古生物・恐竜 妄想雑記

恐竜好きないち素人による妄想語り置き場

2023年を振り返る

 こんな感じのタイトルが2回目ということで、気が付けば2023年も終焉目前である。情勢は相変わらず、どころではない気もするが、とりあえず古生物学という正直に言ってしまえば大局に何ら影響を与えない学問が許される世界であったことに胸をなでおろすべきなのだろう。

 振り返れば今年の古生物界隈も大いに盛り上がっていた。新属新種の記載は相変わらず好調であったし、古環境や古生物の生活感についての発見も多々報告されていた。イリタトルの再記載をはじめとした既知標本の見直しも同時に進行しているほか、アノマロカリスを含めたラディオドンタの総説が出版されたり(論文はこちら)、翼竜の入門書のような論文(と呼んでいいのかは定かではないが)が出版されたり(論文はこちら)するなど、既存研究の総まとめも行われていた。

 日本国内に限定しても、今年は類まれな古生物学の当たり年だったといえるだろう。3月に開催された『恐竜博2023』と7月に開催された『Dino Science 恐竜科学博』はいずれも大成功に終わったことは記憶に鮮明である。福井県立恐竜博物館はリニューアルオープンして以降大盛況という話が伝わっている。古生物に関する書籍も数多く出版された。長らく命名への期待が高まっていた北谷層産オルニトミムス類と鳥屋城層モササウルスはそれぞれティラノミムス・フクイエンシス、メガプテリギウス・ワカヤマエンシスとして新属記載が行われ、東アジアにおける中生代の一端がまた一つ明らかになった。

 これだけ見ればすべてが大団円と思える本年だが、暗部に目を向ければ懸念事項も堆積中である。化石の売買はあいも変わらず行われているが、違法取引の果ての結末はウビラヤラが見せつけたとおりである(論文撤回による裸名化は昨年2022年のことだが)。8月に始まった国立科学博物館クラウドファンディングは大成功に終わったが、全国各地の博物館の苦境が浮き彫りになった一件としてみれば、今後の状況を楽観視するべきではないだろう。ここ最近では生成AIによる(自称)生物画の粗製濫造も(筆者が観測した狭い範囲ではあるが)界隈で問題視されることになった(ここだけの話、筆者もブログの資料収集中に出会ったことがあるが、オブラートに感想を包んでも見るに堪えない代物だった)。

 

 そんなわけで本ブログも無事に2回目の年越しとなったわけである。気まぐれで始めたブログもなんだかんだで続いており、現時点で閲覧数は800回を超えるというありがたい話となっている。本ブログを始めた裏の目的として、ネット恐竜界隈における筆者自身の立ち位置を確認するというものがあるのだが、まだ目的は未達成ながら少しづつ認知はされてきているのだろうか。ありがたいと同時に粗製濫造はできぬとプレッシャーを感じる運営である。

 さて、まもなく2024年である。来年はどのような発見が待っているのだろうか。新属記載も華々しいが、既知標本の再記載も見てみたい。日本における将来有望株はまだそれなりに残っており、こちらの記載も楽しみである。きっと来年も、古生物学は躍進を続けることだろう。来年も読者の皆様と一緒に古生物学を楽しみ続けていきたい気持ちであるが、その中で少しでも本ブログとお付き合いいただければ幸いである。

 

読者の皆様が良き古生物学ライフを送れることを願って

古生物学のさらなる発展と朗報を願って

2023年 コサメ

滄竜、目覚める

 「ついに来たか」と「やっぱり来たか」が同居した瞬間であった。2019年に国立科学博物館で突如として一般公開された和歌山県の鳥屋城層から産出したモササウルス類がついに新属新種として記載されたのである(記載論文の出版が12月12日、和歌山県立自然博物館による記者発表は翌13日)。実のところ存在自体は2019年より以前の時点で界隈でぼちぼち噂にはなっており、そして噂の時点でむかわ竜(現カムイサウルス)に匹敵しうるとんでもない存在であることは知られていた。『恐竜博2019』で展示された際にはモササウルス類としては特異な特徴がすでにいくつか開示されていたが、記載論文と記者発表で公開された内容はモササウルス類としては特異、どころかモササウルス類として世界初をいくつもひっさげることになった。そんなわけで今回は特別回として新属新種として記載された和歌山県鳥屋城層産のモササウルス類、メガプテリギウス(Megapterygius wakayamaensis。和名は記者発表時に「ワカヤマソウリュウ*1」と命名された)のちょっとした紹介と、筆者個人の感想(今回はこれがほぼ8割)である。

メガプテリギウスの産状レプリカ。左下のブロックに頭骨が、中央の大きなブロックに前脚のヒレと胴体が、右端で見切れているブロックは後脚のヒレが含まれている。
『恐竜博2019』にて筆者撮影。



 

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 メガプテリギウスが産出した外和泉層群についてだが、少なくとも和歌山県の有田川周辺と四国東部にも分布しているらしい。名前が似ている和泉層群との関係が気になるところだが、とりあえず過去には対比されたことがあるらしいことしか分からなかった。明確な情報が得られた和歌山県有田川周辺において外和泉層群は下位から、三尾川層(アルビアン後期~セノマニアン)、北谷層・上松原層(チューロニアン)、井関層・松原層(コニアシアン)、二川層(サントニアン~カンパニアン)、鳥屋城層(カンパニアン*2)と区分されている。このうちメガプテリギウスが産出したのは外和泉層群分布のちょうど真ん中にある鳥屋城山一体に露出する鳥屋城層である。鳥屋城層からはアンモナイト二枚貝、巻貝、ウニ類などの海洋無脊椎動物の化石が豊富に、なおかつ変形も少ない立体的な化石が産出している。堆積環境については正直情報不足もいいところなのだが、岩相がシルト岩、砂岩、砂泥互層であることと、産出した化石の種類からして、大陸棚ぐらいの浅海と考えていいだろう。

 

 以上が和歌山県有田川周辺に分布する外和泉層群および鳥屋城層の概要であった。ここからは和歌山県立自然科学館は公表したプレスリリースに基づきながら(何せ論文にアクセスできる身分ではないので)、メガプテリギウスの特徴についての紹介と感想をグダグダ語っていきたい。

①アジアにおいて初となるモササウルス類の全身骨格であること

 これについては筆者がTwitterで先走ってしまったのだが、やはりその通りだったようだ。その前にまずは日本国内におけるモササウルス類事情についてまとめておこう。

 日本において命名されたモササウルス類は和歌山県立自然科学館が公表したところ、メガプテリギウスで5種目だそうだが、うち4種類は北海道で産出したモササウルス・ホベツエンシス(Mosasaurus hobetsuensis)、モササウルス・プリズマティクス(Mosasaurus prismaticus)、フォスフォロサウルス・ポンペテレガンズ(Phosphorosaurus ponpetelegans)(以上三種はこちらのサイトで紹介されている)、タニファサウルス・ミカサエンシス(Taniwhasaurus mikasaensis)であろう。だが北海道から産出した4種はすべて既知属の新種という扱いであり、正真正銘新属新種として記載された国内産モササウルス類はメガプテリギウスが第一号である(正直、和歌山県はこのことをもっと宣伝してもいいと思う)。

 そしてこれが日本のみならずアジア全体でさえ当てはめられるのだ。環太平洋地域におけるモササウルス類の空白域を埋めた形になり、モササウルス類の放散を考える上で重要な存在となったのである(同じことをフタバスズキリュウでも言った気がする)。

②モササウルス類2例目となる両眼視が確認されたこと

 頭骨の眼窩付近がやや左右に広がっているらしく、これがメガプテリギウスが両眼視が可能だった証拠となっている。モササウルス類における両眼視の確認第一号はフォスフォロサウルス・ポンペテレガンズであるが、フォスフォロサウルスがハリサウルス亜科に分類されるのに対して、メガプテリギウスはモササウルス亜科に分類されている。つまりこれは異なる二つの系統で独自に両眼視が獲得されていたことを意味している。両眼視の獲得が東アジア限定のものだったのか、あるいは案外ほかの地域でも見られるものなのかは今後の研究次第だろうが、モササウルス類の適応能力の高さを物語る一例となった。

③前脚のヒレが推進器官となり、後脚のヒレはバランス器官、尾は舵の役割を持つと推測されたこと

 2010年のプラテカルプス、2013年のプログナトドンの研究以降、モササウルス類の復元には三日月形の尾びれがつきものとなったわけだが、それ以前からモササウルス類にとってのメイン推進器官は尾びれであると推測されていた。

 ところがメガプテリギウスについては全く違った。可動域の大きな上腕骨や、前脚へと伸びる発達した背筋などから、メガプテリギウスの推進器官は前脚のヒレであることが指摘されたのである。さらに後脚のヒレは水中で姿勢を安定させるためのバランサーとして使用され、尾びれに関しては舵としての役割であったことが推測された。前脚ヒレ駆動のモササウルス類というのは世界初の事例であり、これもまたモササウルス類の多様性の高さを示す結果となった。

④背びれの存在が推定されたこと

 椎骨の神経棘は基本的に斜め後ろへと伸びるのがモササウルス類の基本ではあるのだが、第17~21胴椎の神経棘は前方へと屈曲している。この特徴は現生のイルカでも確認できる特徴だが、イルカにおいては前方へ屈曲した神経棘を土台として背びれが伸びている。ここからメガプテリギウスにおいても背びれが伸びていた可能性がモササウルス類で初めて言及されたのである。

 そしてその結果を受けて復元されたメガプテリギウスだが、背びれに加えて小顔であることも相まって、見た目は完全にただの魚竜であった。先述のプラテカルプスの研究以降、モササウルス類の復元画はウタツサウルスやチャオフサウルスのような基盤的魚竜類に似たようなものとなっていたことを受け、古生物ファンの間では「あと少しモササウルス類に時間が許されていたら、完全に魚竜のような姿に進化していたかもしれない。」と想像されていた。メガプテリギウスの姿はまさに古生物ファンが想像していた魚竜によく似た姿であったのだ。モササウルス類が出現してからK-Pg境界事件までの猶予はわずか約2000万年しかなかったのだが、モササウルス類が完全に魚竜のニッチに収まるまで十分すぎる時間だったのだろう。

メガプテリギウスの復元図と化石配置図。和歌山県立自然科学館プレスリリース(2023)より引用。

 

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 以上、鳥屋城層モササウルス類あらためメガプテリギウスについてあれやこれやと好き勝手語ってきた。情報が出回り始めた時から記載命名が楽しみな存在ではあったが、ふたを開けば日本初を1つ、アジア発を1つ、世界初を2つもひっさげての記載というとんでもない存在となった。前述の通り、モササウルス類に許された時間は2000万年という短い時間ではあったが、その2000万年の間に他海棲爬虫類に匹敵しうるだけの多様化と放散を遂げていたことが改めて示された。メガプテリギウスは世界的に見ても重要な存在であり、今後のモササウルス類研究においても重要な存在になることは間違いないだろう。

 メガプテリギウスが見ていた当時の東アジアは、どのような世界だったのだろうか?イノセラムスが住む海底を見下ろしながら、アンモナイトが泳ぐ海を泳いでいたことは間違いなさそうだが、それ以外の情報が圧倒的に足りなすぎる。同時代にいたであろう首長竜類やウミガメなどとの関係も気になるところである。外和泉層群の研究、鳥屋城層の研究が今後進んでいけば、メガプテリギウスが泳いだ世界が見えてくるだろう。7000万年ぶりに目覚めたメガプテリギウスは今後、文献の大海を泳ぎ続けることになるはずだ。

メガプテリギウスの実物化石。当時は未記載のモササウルス類の扱いだった。『恐竜博2019』にて筆者撮影。(ブログのために振り返ったらまともな写真がろくになかった)

 

参考文献

有田川町産出のモササウルス類は新属新種!!-これまでの学説を覆す新たな発見-,和歌山県立自然科学館プレスリリース

 

小原正顕,2021,博物館と発掘現場で体感する日本一のモササウルス化石,地球科学75 巻,147 ~ 150

御前明洋,2016,和歌山県有田川地域の外和泉層群二川層より産する上部白亜系サントニアン階‐カンパニアン階軟体動物化石,化石 100,125‒135

土屋健,2015,白亜紀の生物 下巻,技術評論社,175p

中田健太郎,2021,海竜 恐竜時代の海の猛者たち,福井県立恐竜博物館,109p

*1:漢字では「和歌山滄竜」となる。めったに見ない「滄竜」はモササウルス類の日本名称だそうだ。

*2:2009年の研究では、鳥屋城層を下位より中井原シルト岩部層,長
谷川泥質砂岩部層及び伏羊砂岩部層の3 部層に区分したうえで、年代を下位からカンパニアン中期、同後期、マーストリヒチアンと対比している。

大型獣脚類のお子様ランチ

 12月中に投稿を予定していた記事が2本(メガロサウルス上科についての話と新獣脚類についての話)あったのだが、どう見ても高カロリー記事であることが明らかになっているわけだ。とはいえノルマたるひと月投稿のペースはさずがに落とすわけにもいかずと考えていたところで、絶好のネタが訪れた訳である。メガロサウルス上科および新獣脚類の話は来年に持ち越すとして、今回はこちらについてやっていこうと思う。

 ここにいらっしゃる読者の方々なら既知とは思うが、ティラノサウルストリケラトプスが産出するヘルクリーク層にはとあるミステリーがあった。ティラノサウルス以外の肉食恐竜が一切発見されていなかったのだ。のちに小型肉食恐竜としてアケロラプトルが、中型肉食恐竜としてダコタラプトルがそれぞれ発見されたが、ヘルクリーク層におけるティラノサウルス一強状態は現状も変わっているとはいいがたい。ダコタラプトルの存在が危うい*1現状においては余計なおさらであることはいうまでもないだろう。そんな状況下においてまことしやかに語られていた噂話(あるいは仮説)というものが、

ヘルクリーク層における中型肉食恐竜のニッチはティラノサウルスの幼体や亜成体が占めていた

というものである。この仮説は書籍などにおいて何度か紹介されていたほか実際の研究論文も発表されており、傍から見ればダコタラプトルという存在を差し置いて半ば定説として定着しつつある状況だ。

 とはいえである。前述の論文は体重比から食性とニッチを推定したものであるらしく、直接的な証拠があったわけではない。そもそも古生物の食性を理解することはたまたま偶然がなければ非常に困難であり、ましてや成体と幼体の食性の違いを解明するというものはリムサウルスのようなわかりやすい証拠(Shuo 2017)でもなければムリゲーである(エドモントサウルスと推定されたハドロサウルス科の残骸に亜成体ティラノサウルスの歯形が残っていた例(Joseph 2019)もあるが)。ところが、そんな「たまたま偶然」がゴルゴサウルスで存在していたのである。ゴルゴサウルスでの事象をそっくりそのままティラノサウルス科全体に当てはめることができるかは未知数だが、大型獣脚類の成長に伴う生活の変化を理解するうえで重要な研究であることは言うまでもないだろう。そんなわけで今回はゴルゴサウルス幼体の胃内容物およびそこから推測されるゴルゴサウルス幼体の食性についての話である。

 

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 今回研究対象になったのはカナダのアルバータ州に分布するダイナソーパーク層から産出し、ロイヤルティレル古生物学博物館に所蔵されている幼体ゴルゴサウルス(TMP 2009.12.14)である。TMP 2009.12.14は典型的なデスポーズ状態で産出した化石である。美しく保存された頭骨の他に一連の肋骨や骨盤、後肢が発見され、ある程度の体型は推測することができる。年齢は5~7歳、体重は335kg、全長は骨格図からの目測で4m程度といったところである。

幼体ゴルゴサウルス化石(TMP 2009.12.14)。A:右側面 B:左側面。スケールバーは50cm。François(2023)より引用。

 その腹部には生後1年以内と見積もられるシティペス(Citipes elegans)*2の後肢2体分が関節した状態を保ったまま折りたたまれた状態で納められていた。シティペスの後肢はちょうどゴルゴサウルスの胃があったと思われる場所に収められており、化石の表面はなめらかな状態を保つゴルゴサウルスとは異なり、酸で溶かされたような細かい穴が開いていた。このことから、別の場所で死んだシティペスの後肢が幼体ゴルゴサウルスの腹部にたまたまそれっぽく重なったという可能性は否定され、幼体ゴルゴサウルスが生前にシティペスを襲い、後肢を丸のみにしたということが主張されたのである。

幼体ゴルゴサウルス化石の腹部拡大。A:化石の写真 B:スケッチ。色付きの化石がシティペスの化石であり、黄色と黄緑色、青色と水色がそれぞれ同一個体の化石。白抜きの化石は幼体ゴルゴサウルスの化石。François(2023)より引用。

 この研究では統計的な目線でも幼体ゴルゴサウルスの食性を研究している。現生の哺乳類と爬虫類では捕食者と被食者の各体格の間に有意義な正の相関が存在することが知られている。要するにこれは被食者のサイズが大きくなれば、対応する捕食者のサイズもまた大きくなり、そこには一定の法則が存在するということである。そしてこの相関関係に今回の幼体ゴルゴサウルスとシティペスを当てはめた結果、両者は見事に正の相関関係のグラフ上に収まったのである。これとは逆にダイナソーパーク層産出の大型植物食恐竜*3をグラフに当てはめた結果、幼体ではなく成体ゴルゴサウルスと相関関係が確認された。

 

 そんなわけで幼体ゴルゴサウルスの胃内容物の記載、捕食者―被食者相関から得られた結果について、論文内では様々なことが指摘された。あまりにも多いため詳しくは論文を読んでいただきたいのだが(Google翻訳でも大体わかるぐらいの翻訳結果がでる)、とりあえず妄想パートに使うことをかいつまんで紹介しよう。

 まずはティラノサウルス類において、成体と幼体で異なる生物を捕食していたことである。これまでも生態モデリングによって同様の結果が得られたことはあったのだが、化石という明確な証拠が産出したことで、この仮説はほぼ確定したといっていいだろう。巷ではティラノサウルスが成体と幼体で共同生活を送っていた、さらには複数世代で共同の狩りを行っていたという話があるが、当論文ではそれらの話はばっさり切り捨てられることになった。論文では現生のワニ類やコモドオオトカゲも成長に従って獲物を変えていく生態を引き合いに出し、幼体ゴルゴサウルスはオヴィラプトロサウルス類やパキケファロサウルス類(の幼体)を積極的に狙い、成長に従って角竜やハドロサウルス類などの大型恐竜へと捕食対象を変化させたと主張したのである。

 もう一つは冒頭で述べた中型肉食恐竜のニッチについてである。ティラノサウルス類は成体と幼体で異なる生物を捕食するという成長過程を持つことで、成体と幼体で資源をめぐる競争を回避することができた。そうなれば幼体ティラノサウルス類の競争相手はドロマエオサウルス類などの小型肉食恐竜となるわけだが、ある程度の大きさともなればドロマエオサウルス類は相手ではないと考えられている。この「ドロマエオサウルス類と競争に勝てる程度の大きさになった」幼体ティラノサウルス類こそが、アジアや北アメリカの中型肉食恐竜のニッチに収まっていたのではないかという従来の仮説を支持しているのである。さらに成体と幼体の住み分けこそが、ティラノサウルス類が白亜紀末期に繁栄した一つの理由ではないかと主張したのである。

 

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 というのが論文の要約である。ここからはティラノサウルス類の成体と幼体の住み分けについて、論文を読んで筆者が妄想したことをつらつら書き散らしていこうと思う。

 一つはティラノサウルス類が行っていた成体と幼体の住み分けは、他の大型獣脚類は行っていたのかということである。ティラノサウルス類は成長に伴って食性を変えていたというのが論文での主張だが、成長に伴う食性の変更ということであるならば他分類の大型獣脚類もやっていそうなことである。少し例を出せばアロサウルスやカルカロドントサウルス科などが当てはまりそうな気もするのだが、とはいえ彼らと同じ地層からはサイズ豊かな獣脚類が産出しているのである。例えばアロサウルスが産出するモリソン層では(細かい時代や環境まで重複するかは置いておくとして)、タニコラグレウス(全長4m)やケラトサウルス(全長6m)も産出しており、中型肉食恐竜のニッチはほぼ完全に埋まっているように見える。カルカロドントサウルス類にしても、共産するアベリサウルス類やメガラプトラはことごとく6m前後の大きさであり、カルカロドントサウルス類の亜成体とニッチが重複しそうな雰囲気が漂っている。これらの時代とティラノサウルス類が繁栄を極めたカンパニアン期以降のララミディアの違いは「竜脚類の存在有無」が大きいようにも見えるが、この辺りはどうなのだろうか。

 もう一つは論文中であった「アジアと北アメリカには中型肉食恐竜は稀か不在(意訳)」という一文に対してである。ズケンティラヌスが産出した王氏層群のように中型肉食恐竜が現状産出していない地層もあるのだが、モンゴルのネメグト層については事情が異なる。タルボサウルスという大型肉食恐竜とともに推定全長6mのアリオラムスが産出しているのである。さらにはアリオラムスと同じアリオラムス族に含まれるキアンゾウサウルスが、ネメグト層から遠く離れた中国南部の南雄層から産出している。このことから東アジアでは異なる分類群のティラノサウルス科2種(ティラノサウルス亜科のタルボサウルスとアリオラムス族のアリオラムスまたはキアンゾウサウルス)が共存していた可能性が指摘されている。キアンゾウサウルスはオヴィラプトロサウルス類などの小型恐竜を獲物としていた可能性を指摘されているが、これもまたティラノサウルス類(もっといえばティラノサウルス亜科)の幼体とニッチが重複しそうだ。正直に言ってドロマエオサウルス類よりも強力な競争相手ではあるのだが、問題はなかったのだろうか。

 以上より何が言いたいのかと言えば、「幼体ティラノサウルス類だけで、中型肉食恐竜のニッチを占領できるのか?」ということである。ララミディアにおける中型肉食恐竜の不在はティラノサウルス類うんぬんというよりも、ララミディアという土地柄事体に何かしらの要因があるのではないだろうか?考えられうるのは面積不足からくる絶対的な資源不足だが、その状況でティラノサウルス類が繁栄できた理由までは思い浮かばない。このあたりの話はララミディア一つの研究で解決できるわけではなく、他地域の大型獣脚類の生態解明や生態系の理解が必須になるだろう。

 

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 以上、幼体ゴルゴサウルスの胃内容物についての研究論文紹介と、それに伴う筆者の感想&妄想であった。繰り替えすが、古生物の生活が直接確認できる化石は非常に貴重であり、研究が進めば多くの情報を我々に教えてくれる存在である。今回もまた、大型獣脚類の生態の一端を垣間見せ、さらにはティラノサウルス類の繁栄のヒントについても与えてくれた。今後同じような貴重な発見が積み重なってくれれば、他の大型獣脚類との共通点や相違点も見つかり、獣脚類の生態がどのようなものだったかが少しづつ明らかになることだろう。ララミディアにおける中型肉食恐竜の不在は、正直従来仮説では(個人的に)疑問符をつけたくなるのは変わらない状況であるが、いつもどおり今後の発見と研究に期待するばかりだ。中生代の全時代に渡る何かがあるのか、それともララミディアにしかない何かがあるのか、どんな仮説か飛び出すのだろうか。

 

参考文献

François Therrien et al., Exceptionally preserved stomach contents of a young tyrannosaurid reveal an ontogenetic dietary shift in an iconic extinct predator. Sci. Adv.9,eadi0505(2023).DOI:10.1126/sciadv.adi0505

Peterson JE, Daus KN. 2019. Feeding traces attributable to juvenile Tyrannosaurus rex offer insight into ontogenetic dietary trends. PeerJ 7:e6573 

Shuo Wang, Josef Stiegler, Romain Amiot, Xu Wang, Guo-hao Du, James M. Clark, and Xing Xu, 2017. Extreme Ontogenetic Changes in a Ceratosaurian Theropod. Current Biology 27, 144–148, January 9, DOI: https://doi.org/10.1016/j.cub.2016.10.043

*1:原記載論文で叉骨とされた要素がスッポンの骨だったという前科があるダコタラプトルだが、現在でもアンズーや亜成体ティラノサウルス不定のドロマエオサウルス類のキメラなのではないかという噂はある。キメラ疑惑の脱却のためには、ダコタラプトルを含めたヘルクリーク層の中型獣脚類の再記載は必須だろう。

*2:ダイナソーパーク層から産出したカエナグナトゥス科のオヴィラプトロサウルス類。それまでキロステノテスやエルミサウルスなどと呼ばれていたが、2020年に別属へと振り分けられた。

*3:具体的な名称は書かれていないが、グラフ上のシルエットにはスティラコサウルスとランベオサウルス亜科の誰かが写っている。ゴルゴサウルスと同じ層準から産出したランベオサウルス亜科ということなら、コリトサウルスの可能性が高いだろうか。

眠りのヤキュルス

 5年間苦楽を共にし続けたPCが故障し、悲しみに満ち溢れた筆者であるが、しかし一個人の悲しみなど待ってくれないのが古生物界隈である。企画ネタを1つ、恐竜紹介ネタを2つ抱えている真っ最中に、以前紹介したナトヴェナトルと同じバルンゴヨット層からアルヴァレズサウルス類の新属新種が報告されたのである。北海道大学からプレスリリースが発表されている中で筆者が紹介する意義など皆無であることは確定的であるが、しかしそこはつい先月に白亜紀前期のアルヴァレズサウルス類を紹介した本ブログである。今回は流行に乗る形で紹介をしていこう。そんなわけで今回は、バルンゴヨット層から産出した派生的アルヴァレズサウルス類のヤキュリニクス(Jaculinykus yaruui)の紹介である。

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 ヤキュリニクスが産出したバルンゴヨット層についてはナトヴェナトルの階でそれなりに紹介したため、たぶんここでの説明はしなくてもいいだろう。とりあえず論文上ではカンパニアン期とされている。化石はほとんど変形もなく、ほぼ完全に原形をとどめた美しい化石である(どうも派生的アルヴァレズサウルス類では初めて全身が産出したらしい)。ヤキュリニクスの形質は割と典型的な派生的アルヴァレズサウルス類(パルヴィカーソル亜科)であるが、鼻孔の開口部位置や細長くまっすぐな歯骨、三角筋稜の形状などいくつかの固有の特徴も認められた。それではいつも通り頭骨から見ていこう。

A:ヤキュリニクスの産状化石。B:ヤキュリニクス産状化石の模式図。Kubo(2023)より引用。

 頭骨は全体的に上下に低く、前後に長い形状である。頭骨の各パーツはシュヴウイアやケラトニクス、モノニクスなどと比較されているが(産出状況の都合か、ほぼシュヴウイアの話しか出ていないが)、おおむねヤキュリニクスとシュヴウイアとでかなり形質は酷似していたのである。頭骨近くにある程度まとまって見つかった歯は28本が回収されている。サイズは1~5mm、亜円錐形で鋸歯のない歯であり、典型的な獣脚類様の歯を持っていたハプロケイルスとは異なる形状であることが指摘されている。

 首から尾にかけての一連の椎骨や肋骨、神経棘が生存時の配列そのままに発見されている。いくつかの部位が欠損していたり、端部が断片化したりしているが、それでも良好な保存状態であった。ここで特筆するべきことと言えば、仙椎の数が他のパルヴィカーソル亜科と同じ7個であること(ハプロケイルスは5個)、尾の後半は他のマニラプトル類のように若干癒合していることであろう。

 続いて前肢の話である。肩甲骨と烏口骨はそれぞれ分離しており、かつ肩甲骨は長くまっすぐな形状である。上腕骨はハプロケイルスのような細長いS字状ではなく、短くまっすぐな、いかにも頑丈な形状である。遠位手根骨と癒合した第1中手骨はパルヴィカーソル亜科の恒例のごとく太く発達し、その先にある第1指も発達している。退縮した第2中手骨と痕跡レベルの第3中手骨についてもパルヴィカーソル亜科好例だが、ヤキュリニクスでは第3指の部位が全く産出しておらず、退化したのもとみなされている。

 骨盤や後肢については、基本的にパルヴィカーソル亜科として標準的な形質(恥骨と座骨が後方に伸びていること、大腿骨と中足骨がほぼ同じ長さでかつ湾曲していること、)であるとされた。産出した中足骨は見事なまでにアークトメタターサルであり(恥ずかしながらアルヴァレズサウルス類もアークトメタターサルを有していたことを、ヤキュリニクスの記載論文で初めて知った筆者である)、第3中足骨はほぼ後肢の遠位でしか見られない。

 

 系統解析の結果であるが、ヤキュリニクスはパルヴィカーソル亜科の中でシュヴウイアと姉妹群という立ち位置になった。パルヴィカーソル亜科自体は多系統となってしまったが、とはいえネメグト盆地から産出したアルヴァレズサウルス類はある程度まとまった系統関係が示されており(モノニクスがヤキュリニクス+シュヴウイアの姉妹群として、パルヴィカーソルがケラトニクスと姉妹群として示されている)、この辺りはなかなか興味深いところである。

アルヴァレズサウルス類の系統図。Kubo(2023)より引用。

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 さて、ここからが本論文のメインディッシュである。ヤキュリニクスを含めた派生的アルヴァレズサウルス類の多様性や進化、生態について「Discussion」の項目で様々なことが言及されている。

 まずは多様性について。ネメグト盆地は下位からジャドフタ層、バルンゴヨット層、ネメグト層が主に分布している。このうちジャドフタ層の時代にはほぼ砂漠のような環境だったのだが、ネメグト層の時代へ向かうにつれて湿潤な環境へと変化していったことが明らかになっている。ネメグト盆地のアルヴァレズサウルス類は割と乾燥気味の堆積環境(=ジャドフタ層)で多く産出していたのだが、ここにきてバルンゴヨット層という半乾燥環境からヤキュリニクスが産出したということで、アルヴァレズサウルス類が幅広い環境に適応していたことが指摘されたのである。

 続いて前肢の進化について。派生的な種類になるにしたがって前肢が太く短い第1指のみになるという進化を遂げたアルヴァレズサウルス類だが、ヤキュリニクスはおおむねそのただなかにいる恐竜とされている。アルヴァレズサウルス類の前肢進化の過程の中で、かろうじて3本指のシュヴウイアと完全に1本指になったリンヘニクスの中間段階として、2本指のヤキュリニクスが置かれる形となっている。その一方でヤキュリニクスの中手骨などは基盤的アルヴァレズサウルス類の特徴を残しており、アルヴァレズサウルス類の前肢進化が、従来考えられていた以上に複雑であることが指摘された。

 最後になるが、これが多くの媒体で語られていた睡眠姿勢の話である。これまで鳥類様の睡眠姿勢と言えばメイ・ロングやシノルニトイデスといったトロオドン科ばかりであり*1、マニラプトル類の中でも派生的な種類になってから発達したものだと考えられていた。ところがヤキュリニクスが睡眠姿勢で発見されたことで、鳥類様の睡眠姿勢がマニラプトル類の始まりから始まっていたことが明らかにされたのである。論文内では鳥類のような行動からさらに踏み込んで、アルヴァレズサウルス類の羽毛が単純なフィラメント状ではなく、他マニラプトル類にもみられる羽軸を備えた複雑な形状であった可能性を強く主張したのであった。

 

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 以上、大変に長くなったがヤキュリニクスの紹介である。ここからは少し、獣脚類(あえてこう書く)の睡眠姿勢について少し考察してみたい。

 鳥類様の睡眠姿勢と言えば、上記にも軽く触れたメイ・ロングで明らかになったわけだが、そのポイントになるのは以下の2点である。

①前肢・後肢を折りたたむ

②首を後ろへ曲げて、頭を翼の上に乗せる

 まず注目したいのは①の「前肢・後肢を折りたたむ」という点である。この姿勢はオヴィラプトロサウルス類の抱卵姿勢(シチパチ)にも見られるほか、後肢を折りたたんでの休息というだけなら、ディロフォサウルスのものと考えられる足跡化石からも確認されている。2足歩行の生物が休息するなら後肢を折りたたむしかないだろうというのはその通りなのだが、ここで「②首を後ろへ曲げて、頭を翼の上に乗せる」について追加で考えてみたい。鳥類が首を曲げて睡眠をするのは、頭部という体から突き出した部位を折りたたみ体温をできる限り逃がさないためであるという話を聞いたことがある。要するに丸くなって眠る行動というのは、その生物が体温を一定に保つことができる内温性であるということが言えるわけだ。無理やり考えるなら、内温性であるならば鳥類様の睡眠姿勢をとる可能性もありうるということだろう。

 以上より何が言いたいのかというと、鳥類様の睡眠姿勢は基盤的コエルロサウルス類の時点で始まっていたのではないか?ということである。だからと言ってタルボサウルスやデイノケイルスのような巨大な連中まで丸くなっていたと主張する気は毛頭ないのだが(タルボサウルスら大型獣脚類は首が太いため横方向の可動域は狭そうだし、何より大型恐竜であれば慣性恒温性の可能性が考えられるため、体温維持のために丸くなる必要性もない)、シノサウロプテリクスやディロングなどの小型でしなやかな首を持つ(羽毛の発見された)小型獣脚類であれば鳥類様の睡眠姿勢をとっていてもおかしくはなさそうだ、というのがヤキュリニクス記載論文を読んでの感想である。行動は基本化石には残らず、発見されなければ所詮妄想どまりではあるが、可能性ゼロではなさそうだ。とりあえずゴビ砂漠の各地層や、さもなければいつも通り熱河層群義県層あたりに期待したい。

 

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 以上、ヤキュリニクスの記載論文紹介と、獣脚類の睡眠姿勢についての超個人的妄想であった。行動が化石に残りづらいことはつい先ほど記述したが、だからことそういった化石が産出すれば研究は一気に進展するし、いろいろな妄想もはかどるというものである。鳥類への進化を考えるうえで形質のみならず行動の変化を追っていくというのも、鳥類とはどのような生物なのかというのを理解するうえで重要になるだろう。

 ヤキュリニクスに話を戻せば、実はヤキュリニクスはアルヴァレズサウルス類では最良クラスの保存状態を誇る恐竜であったりする。仙椎の数や骨盤の形状、中足骨など、(個人的に)なんとなくわかっていたような気になっていたアルヴァレズサウルス類の何たるかを一度に示してくれたありがたい存在である。今後のアルヴァレズサウルス類の論文には間違いなく引用されるぐらい詳細に記載されているため、とりあえずダウンロードして損はないだろう。7000万年の眠りから覚めた小さな竜は、これからも様々な世界を見せてくれそうだ。

 

参考文献

Kubo K, Kobayashi Y, Chinzorig T, Tsogtbaatar K (2023) A new alvarezsaurid dinosaur (Theropoda, Alvarezsauria) from the Upper Cretaceous Baruungoyot Formation of Mongolia provides insights for bird-like sleeping behavior in non-avian dinosaurs. PLOS ONE 18(11): e0293801. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0293801

*1:とか言いつつ、オヴィラプトロサウルス類のオクソコも睡眠姿勢をとっている状態で化石化したものと、記載論文中で推測されている。ヤキュリニクスの記載論文ではなぜか忘れられているが。

昔の恐竜図鑑を読んでみる~1~

 なんとなくPCで見る当ブログが見づらいと感じつつあるこの頃である。ブログ開設時に何となくで選んだブログデザインではあるが、とりあえず今年中に変更してみようと検討中である。ご了承願いたい。

 そんな予告はさておいて、ここ最近骨格図付きの高カロリー記事が続いていたので、ここいらで少し低カロリー記事を投げようと思った次第である。

 そのうちやりたいと考えているオススメ書籍紹介コーナーで必ず上げようと考えている一冊に、学研や小学館など各種出版社が出している児童向け図鑑がある。紹介される恐竜の種数に過不足は感じられず、説明も非常に分かりやすい。その時点での最新学説が随所に織り込まれているほか、それまでの研究史も時に紹介されていたりもする。図鑑に初めて触れる児童だけでなく、恐竜(を含めた古生物)の知識が全くない人、あるいは10年以上の情報空白期がある人にもオススメができる書籍である。

 とはいえそこは日進月歩の恐竜界隈である。研究が進めば最新情報というものは徐々に変わっていく物であり、更新の難しい書籍などはどうしても情報が古くなってしまうものである。裏を返せば、古い書籍は出版当時の情報がこれでもかと詰め込まれているタイプカプセルになると言えるだろう。

 そんなわけで当ブログ初となるシリーズ企画ものとして、昔の図鑑と現在の図鑑(とその他最新出版された書籍)と比較して恐竜研究の推移を振り返っていこう。なお著作権に配慮する都合上、図鑑本文の写真はほぼ取り上げず文章でどうにか説明していく予定である。ご了承願いたい。

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 というわけで、当コーナーで扱う図鑑はこちらである。

当企画で使用する恐竜図鑑。当然ながら筆者の私物である。



 2000年に学研から出版された『ニューワイド 学研の図鑑 恐竜』である(正確に言えば筆者の手持ちは2002年の第9刷発行ではあるが)。学研社は何度か図鑑の大幅改定を行っており、現在最新の恐竜図鑑は2022年に出版された『学研の図鑑 LIVE』シリーズである。これに加えて2010年に出版された増補改訂版と、小学館から出版されている『小学館の図鑑 NEO』より2002年出版と2010年出版を参考資料として見ていこう。

 懐かしさを感じながらページを開いて「原始的な獣脚類」が紹介されるp23にさっそくフレングエリサウルスとエオラプトルが同居している。フレングエリサウルスは『地球最古の恐竜展』でメイン展示として紹介されていたので、それで覚えている方も多かろう。フレングエリサウルスは三畳紀最大級の獣脚類として紹介されることも多かったが、現在ではおおむねヘレラサウルスのジュニアシノニムとして扱われることがほとんどである。これが反映されたのか、2010年増補改訂版ではフレングエリサウルスは姿を消した。エオラプトルは周知のとおり、エオドロマエウス記載と同時に竜脚形類へ引っ越していった*1が、『ニューワイド 学研の図鑑』では基盤的獣脚類として数えられている。もっとも、エオラプトルなどの三畳紀の恐竜たちは研究次第で系統が変動するため、余り気にしすぎない方がいいだろう。今では常連のタワとエオドロマエウスは記載前であった(タワが2009年、エオドロマエウスが2011年の記載)。

 p24からはケラトサウルス類が紹介されているが、そのなかにシンタルススがいる。よく言われる話だがシンタルスス(Syntarsus)の属名はすでに甲虫類に使われており*2、現在ではメガプノサウルス(Megapnosaurus)に属名が変更されている……というのがざっくりした概要だが、どうも実際はかなりややこしいことになっているようだ。シンタルスス(現メガプノサウルス)の産出地には「南アメリカジンバブエアメリカ」と書かれている。南アメリカは情報不足につき保留するとして、現在確実にメガプノサウルスと同定されている恐竜はジンバブエから産出したMegapnosaurus rhodesiensisのみとされている。これに対し北アメリカ大陸から産出した元シンタルススについてはメガプノサウルスと同属なのか疑問が投げかけられているのである。そんなわけで暫定的に北アメリカ産元シンタルススについてはCoelophysis? kayentakataeと呼ばれたり(英語版Wikipedia)、あるいは”Syntarsuskayentakataeと呼ばれたりしている(Marison 2019、Marsh 2020)。ディロフォサウルスとリリエンステルヌスが分類されていたハルティコサウルス科が2022年版で消し飛ばされているのはディロフォサウルス再記載に伴う系統解析を反映した結果だろう。2022年版ではどちらも「基盤的新獣脚類(コエロフィシス科より派生的)」と書かれている。

 次のページにいるのはケラトサウルスとアベリサウルス科の面々である。アベリサウルス科の種数が少ないことに懐かしさを覚えながらp27の下側へ目を移すと、そこにいるのはドロマエオサウルスに収斂した姿に描かれたノアサウルスである。現在ノアサウルスの姿は同じくノアサウルス亜科であるマシアカサウルスと同じような姿に復元されており、そこに後肢第2指に発達したシックルクローの姿はない。どうもメガラプトルやフクイラプトルと同じ流れをたどったらしい(とはいえ正直、ノアサウルス亜科の前肢にたいそうなシックルクローは不釣り合いな気もするのだが)。

 p28では『カルノサウルス類など』ということで、アロサウルス上科、メガロサウルス科、スピノサウルス科が紹介されている。カルノサウルス類が復活しそうという話はアスファルトヴェナトルの紹介時に書いたが、2022年版ではそれぞれ分割されて紹介された。このあたりの分類がどうなるかは今後の研究次第だろう。ページをめくってもクリオロフォサウルスがここに含まれている(2022年版ではディロフォサウルスと同じページにいる)ぐらいしか現在の研究状況と変化がない……と思いきやネオヴェナトルとアフロヴェナトルが懐かしい表記である。ネオヴェナトルはこの時アロサウルス科として分類されているが、現在はネオヴェナトル科という独自分類に属している。アフロヴェナトルは現在メガロサウルス科に分類され、時代も白亜紀前期からジュラ紀前期として解釈されている。

 なおフクイラプトルは2000年版には掲載されておらず、2010年増補改訂版で初掲載されたが、この時はまだカルノサウルス類への分類であった。2022年版においてフクイラプトルはネオヴェナトル科に分類されているが、ご存じの通りフクイラプトルを含むメガラプトラの分類は定まっていない。これが考慮されたのかは分からないが、2022年版はメガラプトラは全種が未掲載である。メガラプトラの掲載は次回以降の改訂に期待したい。

 

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 というわけで、今回はヘレラサウルス科と基盤的獣脚類、メガロサウルス上科、アロサウルス上科の書かれ方について振り返ってみた。次回はコエルロサウルス類を取り上げてみたい。コエルロサウルス類はこの20年で大きく研究が進み、多数の新属記載や分類の変動があり、図鑑内容も変わっていることが予想される。さあ、昔の図鑑にはどのようなことが書かれているのか、楽しみなものである。

 

参考文献

松下清,2000,ニューワイド 学研の図鑑 恐竜,株式会社学習研究社,p172

伊藤哲郎,2010,ニューワイド 学研の図鑑 恐竜,株式会社学研教育出版,p184

小林快次,2010,地球最古の恐竜展〔公式カタログ〕,NHK,p179

平沢達矢ほか,2022,学研の図鑑 LIVE 恐竜,株式会社学研プラス,p247

舟木嘉浩,2002,小学館の図鑑 NEO 恐竜,株式会社小学館,p183

 

*1:『地球最古の恐竜展』の公式図録では本文こそ獣脚類として紹介されているが、分類には「恐竜類・竜盤類・竜脚形類」と書かれている。また『小学館の図鑑 NEO』の2010年版ではエオドロマエウス記載における新設を採用してか、竜脚形類として紹介されている。

*2:英語版Wikipedia情報で申し訳ないが、ネット上で調べた限りキクイムシの仲間であるCerchanotus属のジュニアシノニムになっているらしい。つまるところ、有効名としてのSyntarsus属は存在していないようだ。

一本爪の系譜

 当ブログを開設して約1年半ほどが経過したわけだが、これまで紹介してきた恐竜の多くは各分類群における原始的な種類(あるいは祖先的な特徴を残した種類)である。たぶんにこれは筆者の趣味が可視化された結果と言えよう。実際のところ、原始的な種類というのは第一印象には何も特徴がない(そして実際に他の分類群とを分かつ特徴も少ない)がゆえ、研究によって系統位置が頻繁に変化するものである。見た目の派手さがない故に知名度の低い存在ばかりだが、しかし研究結果の派手さは派生的な存在よりも上である。情報を追うたびに頭痛がするが、先述の派手さゆえに情報を追う手を止められないというのが個人的な意見というか原始的な種類が面白いと思う理由である。

 そんなわけで今回は中国の新疆ウィグル自治区および内モンゴル自治区の下部白亜系から産出した、基盤的アルバレズサウルス類2種の同時紹介である。ひとつの原記載論文で同時に記載されていた彼らだが、現状再記載が行われていないようなのでかなり情報量が貧弱になってしまうが、そこについてはご了承願いたい。

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 まずは論文中で先に記載が行われたシユニクス(Xiyunykus pengi)の紹介をしていこう。シユニスクが産出した地域は中国新疆ウイグル自治区ジュンガル盆地の五彩湾地域に分布するツグル層群の下部白亜系であり、年代はバレミアン〜アプチアンとされている。五彩湾地域と言えばグアンロングやシンラプトル、マメンチサウルスなどが産出する石樹溝層であるがこちらはジュラ紀後期カロビアン~オックスフォーディアンであり、ツグル層群は石樹溝層ののちの時代(約3000万年後)の生態系を示しているといっていいだろう。石樹溝層からは基盤的アルバレズサウルス類としては最古級であるハプロケイルスが産出しており、ハプロケイルス以降のアルバレズサウルス類の何たるかも明らかになった。

シユニクス骨格図。Xing(2018)をトレースし、産出部位を白、未産出部位を灰色で塗分けたもの。骨盤の形状はハプロケイルスを参照に描き直した。

 シユニクスのホロタイプ標本(IVVP V22783)は関節が外れてバラバラになった1個体分の化石である。産出した部位は下顎の後半、前頭骨、首から尾までのほぼ一連の椎骨および肋骨、肩甲烏口骨、上腕骨、右後肢のほぼすべてと左後肢の膝より下の部位である。このうち頚椎外側に配置された2つが水平に配置された空間(おそらくは気嚢を収めるためのものだろう)や頚椎神経棘の後方に位置する深い穴、肩甲骨の溝の形状などが、シユニクスの固有の特徴とされている。大腿骨の周囲長から推定体重は15kg、成長線から年齢は9歳の亜成体であると推定されている。

 シユニクスの骨格には新旧アルバレズサウルス類(旧に当てはまるのはハプロケイルスのみ*1だが)の特徴をモザイク状に持ち合わせていた。前頭骨などの頭蓋骨各要素の形状はハプロケイルスに酷似すると指摘され、肩甲骨の長さが基本的に短い派生的アルバレズサウルス類と異なり、肩甲骨も比較的長かった。その一方で頚椎の溝の形状や烏口骨の突起、第三中足骨の断面が準三角形になるなど、シュヴウイアなどの派生的アルバレズサウルス類と共通してみられる特徴も確認された。

 

 次はバンニクス(Bannykus wulatensis)である*2。バンニクスが産出した地域は内モンゴル自治区に分布するバインゴビ層(Bayingobi Formation)である。年代は白亜紀前期アルビアンとされており、シユニクスとは(ツグル層群の推定年代にかなりの開きがあるが)ほぼ同時代と言っていいだろう。

バンニクス骨格図。上記シユニクス骨格図同様にXing(2018)をトレースし、産出部位を白、未産出部位を灰色で塗分けたもの。

 ホロタイプ標本(IVPP V25026)は部分的に関節した1個体分の標本である。産出部位は骨格図を見る限り頭蓋骨、首から尾までほぼ一連の椎骨および肋骨、ほぼ完全に出そろった前後肢である。バンニクス固有の特徴として挙げられているのは第1中手骨の側面が第2中手骨との関節面を形成していること、第2中手骨が内側に湾曲していることなどであり、おもに前肢に固有の特徴が確認された*3。シユニクスと同じくバンニクスも体重と年齢の推定が行われており、大腿骨の周囲長から推定体重は24kg、成長線から年齢は8歳の亜成体であると推定されている。

 化石の見た目からして明らかにアルバレズサウルス科の過渡期といった印象のあるバンニクスであるが、研究結果はバンニクスが見た目通りの存在であることを示していた。ほとんどまっすぐな肩甲骨に弱い稜線上の突起が見られる烏口骨は、先述のシユニクスと派生的アルバレズサウルス類の中間的な形態であるとされた。

 最も注目されたのは前肢である。尺骨の遠位(肘)には突起が存在するが、この大きさはシユニクスと派生的アルバレズサウルス類の中間サイズだった。また前肢第1指は肥大化が起きる一方で第3指は退縮を起こしていたが、こちらも派生的アルバレズサウルス類に比べればまだ極端ではなかった。加えて派生的アルバレズサウルス類では第2、第3中手骨がほぼ一体化しているのだが、バンニクスではまだ分離しているということも明らかになった。論文には特筆されていないが3本の指のうち最も長いのは第1指であり、こちらもまた第2指が最も長いハプロケイルスと第1指以外は極端に退縮させた派生的アルバレズサウルス類との中間型である。

 

 記載が終われば系統解析の時間だが、結果は化石を見た通りそのままである。アルバレズサウルス類の最基盤にアオルンが、ついでハプロケイルスが位置付けられたが、シユニクスはハプロケイルスの次の段階に(ツグルサウルスを姉妹群として)置かれることになった。そしてバンニクスはシユニクスの次の段階に置かれたのである。またこれによりハプロケイルスから派生的アルバレズサウルス類までにあった非常に長い時代的ギャップがきれいに埋められることになった。ハプロケイルスと派生的アルバレズサウルス類の中間的な形態を備えたシユニクスとバンニクスであるが、まさに形態通りでありそして時代通りの結果となったのである。

アルバレズサウルス類の系統図。Xing(2018)より引用。



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 ここまでがシユニクスおよびバンニクスの紹介である。ここからはアルバレズサウルス類の進化について、少しばかり自由に考えていきたい。

 派生的アルバレズサウルス類の前肢の使い道は正直不明としか言いようがないのだが、『恐竜学入門[監訳:真鍋真]』では「おそらく、短くも力強い腕は穴を掘るのに使ったのだろう」と書かれており、『恐竜の教科書 最新研究で読み解く進化の謎[著:ダレン・ナイシュ]』ではもっと踏み込んで「これらの特異な前肢は掘るための道具のようで、腐食した木を割って内部を露出させ、アリやシロアリなどの昆虫を捕食していたのではないかという説がある」と書かれている。要するにアルバレズサウルス類の前肢の進化は、食性の変化に対応した結果というわけである。バンニクスの段階ではまだ第1指が肥大化しただけではあったが、おそらくこの時点で食性は雑食から昆虫食へと変化していたのだろう。

 ここで気になるのは、アルバレズサウルス類を昆虫食(あるいはアリ食か?)へと駆り立てたものは何だったのかということである。考えられるのは獲物となる昆虫の多様性増加、そして他獣脚類とのニッチ分割である。前者の昆虫多様性については化石情報の少なさ(と筆者の無知)により正直よくわからないというのが個人的感想であるが、被子植物の多様性増加とともに昆虫の多様性も増加したという話を聞いたことがある。被子植物が勢力を拡大したのは白亜紀に入ってからであり、これが巡り巡って当時の恐竜に影響を与えた可能性はありそうだ。

 もう一つの可能性である他獣脚類とのニッチ分割はどうだろうか。白亜紀前期にはコエルロサウルス類の全分類群が出そろっており、各々が独自の方向性へと進化する真っ最中であった。ティラノサウルス上科とドロマエオサウルス類は中小型の捕食者へ、トロオドン科はそれらより小型の捕食者へと進化した。オルニトミムス類とテリジノサウルス類はどちらも植物食へと食性を変化させながらも、おそらくは生態を少しずつ変えて共存したのだろう。そうなると(オヴィラプトロサウルス類の立ち位置が不明だが、)アルバレズサウルス類に残された空席は昆虫食特化ぐらいになってしまう。くしくも先述通り白亜紀前期に昆虫の多様性が増大したと考えられているため、アルバレズサウルス類が昆虫食特化へと舵を切っても問題はなさそうだ。無論のことながらこの考察は証拠ゼロの妄想もいいところである。実際のところはどうなのか、それは今後の研究次第である。

 

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 以上、2018年にまとめて記載された基盤的アルバレズサウルス類のシユニクスとバンニクスの紹介およびアルバレズサウルス類の進化についての個人的妄想であった。シユニクスが産出したツグル層群や、バンニクスが産出したバインゴビ層はあまり研究情報を聞く地層ではないのだが、それでもツグル層群からはケルマイサウルスやウェロホサウルスなどが、バインゴビ層からはアラシャサウルスが産出しており、今後も何か産出しそうな地層である。今後の研究次第ではあるが、両地層の発掘研究が進むことで熱河層群とほぼ同時代に東アジアの内陸(かつおそらく熱河層群よりも低地)にどのような生態系が存在していたのかが明らかになりそうだ。特にバインゴビ層はのちの時代に堆積したジャドフタ層からネメグト層まで一連のモンゴル産古生物相へつながる可能性もあり、ジャドフタ層やネメグト層の原型が時代的空間的にどこまで存在していたのかということも明らかになりそうだ。

 アルバレズサウルス類に話を戻せば、シユニクスとバンニクスをもってしても埋めることができない空白期間がまだ2か所存在する。1か所目がハプロケイルスからシユニクスまで、ジュラ紀後期キンメリッジアンから白亜紀前期オーテリビアンまでの約2800万年間、2か所目がシユニクスからパタゴニクスまで、白亜紀前期アルビアンから白亜紀後期チューロニアンまでの約2300万年間―――俗に「白亜紀中期」と呼ばれる有名な空白期―――である。この空白期から新たな化石が産出すれば、ジュラ紀後期から始まった一本爪の一族がたどってきた道のりが明らかになるだろう。思えばアルバレズサウルス類が鳥類か恐竜かについて、たった3属*4で議論されていた往時と比べて、アルバレズサウルス類の属種数も随分と増えたものである。彼らの研究はこれからも注目だ。

 

 そんなわけで今回および前回となんちゃって骨格図みたいなものを(トレースだけど)こさえてみました。シユニクス&バンニクスの記載論文を見て「これは自分でブログ用の骨格図を作らねば…」と使命感半分で試しましたが、えらい疲れました。とはいえトレース作戦でなんとかなりそうなのは分かったので、次は別の古生物でも試してみたいところ……。

 

参考文献

Xing Xu, Jonah Choiniere, Qingwei Tan, Roger B.J. Benson, James Clark, Corwin Sullivan, Qi Zhao, Fenglu Han, Qingyu Ma, Yiming He, Shuo Wang, Hai Xing, and Lin Tan, 2018, Two Early Cretaceous Fossils Document Transitional Stages in Alvarezsaurian Dinosaur Evolution. Current Biology. 28: 2853–2860.e3. DOI : https://doi.org/10.1016/j.cub.2018.07.057

*1:石樹溝層からは他にアオルンとシシュグニクスの2種類のアルバレズサウルス類が産出しているのだが、片や幼体、片や前後肢のみの産出という状況である。よってまともに比較可能な恐竜はハプロケイルスのみということになる。余談だが、この3種はアルバレズサウルス科には含まれないとする研究もあるらしい

*2:書いている最中に知ったのだが、バンニクスのホロタイプ標本は2012年に幕張メッセで開催された『世界最大 恐竜王国2012』にて「ウラテサウルス(Wulatesaurus sp.)」の名義で展示されていたようだ。図録のp116には実物化石(と何を参考にしたのか分からない復元骨格)の写真が掲載されているが、掲載された部位はおおむねバンニクスと一致する。

*3:ちなみに論文上では獣脚類の前肢の指の配列をⅡ-Ⅲ-Ⅳとしている。これについてはリムサウルスの記載論文を参考していることが理由だが、現在の解釈では東北大学の田村博士が提唱したⅠ-Ⅱ-Ⅲが定説となっている。これに限らず獣脚類の指の話が出た時には参考文献と数え方に気を付けていただきたい。

*4:2002年に小学館から刊行された『小学館の図鑑 NEO 恐竜』ではアルバレズサウルス、パタゴニクス、モノニクスの3属が「古いタイプの鳥」のページで紹介されている。2000年に学研が刊行した『学研の図鑑 恐竜』では「アルヴァレスサウルス類」としてまとめられているものの、メンバーは変わらず3属である

古代玉渓の盾

 ゴンコケンに続いて6月記載組のベクティペルタについての解説妄想を展開しようと思ったのだが、どうもオープンアクセスの期間が切れたようである。悲しみを覚えた筆者であるが幸いなことにネタはまだいくらでも存在するのだ。そんなわけで今回は2022年3月に記載された基盤的装盾類(と呼ぶべきではない気もするが。詳しくは後述)であるユクシサウルス(Yuxisaurus kopchicki)を紹介していこう。前置きが全く思い浮かばないので早速本編である。

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 ユクシサウルスが産出したのは中国南西部雲南省に分布する下部ジュラ系の逢家川累層(Fengjiahe Formation)である。時代は生物相からヘッタンギアンからシネムーリアン(201.3~190.8Ma)とされていたが、近年では地磁気の面から測定した年代でシネムーリアンからトアルシアン(190.8~174.2Ma)という年代が得られている。いずれにせよとりあえずジュラ紀前期であること、トアルシアン海洋無酸素事変よりも前の時代であるということは確定であるようだ。同層からはルーフェンゴサウルスやユンナノサウルスなどの原竜脚類(昔で言うところの「古竜脚類」)などが産出するほか、シュアンバイサウルスと名のついたシノサウルスに似た獣脚類が産出している*1。似たような生物相はジュラ紀前期の各地(ディロフォサウルスが産出するカイエンタ層など)で確認されており、超大陸パンゲアの影響力がまだ強かったことをうかがわせる。

 獣脚類や原竜脚類など、後の時代までつなが区分類群がすでに出現していたジュラ紀前期の世界だが、すでに基盤的装盾類はスクテロサウルスやスケリドサウルスなどの形で各地に出現していた。ところが東アジアではビエノサウルスおよびタティサウルスなどの断片的な化石しか産出しておらず、事実上東アジアの装盾類の情報はごっそり欠けていたのである*2。そこにきてのユクシサウルスは(スケリドサウルスに比べれば断片的だが)東アジアでは初めてまともな系統解析が可能な基盤的装盾類になった。それではユクシサウルスの紹介である。

 

 

ユクシサウルス骨格図。Xi(2022)に掲載された骨格図をトレースし、産出部位を白、未産出部位を灰色で色分けた。

 ユクシサウルスのホロタイプ標本(CNEB 21701)は1個体分の主に前半身からなり、産出部位は頭骨の大部分と下顎の後半部、4つの頚椎、5つの胴椎、左肩甲骨、右烏口骨、右上腕骨、左大腿骨遠位、120以上の皮骨である。頭骨や頚椎の癒合具合から成体であると考えられている。固有の特徴は主に頭骨を中心に複数が確認されており、これ以外にも頚椎や大腿骨にも固有の特徴が確認された。前後肢はスケリドサウルスやエマウサウルスよりも頑丈なつくりであり、全体的にがっしりとした体つきだったようだ。

 産出した各部位は必然的にスケリドサウルスやエマウサウルスなどの基盤的装盾類やそれ以外の派生的装盾類などと比較検討が行われていた。上顎要素のほとんどはスケリドサウルスなどの基盤的装盾類に酷似していたが、頬骨に関してはより派生的な鎧竜類に酷似しているようだ。一方で下顎や歯には他の装盾類には見られない独自の特徴が確認されている。頚椎や胴椎も基盤的装盾類との比較が行われたが、やはりこちらもスケリドサウルスなどに形質が似通っている。

 先述の通り、ユクシサウルスのものと考えられる皮骨が120以上が産出している。生存時の位置そのままというわけにはいかなかったが、他装盾類との比較からある程度の配置は推測されている。首や肩には厚さの薄い三角形の皮骨、より厚い三角形の皮骨、円錐形の皮骨が配置されていたようだ。胴体には楕円形かつ稜線が発達した皮骨が、おそらく尾まで配置されていた。胴体はこれらの大きな皮骨の間に小さな皮骨が配置されていた可能性を推定されている。

 骨格各所に基盤的装盾類の特徴がみられたユクシサウルスは、系統解析でも順当な結果が得られた。ユクシサウルスはステゴサウリア(Stegosauria)と分岐した直後のアンキロサウロモルファ(Ankylosauromorpha)の基底部で、エマウサウルスと姉妹群という扱いでスクテロサウルスの次の段階に位置付けられることになった。ユクシサウルスのみならず、本論文ではかつて「スケリドサウルス科」とも呼ばれた基盤的装盾類の系統関係についても再検討を行っている。その結果スクテロサウルスからスケリドサウルスまでの装盾類は、ステゴサウリアとアンキロサウロモルファの分岐前に位置付けるよりも、アンキロサウロモルファの基底部に位置付ける仮説がより強く支持される結果となったのである。詰まるところ、彼らは「基盤的装盾類」ではなく「基盤的鎧竜類」と呼んだ方が適切という話になったのである*3。これによってユクシサウルスをはじめとした基盤的鎧竜類はジュラ紀前期のうちに急速に世界中へと勢力を拡大していたことが明らかになったのである。

ユクシサウルスを含めた基盤的アンキロサウロモルファの系統図。Xi(2022)より引用。

 

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 以上がユクシサウルスの概要である。ここからは少し、ユクシサウルスというか基盤的鎧竜類(旧スケリドサウルス科)について個人的見解を少し考えていきたい。

 ジュラ紀前期にはユクシサウルスのような基盤的鎧竜類が主にユーラシア大陸を中心にして広く分布していた。胴体を覆う楕円形の皮骨や頂点のとがった三角形の皮骨などはのちの派生的鎧竜類にもみられる形状だが、一つ一つの皮骨は過度に長かったり、大きくなったりといったことはない。尾の先端にはまだ装飾はなく、鎧竜類としてはかなりシンプルな見た目である。ジュラ紀前期という鳥盤類にとってかなり初期の時期であるということを考えればこれほどシンプルな形質であることも納得いくのだが、それにしてもシンプルだ。

 これはおそらく、当時の捕食者に合わせたものなのだろう。ジュラ紀前期と言えば獣脚類が急速に大型化した時代ではあるのだが、それでも最大全長は6mどまりである。さらに言えばその体躯も華奢であり、ディロフォサウルス以降の獣脚類でようやっと顎が頑丈になってきたか、といったところである(そのディロフォサウルスでさえ、基本的な体つきは巨大化したコエロフィシスと言えそうな華奢さである)。捕食者側がこれであれば被食者側は首周りを防御できる程度の武装と、胴体への攻撃を最低限はじくことができる防御のみで済むはずである。鎧竜類の重武装化が進んだのはジュラ紀後期あたりであり、この時代になれば10m級の捕食者がうようよ出現している。あるいは捕食者が要因ではなく、種内闘争などの行動様式が複雑化していった結果、重武装に進化していったのかもしれない。こうしてみるとやはりジュラ紀前期という時代は本格的に恐竜時代が始まったのだと(なんとなく)実感できるものだ。

 

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 以上、ユクシサウルスの紹介と筆者の妄想をグダグダと語っていった。論文内でも語られたが、ユクシサウルスの記載によって基盤的鎧竜類(あるいは基盤的装盾類)の勢力が東アジアまで拡大していたこと、勢力拡大がジュラ紀前期という早い段階で達成されていたことが示された。ジュラ紀の装盾類と言えばどうしてもステゴサウルスなどの剣竜類の印象が強いが、こうしてみると意外なほど鎧竜類も奮闘していたことがうかがえる。装盾類の初期進化と進化については(『恐竜博2023』の図録などで嘆かれている通り)いまだにわからないことが多い。特にステゴサウルス類とアンキロサウルス類の分岐については完全に振り出しに戻された感は否めないが、これもそのうち新しい情報が得られるに違いない。

 ユクシサウルスをはじめとしたジュラ紀前期に全盛期を迎えた基盤的鎧竜類、原竜脚類、基盤的獣脚類はいずれも、ジュラ紀前期末に起きたトアルシアン海洋無酸素事変の影響を受けて軒並み絶滅することになった。とはいえ命脈が完全に断たれたわけではなく、いずれの分類群も一部派生的な恐竜は次の時代へと子孫をつなげた訳である。ユクシサウルスら基盤的鎧竜類もまた、後の時代にはさらに重武装を発達させ、最終的には中生代の終焉に立ち会うまでに至ったのである。

 

参考文献

Xi Yao, Paul M Barrett, Lei Yang, Xing Xu, Shundong Bi (2022) A new early branching armored dinosaur from the Lower Jurassic of southwestern China eLife 11:e75248

*1:2017年に記載されたのはいいのだが、2019年にシノサウルスのジュニアシノニムである可能性が指摘された。

*2:なお、ここにあげた恐竜はいずれも装盾類であるということまでしか分からない断片的な物であり、2007年や2019年などに疑問名として扱うことが提唱されていたようだ。当然ながらユクシサウルスの記載論文でもいないものとして扱われている。

*3:実のところこの話はスケリドサウルスの再記載(David 2021)時点で提唱されており、『恐竜博2023』のスケリドサウルスに付けられたキャプションでも同様の内容が言及されていた。なお図録にはこの話は掲載されておらず、スケリドサウルスは基盤的装盾類という扱いになっている。ついでに図録にはユクシサウルスの名前も掲載されている。