(実際にオルニトスケリダの提唱論文ではチンデサウルスの姉妹群としてヘレラサウルス科の最派生組となっているようだ)。ヘレラサウルス科がどこまで多様化していたのか、どこまで生き残っていたのかも含めて考えると、サンユアンサウルスの重要性は(ヘレラサウルス科の中では)かなり大きいようにも思われる。

 

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 以上、『地球最古の恐竜展』組の一人であるサンユアンサウルスについてグダグダ語ってみた。ヘレラサウルス科はその短命さ(と、そもそも三畳紀がマイナー寄りであること)がゆえ、知名度の具合は知れており、ましてやその一種(しかも模式属たるヘレラサウルスと時代も地域も重複する)ともなればなおさらである。とはいえサンユアンサウルスは初期恐竜の進化や放散、三畳紀生物多様性を考える上では重要な存在であり、少なくともイスチグアラスト層においては無視できる存在ではないだろう。また恐竜類内部での系統的立ち位置という話において、ヘレラサウルス科を含めた初期恐竜たちの系統は今でも不安定であり、そういう意味では系統的にも生態的にも注目していきたいところである(ヘレラサウルス科そのものは比較的よくまとまった分類群であるため、さすがに側系統化して崩壊する……なんて話にはならないとは思うが)。

 恐竜時代の黎明期に中型肉食動物としてそのニッチを確立したヘレラサウルス科は、三畳紀末期に起きた大量絶滅により真の恐竜時代を見ることなく絶滅した。しかし、ヘレラサウルス科と共存しながら大量絶滅を生き残った多くの恐竜たちは、次の時代のジュラ紀前期から真の恐竜時代を作り上げていく。そして消えていったヘレラサウルス科が確立したニッチは、この後1億4000万年以上にわたってより派生的な獣脚類に脈々と受け継がれることになったのである。

 

参考文献

Dennis V. Kenta, Paula Santi Malnisc, Carina E. Colombic, Oscar A. Alcoberd, and Ricardo N. Martínezd, 2014, Age constraints on the dispersal of dinosaurs in the Late Triassic from magnetochronology of the Los Colorados Formation (Argentina), PNAS. vol.111, no.22, 7958-7963

Julia B. Desojo, Lucas E. Fiorelli, Martín D. Ezcurra, AgustínG. Martinelli, Jahandar Ramezani , Átila.A. S. Da Rosa , M. Belén von Baczko, M. Jimena Trotteyn, Felipe C. Montefeltro , Miguel Ezpeleta & Max C. Langer, 2020, The Late Triassic Ischigualasto
Formation at Cerro Las Lajas (La Rioja, Argentina): fossil tetrapods, high‑resolution chronostratigraphy, and faunal correlations. Scientific Reports 10:12782. https://doi.org/10.1038/s41598-020-67854-1

Oscar A. Alcober, Ricardo N. Martinez. 2010, A new herrerasaurid (Dinosauria, Saurischia)
from the Upper Triassic Ischigualasto Formation of northwestern Argentina, ZooKeys 63: 55–81 (2010) doi: 10.3897/zookeys.63.550

 

小林快次,2010,地球最古の恐竜展〔公式カタログ〕,NHK,p179

土屋健,2015,三畳紀の生物,技術評論社,p155

ダレン・ナイシュ・ポール・バレット,2019,恐竜の教科書 最新研究で読み解く進化の謎,創元社,p237

*1:産出する化石の重要性ゆえに、2000年にユネスコ世界自然遺産に登録されている。余談だが、他に世界遺産認定を受けている化石産出地と言えばアルバータ州立恐竜公園や古第三系始新統のメッセル採掘場など、名だたるラーガッシュテッテンが挙げられる

*2:『地球最古の恐竜展』ではスカフォニクス名義となっているのだが、経歴は不明ながらスカフォニクスの学名は疑問名―――学名としての有効性が存在しない名前―――となったようである。

*3:仙椎とは胴椎および尾椎の中でも骨盤と関節(または一体化)した脊椎のこと。ほとんどの恐竜では仙椎は3個以上存在しており、これが恐竜の特徴とされることも多いが、ヘレラサウルスとスタウリコサウルスでは仙椎が2個しかない。ヘレラサウルスが時として恐竜から外される理由の一つでもある